ハーレイとゼル機関長からのお叱りの思念を受けて船内に戻ったジョミーとブルーは、駆けつけた二人とリオに盛大に驚かれた。 またジョミーがなにかやらかしたと思っていたら、傍に青の間で休んでいるはずのソルジャー・ブルーの姿まであったからだ。 濡れたジョミーを抱き締めたために少し服の濡れていたブルーはその場でリオに預けられ、ジョミーだけが残されて説教を受ける羽目になった。 ブルーの体調が心配なのでジョミーに異論はなかったが、当のブルー本人はそれを渋った。結局それを説得したのもジョミーという、なんともおかしな構図になったものの、とにかくブルーには青の間までリオがついて、ジョミーはその場で二人からこってりと絞られた。 濡れた服もそのままに、ソルジャー・ブルーを甲板に出していたことを叱られ、それから急に大量の雪を船上に生成したことへの危険をとくとくと説かれ、辟易していた頃にリオが一人で戻ってくる。 リオは帰ってくるなり、意見のようで有無を言わせぬ強さの苦言を差し込んだ。 『キャプテン、機関長、そろそろソルジャー・シンにもお召し替えをしていただきたいのですが。いくらお身体が強いとはいえ、風邪を引いてしまいます』 ジョミーにとって、それはまさに救いの一言だ。 「頑強なソルジャーがそうそう倒れるとも思えんがな」 ゼル機関長はまだ言い足りなさそうな様子を見せたものの、リオの困ったような笑顔に力が増すとようやくジョミーを解放してくれた。 船上へ出るハッチを出て扉が閉まると、ジョミーは大きく息をつきながら胸を撫で下ろす。 「助かったよ、リオ」 『いえ。ソルジャー・ブルーが今回はご自身の遊び心も少し過ぎたため、自分からの口添えは逆によくないだろうと。けれど私なら上手くジョミーを助けられるだろうから早くジョミーの元へ戻ってくれとおっしゃられたのですよ』 「そう……ソルジャーが」 相変わらずぼくに甘いなあと呟きながら、ジョミーは緩みそうになる口元を手で覆った。 ブルーが無制限にジョミーを甘やかすならそれを喜んでばかりはいられないけれど、時に厳しく、けれど普段は優しく、気にかけてもらえるのはやはり嬉しい。 『自分が外へ出ていたために余分に怒られるかもしれない、それは可哀想だとソルジャーが気にしておられました。服を着替えて身体を十分に温めてから、ソルジャーのところへ顔を出して差し上げてください』 「え、そんなのソルジャーが気にすることじゃないのに。サイオンを微調整するための訓練に付き合ってくれたんだ。別にこれくらいなら濡れたままでも平気だし、すぐ行くよ」 『駄目です。着替えて、身体を温めてから、です』 にっこりと、ハーレイとゼルを黙らせた笑顔で念を押されて、ジョミーは首をすくめて小さく了承の返事をする。 「た、確かにソルジャーには少しくらい気にしてもらって、部屋で大人しく寝ていようと思ってもらえるほうがいいかも」 『それもありますがそうではなくて、ジョミーが風邪を引いたら、ソルジャー・ブルーにもっと心配をかけるんですよ。ご自分の身体も大事にしてください』 「わかったよ。じゃあ急いで行く」 『急いでって』 「ここまででいいよ。助けてくれてありがとう、リオ」 言うが早いか、ジョミーの姿が掻き消えた。 つい一時間ほど前の出来事を彷彿とさせるやり取りに、リオは額を押さえて溜息をつく。 『すぐ出せるようにと用意しておいた温かい飲み物……ジョミーが気づいてくれるといいのですれど』 やっぱりハーレイあたりからは「そうではないだろう」と言われそうなことを零して軽く首を振るだけだった。 ジョミーが大量の雪を一気に生成した直後、シャングリラは確かに傾いた。無重力化をも航行するシャングリラには当然バランス制御装置が働いているが、それでも突然の加重に舳先が下がってしまったのだ。雪の重量くらいで傷のつく船体ではないとはいえ、それでも余分な衝撃などないに越したことはない。 ひどく絞られて反省もしたけれど、それはジョミーにとって新鮮な驚きと発見でもあった。 あんなに軽やかに舞う雪が、あんなに重くなるなんて。 色々話したいことがあるし、ソルジャーが気にすることはなにもないと言うためにすぐにブルーの元へ行こうとテレポートをしたのに、寄り道をしたせいで少し遅くなってしまった。 青の間に到着すると、ブルーはすぐにジョミーに気がついてベッドから身体を起こして出迎えてくれた。 両手を後ろに回して、ひょこひょこと跳ねるような足取りで小走りに駆け寄ってくるジョミーの様が子供のようだとブルーが微笑んだ理由は知らないまま、その笑顔にジョミーも笑顔を零す。 「ソルジャー、身体は大丈夫?」 「ああ、僕は平気だよ。ジョミーが守ってくれたし、すぐに部屋に戻された。ジョミーが一人で叱られる話ではなかったのに……」 まだ先に一人で戻ったことを気にしているような言葉に、ジョミーは両手を後ろに回した体勢のままで軽く肩を竦める。 「あなたがあそこにいたら、ぼくもハーレイキャプテンたちも気になってお説教が気もそぞろになっちゃうよ」 「実はそれが狙いだったんだ」 思いも寄らない返答に、ジョミーは軽く目を瞬いてブルーの顔を見返した。本気だったらしく、さも残念そうに溜息をつかれて思わず笑ってしまう。 「あなたがそんなことを考えてるなんて!本当に、ぼくに甘すぎるよ」 「僕は無条件に甘やかしてなどいないよ。それは君が一番良く知っているだろう」 ブルーは軽く首を振るとそっと手を伸ばしてきた。ジョミーがそれに応えて身を屈めると、白い手が頬を撫でる。 「確かに船体は傾いた。けれど怪我人が出るほどのものではなかったはずだし、船体に被害が出るほどもなかったはずだ。実際出たという報告は聞いていない。僕とてそれで善しとしろとは言わない。危険なことや気をつけるべきことは指導して然るべきだ。だが説教というものは、長ければいいというものではない」 「機関長が聞いたら沸騰しそうだ」 「叱るべきは叱っていい。けれどそれで君の身体が冷えて体調を崩しでもしたら、今度は僕がゼルを説教したくなる」 頬に触れた手が柔らかく滑り、引かれるままにジョミーはブルーが起き上がっていたベッドに腰掛けた。その拍子に後ろに隠し持っていたものをブルーに気づかれてしまう。 「ジョミー?何を持って……」 「さっきはやりすぎて、途中でそれどころではなくなってしまったから。あなたが見せてくれたもの、あなたが教えてくれたこと。ちゃんとぼくに伝わっている、残っているよって……だからこれを」 後ろに回して隠していた両手を前に差し出すと、ジョミーの手にはサイオンシールドで作られた空間があった。一握りの白い粉のような雪が入っている。 「着替える前にもう一度、少しだけこっそり外に出て作ったんだ。少しだけだから、シールドを解いて溶けてもそれほど濡れないだろうと思って。なんならグラスの中に移してもいいけれど」 リオと別れてから部屋に戻ったジョミーは、用意されていた着替えと飲み物の準備に、リオの手際のよさに思わず苦笑してしまった。急いで着替えようとして、ふと外が気になったときに思いついた、ちょっとしたこと。 けれどジョミーが思っていた以上にブルーは喜んでくれて、差し出していた空間をそのまま受け取ると、愛しそうに透明の球体をそっと撫でる。 その光景はとても優しいのにどこか厳かで、しばらく見惚れていたのだとジョミーが気づいたのは、球体から視線を上げたブルーに微笑みかけられてからだ。 「ありがとう、ジョミー……」 「お……お礼は変だよ。ありがとうは、ぼくのセリフなのに。サイオンの使い方を、雪の作り方を、あなたに教えてもらえて本当に嬉しいんだ」 「本当に嬉しいという点では、僕だって負けてはいない」 「それってなんの勝負なの?」 真面目な顔をして言い切るブルーに、ジョミーはくすくすと笑みを零しながら大きく息をついて安堵した。 「でも、ソルジャーがそんなに喜んでくれるならぼくも嬉しい」 「ジョミーが嬉しそうだと僕も嬉しいよ。うん、きっと僕のほうが嬉しい」 「だからそれはなんの勝負なの!」 今度こそおかしくて仕方がないと笑い転げなら、ジョミーはブルーが抱える空間にそっと触れた。 「ぼく、雪のことが好きになったよ」 「気に入ってくれたなら、作り方を教えた甲斐があるね」 「そうだよ。あなたが教えてくれたものだから好きになった」 ブルーは思ってもみないことを言われたように、きょとんと目を瞬いた。 その赤い双眸を真っ直ぐに下から見上げて、ジョミーはゆっくりと口角を引いて笑みを見せる。 「それに、雪ってあなたみたいなんだ」 「………それは思ってもみなかった。この髪の色が重なるのかな」 「ああ、うん。光が差したときの雪は銀色みたいにキラキラ輝いていたね。でもそうじゃなくて……だって、綺麗じゃないか」 「綺麗……」 戸惑う様子のブルーに、どうしてわからないだろうとジョミーはますます笑みを深くする。 どうして気づかないのだろう。ジョミーはこんなにも雪にブルーを見出すのに。 「大量の雪でシャングリラを覆ったとき……危ないからもうやらないけど、あの時、シャングリラは本当に真っ白だった」 「この機体は最初から白いだろう?」 ところどころに黒など別の色が見えるとはいえ、シャングリラのカラーは元からが白い。 そこまで雪の白が映えるような色合いではないとブルーは素直に疑問を抱いたようだ。 「シャングリラは、ずっとあなたたちの家だったでしょう?修理はされているけれど、あちこち修理跡やたくさんの傷もある。でも雪はそれを真っ白に覆って綺麗な世界に変えたじゃないか」 「なるほど、そういうことか。……でもジョミー、それは結局ただ覆い隠しているだけ……ああ、いや……確かに僕に相応しいかもしれないな……」 ブルーがそっと零した笑みはどこか寂しそうで、ジョミーは途端に心をかき乱された。 嫌な思いをさせたかったわけではないのに。 「ごめんなさい、気に障った?」 「いや、そんなことはない。ジョミーは雪が好きなのだろう?その雪に僕を見るだなんて、熱烈な告白を受けた気分だ」 「本当に?本当に嫌な気分になってない?」 「なるはずがない。ジョミーの気持ちが嬉しいよ」 笑顔で頷くブルーからは、それが嘘か本当かわからない。こんなとき、酷くもどかしい。 歳の差とか、経験の差とか、そんなものでは言い表せない、何かもっと大きな隔たりがあるような気がして、それが酷く悲しい。 「ジョミー?」 そうして、ブルーにはジョミーの考えてることなんてすぐにわかってしまう。それは思念で心を読むまでもなく、だ。現に今は読まれた様子はなく、ジョミーの表情を見ていただけなのに、手を伸ばしてジョミーの髪を混ぜるようにして頭を撫でて微笑んでくれた。 本当に嬉しいのだと教えるように。 「……雪、は」 これは言い訳なんだろうか。言い足りないことを告げたいだけなのだろうか。それとも、この隔たりをなんとかして埋めたい焦りなんだろうか。 自分でもわからないままに、ただブルーの赤い双眸を見つめる。 「雪は綺麗で、軽やかで、儚くて、なのに集まったら途端にすごく重くて、簡単には溶けなくて、でも綺麗なままなんだ。まったく同じものなのに、まったく反対だった。でも綺麗なことだけはそのままだった」 優しくて、けれど苛烈で、強くて、でもどこか儚くて……そして綺麗な人。 「ひとりで雪を作ったとき、どうせすぐに温まるからって、少しだけ雪に降られてみたんだ。雪は冷たいのに、肌を刺す空気は冷たかったのに、あなたを思い出した。すごく不思議だった」 雪と同じ空間に身を置いて、雪の降る、けれど上空には雲のない不思議な光景を見ていた。 「あなたは温かいのに、どうして冷たいところで思い出すんだろうって。黙って空を見上げてじっとしていたら、聞こえた。消えそうな、けれど雪がぼくを包む微かな音が」 空間を閉じたとき、外と音まで遮断したのは、単に船が風を切る音がうるさかったからだ。 けれどそのおかげであんなに軽いものでも、降り積もるときの音があるのだと知った。 「この船は、今でもあなたに包まれている。普段は気付かないくらい、でも雪の音に耳を澄ますように、船の中でそっと身を委ねたら、あなたの優しい思念がぼくたちを包んでいる」 ジョミーが必死に何かを伝えようとしている間、じっと黙って話を聞いていたブルーの手が伸びてくる。 ジョミーの目尻と頬を撫でた白い手が濡れてしまった。 「ジョミー」 ブルーが微笑んでいる。 それは、本当に嬉しそうに。 軽やかに舞い落ちる雪のように。 「僕は雪のように君たちを凍えさせていないかな?」 「あなたが?」 そんなこと、聞かれるまでもない。 ジョミーの涙で濡れた手を握って、泣きながら満面の笑みを見せて。 「あなたは雪のように静かに包みながら、ぼくらを暖めてくれているんだよ」 傷を覆い隠して優しく見守り、時に現実を前に厳しく指導しながら、温かく包み込む。 「……本当に、もうゆっくりしていればいいのに」 ぼくに全部任せてゆっくり寝ていればいいのに、ブルーはこのシャングリラを、仲間たちを優しく包み続けている。 ブルーは泣きながら微笑むジョミーの手をゆっくりと解いて、今度は自分からジョミーの手を握ると強く引き寄せた。 引かれるままにブルーの腕に倒れ込むと、背中にそっと柔らかく腕が回される。 「僕が雪のように静かになれたのだとしたら、それは君のおかげだ。僕はもう、十分にたくさんのものを君に委ねている」 「……だったら、いいな」 ブルーの服を握り締め、ジョミーはそっと微笑む。 ぱちんと音を立てて雪を閉じ込めていた空間が弾けると、白い欠片が静かに白いシーツへ舞い落ちて小さな染みを作った。 |
言いたいことは全部こっちで書きましたが、 またちょっといちゃついて欲しかった続き小話を付け足し。 いちゃついてるだけですが、よろしければこちらからどうぞ |