4.


「………けど、ホントにわかんない奴だよなアンタって」
「別にかまわねえだろうが。誰に迷惑かけてるわけでもあるまいし」
 この場合はちょっと迷惑な気がするんだが……そう思いつつ、士郎はランサーを見下ろしていた。


 意味不明ともいえる槍の英雄とのやり取りが2度も続くと、士郎としてもいい加減慣れというものが生じてくる。過去の街中での出会いでは視界に青い姿が入るたびに緊張を強いられていたが、ことも3度目となると「またか」としか言いようがない。しかも、人気のない公園のブランコに一人で座っているという威厳もへったくれもない姿を見てしまっては、緊張する気も失せてしまう。
 しかも、ランサーときたらブランコをベンチか何かと勘違いしているのか、ただ座って周囲を呆と見回している。身体つきのよい外国人で、髪留めやらピアスやらで身を飾っている、とくれば所謂「その筋の人」以外の何者にも見えない。そんな男がただ漫然とブランコに腰掛けていては、午後のひと時の休息を楽しみににきたご近所の皆様とて遠巻きに見ているしかできないというものだ。
「とにかく、このブランコは子供たちの聖域なんだからさ……」
 セイギノミカタ、は何より先に町内の子供たちにとっての正義の味方だった。相変わらずスーパーの袋を提げたままではあったが、士郎はランサーを促すと少し離れたところにあるベンチに移動させる。最初はわけがわからなそうにしていたランサーも、自分が立ち去った場所にちらほらと駆けつける子供の様子を見て得心がいったようで、きまり悪げに頭をかいていた。
「……そりゃ、悪いことをした」
 ぽつりとそんなことを口にすると、ランサーは自分のすぐ脇を走り抜けようとした子供に向かって「悪かったな」と声をかけた。


「……ランサーって……」
「ん!? 何か言ったか? あ、こら! そんなに舐めるなって」
 公園の端にあるベンチに移動する2人。荷物を下ろした士郎が口を開きかけると、新しい玩具に夢中になっている子供のような声がすぐさま返ってくる。見ればランサーはどこからともなくやってきた仔犬……首輪がないのでおそらくは野良だろうそれを、抱き上げて構ってやっていた。
「よしよし、お、オマエ賢いなー」
 興奮してランサーの顔なり手なり指なりをひたすら舐めていた仔犬だったが、ランサーから注意されると途端におとなしくなる。強者に敏感な獣だからこそ、ランサーの機微を察したのだろう。膝の上で静かに、それでもぱたぱたと尾を振ってランサーの顔を見上げている。
「……へえ、猛獣使いの素質もあるんだな」
「んー……動物ってのは何でもそうだが、自分より強いものに服従するからな。力を見せ付けるのも一つの手だが、察しのいいヤツは空気でわかるんだろうよ」
 ランサーがその大きな手で撫でてやると、仔犬は気持ちよさそうにして時々、くぅーんと甘ったれた声を出す。その様子が本当に可愛らしくて、喜ばせてやりたくて、士郎は買い物袋の中にある焼菓子を引っ張り出した。
「食べる、よな?」
 ぺりぺり、と袋を開ける音に気づいたのか、仔犬は立ち上がると士郎の方を向いて一層激しく尾を振り回す。けれど、


「やめろ」


 白い手が制止の言葉と共に士郎の手首にかかっていた。
「え………?」
 力を込めて掴まれている……そんな感じは少しもしないのに、手首から先が少しも動かない。士郎が、どうして、という疑問と共に白い手の主に視線を移すと、厳しい表情と微かな怒りが篭もった紅い瞳とぶつかった。
「ランサー………?」
 そんな声に応えることなく、ランサーは士郎の手首を解放すると、仔犬を両手で抱き上げて言い含めるようにして対峙する。すると、きゅーんと項垂れるような声をあげた仔犬はランサーの手の中でおとなしくなり、尻尾まで足の間に丸め込む。まるで親に叱られた子供のように。
 そして、
「……よし、行け」
 そのままランサーは仔犬を地面に降ろすと、軽く身体に触れる。
 それが合図であったかのように、仔犬はあっという間に草むらの中へと走り去った。
「何で……」
「与えることだけが全てじゃない、だろ」
 呆然と呟いた士郎に、表情を浮かべることなく答えるランサー。え、と振り向く士郎に、ランサーは静かな口調で話し始める。
「餌を与えるということは、責任を持つということに他ならない……違うか?」
「…………………」
 ぎらぎらといつもは闘争の炎を宿すランサーの紅い瞳は、凪のように静かな色を湛えている。
「けど、今のオマエはアイツに庇護をかける資格があんのか? オレがゲイ・ボルクの穂先をアイツに向けたら、オマエは護ってやれるのか……!?」
「あ……………」
 アンタはそんなことしないだろ、なんて下手な冗談など言えない。それくらいランサーの問いは真剣なものだった。
「中途半端に情けをかけてやったって、かけられる方が迷惑なんだよ。わかってんだろ、今の自分にそんな力がないことくらい」
「………………」
 あまりにも正論だ。
 反論の余地が見当たらない。
 魔術師としても半人前なら、聖杯戦争に参加するマスターとしても半人前。現に、こうして買い物に出ているのは何故か。セイバーとの間に魔力回路を通すことができないのを補うために、彼女に食事を摂取させるために、だ。


 けれど。


「……ってみせる……」
「あァ?」
 絞り出すようにして発した声は不明瞭。聞き返すランサーに、
「護ってみせるさ! たとえアンタが相手だろうと……!!」
 士郎は断言した。すっ、と立ち上がって紅い瞳を見据える。



 全てのものが幸せなら、いい。
 全てのものが笑っているなら、いい。
 ならば、その全てのものを自分が護ってみせる……。

 十年前、一度は全てを無くした少年が自らの内に課した願いであり…誓約であった。



「そうか」
 音もなく立ち上がったランサーは、士郎の顔を真正面から見下ろす。
 侮る色も、嘲る色もそこにはない。あるのは、相手を「対等」と認めたような真摯な色。
「え……!?」
 思わず驚きの表情を浮かべた士郎に、ランサーは表情を緩めると、
「……そうだな、お前なら………」
 それだけを口にすると、驚いたままの顔の士郎に背を向けた。その去っていく背中を見送りながら、士郎はふと気づいたことがあったのを思い出した。
「ランサー!」
 駆け寄って腕を取る。顔だけで振り返った槍の英雄に、問いかける。
「……お前、顔色悪くないか……?」
「………………」
 青い男は答えない。一度長い睫毛を瞬かせるが、その口唇を開こうとはしない。そんなランサーに構わず、
「ちゃんと……食えよ。セイバーの調子がいいのに、アンタが調子悪かったら……」
 士郎は中途半端に開きかけた焼菓子の袋をその手に押し付けた。
 ほんの一瞬だけ、逡巡するような仕草を見せたランサーだったが、焼菓子を受け取ると顔の横でひらひらと振ってみせる。
「……敵に塩を送る、か? 折角の好意だ、受け取るとしよう」
 マスターにでも教わったのだろうか、この国の故事に由来する諺で返すとランサーは今度は鮮やかに姿を消した。



 まるで、士郎の突き詰めるような視線から逃れるように。




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