6.


 夜の街は静寂。
 街灯があるといっても、少し道を外れたりすれば、辺りは一面の闇に包まれる。
 そんな中、バゼットは一人で歩いていた。もちろん、背後には霊体化しているランサーを従えてはいたが。
(………………………)
 周囲に気を張り巡らしながらも、後姿のバゼットから視線を外せないランサー。
 何しろ、部屋を出るときに見せた彼女の表情が理解できなかったのだ。これから房事になだれ込むわけでもあるまいに、その視線は妖しいまでに女そのものだった。あんな顔もできるのかと後になってから感心したが、戦ごとを前にそんな顔をする彼女が不思議だった。
(……掴めねえ………)
 つらつらとそんなことを考えながら、歩いていたランサーだったが、足音一つ立てずに歩いていたバゼットが立ち止まる。


「着いたぞ、現界しろ」
 

 戦闘開始の宣言。
 周囲の闇を圧倒するように現界するランサーの存在を背中で確認したのか、バゼットは上着のポケットに入れていた石を一つ取り出した。寒いのか、彼女の手は黒い手袋で覆われている。
「ん……ここは………」
 壁のように立ちふさがる前方を見ながら、ランサーは数時間前の記憶を辿る。
「倉庫だ、あの花屋の」
 ああ、と納得したランサーはバゼットが弄んでいる小石に目をやる。白い手指が見られなくて残念だとかどうでもいいことを思っていたランサーだったが、小石に刻まれた文字を見て、思わずぎょっとする。まさか、そう思ってバゼットに声をかけようとするが、

「お、おま…………」
「『太陽の欠片、全ての力の源たるもの』―――」

 石を手にしたバゼットは詠唱に入っている。その詠唱の意味と、石に刻まれたルーンを照らし合わせれば、考えうることは一つだけだった。

「―――『其はあまねく世界を照らせり、あまねく世界を造りたり、あまねく世界を灰燼に帰したり』」
「ちょ…………!!」

『完全(ソウェル)』のルーンは太陽のルーンとも呼ばれ、生命力の象徴であるばかりでなく、それらを全て打ち壊す大破壊の意もまた含んでいる。解放をすれば、豊かな生命力だけでなく破壊の炎塵も発することになる。バゼットの詠唱は「大破壊」を促し、その声に合わせるように、石は次第に輝きを帯びて熱を発し始めた。途端、



 ―――爆音が轟く。



 倉庫の外壁と思しきコンクリートは剥がれ落ち、中の鉄骨すらひび割れ、屋内にあるものまでもが徹底的に破壊される。
 そして―――爆風に煽られ宙に舞う幾百、幾千もの花びら。紅も白も、黄も橙も、紫も…多種様々な、花という花の一斉乱舞は、あまりにも非現実であり、あまりにも幻想的。
 そんな中、バゼットは身動き一つせず、ただ前を見据えていた。
「無茶なコトしやがって………!」
 何処からともなく飛来する危険物から主を守ろうと、ランサーはバゼットの正面から彼女の身体を抱きしめ、強引にその場から移動しようとする。が、
「―――出て来たか」
 羽毛の如き軽やかな動きでランサーの身体を押しのけるようにして振り解くと、バゼットは炎上して倒壊した建物の中から出てくる人影の真正面に立った。そして、半分だけ頭を巡らすと「手を出すな」とだけ口にした。



「………キサマ……………!!」
 炎の中から現れたのは男。
 年のころは不惑を少し超えたかという程度で、至って特徴もないどこにでもいそうな……それこそ平凡な花屋の主人として店先に立っていそうな、そんな男である。
「用件は分かっているのだろう……?」
 挑発するように腕を組み、前方に睨みをきかせるバゼットに、男は憎悪の叫びを上げる。
「この……協会の犬めが……っ!! よくも私の子供たちを………!!」
 よく見れば、男は何かを抱きしめている。
 男と同じ色の肌と、幾分濃い色の肌と……明らかに人種が違うであろう肌。それぞれが別個体であるならばまだしも、それらは全て一つに繋がっている―――。


 まるで、ゴシック・ホラーに出てくるような、等身大の人形。
 けれど、あまりにも肌の質感がリアル。
 髪の艶までもリアル。
 爪までも……マニキュアを乾かしている途中で擦ってしまったらしい跡がリアル。


「フランケンシュタイン博士を気取るか……それとも、シェリー夫人を気取るか……? どちらにしても、死者と生者の融合というだけならば、お前は協会から封印指定を受けることもなかったのだがな」
 冷酷な声で罪状を読み上げる声は、地獄の能吏もかくやというほど。
「むしろ感謝されていたかもしれん。内臓の移植ほど、骨や筋肉や脂肪などの移植は一般化していないのが現状だ。けれど、死者の意識を生かし、生者の意識を……魂を侵食するところまできてしまっては、それは魔術の領域を超えている。しかも―――」

 一度言葉を切るとバゼットは微かに頭を落とした。俯くというほどもなく、ただ僅かに頭を動かしたのだ。

「これ以上は言っても仕方のないことだ。あきらめておとなしく私に殺されろ」
 判官の下す死の宣告に、男は震えている。
 けれど、それは恐れからくる震えではなく、
「犬、犬めが!! キサマ誰の許しを得て私の可愛い子供たちを……っ!! よくもよくもよくもよくも……!!」
 半狂乱になるほどの怒りもあらわに、男は一直線にバゼットへと向かってくる。それでも手にした人形―――人体融合の末の―――を手放そうともしない。いや、その人形こそが男の魔術の成果であるならば、手放すことなどあろうはずもない。むしろ、それを利用してこの場の活路を見出そうとするのは当然だろう。

 けれど、バゼットは身動き一つ取らない。
 傍から見ていたランサーも僅かとも動かない。
 何しろ、握り締めた彼女の手からは、今にも力が生まれるという気配がありありと感じられたのだから。



「戦士(テイワズ)」


 ただの一音。
 やはり、とランサーは自らの予想に間違いはないと……ひいてはバゼットの勝利を確信した。テイワズは「戦いの勝利」とも称されるルーンだ。
 けれど、その言霊から発せられる姿はランサーの想像外のものだった。


「え…………………?」


 光条を束ねた刃。
 判別の剣を象ったルーンから生み出された刃は「剣」ではなかった。
 長い柄と、それに比べて短い刃。それは彼の主体兵装の姿。


 バゼットの手に握られていたのは、紛れもなく「槍」だった。



>続く
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