「おめでとう、兄さん、フィシスさん」
「ありがとう、ジョミー」
「これからよろしくお願いしますね、ジョミー」


自分でも、重度のブラコンだという自覚はある。
早くに両親を無くした兄は、男手ひとつで歳の離れた弟のぼくを育ててくれた。そんな兄を慕って何が悪い。そう開き直ってもいた。
二人きりの楽しい生活に、兄が婚約者を連れてきたのは昨日のことだ。急に外で食事をしようなんて珍しいことを言うと思ったら、これだ。
部活が終わって学校を出たところでメールが来たので、制服ままで待ち合わせの場所に行った。
そうしたら兄さんの横に綺麗な女の人がいて、このときから嫌な予感はしていたんだ。
フィシスさん、と紹介されて挨拶。
いつも二人で外食するようなファミレスではない、少し改まった感じのするレストランに行く。
水が運ばれて、メニューを決めて、ウェイターが下がったところで切り出された。
「実は今、彼女と付き合っていて、近々結婚しようと思うんだ」
予想通りの話。
綺麗な、でも少し緊張した笑顔で、ぼくの様子を伺うフィシスさんは、優しそうな女性に見えた。優しい兄さんにピッタリな人だろう。
「そう……そうなんだ。おめでとう、兄さん、フィシスさん!」
ぼくは即座に笑顔で二人を祝福した。
フィシスさんはもちろん、ぼくの反応を心配していたらしい兄さんは、同時にほっと息をついて笑顔になる。
「ありがとう、ジョミー」
「これからよろしくお願いしますね、ジョミー」
少し照れた様子で、流れた金色の髪を耳に掛けた彼女は、とても美しかった。


そうしてぼくは砂を噛む様だった食事の後、今日は友達のところに泊まる、二人はごゆっくり、なんてからかうようなことを言って、真っ赤になったフィシスさんと、「こらジョミー!」とやっぱり赤くなった兄さんと笑いながら別れて……自動販売機でポケットに入れっぱなしにしていた有り金全部をお酒に変えて、公園で一人酒盛りをした。
初めてのお酒の味は、そのときの泣き喚きたいぼくの心情にぴったりの不味いものだった。
大好きな兄が結婚するからって自棄酒なんて、どれだけぼくはブラコンなんだ。
だってしょうがないじゃないか。本当に好きだったんだ。両親の不在に寂しい思いをすることはあっても、二人きりで十分楽しかったんだ。
だけどこれからはもう、ぼくだけの兄さんじゃない。
それどころか、ぼくはフィシスさんの次で、もし二人に子供が生まれたら、更にその次の存在になる。
それにこれからぼくはお邪魔虫だ。兄さんはもちろんだけど、あの優しそうなフィシスさんならそんなことは言わないかもしれないけど、どう考えたって新婚夫婦にコブ付きなんて、邪魔になるじゃないか。少なくとも、ぼくはぼくのことをそう思ってしまう。
そう思うと泣けてきて、涙が止まらなくなった。
そこまでは覚えている。
だけど初めて飲む苦いビールを一缶、二缶……と空けたところで記憶が途切れている。


目が覚めた気持ちのよいシーツの上で、ひどい頭痛と筋肉痛に悩まされながら寝返りを打った。
なんでこんなに身体の節々が痛いんだろう。
それに随分と枕が硬い。硬い上に、枕にはしては細いような。
ひどく頭が痛む中、涙でぱりぱりに渇いた瞼を上げるのはひどく億劫だった。
だけどどうにか目を開けると、日の光が隙間から細く差し込む分厚いカーテンが見えた。
いつも朝はもっと部屋全体が明るいのに、あれだけの光が漏れているのにどうしてこんなに部屋が暗いんだ。
……完璧な遮光カーテンなんてものは家にはない。
どこだ、ここは。
起き上がろうとして、まるで身体に力が入らなかった。
どうにかできることは寝返りを打つだけで、ぼくは状況を把握しようと寝返りを打って。
硬直した。
薄暗い部屋で、ベッドの中で、目の前に男の胸板がある。
何も着ていない。裸だ。
頭の下の固いものは、男の腕だった。腕枕?腕枕なのか!?
この、細いけどそれなりに締まった腕は兄さんのものではない。何度か甘えて腕枕してもらったことがあるから確実だ。
恐る恐るとブランケットの下を覗くと、部屋よりも更に暗いその中で、男の何も着ていない下半身が見えた。
それどころか、ぼくまで何も着ていないっ!
パニックになりながら飛び起きようとしたのに、やっぱり身体に力が入らない上に、身体中が激しく痛んだ。
特に下半身が。
「何がどうなってるの!?」
悲鳴を上げたところで、吹き出した笑い声が上がった。
はっと顔を上げると、目の前で裸の男が笑っている。
おかしそうにぼくに腕枕をしていた方ではない手で口を覆い、声を上げて笑っている。
「だ………誰だよ、あんた!」
「酷いな、もう忘れたのかい?昨夜はあんなに情熱的に僕の名を呼んでくれたのに」
「さ……さ……くやって………っ」
薄暗い部屋でも判る赤い瞳を見て、貧血を起こしたように、血の気がすぅっと引いて行くことがわかった。
だってこの状況は。
そんなまさか。こいつもぼくも男だ。
でも身体中が痛い。特に、人には言えないところに鈍痛がある。
男は笑いながら、ぼくの耳元に口を寄せた。
「『もっとして、ブルー!』」


「ジョミー?ここは?」
「ん……い…い……もっと……」
「もっと、なに?」
上からぼくを覗き込む赤い瞳に、ぼくのいやらしい顔が映っている。
赤い瞳が楽しそうに細められて、その瞳に映ったぼくは。
「もっと強くして、ブルー!」


「うわああああああぁぁぁっ!」
覚えの無いはずの声が耳の奥に甦り、ぼくは握り締めた拳を男の顎に叩き付けた。



「ラビット・ホリック」
配布元:Seventh Heaven

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腕枕を一晩してたら痺れて動かせないですよ。
実はやせ我慢なのかブルー(笑)
名前が出せなかったんですがお兄ちゃんはリオです。