3.


「あ…………………」
「………………よう」


 偶然なのか必然なのか、二度あることは三度あるのか。
 兎にも角にも士郎とランサーは三たび、互いのツラを突きあわせた。だだっ広い邸宅でもなく、小ぢんまりとした公園でもなく、今度は商店街の雑踏の中で。

 いきなり人口密度が上がった衛宮邸では、急激にエンゲル係数が高くなるという事態に直面した。士郎としては、一家のサイフを預かる身としては多少の引き締めも必要かと思わないでもなかったが、その後は人口密度は元通りとなったので「ま、いいか」と済ませてしまっていた。もっとも、食料を調達しなければいけない、ということはいつもと変わるわけでもなく、この日も士郎は慣れ親しんだマウント深山商店街まで足を運んでいたのである。
 が、
 さすがにここ数日で聖杯戦争という事態に順応し始めた士郎としても、やはり「敵」として認識している相手と日常の生活圏で会うとは思っても見なかった。
「………………」
 距離をとって立ち止まる士郎に、ランサーもまたそれ以上歩を進めようとはしなかった。彼の足を持ってすれば指呼の間であったとしても。それは士郎とて理解していた。伊達に2度も殺されかけたわけではない。けれど、青い装甲に身を包んでいない男は、日常風景の1コマに違和感なく溶け込んでいて、それ以上警戒するのが馬鹿らしいとさえ思わされる。
 だから、口をついて出た言葉は素直な感想だった。
「………あんた、ヒマなんだな」
 そんな士郎の言葉に一瞬だけきょとん、としたランサーだったが、皮肉っぽい笑みを口の端に浮かべると、
「……違いねえ」
 あっさりと士郎の言を肯定してみせた。そんなランサーの仕草は、本当にどこにでもいそうな青年のもので、士郎としては毒気を抜かれるというか気が緩むというか……それこそ頭の中のスイッチが簡単に切られてしまう。すると、
「…………お前なあ………」
 本っ当に、どうしようもない、という態で、深々とランサーはため息をついた。その心底呆れ返ったという男の様子に、さすがに士郎としてもちょっとばかりムッとする。
「な、なんだよ」
 反論しようとする士郎だったが、さすがにスーパーのビニール袋とマイバッグを抱えていては説得力もない。そんな士郎を尻目に、
「まあ……下手に神経尖らせて吠え立てるよりずっといい……とは、オレが言ったことだしな」
 と、ランサーは親しげな素振りさえ見せて迷いなく士郎の目の前に立った。
「息災なようだな、セイバーのマスター」
「………アンタもな」
 条件反射で答えてしまった士郎に、ああ、と短い返事をするとランサーはしげしげと士郎を上から下まで眺めている。以前にもまして値踏みされているような動作に、士郎としても居心地が悪い。
「……で、なんでここにいるんだよ」
 何とかランサーの視線を逸らそうと声をかけてみる。何回か会話して気づいたことだが、律儀というのか意外と育ちがいいというのか、この青い槍兵は会話をするときに目を目をしっかりと合わせてくるのだ。士郎の予想通り、真正面に視線を合わせた男は退屈そうに、


「ヒマ、だからだよ」


 と、簡潔な答えを返した。
「…………………」
「マスターから命令された事は終えたからな、後は何しようとオレの自由だろうが」
「……そういうものなのか?」
「さあな。お前んとこや他のサーヴァントがどうなのかは知らねえが」
 どうも、雰囲気から察するにランサーとそのマスターは仲が悪そうだ、そんな漠然とした予想がかすめる。
 そういえば……夜の校舎の中、朦朧とした意識の中でこの男の声を聞いた覚えはなかったか……?


 ……まったく嫌な仕事をさせてくれる。
 ……このざまで英雄とは笑いぐさだ。


 夜の校庭での鬼気迫るサーヴァント同士の闘いを目にしてしまった士郎を殺しにきた男は、それでも自分より弱い者に手をかけることを心の底では厭うてはいなかったか。
 セイバーと相対した時のランサーの口ぶりもまた、己の主だというのにその怯懦を憎憎しげに嘲笑ってすらいた。


 ……姿をさらせねえ大腑抜けときた。
 ……あいにくうちの雇い主は臆病者でな。


 そうは言いつつも命令には従っていたところに、ランサーというサーヴァントの性格が見えているように士郎には感じられた。
「……そういうお前は何してんだ? 鍛錬……というわけではなさそうだが」
 いつの間にか、ランサーの視線は士郎…というより彼が持つ3つの袋に注がれていた。
「え……ああ、買い物だけど。今日は鍋にするつもりだから、白菜とかねぎとか買ってたらかさ張っちゃって………」
 などと、先ほど魚屋で口にした科白をもう一度繰り返した士郎は、そこで自分の言っていることに気がつく。場違い…というより話す相手が間違っている、と痛烈に感じたものの、意外にもランサーは興味深そうに耳を傾けているではないか。
「…………まあ、そういうわけだけど」
「そうか」
 口ごもるようにして言葉を切った士郎に何も言わず、ランサーは一つ頷くと、笑いながら両手で士郎の肩をばしばしと叩く。。
「サーヴァントを養うのはマスターの甲斐性だからな、セイバーにはしっかり食わせとけよ。オレと討ちあう時に魔力不足で動けないってことにでもなったら、」
「…………!!」

 肩に食い込んでくる指。
 獰猛な笑みを浮かべた双眸。
 目まぐるしいランサーの表情の変化に、士郎の脳裏にあの時の情景がフラッシュバックする。けれど、士郎とてこの数日何もしていなかったわけではない。


 かちり、撃鉄を落とす音……瞬時に魔力回路にスイッチが入る。


 が、
「―――いい反応、するようになったじゃねえか!」
 一転、ランサーの身体から溢れた殺気は跡形もなく消え去っていた。それどころか、行動を起こそうとした士郎を見る目には楽しげなものが宿っている。
 そんな目まぐるしいランサーの変化に士郎が戸惑っている間に、最速の英霊はあっさりと姿を消してしまっていた。



「ほんと……何なんだよ、アイツ………」
 捉えどころのない青の槍兵に、士郎は苛立ちを覚えずにはいられない。
 けれど、最後にランサーが浮かべていた笑みは決して不快ではないことだけは確かだった。





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