ねこまた1−1
階段を上った。
ごち! 「ぎゃっ!」
いきなり頭をぶつけた。「な…なんだこりゃ…」
このステージは、これまでのものとは勝手がまるで違っていた。左右の壁が生き物のようにうごめき、触手状になっていて、粘液が滴っているのはこれまでと変わらない。全体がブルーにほんわか光っていて、ろうそくがなくても先まで見通せる。ごくありきたりのモンスタータイプの迷路だ。
しかし、天井がぜんぜん違っていた。これまでのステージでは2,3メートルは高さがあって、廊下の幅も広く、ようするに普通の通路だったのだ。しかし、このステージの天井は異常なくらいに低い。階段を上ったらすぐに天井である。高さは1メートルもなく、…そうだな、50〜60センチといったところか。
幅も狭い。70センチあるかないかといった感じだ。全体的にスケールが小さい。
これでは立つことはできない。這って進むしかなさそうだ。通路というより、屋根裏とか床下みたいな、通風路のような、せまっ苦しい迷路だった。
僕は仕方なくほふく前進のように這って迷路を進み始めた。天井は固いが、床はトランポリンのように少し弾力があって、力を込めればそこそこゴムのように伸びる構造になっている。確かに上下固いよりは進みやすかった。それでもやはり、歩くよりはずっと進みが遅いし、しんどい作業だった。
と、奥から、僕と同じようにズリズリと這ってくる敵の姿が目に入った。全裸の、オレンジ色の紙をした女の子だ。階段を登れば新手の敵というわけか。今度はどんな奴が相手になるんだろう。
ひとつ重大なことに気づいた。こうせまっ苦しい通路では、敵を見つけたからといって方向転換をすることができない。後ずさって避けることはできるが、前に進むよりもずっと時間がかかり、その間に敵に追いつかれてしまう。つまり逃げられないということだ。もちろん、高さも幅もないのだから、敵の間をすり抜けてうまく逃げるなんてのも不可能だ。…それ以前に、やっと人ひとりが通れるような通路で、どうセックスバトルするってんだ?
「…久しぶりだにゃ。」「…。」僕の目の前まで来た女の子はオレンジ色のショートカットの娘で、頭部に大きな耳が生えていた。それだけで人外の魔物であることがすぐわかる。「…誰だ?」「もう忘れたか。ネコよりも物忘れが激しいにゃ。」「ちょっと待て。ネコ以下の記憶力とは聞き捨てならんぞ。最大の侮辱にも匹敵する。」「じゃあ私のことを思い出すにゃ。」「…。」
いきなり会った敵が僕のことを知っている…!? というより、どこかで会ったことがあるというのか。いや、そんなことはありえないはずだ。原則として、モンスタータイプはひとつのステージに一種類、上の階の敵が下に来ることはありえない。そんなことをしてしまったらゲームバランスが崩れて、あっという間にこっちが負けてしまうではないか。
「私はネコの妖怪変化、その名も猫又。」「ねこまた…」「ネコが長生きすると尻尾が二本になり、妖気を帯びる。10年以上生きると猫又になるにゃ。」「…いまの世の中、10年以上生きる猫なんていっぱいいるぞ。栄養状態もいいし医学も発達してるからな。なにしろ現代人がネコを大事に飼っているし。いまや家族扱いだからな。」「う…。」「でもどのネコも妖怪になんかならないぞ? どうなんだよ?」
「と、とにかく、数百年生きると猫は猫又になる!」「…さっきアンタ10年てゆうたやん…」「うっさい! ネコマタはいるの! つべこべいうな!」「…どうでもいいけど、語尾の”にゃ”がなくなってるぞ。」「はっ! い、いや…ついだにゃ。うっかりだにゃ。それより、まだ私のことを思い出せないにゃ?」「…。」
ねこまた…どこかで会った……アッー!
「思い出した。ずいぶん昔だ。」そうだった、ごく初期のステージ、僕のレベルがまだ地を這う状態だった頃に、僕は猫又に会っている。OLのステージだ。そのプチボスのところに、オレンジ色のドラネコがいて、そいつが猫又だったんだ。「あのときの猫又だったのか。」
「そ♪ ずっとオマエを待っていたにゃ。」それで入り口を進んですぐに出会ったのか。「あの頃では実力に違いがありすぎて、戦ってもつまらないから、このステージにオマエが来るまで待って、あらためて戦うことにしたにゃ。ここに来る頃には、オマエも私と対等にやりあえるくらいに成長してるはずだからにゃ。」「…。」
たしかに、ここまで高いステージにいる相手となれば、OLで苦戦している僕ではまるで太刀打ちできなかっただろう。そして、今となっては僕のレベルも相当に上がっていて、モンスタータイプとも十分渡り合える状態になっている。
「このステージは猫又ステージ。この私を含め、すべてネコのモンスターで構成される。全員超強力な妖気を湛えたモンスターだにゃ。」「…それでも、乗り越えてみせる。僕は先に進まなくちゃいけないんだ。」「絶対無理だにゃ。なぜならこのフロアの猫又は全員、男に強い恨みを持っている。だから化け物になった。」「…うらみ…」
そういえば聞いたことがあるな。猫又には2種類あって、ひとつは長年大切に飼ってくれたお礼にと、飼い主を性的に悦ばせる善良な猫又と、もうひとつは人間に強い恨みを持って、死ぬまで精を搾って恨みを晴らす邪悪な存在と。どっちもヤルことは同じなのだが、度合いがまったく違うのだ。
お礼という場合は、大体数度でおしまいのパターン。衰弱はせず、ただただ快楽だけを与えられるという。しかし、恨みという場合は、一晩で枯渇するほど強い性力で男の精液を奪い去り、ミイラにしてしまうこともあるのだとか。
猫又の魅力は通常の人間ではどうにも抗いがたく、どんなに出し尽くしても性欲の虜となり、死ぬまで精を出し続けることになる。これだけ高いステージにいるというのもうなずける。
どっちにしても、復讐するタイプの猫又ばかりをこのステージに集め、僕に襲い掛かってくることには変わりがない。敵は僕の精を根こそぎ奪うつもりで徘徊している。妖力もテクニックも相当なものだろう。それがこの猫又ステージなのだ。
猫又は魅了のエキスパートだ。見つめあっただけで男の心を奪うことができるし、さまざまな媚態の限りを尽くして男を引き寄せるという。出し尽くしてもまだ死ぬほど精を抜き取るだけの力なのだから、それも当然だろう。もっとも、今の僕のレベルならそう簡単には魅了はされないが、それでも気を引き締めてかからないといけない相手なのは間違いない。
「…てか、君も復讐猫又なの?」「もちろんだにゃ。私はオマエを憎む。今こそその恨みを晴らしてやる…私の魅力と肉体で根こそぎ搾りぬいてやるにゃ。」「ちょっ、僕君に何も悪いことした記憶がないんだけど。」「にゃんだとぉ! おのれ許せん。忘れたとは言わせない、あれは三年前の出来事にゃ。あれは雨がしとしと降る夏の夜だったにゃ。」
「いや…そもそも君とはこの塔で出会ったんだし。」「うっさい! 忘れたんなら今思い出させてやる。あの日、オマエは傘を差して道を歩いていたにゃ。そのとき私は、飼い主を探してさまよっていたにゃ。倒れそうになって、自分の死を覚悟したとき、自分が飼い主に捨てられた身だということを悟った。そして、このままで死んでたまるか、絶対に生き延びてやると心に誓ったにゃ。そのときの私とオマエとの距離はおよそ20キロメートル。」「…?」「20キロ先で私が何が何でも生き抜いてやると誓ったとき、オマエは傘を差して道を歩き、私を無視して家路を急いだ。そうだろう?」「…。」
「あのときのうらみ、絶対忘れないにゃ。」「ちょっと待て! 今の話のどこに、恨みを買う要素があった? アンタ生き抜いてやると誓って、がんばって生き抜いて、猫又にまでなったんだろう? しかも僕のいるところから20キロも離れた場所で。僕ぜんぜん関係ないじゃん。」「同じ空の下にいたから関係はある!」「むちゃくちゃだ…恨むならその最悪の飼い主を恨めよ。」「シャーッ! とにかく私はお前を恨み、精を奪うことでこの恨みを晴らす。覚悟するにゃ!」
逆恨みなどという言葉ではなまぬるい。そりゃあ、ペットを捨てるという行為は飼い主としてというより人として最低だ。でも、それで何で遠くを歩いてた僕が恨まれるんだ? どう考えても、無茶なこじ付けとしか思えない。いや…そうでもしなければ恨む理由が見つからないということなのかな。「…さすがオツム猫並…」「にゃにか?」「いや…なんでもない…」まぁ、恨みを持たなければ、男を吸い殺す猫又としての本領も発揮できないんだろう。
「まだあるぞ。7年前の12月5日夕方分のカリカリが、その前日分よりも3粒少なかった。それを”にゃー”と抗議したのに、当時の飼い主は気づきもしなかった。あれもオマエのせいだ。」「もういいよ…」僕はがっくり肩を落とした。そういう記憶だけしっかりしているのもネコ並というわけか。
常人なら、これだけの至近距離で猫又と会話し続ければとっくに心奪われ、猫又のいいように精を放出し続けている。たしかに彼女から放出される甘い妖気が、僕の全身にまとわりついているのを感じる。が、魔法防御をバリアのように全身のまわりに常に張りめぐらせている僕に、その程度の魅了攻撃は通用しない。
「さあ、ここで私と交わり、イカセまくってやるにゃ。」ねこまたは不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっと待って。その前にひとつ聞きたいんだけど。」「なんにゃ?」「どうしてこのステージだけ、こんなに天井が低いの?」「そんなの簡単にゃ。ネコは狭いところが大好き。」「…。」「…。」「…それだけ?」「それだけ!」
ゴッチーーーン!!!!!
「ぴぎゃあああ! 痛い! なにするにゃ!」僕は思いっきり猫又にゲンコツを食らわしてやった。「人間サマはせまっ苦しい所が大っっ嫌いなんだ! よぉく覚えておけッ!!」「ひ、ひどい…」猫又は頭を抱えて涙目になっている。
「ふ、ふん、そんなコトを言ってられるのも今のうちにゃ。すぐにオマエは私の魅力にめろめろになって、あっという間に精を放出する運命にゃ。これを見るにゃ!」
猫又はどこからかラジカセを取り出した。またずいぶん古臭いラジカセだな。「これでオマエも私の虜にゃ。ぽちっと!」かちゃ。猫又はラジカセのスイッチを入れた。
♪みょーみょーみょーみょーみょーみょーみょおおー♪
ラジカセから、南国風の甘ったるい音楽が流れてくる。猫又は顔を真っ赤にしてタイミングをうかがっていた。そして…
「ねっ、ねこみみッ! ねこみみもーどっ! ねこみみもおどでえええええええっっっっす!!!!!!!!!!」
「…お前ヤケクソだろ?」「はうあっ!!」まぁアレを本気で言うのは本当に恥ずかしいだろうなあ。無理もない。きっとあの曲の声優さんもヤケクソで言っていたに違いないw 割り切ってるという説もあるが。
「キスしたくなっちった!!」「もうええっちゅーねん…」やっぱりオレンジ色のショートカット猫又では、あの紫美少女の真似はできないみたいだ。こっちはこっちでかわいいが、自分の属性を超えて無理に背伸びしても恥ずかしいだけってのがこれで証明されたわけだ。
「お、おのれ、私の秘密兵器でも靡かないとは。」「無理すんな。」「うっさい! これ以上その減らず口を叩けないようにしてやる! これをくらえ!」
「むう!」猫又はいきなり首を伸ばすと、僕の唇を奪った。その瞬間、口の中に静電気が走ったようにピリッとした。軽いキスだったが、何かをされた形跡がある。
「何をした!?」「ふっふっふ…ネコマタともなれば、さまざまな妖術が使える。オマエに今施したのは連続射精の呪い。急ピッチで精子が溜め込まれるよう、脳が勝手に指令を送る呪いだ。これによってオマエは自分の意思とは関係なくどんどん精子が溜め込まれ、性欲に疼くことになる。つまりこの戦いでオマエは弱体化したんだ。そこにこの極上の肉体が襲い掛かったらどうなるか、説明はいらんだろう?」「どうでもいいけど、”にゃ”がなくなってるぞ。」「あれはネコマタらしさを出すためにわざと言っていただけだ。もうめんどくさいからやめにする。」「…。まぁ不自然だったし、聞くほうもめんどいからいいよそれで。」
それにしても、連続射精の呪いとは厄介だな。もともとは、男がいくら放出してもどんどん出すようにと、意思に関係なく精子が急ピッチで生産され続ける呪いだ。その結果ねこまたと交わり、何度でも射精することになる。それで連続射精という名がついている。
が、このステージでは一度でも射精したら僕の負けとなる。そんな中で精子がどんどん作られて出したくなるというのは厄介だ。簡単な刺激で大ダメージを受け、しかも強力なネコマタ相手ではあっという間に射精してしまう可能性がある。
フレンチキスだけでこの効果では、ディープな攻撃を受けた場合どうなるか考えるとぞっとする。ほんの少し彼女の体液が僕の唾液に混じっただけで、体内の水分を彼女の妖気がほとばしり、脳に到達して軽く肉体を改造するタイプの攻撃みたいだ。こちらの魔法防御力などもあるので、精子が溜め込まれるスピードは、ねこまたが期待しているよりもずっと遅いが、それでもさっきよりは股間がくすぐったく疼き始めている。
相手の体液に触れれば触れるほど、濃ければ濃いほど、この効果は高まることになる。ということは、挿入時にもずっとこの呪いを強められ続けるということになる。しかも相手はバリエーション豊かな魅了攻撃を誇っている。そうなるとどうしても、長期戦は不利になるな。
といっても短期決戦をあせるあまりに強力な技を出しても、それで返り討ちにあったら致命的となる。慎重さも失ってはいけない。
「さあ…はじめましょう…」猫又の声がとつぜんなまめかしくなった。耳というよりも脳天をくすぐるような甘い声だった。彼女が本気モード(完全発情)になったとたん、その雰囲気も声も肉体も、何もかもが男を魅了させる武器となる。かわいらしさと色気を兼ね備えた猫の化け物が、狭い空間の中をさらににじり寄ってくる。
こうなったら、ヤルしかない!
−選択肢−
ねこまた1−2 愛撫攻撃で戦う
ねこまた1−3 魅了攻撃を封じる
ねこまた1−4 挿入で戦う