冬木町お子様事件簿〜夕日に向かって叫べ!



 三々五々散っていく子供たち。そんな彼らの後ろ姿を見送りながら、セイバーは傍らに佇む青い髪の少年に声を掛けた。

「………重要な問題を忘れていたのですが」
「思い出さなくてもよかったのによ」

 何を言われるか察しのついた・・・というより、一つしか思い当たらない子ランサーは微苦笑を滲ませながら頭を上げる。大人であればそんな表情は「色気」として漂っていた風合いだろうが、子供の彼が垣間見せるその表情は「むくれている」としか言いようのないものだった。

「思い出さなくても、ではないでしょう。大体、貴方は大雑把過ぎます。何かの事故であれば原因を探求し、解決策を突き詰めるのが正道でしょうし、原因が分かっているのであればすぐにでも解決策を………」
「別に解決しなくても、誰も困りやしないだろう」
 滔々と正論を列挙するセイバーをサラリとやりすごし、この話はこれで終わりとばかりに子ランサーはくるりと彼女に背中を向ける。
「むむっ、それは違いますランサー! 貴方が困らなくても、ありえない事態を放置しておけば………」
「放置しておけば、なんだよ? 当事者のオレがいいって言ってんだ、おめえが四の五の口を出す筋合いはないだろうが」
 首だけ後ろを向くと、子ランサーは自分の頭上で困惑気味の表情を浮かべる金砂の髪の少女を振り仰ぐ。
「それとも何か? 大食らいの姉ちゃん、のレッテルを貼られたのが気に食わねえのか?」
 本当のことだろうによ、と歩を進めつつ、子ランサーの口調はあくまで普段と変わらない。
 外見だけ見れば姉弟の図なのに、言葉の遣り取りを聞けば兄妹の図だ。しかも、妹をからかうことが親愛表現という兄と、それに真っ向から一生懸命になって反論する生真面目な妹という組み合わせの。

 けれど、
「………調子が狂います」
 ぽつり、といった具合に騎士王の口から漏れた言葉は、小さな猛犬の足を止めた。
「……………………」
「貴方の伝説は存じています。たったの半年、人より早く武者立ちの儀を迎えて戦士になった。その代償に………」



 竪琴弾きは歌う。
 短命と勲し。花の如き命とアイルランドから消え去ることのない栄誉。
 その二つが掛けられた天秤を手にした、クーフーリンという英雄を。



「その半年を取り戻そうとしているようにでも見えるか、オマエの目には」
 くる、と身体ごとセイバーの方を向くと、子ランサーは唐突に口を開く。
「……………………」
図星だったのかもしれない。一瞬だけ驚きの表情を浮かべたアルトリアという少女は、恥じるようにして目を伏せる。
「余計な干渉でしたね」
「干渉っつーよりは、感傷だな」
 そんな少女の言葉に、少年はいたって軽い調子で言葉を続けると、
「ま、感傷に浸るくらい余裕があるってことは、いいんじゃねえのか」
「……………………」
「オマエみたいな堅物は、特にな」
 にやり、と悪童そのものの表情で剣の英霊を仰ぎ見る。対する彼女の方はというと、
「……………………」
 見上げられているのに―――見下ろされているようだ、と思えた。
 長身痩躯の槍の英霊に自分の頭をぽんぽんと撫でられている気がした。彼自身の身の丈を越える長槍を自由自在に操るその手は、彼女の頭を鷲掴みできそうな程大きい。

「何だか………奇妙な図ですね」
「ああ?」

 ふっ、と微かな笑みを浮かべるとセイバーは自分の方を向いたまま立ち尽くす少年の傍へと近寄る。
「貴方は子供の時分からそうだったのですか?」
 突然の問いに一瞬だけ驚きの表情を見せるものの、うーん、と眉根を寄せて考え込む少年。子ランサーのそんな姿を見ると、セイバーはくすくすと心底可笑しそうに笑うと、
「何だよ、人が一生懸命に思い出そうとしてやってんのによ」
「それは失礼しました」
 むー、と拗ねたように頬を膨らませる少年の横に並び、一緒に歩を進めた。


「大体よ、なっちまったものは仕方ねえじゃないか。悩むのはひとしきり行動してから悩めばいいだろうよ」
「はい。夕飯前に『江戸前屋』のタイヤキをお腹いっぱい食べても、夕飯を見てから悩めばいいのと同じですね」
「・・・いや、ビミョーに………ってか、完全に違うだろ、それ」
 違うのですか!? と、半ば本気で驚く大食らいの騎士王を軽くいなしながら、小さな大英雄は公園を後にした。


 ☆☆☆


「さて、することもねえし………さっさと寝るか」
 深山町の方へと向かうセイバーと別れると、子ランサーは普段ねぐらにしている港の方へと足を向ける。
 時刻は未だ逢魔が時、普段であれば日々の糧を得るための労働に時間を費やしているところだが、子供のナリではそうは言っていられない。元々、マスターからの魔力供給―――とはいうものの、特異体質という点を別にすれば、現在の彼の主は至って市井の一市民に過ぎない―――が多少とはいえ受けられるのだから、霊体で居さえすれば身体を保つくらいは難しくはない。


 けれど。
 せっかくこの時代に、この町に受肉して現界しているのだから、楽しまなくては意味がないではないか。

 刹那的な享楽主義に聞こえる槍の英霊の主張だが、彼が享受するのは何も楽しいことだけではない。身体を切り刻むような悲嘆も、髪の先程まで慄くような辛苦も。
 その身に降りかかる全てを受け止め、受け入れる―――それが英雄クーフーリンの在り方。

 ただ、それだけのことに過ぎないのだ。
 

「……………確かに、感傷的、だな」
 波止場の縁に独り立ち、遠い水平線の彼方を見やる。
 すると、もっと遠くを見てみたくなる。
 必然的に、その小さな身体で懸命に背伸びをして、今にも海に飛び込まんとする体勢になった子ランサーに、



「何やってんのーーーーー!!!」



 後ろからいきなり大音声が浴びせかけられた。途端、
「うわーん、おにーさんダメだよう!! 今日はオケラでも明日はたくさん釣れるよう! そんな早まったことしちゃダメようーーー!!」
「うわ! ち、ち、ちょっとまっ………!!」
 と、少し高くなっているその場所から無理やり引き摺り下ろされそうになる。抗おうとしても、所詮は子供。大人の全力……しかも、それなりに身体を鍛えているような、武術の心得があるような人間から引っ張られれば、バランスを保つことなどできやせず、

 どんがらがっしゃん。

「・・・あいててて………」
「あいててて、じゃないっっ!! ………って、あれ?」

 咄嗟に受身は取ったものの、ちっこい身体ということを忘れていた。勢いあまって背中を強打してしまった子ランサーを、鬼の風体で見下ろしていた藤村大河は呆気にとられた表情をして目をぱちくりとさせている。
「お魚のおにーさん・・・じゃない」
「……………………」
 本人であることは間違いないのだが、何しろ相手は一般人。一体、何と説明すればよいものか。
 渋い表情をして顔を背けた子ランサーだったが、そんな少年の両頬を自らの掌で挟み込むと、
「!!」
 タイガー、こと藤村大河はぐるりと自分の方を向かせる。


「………………………」
「・・・な、何?」


 じー、と穴が開くのではなかろうかというほど見つめられて、居たたまれない気分の子ランサーに、
「解った! 君、アロハのおにーさんの弟でしょ!!」
「………………………」
 何とも間の抜けた断定を下す大河。問いではなく断言というあたり、さすがは冬木の虎である。
「もう、ダメじゃない! 君みたいなちっこい男の子が海に落ちちゃったら、あっという間にド○…じゃなくて、土左衛門になるでしょ!!」
「………………………」
 ドザエモンって何だよ、と言いかけた子ランサーだがあまりの大河の迫力に口を噤む。
 所詮、仔犬が雌の大虎に敵うはずもないのだ。


「と・り・あ・え・ず!! おにーさんにはいつもお世話になってるから、迷子の君をしっかり保護して、ご飯食べさせるくらいのことはしないとね〜」
「へっ!?」


 がし、と手首を掴まれ腕を引っぱられるその時になって、ようやく子ランサーは自分がどういう状況に追い込まれたかを理解した。

「いいことすると、ご飯が美味しいぞ〜〜〜」

 間違いなく未成年者略取で刑法に引っかかるであろうことをやっているのに、藤村大河の足取りは軽い。
 ものすっごい、軽い。
 そして、

「・・・ま、いっか」

 なるようになるさ。
 すっかり悟りきった仔犬は、雌虎の後についていく。
 まるで、本当の親についていくかのように。



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