10.


「………………………」
 微かな寝息を立てる女の傍らにその姿はふわりと舞い降りた。
「………………確かに、マナの流れが異常だ」
 本来ならば、自らのサーヴァントが現界したことを察しえないマスターではないだろう。けれど彼の主は深い深い眠りの淵に沈んでいるのか、一向に動く気配を見せない。
「そりゃ、あれだけルーンを行使すれば……身体に変調をきたしてもおかしくないだろうよ」
 大技小技合い合せての数だけでなく、彼女は最初に英霊召喚という大儀式をこなしたのだ。その上、サーヴァントはマスターから魔力の供給を受けることによってこの世に現界する。ランサーがこの世界に血肉を受けている以上、それを構成し保たせるのは全て彼女の魔力なのだ。
「スリサズ、ソウェル、テイワズ……ああ、そういやパースも使ってたか。ハッ! 人間の魔力でここまでやってのけるとはな」
 それなのに、ランサーがバゼットから受けている魔力の量は微塵とも変化していない。つまり、彼女は、自らの身体を……魔力を細らせながらもランサーに餌を与え続けていることになる。


「……本当に、わかんねェよ、アンタは」


 どっかりと胡坐をかいて座り込み、下方から横顔を見上げるようにして呟く。
 それでも、女は目を覚ます気配はない。
 ならば、と枕元に肘をついてもっと間近でその寝顔を盗み見る。軽く敷布が沈み、その拍子に枕が傾き、彼女の頭も少しだけ揺れる。
 それでも、彼女は目を覚ます気配はない。
「………相当、疲れてんだな」
 そう思うと、どこか痛々しい。


 そう、真意も見えないことも不安ならば、彼女が何も口にしないのも不安だった。
 最初から名前を明かすようなこともなかった。一体何が目的なのかも言おうとしなかった。
 そして、様々な理由も、様々な弁解も……様々な言い訳も、全く口にしない。
 かといって、それがサーヴァントを信用していないから、というわけでもないようだ。強固な結界があるにしろ、サーヴァントに護りを委ねて、自分は熟睡しているのだ。ただの神経質な、疑心の念に駆られた魔術師にはとうていできない相談だろう。




 ランサーはサーヴァントの一、しかも魔術耐性の強固な三騎士が一角。
その上、生前魔術を修めた実績も持っているのだから、現代の魔術を察知する能力とて優れている。


 だから、分かっていた。
 

 バゼットが手にかけた女が、ヒトではないということくらい。
 そして、魔術で作られた人間―――ホムンクルスでもないことくらい。
 
 あの女こそが、あの男の犯した禁忌。
 死体を繋ぎ合わせて、意識を削り取って、偽りの記憶を植え付け―――その子宮に命を宿させた……禁忌の中の禁忌。


 傍目から見れば、バゼットは単なる目撃者を口封じのために殺したように見える。
 けれど、あの女こそが彼女の「本来」の抹殺対象だったのだろう。


 ならば、それについての説明なり何なりがあってもよいはずだ。
 彼女はランサーがどのような英雄であるかを熟知しているのだから、クー・フーリンの気質を理解しているのだから―――無作為に女子供に手をあげれば、彼女のサーヴァントはそれを受け入れられないことくらい分かっているだろうに………!!



「単に、不器用なのか……それとも何か考えあってのことなのか……?」
 なァ、バゼットさんよお。
 深く深く眠り続ける彼女に聞こえていないことを承知でランサーは呟く。
 
 
 信用されていない、と思うとやはり辛かった。
 一度捧げた忠誠を途中で違えることのなかった人としての生、英霊としての生。ようやく、彼のそんな誠意を汲み取れる主に出会えたと期待を抱いていた分、余計に。

 けれど、実際はどうだ。
 無防備に眠りにつくその姿は。
 自らの中のマナの乱れを収めつつ、魔力供給を決して怠らない誠実さは。


 落ち着いてみれば、彼女が自分にいかに信を置いているかがわかるだろうに。




「いつか、アンタの口からそれを聞かねえ限り、オレは納得しねえからな」
 もはやここまで来ると意地の張り合いに近いものがある、と分かっていながらもランサーはそれをはっきりと口にすると、再び空気の帳に身を躍らせた。



 ―――第五回聖杯戦争の幕開けはもう近くまでやってきていた。



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