○第2話○ 社長の弟(後編)







 頭が鈍く痛む・・・。





 しかし、体中を何かが這っているような感覚に、急激に目が覚める。

「あれ、もう目が覚めちゃったの? 薬の量少なかったかな」

「・・・・・・・・・」


 目の前にいたのは怜二。
 見れば髪が濡れている。まるで、雨にうたれたかシャワーを浴びたかのように。

 あ、でもシャンプーのいい香り、シャワーを浴びたんだ・・・

 ぼぅっとした頭で呑気にそんなことを考えていた。

 ・・・それに・・・


「怜二君? ・・・何で裸なの?」
「アハハハ、まりえさん寝ぼけてるね、カワイイ」

 と、キスをされた。

 そのまま舌がねじ込まれて、頭の中は一瞬でパニックを起こす。
 だけど、必死で逃れようとしていた時、とんでもないことに気が付いた。


 服を着ていない、自分も。

「・・・・・・ッッ、ん、はぁッ! 何なの、やめてよッ!!」

 どういうこと? なんで、なんで、なんでこんな事に?
 薬・・・えっ、さっき薬って?



 ・・・・・・・・・ワイン?

 私がトイレに行っている間に・・・っ!?


「? 何でそう言う顔するの? ホラ、笑って」

 ニコ〜ッと、まるで自分がしていることがどう言うことなのかわかっていないような微笑み。

「こんな時に笑えるわけないでしょ!?」
「こんな時? ダメダメ、まりえさんはどんなときでも笑ってなきゃ」

 チチチ、って・・・やだ、この子頭おかしい!

「あーもう、目逸らさないでちゃんとオレ見てよ、ね?」

 そう言って顎を掴まれて無理矢理目をあわせる。
 怜二の表情は、この場面に於いてもっとも不相応なくらい、無邪気な顔だった。

 ど、どうしようっ、話が通じない、何とかしないと、逃げなきゃ・・・


「こんなヒドイことしてどういうことだかわかってるのッ!!!」

 とりあえず言うことだけは言ってみて、その間も一生懸命身体を動かそうとする。
 けれどガッチリと押さえ込まれててびくともしない。



「ヒドイ?」

 なにが? って顔をして頭をかしげる怜二を見て、まりえは心底呆れて泣きそうになった。

「ヒドイわよ!!! 何いってんの? 大人をからかっているつもりだったら・・・」

「からかう? なんで? オレ、まりえさんのコト好きなだけなのに・・・」









 好き?






 ぶちん、と、まりえの中の何かが切れた。

 黙り込んだまりえを見て、何を思ったのか、怜二は首筋にキスをして愛撫を再開しようとしている。






 ぶちぶちん。

 『好き』、ですって・・・?




 こぶしに力が入る。

 もう、限界。


 掴まれた手首がはずれそのまま、ブンッと空を切る・・・・・・








 はずが。



「まりえさん凶暴〜。グーはやだよ」

 再び手首を掴まれて阻止された。


 まりえはギリリ、と歯噛みした。


 くやしい・・・っ


「え?」


 こんなに簡単に押さえ込まれちゃうなんて・・・っ
 こんな・・・っっ


「まりえさん? ちょっ・・・なんで泣いて・・・?」

「私はあなたみたいなの、大嫌いっ!!!」


「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・!?」


 目を見開いている。
 予想も出来なかった言葉だとでも言うように。

「人の気持ちをまるっきり無視して、好きですって? バカも休み休み言ってよ! 今時の高校生がどうなんだか知らないけどね、少なくとも私は、こういうこと、好きな人とじゃなきゃやりたくないっ! 大体あなたがホントに私を好きなら、なんでこんなに私を無視しているの?」


 怜二はその言葉にかなり動揺しているようだった。
 震えるような声で

「無視してない」

 と言ったけれど、なんの説得力もなかったから。

「してるわよ!!! 私はね、相手の気持ちを理解できないような人間は大ッ嫌い!」




 無言の室内でただ、まりえの荒い息だけが響いていた。

 しかし、沈黙を破るように怜二はまりえに再び覆い被さり、きつく抱きしめた。


「ッ!」

 や、やだっ、自分の今の体勢を完全に失念していた。
 ただ単に相手を刺激してしまっただけじゃないっ


「まりえさん」


 低い声。
 力でこられたら敵わない

 いやだ、いやだ、こんなのは・・・



「オレ、どうしたらいい?」



「・・・え?」

「どうしたら、オレを見てくれる?」
「なに・・・」
「本当にまりえさんが好きなんだ・・・」


 完全に相手のことを無視して、自分だけの要求を押しつけて。
 この少年は、こんな方法で相手が自分を見てくれるとでも思っていたのだろうか?


「泣かないで」
「泣いてないわよッ 何言ってるの!?」

「じゃあ、これはなんなの?」

 そう言って、撫でるように優しく頬にふれる。


 これ?

 ・・・・・・ハッとして顔を触ってみるとグショグショ。

 泣いてる?

「やだ・・・ッ、見ないでよ」

 ゴシゴシと手で涙を拭き取ってるのを、怜二は悲しそうに瞳をゆらしながら見ている。見ないでって言ってるのに。

「オレ、また悪いことしちゃったんだ・・・・・・」




『また?』



「・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」










 ・・・は?




 まりえが呆気にとられていると、怜二は不思議そうにまりえの顔を覗き込んできた。


「間違ってる? 悪いコトしたら謝るって教えてくれたのまりえさんなんだけど・・・」




 な、なんなの、このテンポ・・・。
 悪いコトしたら謝るのは当然だけど。

「そんなの覚えてない・・・」
「・・・・・・・・・そう・・・」

 なによ、その顔、これじゃまるで。

「そんな傷ついた顔しないでよっ。私が悪いみたいじゃない。大体傷ついているのは私なんだから! 何よ、忘れて悪かったわよ、でもわかんないんだから仕方ないじゃない!」

「・・・・・・・・・・・・まりえさん、オレのこと嫌いになった?」

 その質問に答えず顔をそらすと、すこしだけ震えている腕で抱きしめられた。

「・・・・・・ねぇ、まりえさん、ごめんなさい、許して」
「やんっ!」

 ビクッとした。
 やだもう、耳元で囁かないでよ。妙に色っぽい声やめてよ。


「・・・・・・まりえさん、すき」


 鏡なんか見ないでも一瞬で顔が熱くなったのがわかる。

 変よ私・・・・・・
 酷いことされかけたのに、もう怒りや恐怖が収まってるなんて。

 でも、とにかくこの体勢はイヤだわ。
 そう思い、まりえが怜二の体を押すと、嘘のようにあっさりと解放された。


「服・・・私の服、どこ? 返して」

「え、・・・・・・そこに・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」




 脱力。

 ホント、この子なんなの?
 何コレ・・・・・・? なんでこんな余裕を見せるかな。



 そこあったのは、キチンとたたんである私の服。

 しかも、シワになりそうなスーツやコートはちゃんとハンガーに掛けて。


 一瞬怜二が服をたたんでる姿を想像してしまった。
 相当可笑しいかも・・・・・・・・・・・・

 っ!!!
 ダメよ、笑ったりしたらっ!!!

 私は息をふぅっと吐いて、気持ちを落ち着けて、彼の方を見た。


「もう一回あやまって」

 怜二はうなづいて、悪さをした子犬が主人に許しを請うような瞳で、

「ごめんなさい」

 と言った。

 その姿は、トランクス一枚という情けない姿ではあったけれど、心に響いてきて彼が本当にあやまっているのだと言うことがわかった。


「もう、いいわ。許してあげる」

 怜二はそう言ったまりえを見て、一瞬呆けた顔をしていたが、ホッとしたようにフニャッとわらった。
 ドキッと、心臓が跳ねたような気が・・・・・・

「オレね、まりえさんのその顔大好き。笑ってる顔、大好きなんだ」
「そ、う? ありがと」

 照れたように言うまりえに、怜二はますますフニャアッと顔を崩して笑う。

「また会って、ね? 今度はまりえさんの気持ち無視したりしないから、近くにいさせてよ、オレのこと好きになってもらうように努力するから」

 と、そこで白状にも今の今まですっかり忘れていた事を思い出す。

「・・・・・・ん・・・でも、私つき合ってる人が・・・」

 その言葉に、一気に怜二の表情が険しくなった。

「そいつが好きなの?」
「好き、っていうか・・・・・・」
「オレのことは? 好きになれない?」
「え?」
「オレ、まりえさんが好きだよ、まりえさんは、もうあんなことされたからオレのこと嫌いになった?」


「・・・・・・嫌い・・・・・・」

 ガクン。
 と、目に見えて落ち込んでる。

「・・・じゃないかも、不思議と」

 うわ、スゴイ嬉しそうだし・・・なんてわかりやすい・・・

「オレさ、まりえさんの前にしょっちゅう出没するから! もう、遠くで見てるだけなんてやめた、もっとまりえさんの近くに行きたい」

 は?

「? 遠くで見てるって? なにソレ」

 怜二の言っている意味が分からず、まりえは聞き返した。

「よく考えたら、ストーカーっぽいよねぇ、15歳からのまりえさんをずっと見てきたんだから」





 ・・・・・・・・・・・・え?


 私が15歳の時から・・・・・・・・・?



 え?


 えぇ?



「えぇ〜〜〜〜!?」




「実際にしゃべったまりえさんの方が、見てるよりずっと好きだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 15歳から・・・って? ソレってあんたは10歳でしょうが。他に何か情熱を傾けるものはなかったの? ・・・・・・っていうか私は8年もこの子に見られてたって言うの? ホントに?

 ・・・・・・ストーカーっぽいって言うより、立派なストーカーだと思うんだけど・・・・・・。

 コ、コワ・・・


「・・・・・・なんでそんな恐ろしいことを平然と言えるわけ?」

「? なんでって?」
「それをわからないってトコがコワイ。知らないところで勝手に人のプライバシー覗かれてたって言うの!? あ〜もう信じらんない!!! 今度そんなコトしたら次こそ本気で嫌いになるから!!」

 怜二は少しだけ考えるような顔した後

「それはヤだな・・・、ウン、わかったよ」

 って・・ケロッとした顔で。
 なんか、今一自分のしたことについての認識が甘いような気がする!

「はぁ、もう、顔の作りで得してるとしか思えないわ、笑うと妙に人なつっこいんだもの」
「顔? オレ、モテるよ」
「・・・・・・でしょうねぇ・・・・・・だまされてるのね、みんな」
「そんなコト言うのまりえさんくらいだよ。傷つくなぁ」

 傷つくとはほど遠いような顔をして・・・・・・

「オレは本気だからね、本気でまりえさんにぶつかってくから、だから・・・・・・」
「・・・・・・なによ・・・?」

 なんか、・・・なにその嬉しそうな含み笑い。


「いつか、オレのバージン貰ってね」

 がっくり。

「それと、オレのことは怜二って呼び捨てでいいからね☆」
「今更、クンづけで呼べないわ・・・」
「そっか、はぁ〜〜今日は良い誕生日だったなぁ・・・」
「エッ、誕生日なの?」
「ウン、だから兄さんと食事の予定だったんだけど、まりえさんと過ごせたし・・・それに・・・・・・」

 ふふふって、スンゴク嬉しそうに笑ってこっちを見てる。

「なによ、その笑い」
「まりえさんの裸見れたし」

 ハッ!!!!

「きゃあぁぁ」

 怜二だけではなく、自分もショーツしか履いてないことをすっかり忘れていた。
 大急ぎで服を身につけていくが、焦ってなかなかうまくいかない。奮闘しているまりえを見て、怜二はくすくすと笑いだす。

「オレにやらせて」

 そう言うと、器用にブラウスのボタンをとめていく。
 その手の動きに思わずドキドキしてしまう。
 中身はともかく容姿だけはいい・・・綺麗な手してるし。均整のとれた綺麗な身体もしてる。
 まりえがぼうっとしているうちに、身支度はすっかり整っていた。

「ハイ、できあがり」
「・・・ありがとう」

 なんだかスゴク恥ずかしい。
 それに、人に服着せる余裕があるんだったら自分こそ服着ればいいのに・・・

 怜二は頬を染めたまりえを見て、たまらず彼女の右肩に顔をバフッと埋めた。

「な、なに?」
「ホント、やばいね」
「????」

 気がつくと、彼の顔はすぐ目の前にまできていて。


 ちゅっ。


「まりえさん、カワイイ、ダイスキだよ・・・」

 とても真剣に、でも凄く優しい目で言われて、抗議の言葉もでてこない。
 まりえはこんなコトをされて、それを許せてしまっている自分が理解できなかった。


 怜二はそのまま、ギュウッとまりえを抱きしめ、


「お願い、大事にするから」



『オレを好きになって』


 掠れるほど小さな声だった。


 なのに、どうしてこんなに胸に響くの・・・・・・?










第3話へつづく


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