「い………やだっ!」 首に掛かった白い手より、青年の顔に抵抗した手が向かったのは本能だったのかもしれない。 無茶苦茶に振り回したジョミーの手を避けて、青年の力が緩む。 逃げ出そうとする刹那、ジョミーを再び捉えようとした青年の爪がジョミーの腕を傷つけた。 「つ……っ」 鋭い痛みが走った腕を押さえると、指の間から赤い鮮血が滴り落ちる。 青年の手の爪が、昼間の男と同じように鋭く伸びてジョミーに向けられた。 「僕たちはぐれ神魔を狩る監視者を、復活させるわけにはいかない」 だがジョミーの目は青年には向いていない。 赤い雫が白いシーツへと落ちて、染みを造る。激しく鼓動がジョミーの胸を打った。 ―――血。ぼくの……赤い、紅い、あかい……。 一時だけ忘れていた喉の渇きが甦る。 今までのような渇きとは比較にならない。まるで荒野の砂漠のように、身体中が干上がったかのような、激しい渇きが喉を焼く。 この渇きは水では癒えない。冷たい氷でも、熱い湯でもだめだ。 暖かい、人の肌と同じ暖かさの。 顔を上げる。目の前には、芳しい芳香を放つ獲物がいる。 ジョミーの目に映る青年の目が大きく見開かれた。 「ジョミー……!君はっ」 逃げようとしていたはずのジョミーから手を伸ばし、青年の首に絡めるように巻きつける。 赤い瞳は、恐怖なのかそれとも他の何かにか、激しく揺らめいていた。 だがその視線が外されることも、ジョミーが突き飛ばされることもない。 「あなたの、血を……ください」 吐息が掛かるほどの距離まで近付いたジョミーの背後で、青年の手が上がったことは知っていた。 それでも、その爪が自分に振り下ろされることがないことを確信しているかのように、ジョミーは白い首へと顔を埋めた。 牙がゆっくりと音を立てて、白い肌を突き破る。 赤い、甘い、どろりとした温かなものがジョミーの口へと広がって、焼け付くような渇きを癒して行く。 ジョミーの体内を巡り、熱を分けて満たすように、それとも熱を奪い凍えさせているように、激しい変化を与えた。 うっとりと極上の甘露に酔いしれていたジョミーは、その身体が僅かに傾いだところで、ようやく牙を獲物から離した。 「……ブルー」 血と共に流れ込んできた記憶の断片。 その名を呼ぶと、白い肌がますます白くなった青年、ブルーの頬に手を添える。 「ぼくの初めての獲物……初めての……ひと……」 「ジョミー……僕の爪が、目覚めさせて……しまった、のか……」 その頬に両手を添えて、苦しげに細められた赤い瞳を見つめながらもう一度顔を寄せる。 ブルーは今度も逃げなかった。その手は、ブルーからも抱き寄せるようにジョミーの背中に回る。 「………これが、僕の本当の望みだったのかもしれない……」 ジョミーは小さく笑って頷いた。 「あなたには、ぼくの血を分けてあげる。だからずっと傍にいて」 「君の望みのままに。ジョミー、僕は初めて君を見たときから……」 掠れるような囁きは、重ねられた唇からジョミーの中だけへ伝わる。 部屋の時計が、日を改めジョミーが14歳になったことを告げた。 はっとジョミーが正気に戻ったとき、その華奢な身体は銀の髪の青年に委ねられていた。 「あっ……!ぼ、ぼくっ」 その胸に手をついて、慌てて身体を起こす。 急に離れてしまったジョミーに目を瞬いて、空になった腕の中にブルーが眉を下げる。 「ジョミー」 「ぼく……今………っ」 自分の血を見たときから、まるで熱に浮かされているような、夢の中のようなふわふわとした感覚の中にいた。だがすべて覚えている。 震える手で唇を押さえると、口に広がったものが指をぬるりと濡らした。 怯えながら目を向けた指先は、赤い血に染まっている。 「ひ……っ!」 口の中に広がるのは確かに目の前の青年の、ブルーの血なのに、その少し喉に絡む水とは違う液体が、何よりもジョミーを潤していた。 その事実が恐ろしい。 「ぼくは……っ」 「ジョミー、君はヴァンパイアの血族だ。血でなければその喉の渇きは癒えない」 「そ……んなっ」 「心配しないで。僕が君のためにいつでも血を用意してあげる。君の血を受けた僕は君の下僕だ」 「いらないよ!血なんて欲しくないっ」 優しく微笑み、髪に指を絡めながら恐ろしいことを口にするブルーを思い切り突き飛ばす。 「ジョミー!」 伸ばされた手をすり抜けるように避けて部屋を飛び出そうと扉を開けたその向こうは、赤と黒だけの果ての見えない空間だった。 |