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ルーファス×アリーシャ(ヴァルキリープロファイル2)
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2(成人向)
3(成人向)
肉体は精神の殻と言う考えがある。実際に殻を捨てて新たなる、永遠の命を得た者もこの目で見た。
ルーファスは大騒ぎしながらもそれらすべてを他人事のように眺めていたが…まさか、彼も肉体という殻を捨てる羽目になろうとは思ってもみなかった。
ハーフエルフと言う希少種族。アスガルドに座する主神オーディンと同じ肉体構成を持つただひとりの存在。
それゆえに屈辱も苦難も諦念もすべて感じながら生きざるを得なかった。
万が一オーディンが肉体を失うようなことがあれば、ルーファスの体がその新しい器とされる。そう仕組まれていて、その鎖を断つために彼は妖精族が住まう地から、アース神族の目をかいくぐりあても果てもない逃亡劇に身を投じた。
オーディンが彼の体を貰い受けたら、当然彼と言う個は消滅する。
それを運命と諦め受け入れられるほどルーファスの精神は従順ではなくて、運命とやらに抗い逃げ出しそして彼の運命を握る戦乙女と出会った。
同じく神々に狙われる背景を背負ったディパンという国と、同じように神々に狙われていた王女アリーシャ、そして戦乙女のシルメリア。
ルーファスはゆっくりとアリーシャに惹かれ、いや侵食され少しずつ変化を感じながら――――彼女の抱えさせられた激動に寄り添うようになってしばらくたつ。
その感情をなんと表すかぐらい、いかな皮肉屋でなかなか己の内心を認めたがらぬ彼でも知っている。しかしそれをはっきりと口に出したことはない。
けれど己の気持ちを捧げるものは彼女の手に渡した。
彼女を守るために己を守り続けたものを渡した。
自分を苦痛の永遠の中に閉じ込めていた「指輪」が、アリーシャの存在を保つための鍵となろうとは思ってもみなかった。いや予想などできるものではない。
アリーシャもまた肉体という殻が枷となり、それを捨てざるを得なかった。生きながら理から外れる…彼女は自ら「不死者」となることを選んだ。
人間の肉体を捨てぬことには、世界樹、それ以前に天界へと続く回廊ビフレストを歩くことはおろかそこと人界をつなぐために存在する狭間に足を踏み入れることすらできなくて、アリーシャは人の体を捨て魂とそれを受け入れる器を中途半端に切り離された状態で、自らの時を止めた。
ルーファスを過酷な生に縛り続けた赤い石の指輪が、今はアリーシャをつなぎとめている。
その時のことを思い出すだけで、ルーファスは苦しくてどうしようもなくなる。
引き裂かれる痛みをこらえながら、それでも己の希望を彼に託し先を急げと叫んだ彼女の手をルーファスは手放せなかった。
ただ、一緒にいたかった。
その気持ちは罪ではないはず。だけどお互いに背負ったものが大きすぎて幾重にも束縛の鎖をかけられたみたい。
ルーファスが肉体を失ったことでアース神族が黙っているわけはないのだけれど、今彼らも彼にかまけている余裕はない。主神オーディンは魂だけの存在となり、器たるルーファスの肉体ではなく矮小なる人間風情にその存在ごと取り込まれた。皮肉にもそのことがルーファスをオーディンの束縛から解放したのだけれど、ルーファスもまた人間の血を半分持つ存在ではなくなった。
アリーシャは人間では入れぬ禁域に足を踏み入れるために人間としての生を手放した。
ルーファスはそんな彼女の英霊として再び生を受けた。
彼女の手でこの世に引き戻され寄り添うことのできる現実が――――口に出せないけれど、幸せだなんて思ってしまった。
かつて彼を永遠の生に縛りつけた指輪が、今はアリーシャを不死者の侵食から守り続けている。彼女の左の薬指で不安定にくるくる回る赤い石の指輪が懐かしく愛しい日が来るなんて思ってもみなかった。
普通の男と女ならそれは誓いの指輪だというのに、そんな現実に酔っている余裕すらない。たった一度、それも彼女が知らない間に唇を盗んだだけの間柄。
彼女の記憶には残っていない、けれどルーファスには盗んだ唇の感触が鮮明にまだ残ってる。
ぱちぱちと薪の爆ぜる音だけがある。
揺れる炎に照らされながら、ルーファスは思わず己の端正な唇をぎこちなくなぞった。
あの瞬間、自分が存外純情だと知ってしまった。無防備で無邪気で無警戒な王女様、確かに剣の腕は見違えるほど立つようになったけれど、駆け引きというものを知らなさ過ぎるから、普段の自分が出せるのならばルーファスが彼女を口説き落とすことはそう難しい話ではない。
しかし、意識し始めて以降それがまったくできずにいる。
普段の駆け引きはともかく、こと特別な女に関してただの押しの弱い男に成り下がってしまった。
長い夜人の声の聞こえない夜は余計なことばかり考える、ルーファスはかつてと同じに戦いの道行きのさなか不寝番をしながらただひたすらに物思いにふけり続ける。
アリーシャと出会った後の出来事を、ひとつひとつたどってばかりいる。
バラバラになった者たちはそれぞれの背景や環境を変えて再び見えることができたが、みなかつての彼らではなくなった。
ルーファスとアリーシャはそれぞれ人間でなくなった。不器用で無骨な傭兵アリューゼはルーファスと同じに、彼よりも早くにアーリィ=ヴァルキュリアの英霊――――エインフェリアとなり肉体を捨て永遠の命を得た。
アリーシャの父バルバロッサ王を断頭台の露として直接手を下したのも彼。
それは彼が望んでのものではなく不本意極まりないことらしいけれど、それでも彼を従えていたアーリィの意思は絶対。逆らうことあたわぬ至命となる。
しかしそれに抗い、彼らしいことに意志の強さで己の歩く道を選び出した。
父を目の前で殺されてしまったアリーシャには後ろめたかったけれど、ルーファスはあまりにも変わらない彼の様子が懐かしくすらった。
アリーシャのというよりシルメリア=ヴァルキュリアのエインフェリアだったディランも、とある魂の隠れ蓑とされていた。…今ディランはもういない。
今いるのは不死者の王ブラムス。ディランと似ているけど、やはりディランではない。
それぞれに神々に利用され、それぞれに己の意思で歩き出した元人間たち。
みなアリーシャの元に集いそれぞれに己の相手と戦い続ける。
ルーファスの敵はアリーシャと同じ。いつしか同じ方向ばかりを見るようになっていた。
けれど今明確になった彼らの敵は、かつて彼らを救い共に戦った魔道士レザード。
彼は歪んだ恋慕が膨れ上がった末にすべてを、運命すらも過去までも歪めオーディンの魂を取り込み神をも超える存在となった。
アリーシャたちは彼の前で踊り続けた人形と同じだった、しかし人間は人形ではない。
それぞれに何かを取り戻すためにかつての仲間を敵と定めて戦う。
けれどアリーシャの心がそれで壊れかかっていることに気づかないルーファスではなかった。
多分、生きてる実感がなくて不安になっているのだと思う。
その感情には覚えがある、ルーファスはアリーシャにあれだけ求められてつなぎとめられ呼び戻された幸福に酔い切れなかった理由はそれで、自分が肉体を捨て一度死んだことが恐ろしく不安になることがあった。
レザードのように盲目的に愛する女神――――レナスを求め渇望し愛し続けられれば幾分楽だったかもしれないなんて思うことは少なくなくて、今だってふと頭をよぎって慌ててそれを否定する。
レザードの綿密に仕組み練り上げた罠の数々に翻弄され、苦汁を舐めさせられたどころか煮え湯ばかりを彼以外の存在を通し飲まされ続けた立場にいる身として、それを認めてしまっては彼と同じにアリーシャを歪んだ恋慕の中に閉じ込めてしまいそう。
…確かに喉がひどく渇くほどの渇望を感じているが、そんなことを望んだわけではない。
それ以上に己だけに向けられる最高の微笑が大事なことを、ルーファスは知っているからレザードと同じにはなれない。
ただ…清々しいまでに一本気な男でうらやましくはあった。
偏愛とはいえあそこまで愛される女の感情というものはどういうものなのだろう? 美しく心優しき戦乙女レナス=ヴァルキュリアは、到底彼のことを受け入れられそうにない言動を繰り返すからレザードはさらに己の思いを膨れ上がらせる。
愛しい他人とひとつになりたいと望むのはいかにも人間くさくて、そういう考え方は嫌いではない。
何事にも動じない冷血漢に見えていたレザードの中に宿っていた、彼がずっと抱え続けていた狂気と激情は特別ではなくておそらく誰もが抱えている感情と本質は同じで、ただ彼はそれを止める術を知らなかっただけだったか、それとも自ら箍を壊したか。
どちらにしても、ルーファスはそこまで思い切ったことはできない。ある意味宙ぶらりん、中途半端で少々情けなくも感じた。
無邪気な小娘の無意識の誘惑に振り回されて目をそらしてばかりいる様子はおそらく滑稽ですらあるだろう。
ヴァルキリーたちは口々にレザードを止めねば、つまりは殺さねばと声高に主張する。しかしルーファスですら彼に多少なりの親愛と理解を示せるのだから、アリーシャならば……アリーシャは引き離された幼馴染のことを片鱗でも知っていたレザードを過去の幸せの記憶を手繰れる存在として慕い、彼の二面性の片方である礼儀正しく温厚な性格になついていた節がある。オーディンの横暴にすら口を挟むほどの正義感の強いシルメリアの影響を受け続けて彼女も多少正義感の強さを受けているけど、…父王の今わの際で知ってしまった、道徳や正義感だけで語れるほど人の思いは単純ではないこと。
人間の感情、特に憎悪と愛情は気持ち悪く生臭いのが当たり前。そのことを知るのが彼女は遅すぎたから心の均衡が壊れてしまいそう。
緩慢な時の中で生きてきたルーファスが長い時間をかけてある程度達観したことが彼女にできるはずがない。
彼女の生はまだ短すぎる。
そんなアリーシャは深く、深く眠っている。
レザードが構築した異世界に足を踏み入れたはいいけれど、アーリィだけでなくレザードが執着するレナス=ヴァルキュリア、そして激闘の末にシルメリアまでも開放したアリーシャたちだったが、引き換えにした時間と体力の消耗もまた激しくて、ルーファスが撤退を提案した。
彼はまだ余力があれども、大事なアリーシャにそれがなさそうだった。そんな身勝手な提案だけど、意外にもヴァルキリーたちはあっさりとうなずいたしアリューゼもまた激闘の連続でルーファス以上に疲労困憊、ブラムスは黙して語らない。
戻りたいと言う者が二人、先を急ぎたいと言うアリーシャには余裕がなくて、他の者は必要ならばどちらでも、そんな空気。
そして彼らは一番手近なクレルモンフェラン城下町まで戻ってきた。
ヴァルキリーたちは自分たちも加担し招いた混乱を慮って城に入らず気ままに休むことにし、もともと馴れ合いを好まない豪快な男のアリューゼは早々に酒場へ繰り出した。今夜は帰らない勢いで飲むかもしれない。
ブラムスは明かりと喧騒より闇と静寂を好むから、彼も城門の外で別れた。
実際に石畳を歩いて誰も不審に思わないのはアリーシャ、ルーファス、アリューゼの3人だけだろう。戦争前の奇妙な高揚感漂う夜の街を少し歩いて宿の戸を開けた瞬間言いようのない安心感を感じたあたり、まだ彼らは人間としての感覚を残していたらしい。
ルーファスがまだ明かりの残っていた武具の店に当座の矢を補充しに行っている間に、アリーシャは椅子に座って待っていたらしく、可愛いことにそのまま眠ってしまった様子だった。くたりと不自然な体勢で椅子の肘掛にもたれて小さな体を丸めている姿は可愛いけれどいかにもつらそうで、すやすやとかすかな寝息をたてて眠っている姿からはその疲れを容易に察することができる。
そのあまりにも無防備な様子を見たルーファスが一瞬ごくりと息を飲むのもいつものこととなりつつあって、こういうあられもない姿には慣れ切れなくても自分の反応には慣れてしまったらしく、矢筒をつかんでいた大きな手はいつもより静かにそれを置くと彼はグローブを外しながらアリーシャの眠る椅子に足音を殺しながら歩み寄った。
…別にやましい意図などない。起こさないように。それだけ。
そう思う時点で彼が意気地なしなのだと物語っているも同じだけれど、それでもどうしようもなかった。
寝床につれてゆくにも起こしてしまいそうでなんだか悪いし、しかしこの体勢は辛そうで翌日に残りそう。
ルーファスは声をかけることすらはばかられるほどに深く眠ってしまったアリーシャの手を取り、起こさないようにゆっくりと椅子の背にもたれさせる。そしてかくんとうなだれたままの小さな頭を起こさせようと男の手が丸いあごに触れた。
目を閉じ唇を半開きで眠るなんてそれは誘惑の表情と紙一重。しなやかなはちみつ色の髪がいつも隠している頬から滑り降りて、その瑞々しさと言ったら。
臆病者が固まる理由としては充分すぎる誘惑の表情に、ルーファスは固まった。そしていつもは息を呑むけど、今度は生唾を飲む。
大事な彼女を大切にしたい、が表向きの本音なら、当然裏返せばその本質はレザードの抱く狂気につながる。
「惚れた女を我がものにしたい」
それは多くの男が必ず一度は抱くだろう激情であり、多くの男はそれを静めうまく折り合いながら生きている。ルーファスはここまでの激情を抱いたのは彼女が初めてだけど、いつもは森の民の理性と善性と彼女を裏切ることに対する罪悪感で即座に打ち消してばかりいた。
しかし、打ち消せる一番最初の、一番大きな好機を逃してしまうとそれはたちまち手に負えない厄介事へと変化する。あまりにも唐突に襲い来た誘惑と衝動は彼の理性が動くよりずっと速くて、指先がふるえるまでの葛藤はなくても黒い影が彼を侵食してゆく。
森の民の理性の出る幕がないままに人間の男の欲望がその細い指先にまで駆け巡る。
普段理性が強い分、自分を強く律している分、――――崩壊には、耐えられない。
危うい均衡が、崩壊する瞬間。
細い男の指のふるえが、止まった。
夜はまだ長い。
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