13.


「…………………」
 二の句の継げようがないアーチャーはただ、ランサーの顔を、瞳を見つめるばかり。彼自身気づいてはいなかったが、まるで想いを寄せている者から先制の告白をされて少し困った少年のような……そんな表情をして。
 ようやく、何か反論らしい反論をしようと口を開こうとしたアーチャーだったが、ランサーが先んじて口を開く。わざとタイミングを合わせたというより、槍の英雄もまた言葉を探していたようだった。


「オマエの手は……オレの古い記憶にある手と、よく似ている」
 英霊としての生で積み重ねられた「知識」ではなくあくまで生前の「記憶」。どれだけ昔のことか、あるいは覚えていないかもしれないというのに、きっぱりと言い切ったランサー。そんなランサーの表情をアーチャーは探るように観察する。
「覚えている、というなら教えてほしいものだな」
 ほとんど期待なぞしていないというように突き放した言葉で返す弓騎士に、気を悪くする風もなくランサーは口を開いた。


「……オレに名を与えた男さ」


 朱色の魔槍ゲイ・ボルクを手にするこの槍の英雄の真の名を辿れば、彼の言わんとしていることは明白だった。
「……………………」
「剣を鍛える手、刃を生み出す手だからかもしれんがな」
 軽く鼻で笑ってみせるランサーに、アーチャーはほんの少しだけ警戒を滲ませる。
 何しろ、ランサーの科白にはアーチャーの宝具の欠片とも言うべき投影魔術を見破っているかのような含みがあったのだから。
「…………言いたいことは、それだけか」
 感傷に浸るかのようにして、油断のならないこの男の前で自分を暴露してしまったことを心の片隅で悔いる弓騎士。己を叱咤する意もこもっているのか、口調は先ほどとは一変している。
「………それだけだ」
 アーチャーの口調が変わったことくらい気づいているだろうに、ランサーは飄々とした態度を崩すことはない。しかしその言葉までが軽い調子ではない。ただ真摯に…どこかで道に迷ってしまった子供を導くかのようだった。
「オマエは、自分の手を何も生み出さない手と言った。だが……」
 一度言葉を切ったランサーは異論があるだろうアーチャーの顔を見返す。けれど、アーチャーはただどこか苦しそうに先を促すような表情をしてその視線を返す。

「何も生み出さない者が、クランと同じ手をしているわけがない」

 確信を込めた青の騎士の言に、赤の騎士は一言も反論しようとしない。というよりできないのかもしれない。眉を寄せ、苦しそうな顔のままのアーチャーはまるで固まってしまったように動かない。

 動くことができないのだ。

「………………………」
「………………………」
 
 そんなアーチャーに何かを強いるわけでもなく、ランサーもまた動こうとはしない。
 この情景を目にする者がいたとすれば、この荒野にあるに相応しい2対の美しい彫像が置かれているとでも思うだろう―――それくらいの時間、対照的な2人の英雄はただその場に佇んでいた。



 どれくらいの時間が経過しただろうか。
 先に口を開いたのは、自己矛盾に折り合いをようやくつけた弓騎士―――エミヤの方だった。
「きみを……君をどうして選んでこの場に連れてきたのかが、ようやく分かった…気がする」
 もう一度だけ自らの掌に視線を落とすと、アーチャーは毅然と頭を上げた。
 ランサーが見たこともないような穏やかな表情を面に浮かべて。

「君がクランの手に導かれたように、私もかつては衛宮切嗣の手によって導かれようとしていたのだから―――」

 少年たちの英雄への始まりは何のことも無い、ただの暖かな手だけだったのだ。


「そうさ。後はオマエが名を全うすれば問題はない」
 やっとわかったのかよ、言外にそんな意を込めたランサーの言葉に、今度はアーチャーの方が驚いたように声を上げる。
「名を全う……一体何のことだ………?」
「はあ? オマエ、気づいてなかったのかよ」
 呆れかえったかのようなランサーの言葉に、むきになってつっかかるアーチャー。
「気づいて……な、何だ! その哀れむような目は!?」
 思わず顔に出てしまっていたらしい。鋭く見咎めたアーチャーが食って掛かるのをほんの少しだけ楽しげに、それでも真剣みを込めた表情になったランサーが口を開く。


「なに、他愛も無いことだ。
 笑んでみせろ、エミヤ―――その名に相応しく」
 


 ランサーが抱いた疑問。
 それは真名に「笑み」とありながらも、弓の英雄は決して心からの笑みを見せることがないということだった。
 狗の名に相応しく、まるでその名に殉じるかのように生涯を駆けたクー・フーリン。彼だからこそ、エミヤの名に込められた矛盾を感じとったのだ。
「………………」
 ランサーの言いたいことはわかる。けれど、いきなり「笑んでみせろ」と言われたところでアーチャーとてどうしようもない。けれど、そこではっとあることに思い至った。



 衛宮士郎と自分との差異。
 それこそが―――笑み、だということに。




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