6.

 いくら身体中が泥のように疲れきっていても。いや、疲れきっているくらいならば問題はない。地を通して伝わる足音は、正確にランサーの聴覚に届いていた。ぱち、と双眸を開くと身体を起こす。短い時間とはいえ、身体を休めたかいはあったようだった。

「……もうそこまで回復していたか」
「……………………」

 やってきた赤の弓兵に無言のまま視線だけを向けるランサー。瞬時にそっぽを向かなかったのは、その時のアーチャーの表情に気を取られたからだった。
 いつもの皮肉な笑みを浮かべてはいるものの、どこか翳りを帯びてはいて……そう、泣き出す寸前の顔に見えてしまったのだ。けれどそんな感傷のようなものを抱いてしまったランサーを嘲るように、アーチャーは手にしていた小石を放る。
「……………………」
「うっかりしていた。君がルーン魔術の使い手であるということを失念していたよ」
 転がる小石。それは紛れもなく、ランサーが放ったベルカナのルーンを刻んだものだった。けれど、表面に現れていた文様は既に消えかかっている。
「……………………」
「言っておくが、君がいくら魔術を駆使したところで、ここから抜け出せる術はない」
 ランサーの傍に、まるで主に対する礼のようにして片膝を付くと、アーチャーは遠慮会釈なくランサーの顎をくいと上向かせ、だから、と言葉を続ける。と、


「おとなしくここでお前に抱かれていろ、と言うのか?」


 自分の顎を捕らえたアーチャーの手をぱし、と払いながらも、意外と冷静な声でランサーは問うた。
そんなランサーの様子に少しばかり驚いた様子を浮かべたアーチャーだったが、すぐにいつもの表情を浮かべると、いとも簡単に肯定してみせた。
「意外と物分りがよいのだな」
「……………………」
 そんなアーチャーの言には答えず、ランサーは一度ふいと顔を背けると、何かつっかえたものを吐き出すかのようにして口を開いた。

「……お前、本来ならばキャスターの器に配される英雄だろう」
 予想だにしなかったランサーの言葉に、一瞬だけ表情を改めるアーチャー。それを肯定ととったのか、ランサーは更に続ける。
「この空間は貴様独自の魔法技術によって編まれた……言わば結界のようなものだ。ここまで大掛かりな結界を構築できる魔術師はそうはいない。生前のオマエは優れた魔術師だった……違うか?」
「……………………」
 ランサーの推理の前にアーチャーは沈黙する。ややあって口を開くと、
「……流石に神代の英雄は格が違う」
 とだけ言うと再びその口を閉ざした。遠まわしに肯定するアーチャーに訝しげな視線で見つめながら何かを言おうとしたのか、口を開きかけたランサーにアーチャーは真っ直ぐな視線を向けると先に口を開く。
「だが一つだけ訂正しておこう。魔術師ではあったが……『優れた』などという形容は相応しくない。むしろ私の魔術はいかに多くの人間を殺すための……そういうものだ。だからこそ私は」
 英霊となった。
 最後の言葉は口にせず、ただ瞳にその意を浮かべる。そして、その瞳にはもう一つの言葉を語っていた。


 君もそうだろう―――と。


 大きな力は諸刃の剣。
 事実、ランサー……クー・フーリンとて自らの力こそが己のみならず大事なものまでも傷つけたということは理解していた。そのことについて後悔がないかといえば、それはきっと嘘になる。けれども今の眼前の男のように自らの力―――親友と子を殺し、敵国の兵を殺した―――を否定しようとしたことはなかった。
 そう、目の前の男は表情も口調も冷静には振舞っていたが、そこに浮かんでいるのはものは自嘲。
 そして、自らを完全に否定しようとする意志だけ。
「アーチャー、貴様……」
 ランサーは何かを見つけたように思えた。確証なぞない。見つけたと言っても、ただおぼろげな輪郭だけ。


 ―――己の全てを否定しようとするこの男は……―――

 
「エミヤ、と」
 ランサーを此処に連れてきた、その時以来の言葉。はっとしたランサーは思考を中断させられる。アーチャーは優しく語り掛けるように、だが反論を赦さない鋭さを含んだ声で促す。その時の褐色の肌の弓騎士の顔に浮かんでいたのは、残酷な愉悦。その表情のまま無言で剣を手にすると、抵抗する力なぞなきに等しいランサーを押さえつけてその刃を衣に重ねた。
「――――ッ!」
 ランサーの身体の前面を覆う衣を切り裂き、肩周りの装甲にも刃を立てると粉砕するようにして取り除く。更に足の装甲部分にも容赦なくその刃を伸ばしていった。


「余計なことをすれば魔力が喪われるばかりだろう? こうしておけばルーンも使えまい…仮に逃げ出せたとしても、一糸纏わぬ姿でうろつけるか?」
 ランサーの身体を覆うもの全てを取り除くと、その白い裸体を見下ろしながらアーチャーはもう一度笑みを浮かべて見せた。




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