8.

「ん……っ………」
 瞼が重い。
 身体に力が入らない。
 その上、喉の奥からようやく搾り出した声は齢を経た老爺のよう。
 それでも―――彼は、アルスターの猛犬と謳われた英雄は、その紅い瞳を赤い空へと向けた。

 身体の節々が痛みを訴えてくる。そのほとんどが外傷によるものではなく、溜まりに溜まった疲労が原因だった。傷の痛みはと言えばほんの僅かである。
 所有の証しであるかのように穿たれた背中のものと、鎖で繋がれていたために痕となった両手首。背中は元より両手首も持ち上げる力などないため、見て確かめることはできなかったが、疼痛のようにランサーの身体に訴えてくる。
「は……………」
 ここまで無残だと、いっそのこと笑うしかない。思わず声を上げて笑おうとしたランサーだったが、その声すら掠れたものがかろうじて零れるだけだった。
「………………」
 生前も、そして英霊となった後の記憶の残滓である知識も、これほど酷い感覚をランサーにもたらしはしなかった。ここまで大きい疲労感はかつて一度、生前に味わったことはあったにしろ、あくまでそれは戦場での出来事である。虜囚となった挙句に男に抱かれた結果ゆえのものではない。

 それにしても、と。
 疲労の最高潮に達している肉体とは対照的に、思考が透明になっていくのを感じながらランサーは自分の中に残る感触を、そしてそれを与えた男を思う。


 エミヤ。


 初めて聞く名であることは間違いなかった。自ら名を明かすという英霊も他に例を見ない。
 それだけではない、矛盾だらけの男。
 自らを否定しようとしながら、それでもその「名」に拘りを持っているのは明らかだった。
 名に対する拘り。それを理解できないランサーではない。何しろ、彼とて名によってその生涯へ導かれたようなものなのだから。
 名は誇りであり、名は英雄としての肯定。なのに、赤い弓兵は名に対して拘りを抱いているにも関わらず、英霊エミヤであることを否定していた。
「…………………」
 もう一度、口の中で弓騎士の真名を転がしてみる。すると、もう一つ矛盾…というよりは疑問が浮かび上がってきた。

 
 ―――何故、あの男に……?


 新たなというだけではない、もしかしたらアーチャーという矛盾だらけの男が抱く「真意」に近いところへたどり着けるかもしれない。そう思ったランサーは明晰になっている思考を急き立てる。けれど、
「お早いお目覚めだな、クー・フーリン」
 無残にもランサーの思考の糸は断ち切られた。
 他でもない当人……赤の弓騎士、英霊エミヤによって。

「さすがに回復が早い……声も上げられなくなるくらいに責めたつもりだったが」
「……………………」
 実際、掠れた声がようやく出るくらいのランサーは、起き上がることもできない。その視野の中にアーチャーの姿を捉えるのが精一杯だった。とはいえ、見下ろしてくるアーチャーの表情も逆光になっているので、どんな感情を表にあらわしているのか判別もつかない。
「……………………」
「……口を、開けろ」
 ランサーの身体に覆い被さるようにして身体を近寄せてきたアーチャーは、投げ出されたランサーの手に自分の手を重ね、指を絡める。
「……………………」
「……いい加減、その強情なのも飽きた」
 固く結んだランサーの口唇に、自分の口唇を合わせたアーチャーは隙間にねじ込むようにして唾液を落とす。すると、魔力を求めてランサーの口唇はそれを受け入れた。
「………………あ………」
 魔力の欠片を嚥下する喉の動きを確かめると、アーチャーは尚も欲して戦慄くように開くランサーの口唇から自らを離し、
「これきりだ。欲しくば………」
「……テメエの名を呼べ、ってか」
 宣言したその声を、ランサーは真っ向から拒否した。
 指一本動かすこともできない。身体を起こすこともできない。なのに、ようやく得た声でこれでもかとアーチャーの要求を退けるランサー。
「貴様のように―――名が無くば、自らを自らたらしめることができぬ者の名を呼ぶことはできない」
 名に縋らなければ自らの存在価値を見出せない下郎、と断言されたにも関わらずアーチャーは表情一つ変えることはなかった。

 ただ「そうか」と一つ頷くと、始まりの言葉をその口唇に乗せた。


「―――I am the born of my sword.」


 その言葉とともに飛来した銀の戒め『天の鎖』はランサーの四肢に絡みつくと、手のようにしてランサーの身体を開かせた。
「…………………!!」
 この鎖に囚われてしまえば、ランサーには対抗する手段なぞない。動かすことのできない身体を更に鎖で繋ぐ……そこに見えるのは徹底的なまでにランサーを汚そうとするアーチャーの意志だった。
「名に縛られたまま―――私の人形(ひとがた)になるがいい」
 クー・フーリン。
 最後にランサーの真名を口にすると、アーチャーはただランサーの身体を犯し始めた。





 一体どれだけの時間が流れただろうか。
 一体幾度その身体に自らを穿っただろうか。
 そして、一体自らを受け入れたこの身体は幾度達したのだろうか―――。

 ふと我に返ったアーチャーはランサーの身体を見下ろした。
 ―――淫欲に塗れて溺れた、その白い身体を。


 天の鎖を操りながら、アーチャーはランサーを最初の獣の姿勢へと導いた。くびれた腰に両手を掛けると、猛る肉の槍を一息に挿入する。ランサーの身体は一度だけ反射的な痙攣を起こすと、慣らされた肉の筒でそれを受け止めた。更なる刺激を与えようと、アーチャーは鎖に身体を支えさせると、右手を胸の突起へ、左手を口元へと運ぶ。
「ん…ふっ…………」
 指先が固くなっている独特の質感はこれまで同様、ランサーの身体の敏感な部分に快感を教え込む。幾度となく刺激を与えられ、その度に貪欲になっていく身体。二本の指で摘むように、指先で弾くように執拗に片方の突起だけを弄っていると、我慢しきれなくなったのかランサーの口唇が震え始めた。喘ぎを吐息に隠して吐き出してしまおうと開いた口に、アーチャーはすかさず指を捻じ込むと舌を捕らえて嬲り始める。上の口と下の口の両方を同時に攻められ、柔らかな胸の突起も固くなっていく。しかも触れられていない方の突起までもが。
 そして―――一度として身体の中心に触れられないまま、ランサーは達した。
 
 それが最初。
 そして、次第にランサーの身体には顕著なまでの変化が現れてきた。

 性感を享受しながらも、どこかで必ず抗ってきたランサーから一切の抵抗の意が消えたのだ。
 ただ従順にアーチャーを受け入れ、ただ愛撫に身体を震わせ始めた。
 口から漏れる喘ぎも同様。始めは快感を逃すために、吐息に隠れるようにして放っていた喘ぎも、いつの間にかアーチャーを誘い込むようなものへと変わっていった。
 鼻にかかったような甘い声で、まるでねだるかの様に喘ぐランサーのその姿は―――本来の槍騎士を知るからこそ、アーチャーの劣情を刺激して止まない。
 知らない間に相手の身体に溺れていたのはアーチャーも同様。むしろ雄の本能のまま、絞られて放ってしまいたい、と身体を走る快感に身を委ねようとした刹那、 

 ―――引き込まれる……!

 と、ランサーの中に深く穿った自身を一気に引き抜くと、密着していた身体をも乱暴に離す。そして息を整えながら槍の英雄の淫らな姿を見下ろした。
 危なかった。
 これまでを無駄にするところだった。
 そう思いながらもう一度ランサーの身体を見つめる。すると、虚空を映すばかりだった紅の瞳が何かを求めるように、突如として取り上げられた快感を探すようにして動く。
「…………………」
 その瞳はアーチャーの姿を捉えると、切なげに歪んだ。まるで詰るように。
「欲しいか……?」
「…………………」
 頷く力もないのだろう、首を上下にする代わりに瞼を動かして肯定の意を伝えるランサーの耳元へ口唇を寄せるアーチャー。
「ならば……分かるな?」
「…………………」
 ぱち、という睫の擦る音で、ランサーがまた肯定したことを理解したアーチャーは口の端に笑みを浮かべた。
 昏い愉悦の笑みを。
 光の英雄を堕としたという昏い悦びの笑みを。そして、その証を聞くために、その口唇が動くのを見届けるために至近距離からランサーの顔を視界に入れた。ランサーの瞳にもアーチャーの表情が映るくらい近くに。
 ややあって、濡れた口唇が動く。



「エミヤ―――」


 掠れた声で紡がれたその言葉に、身体中の血が逆流するかのような快感がアーチャーの身体をひた走った。
「は―――――」
 これが笑わずにいられようか。

 ―――穢れた情欲で高潔な光の御子を堕としめたのだ。英雄のなり損ないが真の英雄を堕としめたのだ―――
 
 アーチャーが口を笑いの形に開こうとしたその瞬間、




「―――シロウ」
 

 ランサーの口唇はもう一つの言葉を紡ぎだした。
 そう―――かつて、アーチャーが英霊となる以前の名。そして、


 最も忌むべき、その名を。




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