3.


「……随分とデカく出るじゃねえか、マスター」
 口唇の端に歪んだ…というよりは引きつった笑みを浮かべると、青い男……ランサーはすっと立ち上がる。
 均整の取れた痩身は鋼の筋肉でつくられているのだろう、身体を覆う装甲はその線を隠すことなく浮かび上がらせている。神代の英雄として相応しい偉容を誇る男は、一方的な主従関係を要求してきた女に対して不快感を抱いていることを隠そうともしない。
 けれど、
「なるほど、それが地か」
 などと、バゼットは自分より遥かに力で勝るだろう相手からの言葉を平然と流す。
 それどころか、

「まあ、これくらいやんちゃ坊主の方が退屈しないからな」

 と、この地で知らぬ者のないほどの英雄をやんちゃ坊主扱いする始末である。さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、ランサーは相手が人間でしかも女ということすらすっかり頭の中から追い出してしまったらしい。大股で近づくと、ネクタイごと鷲掴みにしてバゼットの喉を締め上げた。
「……誰が、やんちゃ坊主だって」
 どうやら、彼の中では問題がすり替わっているらしい。先程の誓約(ゲッシュ)の強制などどこへやったのか、バゼットの言葉尻を捉えて怒りを露にするランサーは、神のように崇め奉られる英雄の姿を感じさせない。
そんなランサーの様子に眉一つ動かすことなく、バゼットは自分の喉元にかかる手首に自らの手を重ねた。
「……………………」
 途端、水をかけたようにしてランサーの表情が変わる。
 静かだが、紛れもないほどの殺気をバゼットから感じたのだ。


「………………へえ」
 面白い、と素直に思えた。
 たかが人間、しかも女。
 なのに英霊と崇めたてられる自分に対してこの態度はどうだ。真っ向から主として振る舞おうとし、力ずくでどうにかしようという意思を隠そうともしない。
 まるで、野性の獣を従わせようとするような……そんな強い力と思惟を感じる。
 これが実力を伴わないような輩であれば軽蔑意外の何物も感じないだろうが、眼前の女から放たれる雰囲気は十分すぎるほどの力を匂わせていた。
 魔力だけでなく、その肉体にも研ぎ澄まされた刃を潜ませている。
 こんな女に巡り合うのは本当に久しぶりだった。
 だから、ただ純粋に興味を抱いた。


「………いいだろう。お前をオレの主として認めて忠誠を誓おう―――『オレ』の意思として」

 
 ランサーとしてではなくクー・フーリンとしての意思。
 聖杯を仲立ちとした主従関係ではなく、純然たる人と人との意思の元で交わされる主従関係。 一度従うと約した主にその生涯でただの一度たりとも叛することのなかった、忠節無比な英雄の誓約。


「そうか」


 その道にあるものなら誰でも喜ぶだろうものを手に入れたというのに、バゼットの表情は一向に変わることはない。それどころか、身に纏う雰囲気はより一層鋭い刃となってランサーに向けられる。
「………………………」
 何が気に入らないというのだ、この女は。
 ―――他でもないこの自分が絶対の忠誠を誓ったというのに。
 そんなランサーの心の内を見透かすように、バゼットの目が細められる。敵意をむき出しにした猫のように。
 その瞬間、
「ッ………!!」
 ギリ、という音と同時にランサーは顔を顰めた。骨や肉や…神経までも断ち切ろうとするような圧迫感、それが自らの手首に圧し掛かっている。見れば、バゼットの一見華奢な指がランサーの手首に食い込む形になっていた。
 引き千切らんばかりに。
「………さっさと、手を離せ」
 氷の女王もかくや、というような冷たい声で淡々と告げるバゼット。行為で示している上に口に出してまで付け加える容赦のなさに、先程の忠誠はどこへやら、ランサーははっきりと認識した。


 ―――気に食わねえ。


 別に力を誇示してきたことや、それが容赦がないほど強力だったからではない。
 忠誠を―――他でもないクー・フーリンの忠誠を捧げられたにも関わらず、この女はそれを「信用していない」のだ。すぐに手を離さなかったのは確かに彼の落ち度かもしれない。だが、彼にしても別に他意はなかったのだ。むしろ、見下ろす視線に真っ直ぐに応える女の視線がただ美しいと感じて、もう少し眺めてみたいと思ってしまったのだ。
 けれど、女はそれを許さなかった。
 女は自分を「敵」として認識したのだ。

 自らのサーヴァントを敵として認識するマスター……そんな相手に喚ばれた自分に、今回も運がなかったとランサーは結論を下した。



 けれど、この出来事はまだ始まりに過ぎなかったのだ。



>続く
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