4.
とんでもない邂逅。
想像を絶する第一印象。
けれど一応はまだ救いようはあるだろう、とランサーは勝手によい方向に考えることにした。
内包する魔力も、英霊である自分を強引に従わせようとする物理的な力も、主として戴くには申し分はない。力のない主にこき使われるというのだけは御免被りたかったランサーとしては―――そんな主に当たってしまえば、邪気のない彼の唯一の望みが叶うはずもない―――、その主の美点にだけ注目することにした。
「……契約、完了だな」
そう告げると、女はランサーに背を向ける。契約を済ませたからにはもう用はない、とでも言うかのように。
「おい! マスター、ちょっと待て!!」
そんな彼女の冷淡な反応に、ランサーはやはり納得がいかない。そもそも、サーヴァントである自分が名を明らかにしているのにマスターの名が知れないのは不公平だと思うし、だいいち居心地が悪い。
それに、女を名で呼ばないのは彼の主義に反する。
いくら男のような服装をしているとはいえ、いくら男のように見せかけているとはいえ、主はどう見ても女だ。
しかも極上の。
金糸の髪、碧玉の瞳……ぬけるような白い肌。
凛とした声も、上等な細工物のような指も。紅を刷いていなくても皓々とした口唇も。
紛れもない、女のもの。
しかも、出会い頭に自分を力ずくで押さえようとした気の強いところは、嫌いではない。
だから、だから本当に軽い気持ちで女あるじの肩に触れた。だが、その途端、
「―――!!」
ランサーの頬を魔力の奔流が掠めていった。
威嚇のために放たれただろう一撃ではあった。ランサーにしてみればかわすのに他愛もないものではあった。
けれど、彼とて考えもしなかった。
まさか、自らのサーヴァントに呪い(ガンド)を放つようなマスターだとは。
「………………………」
「私に触れるな。それから…私の指示がない場合は霊体化していろ」
一方的な命令。それだけを言うと、彼女はランサーに背を向けた。そして、歩を進め始めた。
まるで拒絶するような女の背中。
それを見遣りながら、ランサーは一つ舌打ちすると姿を消した。
丘は降り注ぐ朝の陽で、山吹色に彩られている。
そこに、ランサー……光の御子クー・フーリンが呼ばれた痕跡は既に消え失せていた。
太陽が中天に座す時刻に近づいていた。バゼットは英霊召喚という大仕事を終えたばかりというのにも関わらず、その足で街中を歩いている。
(………………………)
彼女の半歩後ろを、霊体化したランサーもまたついて来ていた。いくら気に食わなかろうとも主は主。しっかりと後ろを護り、主に害を為そうとする者の気配を探っている。もっとも、賑わう街の様子を眺めることも忘れてはいなかったが。
何しろ彼が英雄として生を受けていた時分と大分様相が異なる。見たこともない金属製の道具やら乗り物やら。露店で売られている食べ物もまた、様々な種類のものが多い。以前は贅沢品であった甘い菓子なども、たくさんの人間の手に行き渡っているようだ。
けれど、いつの時代も変わらないものもある。と、その時、彼の主の前を数人の子供たちが横切っていった。手にしているのは長い棒状のもの……ハーリングのスティックに他ならない。横目でその集団を追いかけていくと、あろうことかそのスティックで同年代の女の子のスカートを捲りあげているではないか。思わずランサーはぷっ、と吹き出してしまった。
「………………………」
聞こえているだろうに、主は何も言わない。ただ彼女もまた一瞬だけ視線を泳がせたようだった。横顔も見えないが、ランサーにはなんとなく気配で察せられた。
―――あれほど噛み合わないと思っていたのに。
同じものを見ているかと思うと、ほんの少し親近感が沸いてくる。
そんな女の後姿を見ていたランサーだったが、彼女の足がそこで止まった。心持ち臨戦態勢に入れるように意識を向けたランサーだったが、女あるじの背中越しに広がる世界は花の群舞。
(………一体、何だ?)
大小様々な籠に入れられた花の数々。白も赤も、黄も薄紅も……季節は冬だというのに、百花は惜しげもなくそのあでやかな姿をあらわにしている。と、その中から花を掻き分けるようにして女が出てきた。
「山査子(さんざし)の枝が欲しいのだが」
出てきた女に主が告げる。すると、女は心得たかのように花の中に戻ろうとした、が、
「山査子なら……うちの庭にある枝の方が……」
枝ぶりもよいので、そちらの方がよいと思うわ。
そう言うと、女はバゼットの返事も聞かずに花の中へと戻っていった。まるで、空気の妖精がくるりとダンスをしているかのような機敏な動きで。
「…………………………」
(…………………………)
間もなく、女は戻ってきた。手には一枝の山査子を抱いて。
「どうぞ」
にっこりと笑みを浮かべながらバゼットに手渡す。彼女もまた、口角を軽く上げるだけ……とはいえ、絵に描いたような笑みを浮かべてそれを受け取る。そして、ジャケットのポケットから紙幣を出して女を手渡そうとしたが、女はそれを受け取ろうとしない。
家の樹木の枝を分けただけだから、と。
すると、バゼットは受け取ったばかりの山査子の枝を手にすると、女の腹部に円を描くようにそれを振った。女の腹部の膨らみを全て囲むようにして柔らかな線を描く。
「ありがとう。
……元気な子が生まれますように」
優しい声でそれだけを言うと、バゼットもまたその身体を翻す。
その時、バゼットと向き合う形になったランサーは彼女の表情に思わず目を見開いた。
先程まであっただろう暖かな色は……女性特有の柔らかさは毛の先ほどもなく。
そこにあるのは、冷徹な魔術師としての顔であったということに。
>続く
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