5.


 山査子。
 薬理において重宝される実だけでなく、枝葉は魔除けとしても用いられることがあった。おそらく女あるじが求めたのは後者の理由だろう、と勝手に当たりをつけたランサーはくるくると枝を弄ぶ彼女の手先に視線を向けた。
 本当に細工物のような指だ、と。
 彼の生きている時分、女を褒め称える時にその一番美しい箇所を尊称として用いたが、この女あるじの場合は間違いなく指だろうと思えた。何しろもただ美しいだけの指ではない。ランサーに容赦ない攻撃を加えたのも、ガンドを放ったのもこの指だ。
 だから、

 白鋼(しろがね)の指の―――

 ふと、そんな形容が頭をよぎった。だから、周囲の喧騒から外れたところで彼女の耳元で囁いてみたのだ。
「おい、白鋼の指の」
「……………………」
 返答はない。
 なので、今度は心持ち大きめの声で更に呼んでみた。
「さっきから呼んでんだろ、マスター!」
「……………………」
 すると、彼女は何一つ表情を変えないまま片方の耳を指で塞ぐ。無言の意思表示を理解しながらも、いやそれだからこそ余計にむっとするランサーに、
「もうすぐ臨時の工房に着く。話はそれからにしてくれ」
 彼女はランサーのいると思しき方角に首だけを傾けると、それだけを言った。
 霊体化しているサーヴァントはいくらマスターとて完全に把握することは難しい。なのに、彼女の視線は正確にランサーの瞳へと向けられていた。



「現界しろ、ランサー」
 主の命令が聞こえるや否や、ランサーは直ぐにも人の形をとった。地に着く足の感触はやはり好きだと思いながら。
「へえ……今の時代の家屋はこんなものか……」
 天井はあまり高くなく、廊下の幅も広いとは言いがたい。部屋そのものもこじんまりとしているんだろうな、と周囲をきょろきょろと見回すランサーに、女あるじは、
「これに、血を一滴垂らしてくれ」
 と、ルーンを刻んだ小さな銀板を取り出した。刻まれるルーンは『門(スリサズ)』……その文字に込められた力を感じ取ったランサーは、何も言わずに自らの歯で指先を軽く噛むとそのまま銀板に血を落とす。
「……お前、ルーンを扱う魔術師か」
「そうだ」
 それ以上何も応えず、彼女は普通に鍵を使い扉を開く。その後に続いたランサーは、部屋に入ると開口一番に問うた。
「……マスター、あんたの名前をまだ聞いていない」
 そんなランサーの問いに、女はジャケットを脱いでネクタイを緩めながら、
「……バゼット」
 一言だけ口にすると、小さな卓の上に放置してあったらしいカップを手に取る。そのまま一口だけ口にすると、今度は全身でランサーに向き直った。
「他に、質問はあるか?」
「え……いや……」
 急に話の矛先を向けられて思わず口ごもるランサー。そんな彼にもう一度だけバゼットは口を開く。
「確かに、名乗るのを忘れていたのは私の失態だ。すまなかったな」
 先程とは打って変わったかのようなバゼットの素直さに、少々拍子抜けしないでもないランサーだったが、そんな彼女に軽い悪戯を仕掛けたくなった。
「確かに、不公平だよな……アンタはオレのことをよく知っているようだったが、オレときたらようやく名前を知らされたばかり」
 そんなランサーの揶揄に、バゼットは顔色一つ変えない。
「……私がルーンを使う魔術師ということは分かっただろう」
 入室の際に、結界の門の鍵としてルーンを発動させた。詠唱らしき言霊も短節、ただ「スリサズ」と口唇を動かしただけであるかのような小声で。それはつまり、ある程度の実力がなくてはできないことだ。
 その辺りを喚起させるように答えたバゼットに、にやり、と意地の悪そうな笑みを浮かべて口を開くランサー。
「別に、ルーンを『ただ扱う』だけならある程度修行すりゃあできるだろうよ」
「………………………」
 ランサーの言葉の意図を察しているのかいないのか、バゼットはただ沈黙で応じる。
「ついでに、スリサズを『門の鍵』として扱うのは初歩の術じゃねえか」
「……なるほど」
 そこで強引に言葉を切らせると、バゼットは自分より高い位置にあるランサーの瞳を真正面から射抜いた。


 ―――なんていう、眼だ……。

 バゼットの目に宿る光は鋭い。
 刃のようであり、雷のようであり、そしてまた槍のようでもあった。
 

「……少し待っていろ」
 ふい、と視線を外すとバゼットは奥の間へと向かう。開いた扉の隅には何やら棚らしきものが垣間見える。がた、と物を動かすような音がいくつか鳴ると、間もなく彼女は戻ってきた。
「確かに、私はお前のことを知っている―――その名も、その勇名も……その誓約(ゲッシュ)も」
 ゲッシュ、という単語にランサーの眉がぴくりと動く。
「けれど、お前は私のことを知らない……それは確かだ。なら、」
 と、バゼットは放ってあった上着を再び身に付けると首元のタイもきゅっと絞めた。


「私の力を…聖杯戦争に参戦するに値するものかどうか知れば気が済むのだろう、ランサー?」


 上着のポケットに何かを突っ込みながら、再びバゼットはランサーに視線を向ける。
 その視線は今まで彼女がランサーに向けたどのようなものとも違っていた。

 氷のようでもない。
 刃のようでもない。
 ましてや、槍のようでもない。


 誘惑する、女の視線だった。



>続く
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