いろんなプラッサくん物語
その五 ちびプラッサくんと巨大な夢
ある土曜日の午後のことです。
玄関のチャイムが、ピンポーン♪と鳴りました。
「オキャクサンですか?」
生プラッサくんが、あっと思う間にとことこ玄関に走り出ていきます。
「こらこら」
どうせ生プラッサくんには、玄関のドアが開けられません。お父さんはプラッサくんを追いこすと、
「はい」
とドアに手をかけました。
「あっ、ずるいです、プラッサが開けたかったです」
プラッサくんがぽこぽこと膝のあたりを叩いていますが、お客さんなので相手をしてはあげられません。
ドアを開けると、
「やあ、直人くん」
「あ、陸ちゃんのお父さん、こんにちわ」
と言って、男の子がぺこん、とお辞儀をしました。
お客さんは、陸くんのお友達の直人くんでした。
陸くんよりひとつ年下で、春には中学二年に進級します。ハンサムで努力家で頭もよく、合気道と空手と弓道を習っていて、今年のバレンタインには百八つのチョコレートをもらったと言う伝説の持ち主です。
ふつうこんなだと、妬まれたり嫌われたりするものですが、直人くんの場合はほんとに性格がいい上に、へんなところが抜けていたりするので、近隣のみんなの人気者です。
そして、どういうわけか、中でも陸くんとは大親友なのでした。陸くんも、直人くんにだけは、ちゃん付けで呼ばれても怒りません。
「陸ちゃん帰ってますか? なんかあるって言うから呼ばれてるんですけど」
「まだ帰ってないねえ。まあ、中で待ってなさい」
「ナオトくんです、ひさしぶりです」
「あー、生プラッサくん、久しぶりだねー。元気?」
直人くんは、プラッサくんにもやたらと好かれているのでした。飛びついてくる生プラッサくんを、よいしょと抱き上げてわすわす撫でます。
そして、お茶を飲みながら、色んなお話しをしてしばらく待つと、
「たっだいまー。直人くんもう来てるー?」
「来てるよー」
「遅いよ陸ちゃん。減点一ね」
「かんべんしてよー」
陸くんは笑ってあやまりながら、よいしょとプラッサくんバスケットを置きました。
「あれ? また預かりプラッサくん?」
お父さんが聞くと、陸くんはちちち、と指を振ります。
「違うんだな、これが。まあ見てよ」
と言われたので、みんながいっせいにバスケットの中をのぞき込みました。‥‥でも、何も出てきません。もちゃもちゃになったバスタオルが詰まっているだけです。
生プラッサくんが言いました。
「布しかありません」
「あれ?」
陸くんが首をかしげて、そっとタオルをかきわけました。
すると、
「あっ、いました。ねむってます」
生プラッサくんが叫んで、あっと自分の口をおさえました。
‥‥お父さんと直人くんがそっと見ると、中には、生まれたての生プラッサくんよりもっと小さい、十五センチくらいのプラッサくんが、体を丸くして眠っていました。
「寝ちゃってたのかあ。しょうがないなあ‥‥プラッサくん、起きて」
陸くんがそっと、指先で小さなプラッサくんを揺り起こします。
ちいさなプラッサくんは、ちょっとむずかるようにうーん、と言って、もそもそと目のあたりをこすりました。ころん、ころん、と寝返りをうって、にゅーっと片腕を伸ばします。それから、大きなあくびをひとつ。
直人くんが冷静に言いました。
「‥‥プラッサくんって、必ずここで欠伸しない?」
「うん、起動チェック用の動作だから」
まじめに答える陸くんの横で、お茶目な生プラッサくんが「ちぇっく!」と言って、ぱかりと大口を開けました。
小さいプラッサくんは、やがてもそもそと起き出すと、人が見ているのに気付いて、えへへ、と笑い、
「プラッサ、バスケットのここちよい揺れに、ちょっと居眠りしてしまいました」
そう言って、こりこりと頭をかきました。
陸くんはそのプラッサくんを、ひょいとバスケットから出してやりました。そうして、みんなをひとりずつ紹介します。
「ちびプラッサくん、こっちが俺のお父さんで、こっちが直人くん、これが生プラッサくんだよ」
ちびプラッサくんはみんなの顔を見回して、うんうんと何事かを納得すると、
「プラッサはちびプラッサです、はじめましてです」
と、まるで『長靴をはいた猫』みたいに、かっこよくお辞儀をしてみせました。
「ちびプラッサくん? 小さいの?」
「ちいさいです。十五センチです。‥‥ちびプラッサは、はかせの小ささへのチョウセンによって生まれました」
「‥‥実に解りやすいプラッサくんだね」
お父さんは陸くんに向き直り、感心して言いました。
「でしょー。実験用だから、性格パターンも完成型仕様なんだよ」
「カンセイガタシヨウってなんですか?」
「生プラッサくんと違って、生まれた時から、もう赤ちゃんじゃないんだよ」
生プラッサくんが、すごくびっくりしたように口を開けてきょろきょろしました。
「ちいさくても生プラッサよりおとなですか?!」
「そうだね」
二度びっくりしたらしく、生プラッサくんは口を開けたまま、阿波踊りみたいな奇妙な踊りを始めてしまいました。
「すごいねー。陸ちゃんって相変わらず天才だね」
生プラッサくんの両手をとって、『せっせっせ』みたいに踊らせながら、直人くんは言いました。
「だって、今から勉強して腕を磨いておかなきゃ。俺たち将来、正義の味方になるんだもん」
「そうだねー」
陸くんと直人くんは、そう言ってにっこり笑いあいました。
‥‥その横で、お父さんはちょっと頭痛をこらえるポーズになっていました。
お話しはずっと前、子供たちがまだ小さい頃にさかのぼります。
陸くんが、どうやら機械工学の天才らしいとわかったころ、ふたりは特撮ヒーローの『特警ウインスペクター』に夢中でした。
ちゃんとその筋の機関で勉強してみないか、と言う誘いを受けていた陸くんはもちろん、子供らしくそんなことに乗り気ではありませんでした。
でも、そのとき直人くんが言いました。
『いいじゃない。うんと勉強して、将来ふたりで特警ウインスペクターになろうよ。ぼく、がんばって身体鍛えて隊員になるから、陸ちゃんは開発の博士になってよ』
その言葉に励まされて、陸くんは今の開発室に入ったのです。
それから陸くんはうんとがんばりました。
実験もかねて、そのときどきに好きだった番組のロボットなんかを造っては、直人くんにプレゼントしました(今でも直人くんのおうちには、三十センチの鉄人28号と、本物と同じく意志を持って動く伝説の勇者ダ・ガーンがいます)。
護身用には、ウインスペクターに出てきた『バイクル』と『ウォルター』という二体のロボットを、TVに登場する本物そのまんまに造って、みんなをびっくりさせました。最近では、ロボットの入れないところの護衛用に、人型バイオロイドの開発までしています(プラッサくんは、そういう実験製作の副産物でした。陸くんは、鉄人やダ・ガーンをつくったのと同じ気持ちで、CMキャラクターだったプラッサくんを造ったのです)。
直人くんも、いつか正義のヒーローになるために、身体を鍛え、勉強し、いまではオリンピック出場のお誘いも来そうな男の子になりました。
ちょっと大人になって、特撮のヒーローがTVの中にしかいないと解っても、陸くんが本物を造ってしまうのですから、あきらめることは何もないのです。
「いつかとっけいウインスペクターになったら、プラッサにも基地をケンガクさせてください。やくそくです」
「うん、約束するよ。指切り」
直人くんと生プラッサくんは、仲良く指切りげんまんをしました。
ちびプラッサくんは、それをお兄さんらしくほほえましい目で見ていました。
「うつくしい友情です」
「うん、直人くんは友情に厚いよ。‥‥というわけで、ちびプラッサくんは直人くんにあげるよ」
「えっ、いいの?」
「直人くんなら大事にしてくれるし」
「わー、嬉しー! 大事にするよ。ちびプラッサくん、よろしくね」
「よろしくです」
ちびプラッサくんはちいさな肉球で、直人くんの指先をきゅっと握って握手しました。
そしてお茶をもらいながら、ふと、ちびプラッサくんが言いました。
「噂の生プラッサは、それにしても、とても巨大です。ちびプラッサの三倍あります」
「いや、さすがに三倍はないよ。四十センチだから」
お父さんが笑いながら言うと、ちびプラッサくんはえっ?と目を丸くしました。
「ちがうです。生プラッサは四十五センチあります。だから三倍です」
「‥‥‥え?」
子供たちとお父さんは、顔を見合わせました。
「ちびプラッサは計量センサーも完成仕様です。間違いないです」
‥‥つまり、生き物っぽい「このくらい」的なあいまいさではなく、はっきり何センチ何ミリ、と解ると言うことです。
お父さんと陸くんは、あわてて生プラッサくんをいつもの柱につれていきました。恐る恐る、メジャーをあてます。
「どうですか、生プラッサはさらに巨大ですか?!」
わくわくしている生プラッサくんを前に、三人は茫然と顔を見合わせました。
「‥‥四十五センチに伸びてるよ」
「‥‥もう伸びないはずなのに‥‥」
「‥‥陸ちゃんの科学技術って、すごいね」
ちびプラッサくんひとりだけが、意味が解らなくてきょとん、と小首をかしげています。
生プラッサくんが、しばらくわなわなと肉球を握りしめてから、嬉しさ大爆発でさけびました。
「―――キョダイですー!!」
向こうで寝ていた猫のブチが、うるさそうに寝返りをうちましたが、生プラッサくんは気付いていません。
「いつか、いつかもっとキョダイになるです。ふつうのコドモくらいに‥‥せめて、いちメートルくらい巨大に!」
「‥‥そんな巨大になって、一体どうするですか。今でさえ標準プラッサよりも当社比一・五倍なのに」
ちびプラッサくんが、やけに理性的につぶやきました。でも、聞いていた生プラッサくん以外の全員が、『当社比一・五倍』のセリフにガタリとこけました。
「‥‥なんかお父さん、人生に疲れてきちゃったな」
「またそんなこと言って。‥‥いくらなんでも、一メートルは無理だって」
「‥‥お前、前も三十五センチが限界だって言ったじゃないか」
「ううっ」
陸くんがごまかすようにそっぽを向きます。
「一メートルのプラッサくんって‥‥ちょっと恐いかも知れない」
直人くんが、ちびプラッサくんを手乗りにしながら呟きました。
そんな三人と一体の傍らで、生プラッサくんは、
「巨大に‥‥いつか人間のコドモのように巨大に‥‥」
とぶつぶつ呟きながら、壮大な野望を燃やしているのでした‥‥
Copyright (c) 1998 yu-suke.sakaki All rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-