13.


 けれど―――それでも、士郎の中にある『正義の味方』の概念が崩れることはない。
 崩れることはない、崩すことを考えてはいけない、崩れることは赦されない……!!

 誓いと願いに縛られることを、少年は自ら選んだのだから。
 理不尽な悲しみの前にさらされる者を護ろうという誓い、正義の味方になるという願い―――その理想の前に自らを差し出すことを選んだのだから。

 そんな少年の口から出てくる言葉。
 それはいくら男が諭そうとしたところで、謝罪の言葉以外のものになることはなかった。





「……………………」
 そんな士郎の頑なな様子に、ランサーは小さく息を吐く。
 けれど、真っ向からこの少年を否定することなどできるはずもない。

 誓いと願いに縛られることを、男は自ら選んだのだから。
 主を決して裏切らない、その名に相応しい生を貫く誓い、死力を尽くした戦いを繰り広げるという願い―――そのどこか危うげな生き様の前に自らを差し出すことを選んだのだから。

 その相似性ゆえに、クーフーリンは衛宮士郎を否定することなどできない。

 あまりに無謀な誓いと願いを抱き、それを決して捨てようとしない在り方を一笑に付すことなどできるわけがない。
 槍兵が自分の生き様に誇りを持って歩いてきたように、この少年もまた決して自らの道を閉ざすことはないということくらい、解らないわけがない。

 少年が抱くただ一つの矛盾を除いては、心の内側に抱くモノの本質が同じ。
 だからこそ少年の魔力は槍兵の身体に深く深く馴染む。


 そう、ただ一つの矛盾―――それを思い、ランサーが士郎の手を解放した瞬間、
「!!」
 下に落ちるはずだった少年の手は、逆に離そうとしたランサーの手首を捕まえる。
 ぎゅ、と力を込めて握る。
「…………っ…………」
 唐突にやってきた痛みに、微かではあったが苦痛の色をその顔を浮かべると、ランサーは士郎を射抜くようにして睨む。

 魔槍を宿す、暗い煌きを帯びた瞳で見つめる。
 獲物を狙う、獣の如き色を滲ませて狙いをつける。

 いくらその心に折れないものがあるにしろ、ランサーの瞳の輝きの前に二度も命を落としかけた少年のこと。
 それを思い出させてやればいい。
 人間は己の中に抱く恐怖を克服できないからこそ人間。
 未だ英雄、英霊の位へと至らぬこの少年であれば―――そんな意図を持って士郎に視線を向けたランサーだったが、


「………アンタを、助けたいんだ…………」


 物言いたげに震えていた少年の口唇からそんな呟きが漏れる。そして、手首に掛けられた少年の手は、尚一層の力でもって強く握り締めてきた。






 贖罪でもない。
 ましてや、哀れみなどでもない。

 人を犯してしまったという自分の行為と真正面から向き合いつつ、士郎は懸命に思考を働かせたのだ。

 主を厭いながらも、決してその命令には逆らわない。
 充分な魔力を魔力回路を以て与えられることが叶わない上、拘束されて性交という手段で与えられるにも関わらず、実力で主を排除にかかることもない。

 そんな男を「助ける」ためには自分に何ができるのか。
 
 無理を強いる男の主を斃せばよいのか………?
 誰の手も及ばぬ僻地へと逃げおおせればよいのか………?

 不可能だということくらい解っている。
 けれど、そのまま見過ごすことなどできない。
(この思いは崩れることはないのだから)
 自分に分不相応なことだと解っている。
 けれど、このまま何もしないでいることはできない。
(この思いは崩れることはないのだから)

 この手は、決して離すことはできない……!!
 他でもない―――眼前の男が、それを「望んでいない」としても………!!!


 頭のどこかで警鐘が聞こえる。
 コレハ『正義ノ味方』ノスベキコトデハナイ、と。
 心の奥から懐かしい声も聞こえる。
 君ガ目指ス『正義ノ味方』トハ、ソンナモノデハナイダロウ? とも。


 分かってる……解ってるんだ、爺さん。
 誰かを助けるということは、誰かを助けないことと同義だとアンタは言った。
 その通りなんだ。現に、俺は………


 俺の願いを叶えるために、俺の生き方を正当化するために、俺の存在意義を揺るがせないために―――助けられることを望まない彼を、無理やり助けようとしているのだから。

 こんな矛盾に出会うなんて、考えもしなかった。
 目の前に救い出せるものがあれば、自分の手を差し延べるだけでよいと思っていた。
 けれど、まさかこんなに切羽詰ったときに『正義の味方』はそんな単純なものではないと気づくことになるなんて―――!!


 それでも―――それでも俺は、この手を離すことなど………できるわけがない……!!





「打つ手なし、か………」
「え………………」
 自分の内で激しい葛藤を続けていた士郎だったが、ランサーのそんな呟きに思わず顔を上げる。つまらなそうにそっぽを向いていた全裸の男だったが、顔を上げると同時に気を抜くような声を発した士郎の手が緩んだ瞬間を逃さなかった。
「!!」
 少年の手も指も腕も、成長途中の未発達なもの。それに対して男の手は、槍を握り槍を操るために鍛え抜かれた―――完成されたものに近い。そんな男の手に捕まえられたら、少年には逃れる術などない。
「っ………ぷっ…………」
 腕を掴まれ、グイと引っ張られ、士郎は体勢を立て直す余裕などないままに、枕に顔面を叩きつけられる。みっともなくうつ伏せのままになることを拒むかのように、ベッドのスプリングの反動を利用して仰向けの体勢を取る士郎だったが、

「…………………」
「………いいザマだな、小僧」

 上半身どころか、腕の力で胸から上だけを持ち上げるのがやっと。
 そんな士郎を嘲笑うかのように、白い肌の男は口唇の端を持ち上げる笑みを浮かべながら、士郎の身体に跨る形で膝立ちの体勢のまま見下ろしてくる。

「あ……………………」
 差し込んでくる月の光は、その男の表情を映し出す。口の端に笑みらしきものを浮かべてはいても、男がどんな感情を抱いているかは判別がつかない。
 怒りか哀しみか。それとも全く別の感情なのか。
 男の白面を撫でる月の光は、紅玉のような男の瞳も撫でるようにして照らし出す。けれど、普段は表情同様に雄弁なその瞳にも、感情らしきものが窺えない。
 そんなランサーの視線にさらされながら、士郎は一つの結末にたどり着く。


 ―――自分がこの男にしたことを、同じようにされるのかもしれない………。


 それならそれで、妙な具合に納得がいく。
 むしろ、それくらいで済むならいいか、なんて思ってしまう自分がいるのが情けない反面、受け入れてやるという覚悟が新たにできあがる。

 少し怖いけれど、仕方ないじゃないか。
 そんなふうに、自分の中で気持ちに折り合いをつけた士郎だったが、



「オマエはオレを助けたいと言ったが―――生憎とオマエができることは………」



 想像もしていなかったランサーの科白に、士郎は驚きを隠せない。
 思わず問い質そうとした士郎だったが、



「………っ………!!」



 目の前の光景に、言葉は出てきようはずもなかった。 




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