見せてくれなんて、簡単に言ってくれる。
ジョミーは唸りながら、雪になる手前の氷の結晶の欠片を捉えようと努力した。
努力はするが、それがなかなか上手くいかない。
欠片を捉えるだけなら、それほど難しいことではない。だが今は自分たちの身体を保護するシールドも維持しなくてはいけない。せめて同じ種類のシールドなら二つ同時でもできるのに。
「それはそうだろう。君は強い力を持っている。人が活動するために必要なもの以外の全てを隔絶するシールドを張るということ自体、本当は高度な技術が必要だ。だがそれだけなら力任せでも、君にならどうにかなる。そうではなくて、通すものと通さないものをより分ける、それも違う種類のシールドを同時に。これは力だけではできないことだ」
「心を読まないでよ」
「なら思念の遮蔽も同時にしたまえ」
ジョミーの眉がぴくりと動いた。
簡単に言ってくる。ぴったりとくっついて寄り添う相手には、ただでさえ思念が伝わりやすい。おまけに意識を出すほうも受け取るほうも強い力を持っているのに。
思念の遮断と、自分たちを守るシールドと、雪を作るための空間と。
全部同時にやれと言われて、頭が沸騰しそうだ。
「……っ……あーっ!もうっ!」
空間が上手く閉じられず、一瞬で氷の結晶が消えた。
何度目かの失敗に、癇癪を起こしたような声を上げる。
ジョミーが苛立っているというのに、人の肩に顎を乗せて少しも離そうともしないブルーは耳朶をくすぐるように小さく笑う。
「……耳元で笑うのはやめてくれないかな」
「すまない、邪魔をするつもりじゃなかった」
「どうせぼくは繊細な作業ができないよ!」
頬を膨らませて拗ねるジョミーを宥めるように、後ろから抱き締めるブルーの手が触れていた脇腹を軽く叩いた。
「君の失敗を笑ったんじゃない。君が心を読まれるよりも、雪を作るよりも、僕たちを包むこのシールドだけは守る、絶対に外さない、と……その気持ちが伝わった。それが可愛くてね」
「……可愛いって言うな」
ジョミーは頬を赤く染めて、覗き込んでくるブルーから顔を反らす。
ズルはしないとは言ったものの、ジョミーひとりで訓練していたら、一度くらいはシールドを外している。雪のための空間を先に作ってみてから、同時にコントロールすることに再チャレンジしているだろう。
けれどブルーが一緒だから、絶対にシールドを外すわけにはいかない。
邪険にしたようなことを言いながら、ブルーの身体を気遣っているのだと、傍にいてくれることが嬉しいのだと、それを見透かされているのが何より恥ずかしい。
「ほらね、僕がいたほうが君の訓練に役立つだろう」
むしろ邪魔だよ、集中できない。
読まれているとわかっていてわざと心の中でそう返事をしたのに、ブルーは喉の奥でくつくつと笑う。
「では、コツを教えてあげようか?」
「い……」
咄嗟にいらないと返そうとして、口を噤んだ。
自分ひとりでなら、何度でも何十分でも挑戦し続けても問題はない。けれど今はブルーが一緒だ。いくらサイオンシールドはジョミーが張っているとはいえ、ブルーを長時間船外に座らせておいていいはずがない。
それほど長くは迷わなかった。けれどどうにもからかわれているような気がして、素直に教えを請いたくない。
ジョミーは首をすくめるようにして俯くと、自分の腹部に置かれたブルーの手をぎゅっと握って目を瞑り、囁くように、呟くように、小さく言った。
「……教えて……くれる?」
僅かに声が震えたのは、単に葛藤があったからだ。ひとりで出来るようになりたいし、けれどブルーには早く船内に戻って欲しい。一緒にいる時間が嬉しいけど、心配にもなる。
返事は即座に返らず、それどころかなぜか息を飲む声が耳元で聞こえて、肩にごつんとブルーの額が当てられた。
「君って子は……」
「え、なに?」
意地っ張りと呆れられたのだろうかと、自分の態度がさすがに不安になってきた。
けれどブルーは溜息をついて顔を上げると、額を押さえて首を振るだけだった。
「いや、今のは君は悪くない。僕が不純なだけだ」
「不純?ブルーが?」
どこがなにがと首を傾げても、ブルーは溜息をつくばかりだ。
「君は悪くないけれどね……そんな風に頼み事をするのは、僕にだけにしておくれ」
そんな風ってどんな風さ?
それを聞いても、今度は何の答えも返ってこなかった。


「さて、それでは右手を」
気を取り直した風のブルーに右手を取られ、重ねた手を真っ直ぐ前に伸ばされた。
「まず指先に集中してごらん」
ブルーが集中する場所はここだと誘うようにジョミーの指先に指を絡めてきて、じわりと頬が熱くなる。
集中って、集中できない……。
「僕の指だけを感じるんだ……目を閉じて」
耳に吐息がかかって、ジョミーはくすぐったくて首をすくめながら少し身体を離すように前に逃げた。それでもブルーの左手が腹の上に回っていたので、大して距離は空けられない。
「ちょ……くすぐったい!」
「なに、軽い仕返しだ」
「仕返しってなんの!?」
仕返しをされるようなことに心当たりもないというのに、ブルーは澄まして答えるだけで反省の色もない。
少しムッとしてジョミーは目を細めて呟くように悪態をつく。
「それに……ブルーの声ってなんだか少しいやらしいよ」
精々の嫌味を言ったつもりで、つんと顎を反らして顔を背けたジョミーは、何の返答もないことに閉じていた目を開けた。
ひょっとすると今度こそ怒らせてしまったかとそろりと振り返ってみると、なぜかブルーは指先で目頭を押さえている。
「ソルジャー?」
「僕は今、仕返しが通じたことに感動している。そのまま流されたらどうしようかと実は不安だった」
不安になるくらいならするな。それ以前に結局なんの仕返しなんだ。
呆れた疑問が浮かんだものの、本能が追求するなといっているのでしばらく黙っていると、何かから立ち直ったらしいブルーがようやく顔を上げた。
「冗談はさておいて、サイオンを使うことに集中するから、思念より肉声のほうがいいと思ったんだ。だったら思念で語りかけることにするよ」
「……この態勢をやめるという選択肢はないの?」
ようやく話が戻ってホッと胸を撫で下ろしながら、話し掛けるのが耳元でなければいいんだと提案してみても、それはだめだと却下される。
「身体を離すとサイオンのコントロールがまた少し複雑になる。今はぴたりと寄り添っているから僕のことも君の身体の延長のように扱えるけれど、離れたら作るシールドは僕と、君と、雪のためのものと、三つになるよ。僕が自分のシールドだけでも張るという手もあるけれど……」
「それはだめ!絶対だめっ!」
ブルーにサイオンは使わせないと千切れそうな勢いで首を振って背中を後ろに預ける。
逃げていたジョミーから飛び込んでくる形になって、ブルーは目を瞬いて驚き、次いで小さく吹き出すように笑った。
「そ、そんなに慌てなくても」
慌てすぎだと笑われて、ジョミーは拗ねたように頬を膨らませる。
「慌てさせているのは、どこの誰さ」
「すまない、僕だね」
後ろから髪に口付けをされた。
それだけならまだしも、ブルーから思念が零れてくる。
いや、零してくる。
可愛いな、可愛いね。愛しい、可愛い僕のジョミー。
大切にされていることはわかっている。可愛いなんて言われるのもいつものことだ。
けれど、言葉にされるよりも思念のほうが、より直接に心に響いてくるだけに始末が悪い。
しかもそれが、ブルーを大切にしたいと取った自分の言動に対する反応なのだから、より居たたまれないような気持ちにさせられる。
真っ赤になって黙り込むと、ブルーは笑いながら再び後ろからジョミーの手を握った。
『さあ、そろそろ雪作りに戻ろうか?』
先ほどの言葉を聞き入れてか、思念で話し掛けられる。
ようやくブルーの親バカ思念から解放されるとほっとしたのも束の間、ジョミーは再び唇を噛み締めて目元を染めた。
会話としてのブルーが伝えたい言葉は、確かにはっきりとわかる。けれど先ほどからブルーは感情の思念まで押さえてくれない。
「……し、思念じゃなくていい……」
伝えたいことと、伝えなくていいことを上手に分けることができるくせに、まるで分けるつもりのないらしいブルーの『ジョミー可愛い』の気持ちに触れ続ける気力は、さすがにない。


「一からまったく新しい空間を作るという手もある。君が試みていたやり方だね。けれど慣れないときは、まず今作っているシールドから一部を切り離すという方法がある」
今は目に映る情報は邪魔になると言われて目を閉じると、ブルーの声が、触れる指だけが指針になった。
「指の、その先に集中して。別の空間を作るには、子供に軽くボールを投げ返してあげるときのように加減すればいい。指先からそっと押し出すように」
力一杯投げ返すときのように体重を乗せて前に出るのではなく、身体は後ろに残したまま、指先だけの力で投げる。
そんな風にシールドは身に纏わせるように残したまま、一部だけを切り離せ、と。
ブルーの指が腕から手首を伝い、手の甲から指先へと、力の進む方向を示すように撫でる。
目を閉じた暗闇の世界では、その分を補うかのように感覚が鋭敏になる。
ブルーの指先に導かれるように力が移動する様子が自分でもわかった。
「できた!」
自信を持って閉じていた目を開けると、確かに野球のボールくらいの大きさのサイオンの空間が指の先で浮かんでいる。
「うん、空間の切り離しは上手くできたね。ではその空間を冷気ごと氷の結晶を捉えることのできるものに変えるんだ。遮断するものはなんだい?取り入れるものは?ひとつずつでいい。必要な要素を足していく……あるいはシールドの規制を解いていくんだ」
「氷の欠片……ううん、先に空間の内部を外気と同じ温度にしなくちゃ……シャングリラの推進の風圧で結晶が弾けちゃうんだから、風には気をつけて……」
ジョミーがひとりで手順を考えていると、ブルーはなんの助言も与えない。失敗してもいいから自分で考えてごらん、と。
雪になる前に結晶が溶けてしまったり、あるいは雪を通り越して霰となってしまったり、ジョミーは唸りながら力と条件の調節を繰り返す。
雪を作りたい。
それは雪が見たいという純粋な欲求と、いつの間にか訓練になってしまった生成を成功さてブルーを寝室に連れ戻すためにも。
「僕に君の雪を見せてくれ」
……なにより、ブルーに見せてあげたいから。
ブルーが見せてくれた雪は儚くて、綺麗で、冷たくて気持ちがよかった。
あんな繊細なものを、サイオンの扱いが雑だといつも怒られる自分に作れるのだろうかと不安になる気持ちは脇に押しのけて、何度も挑戦を続ける。できるだろうかではなくて、できなくてはいけないんだ。
「氷の欠片と水蒸気と零度以下の空気と……でも低すぎると氷そのものになるから……」
「……少し乾燥していたほうが、溶けにくいかな」
小さく呟くブルーの独り言のような言葉に、ジョミーはぱちんと指を鳴らした。
「じゃあこれでどうだ!」
空間内の温度を僅かに上げて仕上げに結晶の欠片を空間に取り込んだジョミーは、しばらく自分が作った雪生成のための空間を睨みつけていた。
「ソルジャー!」
白い、ふわりとした欠片に満面の笑顔で振り返ると、ブルーも柔らかく笑って頷いた。
「よく頑張ったね」
「だってあなたに見せたかったんだ!」
ちゃんとできるよと、心配しなくてもいいよと、たくさんのものをジョミーにくれる人に少しでも安心をあげたかった。
誉めるようだったブルーの笑顔が、嬉しさを溢れさせるものになっていることに気がついて、ジョミーは頬を赤く染める。大喜びでつい本音を口にしてしまった。
「そ……それに、子供たちにも見せてあげたいなって……本当だよ!」
「そうだね。彼らはあまり船外には出ないから、君と同じで雪はライブラリーでしか見たことのない子もいるはずだ。それに君が作ったものだと知れば、もっと喜ぶだろう」
彼らは君のことが好きだから、と。
ジョミーの遮蔽し切れていない意識は読めてしまったはずなのに、ブルーは笑顔で同意してくれる。
なんだかますます恥ずかしくなってしまって、掌の上に浮かした空間に視線を戻してブルーから目を逸らした。
「でも、空間を解いたら一瞬で溶けちゃうからなあ……」
「ではもう少し多く雪を作るといい。一つ一つは脆く儚いものだが、雪の結晶は寄り集めると互いの冷気で少しは長く結晶化を保つ。手や足で固めると驚くほど丈夫になったりもする」
「多く……多くか。じゃあ目一杯広げた空間に作れるだけ作ってみたら、少しくらい溶けたってみんな触れるよね。それに雪で遊べるかも!」
「ジョミー、作れるだけとは……」
ブルーが僅かに戸惑った声を掛けようとしたときには遅かった。
シャングリラ全体に巨大で強力なバリアを張れるジョミーには、コツを掴めば条件を限定した空間を一時的に広げることも、ひどく難しいというものではない。
おまけに小さな空間と、広大な空間を同じ原理で考えて、ただ倍とすればいいわけでもないことも失念していた。


『何事だ!?』
『またおぬしか、ジョミー!』
シャングリラの甲板が一面真っ白な世界に変わってしまって、ジョミーは機関長と船長のふたりに思念での呼び出しを受けて、これでもかというほどの説教を受ける羽目になった。






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ふたりにいちゃいちゃしてほしくて!
でもジョミーがお子様だったので糖度が足りず。
ジョミーは天然なのではなく、まだ恋色に関して鈍いだけかと。