11.
その土地は独特の空気で囲われていた。
特異点と呼ばれる魔力の受け皿ともなる土地の多さだけではない、長きに渡る怨念のようなものによって縛られた、因業の地。そして、それは明らかに他者を排除しようとする思念をも抱いていた。
「………確かに、これは難物だ」
冬木の土地をぐるりと回り、魔術協会から提供された「仮の工房」に身を落ち着けたバゼットは、休む間もなく魔術儀式に入った。
この土地に縁の深い聖杯製作の三家が参戦してくる以上、本拠地になる工房の強化と防衛にはいくら気を配っても配り足りない。対魔術結界の上から対物理の結界を更に準備する。
「そこまで神経を配る必要があるか?」
と、そこに彼女のサーヴァントが突如として現界してきた。
「……………………」
彼女の命令に反して姿を現した下僕を睨むという風でもなく、ちらと視線を軽く向けるだけにとどめて彼女は作業の手を止めようとしない。
「あまり結界を強固にすればするだけ、アンタがここにいるのを知らせることになるだろうよ。それとも何か、わざと自分の領域内に相手を誘いこもうという魂胆か?」
「……それはない。お前が槍を振るうのに、屋内ほど向かない場所はないだろう?」
「ふん、手前のサーヴァントの技量も信じられねえか、マスター」
「……………………」
挑発めいたランサーの科白に応えることなく、バゼットは途中で儀式を中断する。
「ならば、お前に任せよう」
発動寸前だった儀式用のルーン石に再び封印を施すと、バゼットはランサーに向き直る。
「確かに、結界は警報程度で十分だろう。対処できる人員がいるのに、余計な結界を編んでも単なる魔力の無駄だからな」
「……………………」
今度はランサーの方が沈黙する。相変わらず、この女あるじの真意が見えない。
「まあ、それはいいとして…………!」
続きを口にしていたバゼットだったが、突如として口を噤むと石を手に構えをとる。僅かではあるが、彼女より先に異変に気づいたランサーもまた、その手に朱色の魔槍を呼び出すと異常を告げる方向へ向かって構えをとっていた。
すると、
「……………随分と手荒な歓迎だな」
扉の向こうから、結界を力ずくで破ろうとした侵入者らしからぬ声がした。途端、今にもルーンを発動させる勢いだったバゼットの身体から、その内に込めた殺気が静かに収められていった。
「…………おい」
信じがたいものを見るような目つきで、未だに殺気を抑えぬままバゼットに声をかけるランサー。真正面から結界を破ってきた侵入者……敵に対して、その矛先を沈める主に納得がいかない。
「問題ない、私の知己だ」
「…………だからと言って、結界を真正面から破壊するような輩を無条件で信用するのはどうかと思うけどな」
ランサーにしては随分とオブラートに包んだ口の出し方だ。けれど、それが本心でないことくらい、彼がその武装を解いていないことで解かる。しかも、魔槍はただランサーの手に握られているだけではない、その穂先はしかと扉に向けられていた。
「ならば、こう言えばいいか?」
まるで、駄々をこねる子供を諭すような口調でランサーに語りかけるバゼット。腰に手を当ててランサーの方を向く彼女は、まるでガキ大将に振り回される女教師のようでもあった。
「あの男は聖杯戦争の監督役だ。参戦にあたって、どうせ顔見せにアイツの教会に出向くことになる……相手のテリトリーに入り込まなければならないのに、向こうが私のテリトリーに入り込んでくるというなら……好都合じゃないか」
ぴく。
一瞬、ゲイ・ボルクを握るランサーの手に力が入る。
「というわけだ。納得したら霊体化していろ……さすがに、お前の姿を見せるつもりはない」
知己といえども全てを許しているわけではない、と言外に告げるバゼットだったが、ランサーにとってそんなことはどうでもよくなっていた。
「………随分と信用しているじゃねえか、その監督役とやらを」
当てこするようなランサーの言葉に、バゼットは眉を顰めると一つ息を吐く。
「何が気に入らないんだ、ランサー。確かに、奴とは何度か仕事を共にしている。けれど、彼は聖堂教会の人間だから、少しでも彼のテリトリー内に入るような真似はしたくないんだ。それに……」
「私は歓迎されぬ客人か、バゼット」
ランサーを言い含めようと言葉を続けるバゼットに、扉の向こうから声が掛けられる。
本当に困ったように扉の方を向くバゼットに、ランサーは
「分かったよ」
と、それだけを言うと、その姿を消した。
無性に腹が立った。
稚気にも似た、嫉妬にも似た―――本当に「自分」らしくない感情を抱いている自分に、一番腹が立った。
何で、こんな気持ちになるかも分かっているから余計に。
あまりにも相性が良すぎるのだ。
その戦闘形式だけでもない、まちがっても性格などではない。
魔力の根幹……戦いを求めるような混沌とした気性と、物事に筋道、正道をを求める気性。
清も濁も併せ持つ、真に心地よく馴染み易い魔力。
主からそれを与えられているのに、どこか主との間に横たわる隙間。
そんなもの、すぐに解消できると思っていた。けれど、いつまでたっても、二人の間にある溝が埋まる気配はない。
彼女の信を得られない自分。
彼女の信を得ている男。
全く、オレは好きな女から構ってもらえないで拗ねているガキか、とどうにもこうにも可笑しくて思わず苦笑してしまう。
そういえば、あの男のために言い訳をしていた彼女が最後に言いかけたのは一体何だったのか―――………。
「――――――!!!」
鉄の弾ける音。
肉の飛び散る音。
骨の砕ける音。
そして、目に見えない絆が断ち切られる音―――。
それが突如としてランサーの全てを覆いつくした。
「バゼット!!」
何も考えられなかった。現界したランサーは、その激情の赴くまま手にした魔槍ゲイ・ボルクを振りかざす。すると、
「……………………」
「っ………………!」
倒れ伏した女と、白いモノを手にした男と―――大量の血液がその場を覆い尽くしていた。
>続く
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