僕は別に善人ではない。
一晩の宿を提供するとは言ったが、誰も無償で提供するなどとは言ってない。
目的もなく善意だけで、どこの誰とも判らない子供を、いくら自宅に近かったからといって一人ではろくに歩けない酔っ払いを、誰が連れてなどくるものか。
少年は一度僕に頼ると決めると、甘えた様子で僕の腕にしなだれかかるようにしてしがみ付いた。父か兄か、きっと年上の男に頼り慣れているのだろう。
「君、名前は?」
「……ジョミー」
「ジョミーか。いい名前だね。僕はブルーだ。今夜は一晩よろしく」
色々と。
そう心の中で付け足すと、ジョミーは僕の腕に頬を摺り寄せながら首を曲げて見上げてくる。
酔いと涙で濡れた翡翠色の瞳は、歳には見合わないほどに扇情的だった。
「ブルー、さん……?」
「ブルーでいいよ。ただのブルー」
「綺麗な名前……」
アルコールに満ちた吐息で呟くように囁くように。まるでこちらが口説かれている気分だ。
「気に入ってくれたなら光栄だ」
マンションのエントランスについて、ジョミーを支えながらオートロックを解除する。中に入ってエレベーターを待ちながら、ジョミーは僕の腰に抱きつくようにして溜息をついた。
「……今日は、美人に会ってばっかり……」
「へえ、僕以外にも?」
自分が美人だと言われたことは軽く受け取る。言われ慣れた言葉だ。
「綺麗な金髪でー」
「君の髪も綺麗な金髪だ」
「優しそうな人でー」
「君だって優しそうだ」
少なくとも、自分で出したゴミは泥酔していても片付けようとするくらいには、いい子だ。
「兄さんの……好きな、人……」
ああ、なるほど、大体の事情は判った。
紹介された兄の恋人に嫉妬して泥酔するくらいに、兄のことが大好きなブラザー・コンプレックス。
年上の男が好みなら、更に好都合だ。
「ぼく、お邪魔虫なんだ」
「お兄さんが、そう?」
「ううん、そんなこと言わないよ。あの綺麗な人も、言わない。これからよろしくねって。でも、どう考えたって、邪魔じゃないか」
確かに。恋人ができた者同士にとって、兄弟にべったりの弟なんて邪魔だろう。ジョミーの兄とその恋人が言った言葉が本心であろうと建前であろうと、弟が遠慮もなしにいられるはずもない。兄が好きであればあるほど、嫌われたくないのなら。
「だったら、僕の所へおいで」
抱き寄せた肩を揺すると、ジョミーは不思議そうに目を瞬いた。そうすると、大きな瞳が零れ落ちそうなほどだ。
「君がよかったら、今夜だけとは言わずにずっと僕の傍にいればいい」
「ホント?」
「本当に」
軽快な音がして到着したエレベーターにジョミーを連れて入る。
「だって今日、初めて会ったんだよ?邪魔じゃない?」
「まさか。そう思うなら誘ったりしないよ」
その背中をゆっくりと撫で上げると、細い肢体がぴくりと震えた。
ジョミーを見つめながら、手探りだけで最上階のボタンを押す。
「君に傍にいて欲しい」
どうせ酔った夜の戯言だ。だがこの子が本気にしても、それはそれでいい。この子の涙は美しい。
翡翠色の瞳から、大粒の涙が零れた。
「ブルー……」
僕は身を屈めて唇を寄せて。
ジョミーは受け入れるように目を閉じる。
その額に口付けたところで、扉が閉まった。



僕としては、言質も取ったし段階も踏んだ。
昨夜はどうこうしなくてもジョミーは泣き続けていたから、僕は大層優しく扱った。
そう、僕はジョミーの泣き顔に惹かれた。彼を泣かせている理由を自分にしてしまいたくて、それはそれは丁寧に身体中を愛撫して解きほぐしてやった。
シャワーの段階では兄さん兄さんと泣きながら僕に抱きついていたジョミーは、ベッドに移る頃にはちゃんと僕の名前を呼びながらすすり泣いた。
どれほど興奮したことか。
だが昨夜従順に鳴いていた子猫は、今や警戒心剥き出しで僕を追い出したベッドに丸まり、ブランケットを頭から被って隙間から威嚇の唸りを上げながら睨みつけてくる。
「理不尽じゃないか」
殴られた顎がひりひりと痛む。
「どっちが!?酔った子供に悪いことした大人の方が理不尽だろ!?」
「あのまま放って置いたら風邪を引いたよ?」
「風邪のほうがずっとマシだ!」
それはまあ、確かにそうだ。
「帰る!」
「どうして?僕と一緒に住むと言ったじゃないか」
「強姦魔と一緒に住めるか!」
そう叫んでから、昨夜自分の身に起こったことを自覚する一言に、ジョミーは真っ青になる。
「強姦とは聞き捨てならない。ちゃんと合意の上だ」
「嘘だっ」
「君から抱きついて来たんだよ。寂しいと」
嘘ではないと思うところがあったのか、ジョミーは表情を無くしてブランケットに潜り込む。当然だ。事実なのだから。
それにしても、こうしているとまるで蓑虫だ。
ベッドサイドのミニ冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して口をつけると、ベッドに腰掛ける。
「出ておいで。喉が渇いたろう?」
昨日あれだけ喘いだんだから、喉はカラカラのはずだ。
蓑虫の背中を優しく撫でると、ブランケットの下のから突き上げるようにして手を払われた。
強情な。
僕は溜息をつくとペットボトルの口を閉めてサイドテーブルに置いて立ち上がる。
「どうせしばらく動けないだろう。ゆっくりして行きなさい。シャワーも冷蔵庫の中身も、その他なんでも家にあるものは好きに使って構わない」
「え?」
そう声を掛けて立ち上がると、ジョミーは驚いたように顔を出した。
だが僕を見ると、また顔を真っ赤に染めてすぐにブランケットの中に潜る。何も身につけていない僕を見て照れるとは、昨夜のことを思えばどうということにもないだろうに。
ああ、ジョミーは覚えていないんだったか。
「ど、どこか行くの?」
この状態で放って行くのかと批難がましい声に肩を竦めて苦笑する。
「今日は平日だよ。僕は普通の社会人だから、会社に出勤しないわけにはいかない」
「ぼくが警察に駆け込むとか、思わないわけ?」
「そうしたければ、ご自由に。合意だと言っただろう?強姦の跡なんてどこにもないよ。君を押さえつけても、縛り付けてもいない。服だって乱暴にどころか丁寧に脱がせてあげたんだ」
「ぼ、ぼくは酔っていたんだ!そこにつけ込んで……っ」
「僕の背に手を回し、僕の下で気持ち良く善がっていた様子を細かく教えてあげようか?」
「さ……最低男っ!」
枕が飛んできた。



「ラビット・ホリック」
配布元:Seventh Heaven

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このブルーがすごい楽しいです。
本人がすこぶる楽しそうだからなー。