14.


 そう、遠い昔。
 炎と瓦礫の中で差し延べられたのは、暖かい手。そして―――安心させるかのような微笑み。

 彼は忘れていたわけではない。
 ただ強くなりたかったから。
 全ての人が悲しむことなく、幸せを掴むことのできる世界を作りたかったから。
 
 その時には、あんな笑みを浮かべることができると信じていたから。
 そう―――自らを導いた、衛宮切嗣のような。
 そんな、笑みを。



「……………………」
 どこか憑き物が落ちたような雰囲気の赤の騎士を見ながら、ランサーは口の端に笑みを浮かべた。
 人は意外と自分が何を求めているのかわからないものだ。
 英霊だとてその始まりは唯人。ましてや眼前の男は神の時代に生きるものでもなく、人の世の……真に人から生まれ出でた英雄なのだ。
 自らの願いの中に浮き上がってきた疑問に足を掬われて視界を塞がれてしまうのも仕方の無いこと。ましてや、想いが強すぎたから余計に、なのだろう。
 けれど、そんなひたむきさこそが、人にある最も美しいものではないだろうか。
 そんな感想を抱きつつ青の騎士もまた、どこか清清しささえ感じながら赤の騎士を見つめていた。

 と、唐突に、
「感謝する、ランサー」
 そんな一言でランサーは現実に引き戻された。見れば真面目くさった顔のアーチャーが座り込んだままのランサーと視線を合わせるようにして膝をついていた。
「………………………」
 アーチャーはそれ以上語らない。けれど、胸に手を置きまるで頭を垂れるようなそんな仕草は、あの皮肉屋で人を見下すような態度のかつての弓兵とは何か違う。愚鈍なまでに誠意を見せようとする姿―――それはランサーも知る一人の少年を思い出させた。
 だから、


「感謝するってなら、形で表して欲しいもんだな」



 なんて科白がするりと出てくるのは仕方の無いことだろう。
「へ!?」
 そんなランサーの科白に間抜けな面をして、アーチャーは二三度瞬きを繰り返す。
「だから、形にして返せって言ってんだよ。オマエ、人の話聞いてないだろ」
 わざと呆れたように言うランサーに、更に慌てた様子のアーチャーはしどろもどろになってようやく言葉を口にする。
「し、しかし……私は何も持ってない。私の宝具は君のようにカタチあるものではないし…………」
 混乱の度合いがよくわかる。遠まわしに自分の宝具の正体を暴露しつつも気づいていないアーチャーのそんな様子が可笑しくて仕方が無いランサーだったが、ようやく伸ばせる程度の力しかない手でアーチャーの外套の襟足をグイと掴むと、自らの方へと引き寄せた。
「!!」
 とっさのことで払いのけることもできないアーチャーは、気が付くと自らの口唇に少しばかりかさついたソレが重ねられるのを感じた。
「…………!」
 入り込む舌の熱さに自らを絡め取られ、気がつけば誘われるようにして相手の口腔に自らの舌を捻じ込む形になっている。
「ん………っ…………」
「……ふ…ぁ…………ん………」
 ちゅく、と唾液が流れるいやらしい音がしたかと思うと、もう一度それが繰り返される。数を重ねるごとに深くなる挿入と、大きくなる水音。酩酊感にも似た感覚に、自らを立て直そうとしたアーチャーは一度、ランサーの舌を噛み切るように相手の口腔に入り込むと瞬時に自らを引き抜いた。
「ん………っ…………」
「んあ………」
 急激に動いたためか、その勢いに押されるように零れた唾液が双方の口の端を伝って流れる。ぐい、と手の甲で拭ったアーチャーが顔を向けた先には、
「…………………」
 親指の腹で掬い取った透明な雫を、下唇で舐め取るランサーの姿があった。


 ぞく。


 アーチャーの身体を微かな戦慄が走る。
 ここまできてランサーの意図を察しえないアーチャーではなかった。 




>続く
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