冬木町お子様事件簿〜雌虎と仔犬、猫科と犬科の意外な接点
「今日のご飯はなんだろな〜」
「………………」
「んー、そろそろお鍋が恋しい季節になってきたわよねえ〜」
「………………」
「あー、でも明日のお弁当までお鍋になっちゃう〜」
「………………」
学校まで持っていくのは大変よねー、教師とも思えぬ彼女のセリフに仔犬は慎ましくも沈黙を守る。
てくてくてく。
てくてくてく。
いつの間にか、子ランサーの手首をがっちりと掴んでいた大河の手は離れていた。とは言っても、2人は横に並んで変わらぬ速度で歩き続ける。それもそのはず、
「なんか、昔を思い出すなあ〜」
「………………」
「とは言っても、すっごい嫌がって終いにゃ血で血を洗う大決戦よ」
「………………」
「もっとも、嫌がった理由は後から解ったんだけどさー………そんなの、別に気にしなくてよかったのに………」
「………………」
雌虎の凶暴さは影を潜め、彼女の手はただ仔犬の手を引くのみ。
重なる掌と掌に、青い毛の仔犬は黙して語らない。
彼女の手の中にいるのは、全く毛色の違う仔犬。それが解るから、この仔犬は為すがままにされている。
☆☆☆
「しっろー、今日のご飯はなにー? お姉ちゃんは楽しみにしてきたぞ〜」
いつもと同様、玄関先で「ただいまー」と呼ばわるとどこどこと長い衛宮邸の廊下を突き進む飢えた虎。この家の面々は、彼女の行状を熟知しているため、普段ならばそんな様子にも驚くことはない。
しかし、
「…………………」
「…………………」
「…………………」
居間に入ってきた大河を見る目は、三人三様だ。
黒髪の少女は怪訝そうに、金髪の少女は知人を見る目で、新聞を読んでいた長い髪の美女は興味なさげに一瞥するとすぐに視線を紙面に戻す。
それに対して、
「藤村先生、そちらの方は………?」
「って、藤ねえ! 一体何してんだ!!」
台所の実働部隊はというとそれぞれ声をあげる。それに対して、
「うん? いつもお魚もらってるアロハさんの弟だよ。いつもお世話になってる分お返ししたげようと思って」
などとこともなげに言い、大河は自ら先導するように居間の方に向かうと「すわってすわって」と傍らの子ランサーを差し招く。
「なあ桜、あれ…どう見ても………」
「ランサーさん、本人ですよね………?」
ごにょごにょごにょりーた、と小声で問答を繰り広げる台所部隊に対して、
「んー、今日はメインにロールキャベツか〜。トマトソースもいいけど、鶏ガラスープを濃い目にしたソースも美味しいよね〜」
「はい。キャベツで肉を包むというシンプルでありながら、シロウもサクラも色々と工夫を凝らしているので、その度ごとに美味しくいただけます」
「………あなたが美味しくないという料理の方が珍しいですけれどね」
居間の方は至極穏やかな雰囲気。
子ランサーも借りてきた仔猫……もとい仔犬のようにおとなしく、大河の傍で足を伸ばしてこの場の空気に馴染んでいる。
「一体、何があったんだか………」
「後で、カレンさんに聞いてみましょうか?」
「ああ、そうだな。まあ、とりあえずは………」
と、士郎は取り皿を一枚多く取り出し、来客用のご飯茶碗を用意する。心得たもので、桜もお客様用の箸を一膳手に取ってから、
「フォークの方がいいでしょうか?」
「あー………大丈夫だろ。セイバーだったライダーだって、初めての時から箸の使い方は上手かったし」
英霊諸氏の箸使いを見るにつけ、この世に出るときの知識として身についているように士郎には思えた。くす、と笑って桜も同意する。
「それにランサーさん、器用そうですものね」
「……異論を差し挟む余地がないな。何しろあれだけのバイトをこなしてたんだし」
フローリストとして求められる用途に応じてアレンジメントを手がけ、ウエイターとして優雅に茶器を扱う。アーチャーが家事の英霊なら、ランサーはアルバイトの英霊といっても過言ではないくらいだ。
「ま、食事はみんなで食べた方が美味い。一人増えたくらいでどうにかなる台所事情でもないしな」
「そうですね。いつも一合余分に炊いてあることですし、明日は弓道部の朝練もないので急いでご飯の用意をすることもないですし」
そして、衛宮邸の賑やかな夕食が始まる。
☆☆☆
しかし、爆弾は食後にやってくる。
「ねー、士郎。士郎が昔パジャマ代わりに使ってた浴衣って、どこにあるっけ?」
「廊下の納戸だけど………って、藤ねえ、一体何に使うんだ?」
食後の一服も終わり、三々五々に過ごし始める衛宮邸の面々。夕飯の片付けを終えた士郎を捕まえると、大河は脈絡もない話をし始めた。
「うん? 子アロハちゃんと一緒にお風呂入ろうと思って」
「子アロハ………ああ・・・って、ええっっ!!」
一体誰のことを指しているのか一瞬わからなかった士郎だが、彼女が後ろに連れている人影を見て思い至る。
「だってー潮風に吹かれてたんだよ。それにセイバーちゃんと一緒にサッカーして走り回ってたて言うじゃない? 元気にワンパクしたら身体を流してゆっくりおねむするのが健康優良児の王道なのだ! ね〜」
最後の「ね〜」は後ろの人影に向かってにっこり。
しかも、後ろの人影・・・つまりは子ランサーまで一緒になって大河に合わせるように「ね〜」とにっこり。
「・・・ダメ! 却下!!」
色々と、色々と、色々と理由はあるが、何といっても一番の問題なのはこの少年が"小さくてもランサー"というところにある。
それを案じた士郎だったのだが、
「えー!! なんでダメなの〜! 士郎のイケズ! 何よ何よ自分はセイバーちゃんやライダーさんと一緒にお風呂入っちゃったりしてるクセに!!」
「い゛………って、ご、誤解だ! 誤解!!」
思わぬ反撃にあってうろたえる士郎。ちなみにセリフの後半は大河だけでなく側で黒くなりかけた桜への弁解も含んでいることは言うまでもない。
「え〜〜大河姉ちゃんと一緒に風呂に入りてーな〜」
「ほら! 子アロハちゃんだって入りたいって………あれ?」
子ランサーの悪ノリに乗じる形で士郎という厚い壁を粉砕しようと試みた大河だったが、彼女の脇をすっとすり抜け、
「オレが入れるから!」
「え?」
と、ひょいと片手で子ランサーの腰を掬うようにして抱え上げる。
呆気に取られる大河、桜………そして、子ランサー。そのまま士郎は、
「じゃ、桜。後はもう終わりにしていいから」
「は、はい」
とだけ言うと、そのまま子ランサーを抱えたままで廊下へとざくざく歩いていった。
「んだよ……坊主と風呂かよ」
「本性あらわしたな……」
脱衣所でさっさと衣服を取り去ると、まだその場にいる士郎を無視してトコトコと風呂場に入る子ランサー。士郎も慌ててその後を追いかけると、今にも浴槽に飛び込みそうな仔犬を椅子に座らせる。
「ん?」
「ほら、最初に身体洗うんだよ。あと、髪はどうする?」
ボディーシャンプーを垢すりタオルに取ると、早速泡を立て始める士郎に、
「別に女じゃあるまいし。水でがしゃがしゃ洗えばいいだろうが」
一応はおとなしく椅子に腰掛けたままの子ランサーだったが、身体を洗うことはともかく髪を洗うことにどこか嫌そうな素振りさえ見せる。
「髪洗うの嫌いなのか? ナンパ師が見ぎれいにしてないのもどうかと思うけど」
「洗うのは嫌いじゃねえよ。この身体だからな、手早く洗えそうにないし、シャンプーが目に入りそうで嫌なんだよ」
しゃんぷーガ目ニ入リソウデイヤ。
「……………………」
「な、何だよ………」
思わず絶句した士郎に、居心地悪そうに「失言だったか」という不貞腐れた表情をする子ランサー。その表情がまたどうしようもないほど年相応で。
「ランサー」
「だから、何だよ!」
恥ずかしいのを隠すようにがう、と小さな牙を見せて吠える仔犬に、
「俺が洗ってやるよ。場所交代」
そう言うと、士郎は呆気にとられている子ランサーをどかせて自分が椅子に腰掛ける。そして、自分の膝にその小さな白い身体を乗せるとつやつやと光る群青の髪を洗い始めた。
>続く
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