3.

 まどろみの中に突如としてやってきた感触。
 それはかつて……ずっとずっと昔、クーフーリンという二つ名ですら持ち得ていなかった時に味わったものだった。
 額から髪の生え際に、顔の線を辿るようにして耳元から頬へ、顎へ。炎のような熱さも無く、氷のような冷たさでもない。ヒトが一番心地よいと感じる……それは人肌のぬくみ。

 ―――午睡の夢、か……?

 まだ何も知らない、これから自分が歩んでいく道のりの端にもたどり着いていない子供の自分。
 何も考える必要もなく、思い煩う必要もない。ただ、柔らかな愛情だけを一身に受けて成長していた時の自分。
 触れてくる手はただ優しい。いとけない自分を護る手は、全ての悪意を撥ね返す力を持っているかのようだった。

 ―――オレの手は、ついぞこんな力を得ることはなかった……。

 護りたいものがあった。けれど、結局のところ何も護れなかった。
 愛した女も子供も。友も。国も。
 ―――そして、主も。
 戦うために生まれてきた自分は、結局のところ戦うことしかできないのだと思い知らされた。
 ならば、精々足掻け。身命を賭して戦え。内なる心はそれだけを叫びつづけた。その心に従いつづけた。

 そして、それは現在(いま)に至る―――。




 子供の頃、眠りにつく自分に触れる母の手にもそれは似ていた。ただただ心地よい感触が名残惜しくて、目を開けようと思ってもなかなか開けられるものではなかった。顎までたどり着いたその手指は、次に触れてきたのは口唇だった。その動きに合わせるように、ランサーの意思など関係なく口唇が開いていく。
 そういえば、子供の頃に熱を出したときにそれはそれは苦そうな薬を出されて、意地になって口を開かない自分の口唇に触れた人がいたな、はっきりとしないランサーの意識の中でそんな情景が見えてくる。反射的に開いてしまった口唇に流し込まれたのは、この世のものとは思えないほど苦い薬。けれど、効果は覿面で次の日にはアルスターの野を走り回っていた。
 そんな益体もないことを思い出していたランサーの口唇に、口腔に入ってきたのは、


 これは………!


 口唇であり舌である。けれどそれだけではない。
 純度の高い魔力の塊が、唾液を通して伝わってくる。入り込んできた舌を伝わって身体に入った魔力はとてつもない密度を秘めており、ランサーはまるで砂漠をさまよった旅人が水を欲するかのごとくそれを貪った。
「……っ………んっ……!」
「っ………!」
 喰らいつくように自らの舌を相手の口腔に捻じ込んで、先程は容赦なくランサーの中をかき回した舌を嬲る。勢いづいた舌の先端は絡みつくようにして相手の舌を犯し始めた。
 そんなことを数度繰り返すと、身体中に魔力が満ち始めた。腕は動くようになったばかりでなく、その筋肉に力を漲らせ、相手の後頭部を掴むと自分のほうへと引き寄せる。
 まだ、欲しい……!
 まだ、足りない……!
 逃げられなくなった舌から魔力を取り込みつつ、もっともっとと乾いた身体に水を吸い込むように口唇を激しくかき回す。相手が抵抗らしい抵抗などしないことなどランサーの頭の中には考えつかない。むしろそれをいいことに、力を取り戻しつつある身体は相手を引き寄せるだけにとどまらず、馬乗りになるようにして押し倒して行為に没頭する。
「はあ…っ……っっ……!」
「あ…っ、はっ………」
 荒い息遣いが2つ。吸われる方も吸う方も、ただただ呼吸するタイミングを互いに図って行為を続けている。接吻を「口吸い」と表現した古人はまさに言いえて妙な言葉を残したと言えよう。
 この時の2人の行為は性交の前戯でもなく、ただの愛情表現の接吻でもなく。ただ口吸いと言うに相応しかったのだから。




「ふう…………」
 身体には不十分とは言え、力も戻った。滝のように流れていた出血も止まった。頚動脈を抉るようにしてできた大きい傷痕はまだ完全に塞がってはいないものの、いたるところにあった小さな傷は全て跡形もなくなっていた。肝心のサーヴァントとしての力の方はというと、まだゲイ・ボルクを解放させるには不安だが、簡単なルーンの一つや二つなら打てるといったところまで回復している。
「これで、何とか………」
 安心して一息ついたところで、ようやくランサーは気がついた。自分が押し倒して魔力を吸い上げた対象に。差し込む月の光に煌めく金髪より、紅く浮かび上がる眼球に目を奪われる。無茶な行為を強要されていながらも、その目には笑いを含んでいたのだから。ただし嘲りの。
「………………」
 言葉をなくしてしまったランサーに、今度はハッキリとした侮蔑の笑みを口唇にも浮かべて、その男は呟いた。


「全く、これだから下賎は始末に終えぬ……我の魔力をここまで貪り喰らいおってからに」
 粗相を仕出かした奴隷を見るかのように、英雄王ギルガメッシュはランサーの瞳を真っ向から射抜いた。



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