まず、晒されていた白い太股を掌で撫で上げた。
「ん……」
眠りが浅くなっているのか、ジョミーは鼻に掛かった吐息を漏らして身じろぎをする。
そのままじわじわと手を上へ滑らせれば、それにつれてシャツの裾も上がり、昨夜僕が付けた跡がちらりと見えてくる。今までは所有の証なんてつけて何が楽しいのかと思っていたが、今なら判る。
確かにこれは興奮する。
跡を付けたときはもちろん、こうして改めて眺めても、だ。
その先の楽しみは一旦そのままに、滑らかな肌を撫で回しながらもう一方の手でシャツの上から胸の頂を指で押しつぶしてみる。
「っ……あ…」
ぴくりと先ほどより震えた身体。これはそろそろ目を覚ましそうだ。
「逃げられないほど、先に身体だけ追い込んでおくのも楽しそうだけどね……」
シャツのボタンを一つずつ外しながら、柔らかな癖のついた髪を撫でて額にキスを落とした。
「僕は君のその目を見ながら、したいかな」



「はーなーせー!放せってば………どけっ!」
繰り出された拳を、軽く首を捻って避ける。バタバタと暴れる足は間に僕が身体を割り込ませているので、空しく宙を蹴るだけ。
その瞳を見て、元気の良い声を聞くのは楽しいけれど、起きたら起きたで面倒くさい。
その点、昨日は酔っていたから非常に従順で楽だった。
しかし不安と快楽に潤む瞳も艶めいていいが、怒りと羞恥で燃え上がる瞳に涙が滲んでいる様子はまた違う趣があっていい。かなりいい。
「すごいな、君は。まるで男を飽きさせない」
そう囁いて頬にキスをすると、すぐに上体を起こす。首を伸ばしたジョミーが激しく歯を噛み合わせた音が耳を掠めた。あのままいたら耳に食いつかれているところだ。
「獣の調教師の気分だ」
「ケダモノはあんただろ!」
「ふむ、確かに。君は美女というより美少女……いや、美少年か。美少年と野獣なんていう図も乙だな」
「あんた頭おかしいんじゃないの!?」
可愛い顔には似合わぬ罵詈雑言も、毛を逆立てた子猫の口から出るなら落差が楽しめるというものだ。
「酔った君も艶めいていいが、素面の君はもっと素敵だ」
うっとりとその強気な瞳を見つめて脇腹をなぞると、ジョミーは身を震わせて唇を歪めた。
「変態!」
「言ってくれるなあ。その変態の手が好きだと、昨日は頬を摺り寄せてさえくれたのに」
「なっ………!」
顔を真っ赤に染めて絶句したジョミーは、一瞬すべての動きを止める。
その隙を逃さず、掴みかかろうとしたまま空中で止まった手首を掴み、無理やり下へ押し下げると左右それぞれソファーの背凭れと座面に押し付ける。同時に、彼の足の間に割り込ませていた膝を曲げて上へ押し上げた。
「あっ!や……っ」
両手を拘束されたジョミーは、何も隔てず膝で己の中心を擦り上げられて怯えたように声を震わせた。
強気一辺倒だった勝気な子が弱音を見せた瞬間というのはなんとも心地良い。
「や……やめろ、変態!」
今にも泣き出しそうなほどに表情を歪めながら、必死に虚勢を張る姿は憐れでいて、いとおしい。
「大人しくしていなさい。気持ちよくしてあげるから」
「誰が大人しくなんかするか!放せよっ」
「昨日の君は悦んだのに……」
「酔ってたんだよっ」
「だから昨日したことを教えてあげるんだろう?」
ふと溜息をつきながら押さえ込んでいた手を持ち上げて、その手首に丁寧にキスをする。
小さく息を飲む声が聞こえた。
「………だから嫌なんだ……っ」
少し変調した声色に、目を向ける。
僕を睨みつける翡翠。
あくまで視線は鋭い。なのに声には僅かに畏れが滲み、掴んだ手は小刻みに震えている。
可愛いな。
「知ることが怖い?だけど逆に安心するかもしれないよ?」
「そんなわけないだろ!」
当然ジョミーは反発する。だけど声が震えていては効果は半減だよ、ジョミー。
僕はどうにか笑いを噛み殺し、代わってなるべく優しく微笑みかける。
「そうだな……少なくとも、君はお兄さんの代わりとして僕に縋りついたわけじゃない」
「え………」
僕を睨み付ける翡翠色の瞳が、僅かに揺れて和らいだ。
「ただ、独りになる寂しさを埋めるために僕に縋りついただけだ」
だから正しくは兄の代わりにしたわけではない。
拘束していたジョミーの手を、様子を伺いながらそっと放す。
僕にひどいことをされたと心から信じていたジョミーは、両手が自由になったことに気づいているのかいないのか、いきなり殴りかかってくることはなかった。
良い感じだ。
こう言えば、この子は迷うと思った。
自分が寂しさを埋めるために僕を利用したかのように言われてしまえば、そうかもしれないという心当たりもあるだけに、一方的に嬲られたとは思えないだろう。
本当に可愛いなあ、ジョミー。
視線を泳がせるジョミーに、僕はできるだけ刺激しないように優しく髪に触れた。
それでも、少し震えた身体に柔らかく髪を撫でる。
「僕と一緒にいればいい。一緒に暮らせないのなら、それでもいいさ。ここに遊びにくるといい。君ならいつでも大歓迎だ」
ジョミーは僕を睨み付けた。だがその視線は先ほどまでの鋭さを失って、代わりに迷いが滲んで見える。
「………朝も」
「ん?」
「朝も、一緒に暮らすとかなんとか言ってたけどさ……」
「うん、言った。君と一緒に暮らすことを想像すると、それだけで心が弾むよ」
こんな風にくるくると表情を変える感情豊かな君と暮らすなんて、きっと僕には疲れるだろう。
そして同時に、楽しくもあるだろう。
元気で素直で、泣き顔が可愛いジョミー。
からかって、宥めて、愛して、抱き締めて。
できるわけのない仮定の話は、楽しい想像だけを掻き立てる。
笑顔で告げれば、ジョミーは眉を寄せて表情を曇らせる。僕に疑わしい目を向けながら、それでも先ほどまでの疎ましがっている色は見えない。うん、実に良い感じだ。
「それ本気?どう考えても嘘だろ。昨日会ったばかりだぞ。どう考えても嘘だ」
「嘘ではないが、嘘ではないという証明は言葉でしかできない。信じるも信じないも君次第だ。……だが」
ゆっくりとジョミーの髪を掻き分け、晒された白い額に軽く触れるだけの口付けを落す。
ジョミーは嫌そうに眉をひそめたが、やはり拳は飛んでこなかった。
「兄弟は、もともといずれ離れるものだ。だが僕は、他人であるがゆえに、ずっと傍にいることができる」
君は昨日、ひとりはいやだと泣いたのだ。置いていかないで、と。
ここまで兄ばかりというのも両親は遣る瀬無いかもしれないが、僕としてはおかげで心の空洞に入り込めて好都合だ。
「僕の傍においで」
頬にキスをする。
今度も拳は飛んでこない。
代わりに、僕の下で強張っていた身体からふと力が抜けて、ソファーに沈み込んだ。
素直な少年に、僕は笑い出しそうになってそれを堪える。
さあ、今度は酒など挟まずにしようじゃないか。
今夜こそが本当の初夜に。
ゆっくりとジョミーに覆い被さり、その可愛らしい唇を味わおうと顔を近づける。
「ま……まって」
つと、両肩を押し返された。
さっきまでの逃げようとしていたときほどの強い力ではなかったが、それに従うように僕は動きを止める。ここまでくれば力押しより、優しく絡め取るほうがいい。
戸惑いながら視線を外したジョミーに、さらりと流れた髪に手を入れてゆっくりと指を通す。
「怖くないよ」
「で……でも……こんなの、やっぱりおかしい」
「なぜ。君は寂しくて、誰かに傍にいて欲しい。僕は君に傍にいて欲しくてたまらない。何もおかしくなんてない」
「違う、誰でもいいわけじゃない。さみしくても、誰でもいいわけじゃない」
「そうだろうね。では、その誰かが僕ではダメかい?」
ジョミーが不安そうな瞳を僕に向け、そうして迷うように目を伏せる。
その米神にキスを贈ろうとした時のことだ。
ローテーブルから軽快な音楽が上がった。
「兄さんだ!」
途端に表情を輝かせると、ジョミーはいきなり飛び起きた。
覆い被さろうとした僕と、ちょうど逆の動き。
今朝と同じ顎に強かな頭突きを食らった僕は、悶えながらソファーから転落した。



「ラビット・ホリック」
配布元:Seventh Heaven

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天罰てきめんでした(笑)