7.


 光の欠片を鍛えて拵えたような槍。
 もともとテイワズのルーンは槍の形に酷似している。が、あくまで意味する言葉は「剣」。しかもバゼットが手にしている槍の形状はどこかランサー……クー・フーリンの古い記憶を刺激してやまない。


「あれは……轟く五星(ブリューナグ)………? いや……」


 聖堂教会に関わりのある者ならば、祭祀の時に用いる十字杖に似ているとも思えただろう。確かに、十字の形を先端に戴いてはいる。
 けれど―――それは紛れもなく十字杖ではなく十字槍。
 慈悲という名の罰を与えるためのものではなく、一切の反論を許さない断罪の刃。
 その光の焔を手にしたバゼットは、狂乱の末に突進してくる男に容赦なく十字を衝きたてた。 光の軌跡は全てのものを断つ。
 穢れた命も、穢れた魔術も、穢れた身体も………そして、穢れたココロも。
 塵一つ残すことなく男も、そして男が身を堕としてまでも作り上げた人形も光の彼方へと消え去った。
「………………………」
「終わりだ」
 後に残る残骸を見渡しながら、何の感慨もなく終息を告げるバゼット。その声に、惚けたように固まっていたランサーは慌ててバゼットの側へと近づく。
「バゼット、今のは……」
 人の手に委ねられるべき力では……槍ではない、そう言葉を続けようとしたランサーだったが、鋭い動作でバゼットがそれを止める。
「…………まだ終わってなかったな」
 結界は張っておいたのだが、とついでのように付け加える
 見れば、ひっ、と息を呑む女の姿がそこにはあった。




 女はまさかこのような事態に遭遇するなど考えてもいなかった。
 夕食後、夫である男は倉庫に用があると言って店舗兼自宅を出た。明日店先に並べる枝物を取りに行くのだと言ってはいたが、彼女は夫が全てを語っていないことに気づいていた。
 何かを取りに行く、というのは口実。何しろ、数十本の枝を取りに行くのに三時間も四時間もかかるわけがないのだから。
 それでも、彼女はただ黙って夫を見送っていた。何より冬の倉庫は冷える。数年も叶わなかった小さな命……大きな希望を宿している身としては、易々とそれを失うわけにはいかなかった。

 だって……あの人が待っていたのだもの……。

 子供ができた、と告げた時ほど喜びに溢れた男の顔を見たことがなかった。まだ膨らみかけの腹に耳をあてて、聞こえるはずもない子供の鼓動を聞こうとするそんな男が心底愛おしいと思った。
 
 早く…戻ってこないかしら。

 昼間、山査子の枝を求めてきた女性から「祝福」をしてもらったことも話していない。通りすがりの観光客のように見えたのに、枝を振るその姿はまるで威厳ある女ドルイドのようだったから、きっと元気な子が生まれるだろう………。
 そんなことを考えながら女は夕食の後片付けを終えた。そして、ストーブの前に陣取ると子供用の靴下を編み始める。夫のことを笑えない自分にほくそ笑むと、鈎針をいそいそと動かし始める。
 ……始めた、はずだった。

 何だろう……嫌な、感じがする………?

 漠然としたそれは、ただの取り越し苦労だろう。そう自らに言い聞かせつつも、一向に華奢な指は動かない。それどころか、指先は次第に痺れていくような、感覚がなくなっていくような気がするのだ。何より、まるで身を…ココロを引き裂かれるようなイメージさえ頭に浮かぶ。

 何……!?  いや、嫌……いや、っ………!!

 ついには鈎針をもその指から落としてしまう。いやいやをする幼児のように、二度三度と首を振ると彼女は上着をかけることすらせずに走り出し始めていた。
 台所にある勝手口の鍵を開けることももどかしく、乱暴な手つきでこじ開ける。すると、彼女の眼前に広がっているのは―――


 廃墟どころか瓦礫と化した建物。
 ふわふわと風花のように舞う、色とりどりの花びら。
 その跡に立つ、金色の槍を手にした女の姿。そして、その女を護るように立っている青い男の姿。


 あまりにも暴力的な絵姿なのに、どこか儚げな―――そんな風景だった。





「……………………」
 女の姿を視界に入れると、バゼットはその手にあったテイワズのルーンを握り締める。けれど、すぐにその手からルーンを刻んだ石を手放した。既に、魔術兵装として何の意味も持たないほど、その光威は衰えきっていたのだ。
「ランサー」
 側にいる自らのサーヴァントに声をかけると、バゼットは視線を合わせることなく男の顎に触れて、言った。


「手を出すな」


 一秒が永遠にも感じられる、そんな瞬間。
 意味を察したランサーがバゼットの姿を追いかける。しかし、ランサーが制止の言葉を掛けようとしたとき、既にバゼットの腕は女の心臓を貫いていた。
 音もなく女の身体は崩れ落ちる。と、すかさずバゼットは炎のルーンを解放した。舞い上がる紅蓮の炎の中に、女の身体は見る見るうちに形を失っていった。


「―――今度こそ、終わりだ」
 上着を血で染めて、いや上着ばかりでなくその下の白いシャツも…更に白絹のような肌も血で汚して、バゼットはランサーの方に向き直ると宣言した。
「お前…………」
 何か物言いたげなサーヴァントに構うことなく、バゼットはランサーの横を通るとそのまますたすたと歩いていく。
「何をしている。私の仕事は終わった……後始末はちゃんと協会から派遣されている別の者が行うから気にしなくていい」
 そんなことを聞きたいんじゃねえ!!―――そんな言葉をぐっと飲み込んだランサーは、何も言わずにバゼットの後に従った。



 炎は一片の骨すら残すことなく、その紅い牙を静かに収めていた。



>続く
>戻る



>小説部屋に戻る