いろんなプラッサくん物語

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  その三 勇者プラッサくんのさらなる冒険  

 ‥‥数秒後、ばすっ!!という音が聞こえ、プラッサくんははるか下の地面に到達しました。
 そこが道路の上なんかだったら、きっと助からなかったに違いありません。でも、幸いなことに、プラッサくんが落っこちたのはふかふかの雪の上でした。
 もちろんそれだって、痛いのにはあんまり変わりはありません。プラッサくんはしばらくうつ伏せに雪に埋まったまま、衝撃にくらくらしていました。
 やがて、どこも壊れてはいなかったらしく、プラッサくんはよいしょ、と起き上がりました。
 見回すと、落下の衝撃を示すように、けっこう深く埋まっています。
 その、自分が埋まっていた場所を見て、プラッサくんはぱかりと口を開けました。
「顔面のかたちが残っています!」
 なんと、おなか側から雪に落ちたプラッサくんは、苦悶するような表情もくっきりと、雪に型を残していたのでした。
「ここにセッコウを入れれば、プラッサの像ができあがります」
 プラッサくんはこの驚きを誰かに伝えたいと思いましたが、残念なことに、誰も側にはいませんでした。
 自分のかたちの穴から這い上がり、回りを見回すと、プラッサくんはまたびっくりしました。
 広い雪野原は、どこかのおうちの立派なお庭のようでした。きれいにかたちづくられた木が美しく並び、半円を描く小さな橋のかかった池まであります。
 和哉くんのうちのお庭もきれいでしたが、こんなに広い、時代劇に出てくるみたいな日本庭園を見たのは初めてです。
 プラッサくんはしばらく口を開けたまま、回りを見渡していましたが、にわかにはっとして立ち上がりました。
「ご主人が学校から帰ってきてしまいます! プラッサ、急いで帰らないといけないです」
 プラッサくんはとりあえず緊急パルスのスイッチを確認しました。発信スイッチは入っていません。つまり、故障はしていないということです。
 プラッサくんは安心して、人家と思われる大きなおうちに向かって歩き出しました。
 人間のおとななら、五分もかからない距離かも知れません。でも小さなプラッサくんが、雪をかきわけ、たまにはずぼりと埋まりながら歩くのはたいへんな苦労です。
 一時間近くもかかって、ようやくそのおうちにたどりつくころには、プラッサくんは融けた雪でべそべそに濡れ、すっかりくたびれていました。
 古いおうちらしく、縁側があります。さいわい雨戸は閉まっていませんし、プラッサくんの身長でも、ガラスまでは十分とどきます。置石によいしょと飛びのって、プラッサくんはガラスをたたきました。
「ごめんくださいです。迷子のプラッサです」
 プラッサくんの小さな声では、中の人まで届いていなかったのかも知れません。でも、しばらくそうやって呼びかけ、こつこつとガラスをたたいていると、やがて、くもらないペアガラスの向こうに、ひょいっと猫が顔を出しました。
「ねこさんねこさん、プラッサはこまっています。ご主人を呼んでください」
 話しかけたことが伝わったかどうかはわかりません。その白い猫は、しばらく興味深げに首をかしげたり、ガラスに鼻を押し当てて跡をつけたりしていましたが、そのうちトテトテと部屋の奥に引っ込んでしまいました。
 ‥‥どうしたものか、プラッサくんは思案にくれました。
 が、その少しあとのことです。
 柔らかい何かが石を踏む、『たしっ』と云う音が不意に聞こえ、プラッサくんは振り向きました。
「わひゃっ!」
 プラッサくんはびっくりして、ぱかりと口を開けました。
 さっきまでおうちの中にいた白い猫が、いきなり背後に立っていたのです。びっくりしたままのプラッサくんを後目に、黒い鼻先がついと近寄って、ふんふんと匂いを嗅ぎはじめました。
 よく見ると猫は真っ白ではなく、片手の先にだけ、黒いぶちがぽつんと入っています。
「ポチ丸です」
 プラッサくんがそのことに気づいた時、猫は急に、プラッサくんのコートの襟首をはむりとくわえて持ち上げました!
「わひゃー!」
 猫はプラッサくんをくわえたまま、トテトテと運びはじめました。
 勿論プラッサくんは、小猫よりもずいぶんと大きいし、重いはずです。でも白い猫は、時々『重いなあ』とでも言いたげに、よいしょと襟首をくわえ直すだけで、またトテトテと歩いていきます。
 プラッサくんはたて続けのびっくりのあまり、猫に運ばれたままキョロキョロしていました。
 雪の無い縁側の下を通って、お勝手口の方へ回ると、戸口の下の方に、何か四角いものがありました。どうやら猫用の出入り口のようです。猫はプラッサくんをくわえたまま、頭を低くしてそこをくぐりました。
 お勝手口の中は広い土間で、アパートなんかの玄関よりもよっぽどりっぱでした。プラッサくんが人影を探してキョロキョロしていると、猫はきちんとしつけられているのでしょう、置いてあった雑巾で、きゅっきゅっと手足を拭きはじめます。そうして、自分の作業が終わると、プラッサくんをそこにつれてきて、
『拭いて』
 と云うように鼻で背中をくいくいと押しました。
 プラッサくんはとりあえず、ぐしょぐしょになってしまった長靴を脱いで、冷たくなった肉球を拭きました。
 長靴は中までぐっしょり濡れていて、ひっくりかえすと、ぽたぽたと水滴が落ちてきした。乾かさないことには履けません。
 足を拭いたプラッサくんは、その後どうしたらいいのか、すっかり考えこんでしまいました。
 すると猫は、またしてもプラッサくんの襟首をくわえて、トコトコ歩き出しました。手に持ったままの長靴から、ポトポト水がしたたっていますが、猫はそんなことを気にしません。長い廊下を横切って、ふすまのすきまをくぐります。
 そこは、和室と洋室がつながった、広い部屋の一角でした。猫の寝床らしい、タオルを敷きつめた大きなケージが、ソファーの横に置かれています。プラッサくんはその中に運ばれて、ようやく下ろしてもらえました。
 ちょっと向こうから、人の話し声が聞こえてきます。
 プラッサくんはあっと思って、助けを求めようと立ち上がりました。
 でもそれを、白い猫がニャッと前足で止めました。びしょ濡れのプラッサくんを、小猫のめんどうを見るように、ざりざりの舌でなめ始めます。
「わひゃー!」
 プラッサくんは何度目かのびっくりに叫びました。
 すると、遠くから、
「あれ?」
 と云う声が聞こえました。おうちの人が、プラッサくんの声に気づいたのでしょう。静かな足音が近づいてくるとやがて、誰かがひょいとケージをのぞき込みました。
「‥‥わひゃー」
 プラッサくんはぱかりと口を開けました。
 なんとその人は、金髪の、外国人の男の人だったのです。
 でも、猫ケージの中にプラッサくんを見つけたそのお兄さんも、ずいぶんとびっくりしていました。
「‥‥猫丸。そんなもの、一体どこから持ってきた」
 お兄さんもプラッサくんも、なんとなく茫然として、しばらく見つめあってしまいました。
 『猫丸』と呼ばれた猫だけは、ぜんぜん気にした様子もなく、いっしょうけんめい濡れたプラッサくんの毛づくろいを続けています。
 プラッサくんははっと我に返り、お兄さんに必死で訴えました。
「プラッサは迷子のプラッサです、助けてください」
「‥‥迷子って、それにしても何でこんなところに」
 そう言いながらも、お兄さんはプラッサくんを猫ケージから出してくれ、ヒーターの前に連れていってくれました。猫丸が、『返してよー』とでも言いたげに、不満な声を上げてついてきます。
 奥にはもうひとり、ふつうの日本人のお兄さんがいて、プラッサくんを見て目を丸くしました。
「何だ、そのプラッサくんは一体どこから持ってきたんだ?」
「迷子だって。猫丸がどっかから連れてきたらしい」
「プラッサはお庭にいたところを、猫さんに連れてこられたのです」
「‥‥なんでうちの庭にプラッサくんが」
 変な顔をしながらも、そのお兄さんはあたりを見回して、猫用らしいタオルでプラッサくんをくるんでくれました。
 プラッサくんがわけを話すと、金髪の人がサービスセンターに電話をしてくれ、日本人の人が、プラッサくんと、コートや長靴を乾かしてくれました。
 猫丸はしばらく、心配そうにプラッサくんのまわりをちょろちょろしていましたが、お兄さん達がめんどうを見ているのが解ったらしく、やがて外人のお兄さんの膝に乗って、自分の毛づくろいを始めました。
 お兄さんが、膝の上の猫丸をわすわすとなで回して言いました。
「お手柄だな、猫丸」
「ありがとうです。おかげでプラッサはとても助かりました。でも猫舌はざりりでびっくりです」
 プラッサくんがお礼を言うと、猫丸は、ひげをぴんと伸ばしてニャア、と鳴きました。でも、
「でもとりあえず、ケージに持っていくより、まず飼い主に知らせてくれないとな」
 日本人のお兄さんにそう言われると、猫丸は、そっぽを向いてしゃかしゃかと耳をかきました。
 それがまるで、困ったときに聞こえないふりをするしぐさのように見えたので、プラッサくんと金髪の人は声をあわせて笑いました。

 そして、まだプラッサくんが生乾きのうちに、サービスセンターのおじさんとお兄さんが迎えにきてくれ、プラッサくんは助けてくれたお兄さんたちにお礼を言って、サービスセンターに向かいました。
 以前来たときに初めて会った博士は、平日の昼間なので、学校に行っていていませんでした。
 でも、その時いっしょに修理をしてくれたお兄さんは、冒険プラッサくんのことを覚えていて、
「なんだ、また君かい」
 と言って笑ったので、プラッサくんも照れくさくて、えへへ、と頭をかきました。
 検査の結果、今回は、さいわいどこも壊れていませんでしたから、プラッサくんはすぐにおうちに送り届けてもらえました。
 お庭にいたはずのプラッサくんが、おやつに呼んでも姿が見えないので、お母さんはたいそう心配して、庭じゅうを捜しまわっていました。お昼にセンターから連絡を受けて、ようやく居所を知ったのです。
 プラッサくんが帰ってると、お母さんは涙ぐんでプラッサくんを抱っこしました。
「また怪我してたりしたらどうしようって、お母さんすごく心配しちゃったわ」
「心配かけてごめんなさいです。プラッサはたくさんけいけんちをもらいましたが、お母さんにめいわくをかけてしまいました」
 プラッサくんも安心して、ぽろぽろと涙をこぼしました。
 夕方、和哉くんが帰ってくると、プラッサくんはさっそく今日の大冒険を報告しました。
 お話を聞いた和哉くんは、びっくりしたり心配したりで、心臓がどきどきしましたが、最後に、
「でも、無事に帰ってこれて本当に良かったね」
 と、プラッサくんをぎゅっと抱きしめました。
「プラッサはたくさん愛されています。このおうちの子でとてもしあわせです」
 大事にされていることを再確認したプラッサくんは、深く感動してそう答えました。
 そうして、もうすぐ晩ごはんよ、とお母さんが呼びに来た頃、ふと思いついて、和哉くんは聞きました。
「そう言えばプラッサくん、今日の冒険でレベルは上がったの?」
 プラッサくんは胸をはって答えました。
「今日、プラッサはレベル25になりました」
「すごいや」
 和哉くんはちょっと感心して、それから『あれ?』と首を傾げました。
「前の冒険の時ほど上がってないね。なんで?」
 プラッサくんは申し訳なさそうにうつむきました。
「プラッサはたくさんのけいけんちをもらいましたが、お母さんに心配をかけたので『みりょく値』の『ぱらめーた』が下がってしまいました。そのぶんレベルの計算のときにマイナスがかかってしまったのです」
「魅力値なんてあったの?」
「『隠しぱらめーた』です」
「‥‥す‥‥すごいね」
 なんて言ったらいいかわからなくなって、今度は和哉くんの方が、ぱかりと口を開けました。
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