14.


 今の自分にできること………?
 そんなものわかるわけがない。なのに、男は言う。

 首に腕を回して、圧し掛かるようにして―――まるで恋人に甘えるかのような仕草をしながら―――口唇を微かに動かす。


 "――――――だろう……?"


 え? と、問い質そうとする士郎から逃れるように、ランサーは腕を離すと再び士郎を見下ろす。眩しいものでも見るかのごとく目を細めて、思考が追いついていないのか呆然とした風の士郎を見つめる。
 そして、彼は士郎の視界から姿を消した。



「え……………?」

 微かに触れていた、温みをもった肌の感覚が消える。
 戸惑いを覚え、無自覚のうちにゆるゆると首を振って何かを否定しようとする。
 ここでこんな別れ方を、終わり方をするものではないだろうと、どこか信じられないくらいにあっけない。
 親に捨てられた子供のような気持ちというのは、こういうものだろうか……? そんなことを思いながら一度瞼を瞬かせ、士郎は自分の視界から消えた男の名を呼んでみようと震える口唇を動かした。

 けれど、それは刹那の出来事。

「……………っっ!!」

 次にやってきたのは身体の温度を一気に上げるような、感触。
 びり、と静電気に近い……けれど、遥かに大きい電流のようなものが全身を駆けていくようにも感じられる。
 けれど、それは決して不快なものではなかった。
 むしろ、脳髄が痺れていくような快感に近いものだった。
 
「な、何して……………っ」
「あん? 見りゃわかんらろ」

 どこか舌足らずな喋り方をするランサーをまじまじと見つめることしかできない士郎。
 それもそのはず。
 自分の大腿の間から顔を上げる男の手に握られているのは自分の性器であり、その先端がしとどに濡れぼそっているのは男が口にしていた名残なのだから。

 
「説明が足りねえか? オマエの………」
「いいっ! 説明いらないっっ!!」


 瞬時に顔を紅潮させながら、首を振ってランサーの言葉の続きを止める士郎。すると、
「………じゃ、おとなしく感じてろ」
 それだけ言った男は、再び士郎の性器の先を口に含む。口唇の裏側で吸い付くように触れて、長い舌の先で先端をつつく様にして、士郎への口唇愛撫を止めようとしない。
「っ…………っん……………」
 びりびりと痺れる感覚が再び士郎を襲う。痺れという名の快感に支配され、全身の力が一気に抜けてしまい、少しばかり起こしていた身体も寝台に沈ませてしまう。
 舌ばかりではない。丁寧な仕草で凝った部分を摘まれ、根元から先端へ押し出されるように誘導される。そんな男の手に指に翻弄され、何かに縋りたくなるくらい喜悦を与えられる。
 右手で敷布を掴んで縋る。
 けれど、まだ頼りない。
 そんな士郎の左手は無意識なまま、縋るものを求めて動く。すると、何か柔らかなものに触れた。
「…………………く、っ………」
 触れるまま、それを掴む。
 指に絡めて、自分の方に引き寄せるようにして掴んで、縋る。すると、
「っっ……………!!」
 柔らかな口唇と、硬い歯の交互の刺激を受けていた士郎の先端が、狭いところに導かれる。きゅ、と柔らかな喉の粘膜に絞られて、快感はいやがおうにも増すばかり。
 引き寄せるように縋った結果、それを要求と取ったのか士郎の雄を含んでいた口は奥深くにまで飲み込んでいく。
 違う、とばかりに士郎はランサーの髪を掴んでいた手を離すが、身体の内に点った火種はもう消すことができない。
 そうして新たにやってくる快感に息を呑み、かたく瞼を閉じた士郎だったが、


「…………………え…………?」


 突如として、強い喪失感に襲われた。
 もちろん、発生した欲望の熱は未だに体内を巡っている。その証拠に髪をつたって流れてきた汗が目の端を通っていったのだから。呼吸も未だに荒く、胸が上下しているのだってわかるくらいなのだから。
「………………………」
 わけもわからないまま士郎は天井を見つめたまま二三度瞼を瞬かせた。とりあえず、と身体を起こすと、そこには、
「………………………」
 手の甲で乱暴に口元を拭っている男がいた。まじまじと見つめる士郎の視線に気づいたのか、投げやりな視線を返す。

「あんだよ」
「………………え、と…………」


 どこにでもあることなのに、この男の所作がたまらなく淫靡に思えた。
 男の紅い口唇の周りを汚しているものが何であるのか知っているから余計に。
 差し込んでくる月の光が汗に濡れた男の身体を照らし出すから余計に。
 そして、口を拭い終えた男が男が獣のように四つんばいのまま自分の方へと近づいてくるから―――余計に。


 近づいてくる………?
 え、と思った瞬間、
「………………………」
「おとなしくしてろよ、ボウズ」
 とん、と起き上がったばかりの身体を再び敷布の中へと倒される。そして、横たわる士郎の上から四つんばいのままのランサーが歯を見せて笑う。

 それはまるで、獲物を喰らう野性の獣。

 これから食べられる弱い獣のような自分を思い浮かべた士郎だったが、不思議と「喰らわれる」という恐怖感はなかった。
 けれど、どうしようもない恐れは士郎の心の隅から糸を張り巡らせていく。



 それは―――



「くっ…………!!」
「ん……っっん…………っ………!!」

 敏感な雄芯に手を添えられる。

 更に敏感な先端は、熱く柔らかな粘膜に包まれた狭い空洞に導かれる。

 それは、この部屋で最初に味わった、最初の快感とよく似ていた。
 男の中に、自らの雄を衝き入れる感触。
 全く同じではなかったのは、

「…………っぁ……………ん……………」

 士郎自身を受け入れる男の身体が、自らの上にあるということ。
 そして、士郎を受け入れる男の―――快感と苦痛、安らぎと恥辱とを綯い交ぜた表情が月の光に照らし出されて例えようもないくらい美しく見えたということ。

 ―――そんな風にされたら、そんな顔を見せられたら………もう、おかしくなってしまう……!!



 士郎の心に蜘蛛の巣のように張り巡らされた恐怖。
 それは、果て無き快楽(エピキュリア)への予感に他ならなかった。




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