5.
―――オマエは護ってやれるのか……!?
中途半端に情けをかけてやったって、かけられる方が迷惑なんだよ―――
「確かに、そうなんだよな………」
その日の深夜、土蔵の中で一人、士郎は昼の公園でランサーにかけられた言葉を反芻していた。
護る、と力強く宣言したところで、それは力がなければできないことだ。
力がなければ、口先だけのたわ言に他ならない。事実、現在の士郎にそんな言葉を口する資格があるのかと言われれば、否である。
けれど―――それでも、と食い下がった士郎にランサーは何も言わなかった。彼と信頼関係を築いている剣の騎士ですら恐らくは、
「シロウの心のあり方は素晴らしいと思う、けれど、今のシロウにはそんな力はない」
と、オブラートに包んではみても容赦なく断言するだろうし、共闘関係にある遠坂凛のサーヴァントに至っては、鼻でせせら笑って捨てるくらいの反応をするはずだ。なのに、あの槍騎士は何も言わず、それどころかあっさりと頷いた。
自分とは無関係…というより敵同士になる少年の戯言としてあしらったという考え方もできるが、その後で士郎に向けた視線はそんな仮定をあっさりと打ち砕く。
まるで、同等の敵手を見つめるような視線。
現在の士郎の力量から見れば、あの槍の英雄からそんな視線を向けられる謂れ…というより実力などあるはずもないのに。
「……………………」
それがわかっているから、だから士郎はここにいるのかもしれない。
自分のスイッチがせめて自由自在に操れるようになりたい。一朝一夕に自分が大きくなることはない。ならば、できることをこつこつと積み上げていけば或いは……そんな思いを抱きつつ、手近にあった小石を手にする。
賑やかな隣人がおそらく持ち込んだであろう、何の変哲もない小石。ただ、擦られたのか磨かれたのか丸く削られており、その感触が意外と心地よい。
「…………ふう」
我知らずため息をつくと、右手の石に集中力を高めていく士郎。と、そこに、
「衛宮くん」
「な、なにっ!?」
後ろからいきなり声を掛けられて、思わず返事が裏返る。普段ないような士郎の反応に、声を掛けた張本人である少女の方が驚きを隠せない。
「………どーしたのよ、悲鳴あげるようなことした?」
「………い、いや…………」
不思議そうな顔をして問いかけた凛だったが、ははーん、という表情に変わると蔵の中に足を踏み入れてくる。
「悪かったわね、真夜中に男の子が蔵の中ですることっていったら一つだもんねー」
「なっ…………!!」
悪かったわね、と言いつつも士郎の方に詰め寄ってくる彼女は文字通り「あかいあくま」そのものだった。
「で、何を使っていたのかなー?」
「ち、ち、ち、違うぞっ、遠坂!! お、俺は毎日の日課をこなそうとしていただけで! そ、そ、そんな………!!」
身体ごと後退する士郎に「は!?」という疑問の色を浮かべた凛は、
「だから、何を『強化』していたのかなと思ったんだけど。一応、アンタの臨時の魔術指導をしているわけなんだし………」
そこまで言って、再び表情が変わる。先程の彼女に「あかいあくま」の呼称がつくなら、今度は「あかいまおう」と例えてもよいだろう。
「どうなのかしら、衛宮くん?」
にっこり、とご大層に極上の笑顔まで付け加えるところが「まおう」の名に相応しい。
「え……っと、集中に入ろうとしたら、遠坂が声をかけてきたんだけど……」
「あらら…それは本当に悪かったわね」
途端、魔王は普通の少女に戻る。ようやく矛先を収めた魔王に気づかれないよう、心の底で一安心の吐息をつく士郎。それで少し落ち着いたのか、いきなり乱入してきた少女を追及するくらいの心の余裕ができた。
「で、何でまたいきなり。まさか本当に特訓の成果を見に来たのか?」
「そのまさかの部分がひっかかるんだけど……まあその落とし前は後でつけるとして。綺礼から連絡入ったのよ、どうやらあなたに用があるみたいなんだけど」
予想もしていなかった凛の言葉に、士郎としても少なからず驚きを覚える。
「……何の用件だ?」
「知らないわよ……別に知りたくもないし」
自分の兄弟子だというのに、凛の反応は冷淡だ。
「………え、と…………」
「とりあえず教会に来てくれ、ってさ。別に時間は指定してこなかったから、いつでもいいみたいだけど」
じゃあね、と言いたい事だけ言って立ち去ろうとした凛だったが、
「あ、セイバーはちゃんと連れて行きなさいよね」
しっかり釘を刺していくのを忘れない。
「……別に、昼間ならかまわないだろ」
「かまうわよ。アンタ、自分が半人前だってこと忘れてないでしょうね」
ぐっさり。
本当に、容赦の欠片もない。
「う…………」
「じゃ、私は休むから。衛宮くんも程々にね、でも鍛錬はしっかりとね」
今度こそ、くるりと背を向けて凛はその場を立ち去った。どっちが重要なんだよ、とその背中を見送りながら思わずつっこむ士郎。
冬木教会。
新都の公園と並んで、士郎にとっては因縁が深い土地である。
「セイバー連れてけって……そりゃあ…………」
凛の言うことは正しい。
確かに、夜だけではなく昼間だって本当は外出するときはセイバーを連れて行った方がよいことくらい、士郎にだって理解できる。
けれど。
「…………………」
一度、聖杯戦争が始まる折に足を踏み入れたとはいえ、士郎にとってはどこか抵抗があった。落ち着かないというのもあるし、自分が行ってはいけないとも思ってしまう。
他人と共に行くなど、余計だ。
まるで、一人で行く勇気のない自分が他人の力を借りてまで乗り込もうとしているみたいで。
「……大体、セイバーだって教会には入りたくなさそうだったし………」
女の子に無理強いするなんて、この世で最も罪悪なことだ。
常々、切嗣だって言っていたではないか。
「……さっと行って、さっと帰ってくれば問題ないよな」
自分の中でそう結論付けると、士郎は自転車を引っ張り出す。母屋の方に目を向けてみれば、一つ常夜灯が点いているのみで、静かなものだ。宣言どおり、遠坂も早々に休んだらしい。
自分を納得させるように一つ頷くと、士郎は自転車のペダルに足をかけた。
>続く
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