3.

「……………」

 エミヤ。

 ―――それがこの男の真名(な)。この、主を裏切っただけでなく自分を虜にした男の。
「で、何が目的だ貴様―――オレはオマエの戦上手なところは認めているんでな。貴様ほどの力の持ち主が裏もなく名を明かすとは考えられん」
 きっ、と顔を上げてアーチャーを睨みつけるランサー。そんなランサーの言に、アーチャーはいつもの皮肉めいた笑みを微かに浮かべて返す。
「……私も、君のその愚直なまでに素直なところが好きだよ、クー・フーリン」
 厚顔にもぬけぬけと言い切った赤い外套の騎士に、青い衣の騎士は半ば意地になって再び刺すような視線を向ける。が、自嘲の笑みを口の端に刷いたアーチャーは一度だけ鼻を鳴らすと、ランサーを正面から見下ろした。
「所詮、私の名など光の御子に比べたら微々たるものだからな……別に知られたところで君に弱点を教えることにはなるまい」
 確かに、ランサーにとって聞き覚えのない名であることは間違いなかった。試みに、口の中でその音を転がしてみたところで思い出すということもない。ということは、知らないと、ほぼ断定できた。けれど、
「否」
 はっきりと否定する。
「それだけか……? 違うな。
 明かさずともよいものを貴様はわざわざ明かした―――それは、そこに目的があるからだ」
 真剣な面持ちで言葉を続けるランサーだったが、アーチャーは答えない。

 沈黙は是。

 ランサーはそう解釈した。ならばどんな目的が……アーチャーから僅かに視線を逸らすと、思考をそちらに向けようとした。その瞬間、

「……!!」

 起こした身体を支えていた左腕が傾ぐ。けれど、自らの魔力が尽きたからではなかった。左腕を取られると同時に右腕もしっかりと後ろ手に決められてしまっていた。
 他でもない、もう1人の男に。
「……………」
 僅かとはいえ、視線を逸らしたのが失敗だった……今更悔やんでも仕方のないことだが、思わず舌打ちするとどうにかして逃れようと身体全体を叱咤する。
「君らしくもないな、クー・フーリン」
 魔力が少なくなっているとはいえ、全力で抵抗してくるランサーに手を焼いたのか、アーチャーは右手で拘束していたランサーの手首に一度左手を添えると、そのまま腕を伸ばす。そのまま、左腕をぐるりと巻きつけるようにしてランサーの両腕を捕えた。
「クッ………!」
 それでも抵抗することをやめようとしないランサー。それどころかより激しく、自由になる脚や頭部を使ってその腕の縛めを解こうと必死にもがく。
「……ッ………」
 そんなランサーに手を焼いたアーチャーは、自分の全体重をかけてランサーを押さえ込む。背中からうつ伏せに押し倒す姿勢でランサーの抵抗を封じると、まだ諦めないランサーの耳元へ口唇を寄せた。
 ふ、と軽く息を吹き込んでランサーの動きを制し、うつ伏せの体勢から自分に目を向けようと首を巡らすランサーの瞳を確認すると、アーチャーは口を開く。
「……両の腕を失った者が、『抱きしめる』という行為をどのように表すか知っているか……?」
 この緊迫した場の状況から考えにくいようなセリフをのうのうと吐くアーチャー。とはいえ、そのアーチャーの腕から逃れることが頭の中心にあるランサーにしてみれば「知るか!」の一言で終わる。しかも、また耳元で囁かれるのは気持ちが悪いとでもいうように、必死になってアーチャーから顔を背けようとしている。
「………………」
 そんな腕の中の猛犬の様子を一瞥すると、弓騎士はその青い衣で覆われた背を口唇で辿る。鋼の肩当の番い目の辺りをなぞること数回、


「………っ………!!!」


 その瞬間、ランサーは自分の視界が血で染まったかのような感覚に襲われた。
 身体は硬直し、それまで抗っていた筋肉の端々までもが硬く動かなくなっていく。ことに、左肩甲骨付近から広がっていく感触は、まるで業火で焼き尽くしているかのような熱さだった。
「……っ……ぁ…ぁ………」
 がくがくと震える身体から漏れる声は、喘ぎ声にも似て。
 そんなランサーの反応を身体の下で感じたアーチャーは、ランサーの身体……左肩甲骨付近に穿っていた自分の歯を引き抜く。
「……………のにな」
 ぺろり。
 口唇についたランサーの血を舌なめずりするようにして自分の口腔内に収めると、赤の弓騎士は完全に力の抜けた―――というよりは動くことができなくなったランサーの縛めを緩めながら、その耳元に囁いた。


「君がイくときに、その口から私の名を呼ぶのを聞きたい」


 かろうじて、まるで問いただそうとするのを身体を痙攣させることで表すランサー。その反応に満足したのか、アーチャーはもう一度その耳元に言葉を紡いだ。




「……これが理由だ。君が問うた『目的』とやらのな」



>続く
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