■□ 降臨祭 □■
×ロクス、アイリーン他 EDより1年後 ロクス既婚設定
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3 成人向け
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…にしても。あの男ちっとも変わってない!!
『商店街の奥に銀の竪琴亭って酒場があるからそこで待っててくれ。僕の名前で個室を押さえておく。
比較的健全な店だから心配するな。』
ええ確かに酒場としては「比較的」健全なお店よ。女の人も多いわ。
でもね! 酒場は酒場なのよ! 酒場で待たせるってどーゆーつもりなのよぅ!!
使いをよこすんだったら私のいる宿屋でいいじゃないのっ!!
…はぁ、あんなのが僧侶たちの頂点だなんて世も末だわ。
私はロクスの言葉を約束と解釈して、いろいろ思うことはあったけど彼の言った酒場にやってきた。
『夕食ぐらいご馳走しよう、当然僕のおごりだ。』
そういって屈託なく笑った顔は確かに顔だけ見れば男前なんだろうけど、私はどうにも彼が好きになれない。もちろん嫌いとはまた違うんだけど、なんていうか、女をなめてるとしか思えないような、そんな雰囲気がいっつもつきまとっていて苦手なまま。
今私の前には彼の言葉の通りに宿屋で取るよりもずっと豪華な料理が並んでいる。
その量から想像するまでもなく私ひとりには多すぎるんだけど、引っこめてくれなんて言える訳ないから私は料理には手をつけずにお茶と果物ばかりをつまんでロクスからの遣いを待っていた。
甘いものなら別腹よ。先に食事してたらおなかいっぱいになって眠くなっちゃう。
軽いノック、呼びかけはなし。やっと来たのかしら、それにしてはあいさつなしって珍しいわ。
でも思っていたよりずっと早かったし、無礼と言うほどじゃないわね。
「どうぞ、開いてるわ。」
私は特に思うこともなくロクスの遣いに声をかけた。
「待たせて悪かったな。連れが出るのを渋ってね。」
その声に口の中のメロンがのどに滑りこみそうになる。
遣いじゃなくてロクス本人がやってきたなんて…どこまで腰が軽いのよこの教皇は!? もうすぐ教皇になる人間が着るような豪華な法衣じゃなくまだ若い僧侶が着るような法衣で来たってことは、また脱走でもやらかしたのね。
私がむせてすぐにあいさつできずにいると、彼は慌てた様子も見せずに立ったままで少し離れた場所に置いていた水のグラスを左手で私の前に移動した。――――その薬指に、指輪…!?
「え、あんた…僧侶じゃ」
「ああ、今気づいた。君はいつの間にそんなに大きくなったんだ?
僕の記憶では小生意気なガキだったような気がするんだが。」
私はロクスの左手薬指の指輪を、ロクスは私の「姿」に関してを。
お互いに相手に対して抱いた疑問をあいさつ代わりに口にする。
ロクスは法衣を纏っているから当然僧侶、なんだけど…僧侶は結婚できないのが戒律のはず。まあ彼は相当遊び好きだったって話だから女癖が悪いってのは想像つくんだけど――――私がロクスの疑問に答えを返せずにいると、彼は座りながら自分のことからあっさりと口にしてくれる。
「ん? 僕はなんだかんだで駆け落ち同然に妻帯したんだ。
教皇の座に関しても了承済みだから問題ないんだと。」
「えぇ〜〜〜〜〜っ!??」
さ、妻帯、って…結婚した、って事よね!? そ、そんなテキトーなものなの教皇庁って?
それ以前にそんな相手がいたの?? こんなろくでもない男と結婚したいなんて奇特な人がいたって事なの?
「…その驚きの真意はなんだ。僕が妻帯したことか、それとも教皇庁のいいかげんな体質か?」
「両方。」
「…はっきり言うんだな、本人の前で。
教皇庁に関しては苦肉の策なんだろうよ。教皇になれる資格を持つのは僕だけだし、その僕がどうせ教皇になるしかないんなら何やっても許されるだろみたいな考えを捨てて妻を取ることを明言したし。
皮肉にも僕は初代教皇の再来なんだと。そんな僕を、世界を救いし天使の勇者であるやさぐれた教皇候補をなおのこと教皇庁は手放せなくなった。
でも僕は見つけられた時にはすでに妻として伴っている女性がいた。しかも彼女と引き離されるのなら帰らないし、捕まえられても何度でも逃げてやるなんて腹までくくってる。
僕を引き止めるには妻の存在を認めるより他になかったんだ。」
「………はあ。」
「妻に関しては、おそらくこの世で最も美しい女性だ。少なくとも僕が知る限り……僕以外に3人の男を魅入っている。その中にはアイリーン、君の義兄殿もいらっしゃるぞ。」
は あ ??? どーしてフェインの事が出てくるのっ!?
「ちょ、ちょっとそれどーゆーことよっ!!?」
「…にしても、遅いな。茶の二杯でどれだけ時間がかかってるんだか。」
「話聞いてる?」
ロクスは自分の状況を、彼らしく端的にまとめながらわかりやすく説明してくれた。にしても、ロクスが…所帯持ち? この性格悪い男が??
「あんたの奥さんって、美人かもしれないけど男見る目はないのね。」
「それを言うんなら君だって見る目がなくなるぞ?
君の義兄殿も魅入られていたって言ったろ? 僕は彼だけには妻を渡したくなくて多少あざといやり口に出させていただいたぐらいだ、そんな義兄殿が選ばれずに彼女は僕を選んだ。
彼に淡い恋心を抱えていた君は」
「ちょちょちょちょっと!! あんた憶測でそんなこと」
「憶測? まあそういうことにしておいてやるよ。
もっとも、僕の目を欺けるとは思わないでいただきたいがね。
さて、次は君の番だ。以前の僕ならば相応の態度に出ていたところなのに、よくも子どもの姿なんかで騙してくれたな?」
「…魔法が失敗しちゃっただけよ。それ以上のことはないわ。」
「ふー…ん。そんなものなのか?」
ロクスは多分ありのままを話してくれてると思うけど、私は…彼が見抜いたとおりで、それが今でも完全に断ち切れていないから、フェインに話したとおりの言い訳でごまかすより他にない。
私が彼を苦手としているのは多分、フェインとは違って彼は女の背景を読もうとするからだと思う。フェインは他の事はともかく女性に関してはありのままを信じるみたいだけど、ロクスはそれに裏があって当たり前、みたいに考えてるようで、こうして話す前は何度か顔を合わせるぐらいの面識しかないんだけど、それでもヒヤッとしたことが何度かある。
でも「癒しの手」を持っていても魔術に関しては少し知識のある素人みたいなもので、彼はそのひと言で釈然としないなりに納得したみたいで、その先の追求はなかった。
「ま、君が今のありのままの外見だったとしても、その時すでに僕は妻に魅入られていたからな。
からかうぐらいはやったかもしれないけど食指は動かなかったろう、その点心配しなくてもいい。」
「…あんたシルマリルの勇者やりながらよく目を盗んでそんなことやれたわね。
感心するわ。」
「目を盗むも何も、」
「お待たせしました、遅くなってごめんなさい。」
―――――え…? この声は………?
「ずいぶん遅かったじゃないか、今開けるから。」
ロクスはその声が聞こえたなりに席を立ってドアを開けに行った。あのロクスがドアを開けるような態度を迷わずに取る女性、それは……私の知る限り、ただひとり。
「君もきっと驚くぞ。」
それはどっちに呼びかけたの?
…多分、彼が連れてきたらしい彼女だって、言われなくてもわかるんだけど…
「あら!ロクスの約束の相手って、アイリーンだったんですか。
もう…ロクスも人が悪い、アイリーンが訪ねて来たって言ってくれれば私だって」
「刺激のない教皇庁での生活にくさくさしてるだろうと思ってね、驚かせたかったんだ。
彼女も君に逢いたがっていたけれど、あの連中に説明すると長くなるわややこしいわだし、抜け出すのが一番手っ取り早いと思ったんだ。」
そこには、天に還ったはずのシルマリルがいた。幼い姿の頃の私とほとんど変わらない背格好で、まるで修道女が着るような黒い衣を着て…でも、あの金の髪と青い瞳はそのまま。
天使の彼女が、ティーカップがふたつ載ったトレイなんて持って微笑んでいた。…けれど、彼女の象徴でもあった純白の翼は見えない。
「紹介するまでもないが一応紹介しよう。僕の妻だ。
今は聖女として認定されて教皇庁の保護下にある。」
そしてロクスの口から更なる驚愕の事実?が語られる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!あんた自分がなに言ってるかわかってんのっ!??」
「…ありのままだが? 嘘はないよな、シルマリル?」
「…嘘はありませんが混乱はしますよ。
アイリーン、お久しぶりです。あいさつもしないままでごめんなさい。」
ロクスの言葉が本当なら、こんな男を選んだ見る目のない女はシルマリル、ってことになる。
別人だと思いたくても、その物言いは確かに私の知る天使シルマリルに間違いない。それに他の人間ならともかく、彼女の勇者までやったロクスが…もし本当に彼女を好きになったとして、似ている女を代わりに出来るはずがない。
他の人ならともかく、さっきの追及からもわかるようにロクスは自分に対する嘘を許さない。だから多分嘘をつかないシルマリルを好きになった、…んだと、思う……。
私は思わずシルマリルの左手を見た。確かにロクスと同じ指輪をはめている。
「…シルマリル…よね?」
「ええ。」
「天使、シルマリル…ラファエルの下にいる天使シルマリル……アルカヤの守護者」
「…かつてそうでした。でも今は人間の女性です。」
「立ち話もなんだから座ったらどうだ?
かつての天使とその勇者ふたり、話すことは山ほどあるだろう。」
シルマリルは持っていたトレイを置いてロクスの言葉に従うみたいに彼の前にカップを置いて、そして多分彼女が座る席の前にも置いて静かに、服の裾を気にしながら腰を下ろした。
シルマリルは相変わらずと言うか、やっぱり美人…だと思う。確かに彼女が人間なら、ロクスみたいな男が放っておかないとも思う。でも彼女は天使様だし人間なんて相手にしなくても天界に男の天使はたくさんいるだろうし、…なのになぜロクスなの?
「まあ、アイリーン、君が何を言いたいのかはわかる。でもこういうことだ。
僕たちは愛しあい結ばれてこうして一緒にいる。それ以上のロマンスというのろけ話を聞きたいか?」
「…結構です。」
「賢明だ。僕ものろけ話はしたくない。で、僕を訪ねてきた用件はなんだ?
シルマリルのことをずいぶん気にしていた様子だから、危険を承知で彼女を連れて来てみたが。」
「あ、その……」
「察しはつくが、見当違いな事を切り出して君の記憶の生傷を叩くのは性格の悪い僕でも躊躇するし。」
「…アイリーンごめんなさい、この人はもともとこういう人なんです。」
「君以外のご婦人に優しくして、君からあらぬ疑いをかけられては目も当てられないだろ。
なんたって大恋愛の末種族を超えて結ばれたのだから。」
「…ロクス、それのろけ。」
私はロクスといるのは嫌いじゃない。むしろ好きかも知れない、って思うのは、きっと彼と顔を合わせて話す時に、必ずシルマリルがいたから。
シルマリルは姉さんを失った私のことを最初は知らなかったけど、それでも姉さんを思い出させるほど分け隔てなく優しかった。今も優しげな様子はちっとも変わってなくて、なのにロクスといる時の彼女はまるで少女みたいに扱われてて可愛かったっけ。
見かけは子どもでも中身は二十歳だった私の目に、その様子は新鮮と言うか、どう見ても女たらしが好きな子に素直になれずからかってるみたいに見えて、…シルマリルは大丈夫かな、なんて不安にもなったっけ。
ロクスは彼女の前ではあまり装ってなさそうだったけど、まあ顔はいいからね。
ギャップがある男ってなにかともてるみたいだし、シルマリルも女の子だから心配だったけど…
「…にしても、シルマリル、よりによって…」
「ロクスは頼りになりますよ。
不実なように見えて私のことをずっと心配してくれていましたし、何度も守ってくれました。」
そう言いながら優しく微笑んだシルマリルの言葉ものろけ。…まったく背中がかゆくなるわ。
彼女の隣、テーブルを挟んで私の目の前のロクスは、いたたまれないような照れくさいような顔を見せながらぬるくなりかけたお茶を一気に飲み干した。そして隣のシルマリルに声をかける。
「悪いがもう一杯もらってきてくれないか? ポットごともらってくればなおいいと思うが。」
「あ、ごめんなさい気がつかなくて。行って来ます。」
「ん。」
ロクスの言葉に、私はピンと来た。…本題を話そうとしてるんだろう、その場にシルマリルをいさせたくなくて、適当な理由を作って彼女を席から立たせた。
私が彼を苦手としている一番大きな理由、――――彼は鋭い。あまり見当違いな見立てはしない。
それに言いくるめごまかせるほど甘くもない。信用ならない男らしく憎らしくて嫌な感じで、それでもシルマリルの信用を勝ち得て彼女にも愛されて選ばれた男。
その彼が、シルマリルをこの場から立ち去らせた。…つまり、それは……。
「…で? フェインとの話かそれともセレニスのことか、何から訊きたいんだ?」
やっぱりそうだった、しかも彼はふたつも隠していた。
私が聞きたいのは姉さんの話だったけど、それとは他にフェインとも何かあったみたいで、…彼はシルマリルに全部の責任を押しつけようとしないで、自分で抱えることを選んだ。
「君から切り出さないんだったら…そうだな、刺激が少ない方から話そうか。
シルマリルに魅入られた男は、僕が知ってるだけで君の義兄殿を含め3人いる。その中でも僕がこいつにだけは渡さないって思ったのが君の義兄上だ。」
刺激が少ない方、と前置きして、ロクスはフェインとの話を切り出した。
遊び好きで多分女に不自由したことないだろうロクスなのに、不器用で鈍くてしょうがないフェインを…シルマリルをめぐっての恋敵、なんて見ていたみたいで、軽い物言いの中に言いようのない鋭さが隠れてて私は思わずテーブルを叩いてしまった。
「…どうして? フェインはあなたと違って女の人を絶対に裏切らない!」
「だからだ。
どういう経緯かは問わないし興味もないが、失ってしまった女ばかりを想ってそれで一杯になって他の女への配慮もクソもない男に僕の大事な天使を譲れるか。」
けれどロクスは声を荒くした私の態度にも、眉ひとつ動かさない。当然驚いた様子なんてない。
しかもフェインのことを…あんなに誠実なフェインのことを、姉さんのことを想い一途に生きているフェインのことをこんなに言うなんて許せない!
「僕はこんなだが彼女への感情だけは誰にも負けないって自負してるし、当時は彼女のためにならどうなっても構わないって思ってたぐらいだ。今はそんなことを考えもしなくなったが、髪の毛の一本でも彼女のために捧げる腹をくくった僕とあくまでも妻だった女と彼女を天秤にかけようとばかりしてるフェイン、これを聞いた今、アイリーン、君はどっちを選ぶ?」
けれど、私は結局ロクスに言い返せなかった。
真顔でそう切り込んできたロクスの鋭さとその言葉に、私は咄嗟に答えられなかった。
迷ってしまった。
…フェインはひたすら姉さんを愛し続けて姉さんに誠実で、でも彼がもしシルマリルにも惹かれ始めていたとすれば…確かに、シルマリルの立場なら、…ロクスは魅力的…だと、思う……。
不実なんだけど自分がこれと決めてそれを受け入れられたら、ロクスはとても一途なところがある。
周りが見えなくなるほどシルマリルだけを見ていたんだと思う。
確かに私がシルマリルだったら…思わせぶりに優しくするけど姉さんの事ばかり想ってこっちを向いてくれないフェインにそういうことを期待できない。悲しくなる。そしてそばにロクスがいて、口が悪くても心配してくれて、守ってくれてきちんと告げてくれたなら――――どうなるか、わからない。
いろんな意味で自信が持てない。
「ほら、迷ったろ? 誠実とか不実とかそんなものは関わった人間によって変わるものだ。
君らから見たら、どうしてシルマリルみたいな女が僕にころっと騙されたんだか、って思うだろ? でも僕はシルマリルを裏切らない。ある時から裏切ってないってのだけは自信持って言い切れる。
いい女を欲しがるってのはそれだけ覚悟を必要とされる、つまりは試されるって事だ。
誰かに気持ちを残したまま別の女まで追いかけて、どっちも手に入れようなんて虫が良すぎる。」
そして私は聞くしかない。だってロクスの言ってることは正論で、それが私にもわかるし、彼の見方もある意味正しいと思う。フェインは姉さんにはとても誠実だけど、私がシルマリルの立場だったら…その気もないのに優しくしないで、って思っちゃう…。
多分シルマリルはそんなことかけらも思わなかったんだろう。彼女は純粋な分鈍くてはっきり言われないと気づかないなんてことは山ほどあった。でもロクスはこの通り、気を許した相手になら結構はっきりものを言うタイプだし、装っていたとしてもそれが邪魔になるんだったら装うことをやめるだろう。
「…なんにしてもアイリーン、塔の中で大きくなって世間とか男ってものをよくわかってない君の狭い世界の外の話だ。シルマリルは僕とフェイン、他にふたりの男の勇者と関わりを持って、その他にもそのライバルに当たる連中なんかもいるし、天界にも男の天使がいただろうし、彼女の妖精はシータスでこれも男だ。
まあ男として己の相手に見ることも出来ないような子どもなんかもいたけれど、それだけ異性がいてフェインも僕もそれぞれに長所短所性格なんかを捉えて考えることが山ほどあっただろう。
シルマリルは無知じゃない。フェインとじいさんだけの君との明らかな違いはそこだ。」
少し早口でそう語ったロクスの言葉を、私は聞いた時に半分ぐらい理解できたか…ううん、それさえ自信がない。なんだか痛い言葉ばかりで身の置き所がなくなる。
「ああ、勘違いするなよ? それが悪いとか何とかそういう話じゃない。
でもフェインはいい男で僕は悪い男だ、って言い切るのは簡単だけど、それを言えばシルマリルまでバカにしてるってことになるからな。これでも僕は妻を悪く言われれば腹も立つし、君の気づいてないフェインの短所ってヤツも当然ある。
恋は盲目で構わないが、盲目が過ぎるとそれこそただのバカだし、周りには迷惑でしかない。」
「………………。」
結局、最後まで、私はひと言も反論できなかった。
「だから! …そんな顔をするな。単純ないい悪いって話じゃない、って言ってるだろ。
シルマリルに対する気持ちは僕の方がはっきりしていて強かった、それだけのことだ。」
「…ねえ、訊いていい?」
「ん?」
「あとふたり…知ってるの?」
「ああ。面識もある。ひとりは僕やフェインと同じシルマリルの勇者だ。
もうひとりは…もう、この世にはいない。」
「え!?」
「君の姉さんと同じに魔石を集めていた人間のひとりだ。僕がヤツと知り合った時にはすでに病に侵されて余命幾許もなかったらしい。…そんなヤツだけど、シルマリルには僕よりも優しかった。
この話はこのぐらいでいいだろう? フェインとの話はそのぐらいだし、他のヤツの頭の中なんて僕にはわからない。死人にいたっては論外だ。」
「…もうひとつ。」
「小出しにするな。それで最後か?」
「うん。
シルマリルは…誰が好きだったか、わかる?」
「さあ。ただああ見えて頑固だからな、好きでもない男の求愛にうなずくようなタイプじゃないだろ。
それを踏まえて僕とは相思相愛だったと思うことにしてる。」
「都合のいい解釈ね。」
「ありのままを知ることが最善とは限らないって事さ。特に男と女はね。
…で。フェインの話もこれだけのものだが、君が一番訊きたいだろうセレニスの話はもっと重い。
どうする? 僕はそれなりに納得して彼女の最後の相手を務めさせてもらったし、君たちの関係についてもなんとなくだが推測させてもらった。…はっきり言うが、つらいぞ。」
すでに、その言葉が、重い。でも私はそれを知りたくてここに来た、そしてロクスは大事なシルマリルにそのことを思い出させたくなくてここから離れさせたんだと思う。
…つまりは、そのぐらい、重たいって事。
「…それは…姉さんの最期がいたたまれなかった、って話?」
「僕をなんだと思ってる、死と生の専門家だぞ。
予期せぬ災害などならともかく、必然的にもたらされる人の死の瞬間などそう大差ないものさ。
セレニスの最期は見届けてない。彼女の今わの際に立ち会っていたら僕はここにいられなかったからな、その点は見捨てたと解釈されても反論できないから言い訳も何もしないでおくよ。」
それでも…彼が、姉さんの意識がなくなるまでの間、最後に姉さんと向き合っていた人だってことには変わりはなくて、それだけで、私じゃなかったってことだけでこんなにも引っかかったまま引きずったままいるんだから―――ー
「…あなたを責めるつもりはないわ。ただ、どうして私じゃなかったか、それが知りたいの。」
「いいかアイリーン、真実を知るってことは必ずしも救いをもたらすとは限らない。
絶望と希望は表裏の関係だ。」
覚悟をしたつもりでいた私に、ロクスのその言葉がずしんと響いた。
「シルマリルは君の姉上の事を抱えて絶望寸前だった。それを見るに耐えられなかった僕が勝手に推測して彼女の背負ったそれを一緒に背負うと名乗りを挙げた。
僕は彼女に笑っていて欲しかっただけだ。…君やフェインがセレニスにあれ以上罪を重ねないでいて欲しいと願ったのと同じに、僕はシルマリルの笑顔を願った。
それだけの話だよ。」
「…答えになってない。」
「なってなくてもそれが答えだ。言ったろう? 救いをもたらすとは限らない、って。
シルマリルはセレニスに君という妹とフェインというかつての夫がいて、それぞれ彼女の勇者で、どっちもセレニスについてケリをつけさせろと望んでいることは話してくれた。
でもな、肉親同士夫婦同士で殺し合いをさせようとする天使がどこにいる?…シルマリルは泣きそうな顔で僕のことを思い出してもたれかかってきたんだ。
…僕は彼女にあんな顔を二度とさせやしない。僕は彼女のためなら、今だって変わらずになんでも出来るよ。
君らがセレニスに望んだのと同じ質の感情だ。」
「でも!」
「…君らのセレニスへの思いを踏みにじるって事は僕だって承知してる。そんな権利はないってこともね。
でも僕はシルマリルを守りたかった。泣かせたくなかったんだ。
ただ君らの、君の気持ちがわからないじゃないから、好きなだけ僕を罵るといい。なんなら一発二発殴っても構わない。
けどシルマリルを恨まないでくれ、確かに僕にセレニスを止めて欲しいと言っては来たが、それにうなずいたのは僕だ。…肉親同士…愛し合いながら殺し合わなきゃならない選択肢にうなずけなかったシルマリルの気持ちは察してやって欲しい。」
そんなの…出来るはずない。ロクスはシルマリルが大事で守りたくて彼女の背負っていたものを一緒に持っただけ。シルマリルが彼を選んだ理由がやっときちんとわかった、フェインが姉さんを一番に思うのと同じ、ロクスは何よりも誰よりもシルマリルを大事にしてる。きっとずっと大事にし続ける。
私は…話を聞きながら、泣いていた。テーブルの上に涙がいくつもいくつも落ちてこぼれて、それを止められない。
「…ほら。
シルマリルが今戻ってきても僕がごまかすから、君は余計なことを言わないでくれ。」
ロクスはそんな私を見て困った様子も見せずに懐からハンカチを取り出して私に差し出した。
フェインと同じで、シルマリルしか見てない男。けどフェインと違ってそんな自分をちゃんとわかってる。
だから思わせぶりなことはしない。
…シルマリルは、素敵な人を夫に選んだ。彼女だけを見ていて、彼女のためならなんでも出来る覚悟を持つ人を選んだ。フェインが何を思ってても、たとえシルマリルのことを気にし始めていたとしても入り込める隙間はなくて、シルマリルの優しさを守るために…ロクスは姉さんの最後の相手になった。
「…遅いな。また何かやらかしたかな?
まあいいだろ、気がすむまで泣いてすっきりしてブレメースに帰るといい。
それにせっかく聖都に来たんだ、降臨祭なんてお祭騒ぎもあることだし、しばらく滞在すると気も晴れるかもしれない。本祭はまだ先だが今でも充分にぎやかだ、シルマリルはいい子で教皇庁の中にいるから外出も比較的自由に出来る。
落ち着いて気持ちの整理の目処が立ったら連れ出してやってくれないか。
僕が案内したいところだが、何しろ教皇選出の儀の準備中でね。それが終るまでは拘束されそうだ。
くさくさした時はパーっと遊ぶのが一番だぞ。…程度にもよるがな。」
「…ありがと。そうさせてもらうわ。」
…今ならシルマリルの気持ちをなんとなく理解できる。
私はロクスの差し出したハンカチを受け取り、まだ止められずにいる涙を拭った。
拭っても拭っても涙は止まらなくて、けれどロクスは何も言わずに頬杖なんてついたまま私から目をそらした。
ロクスはここまで見越していたのか、私はあれほど耳障りだった酒場の喧騒に図らずも感謝することになった。…こういう気の回りすぎるところがいかにも女に慣れてて不実で女としては不安になるけど、きっとシルマリルは
「こういう人だから」
なんて笑ってるんだろう。
頬杖をつくロクスの左手に光る指輪が、私たちがそれぞれの日常に戻ったことを一番如実に物語っていた。
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2008/05/25
フェイバリットディアの男キャラはそれぞれに致命的ですらある欠点を抱えててステキでございます。
今回はもはやデフォ扱いの女たらしのロクスと、バツイチのフェイン。
ああフェイン好きな方ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(フェードアウト)
年齢的にいけばフェインは私の好みに入るのですが、彼を選んだ場合、なんか女天使が報われなくて可哀相な気がします。
ある意味ロクスも一途と言うかわき目をふらなくなりそうですが、一途は必ずしも美徳じゃない、ということで。
無自覚、言い換えれば天然なフェインも罪作りですが、自覚してて善処など考えないロクスも性質が違うだけで似たようなものかしらんと思うことがありました。