○第5話○ 加速する気持ち(前編)






 ああ、まずいことになってしまったわ・・・
 よりによって朝帰りして、挙げ句に鉢合わせしちゃうなんて・・・・・・。

 あおい、軽蔑したわよね。

 あれから、あおいに尋問されかけたけど一睡もしてなかったせいか、もの凄い眠気には勝てずソファの上で寝てしまった。
 起きたらベッドの上だったからあおいが運んでくれたんだと思う。
 それからは何事もなかったかのように接してくれたけど時々刺さる視線が痛い・・・


 化粧室で溜息をついていると社長秘書をしている同僚が入ってきた。

「あら、どうしたの? 浮かない顔して?」

 彼女は秘書の中では年も同じで話しやすく一番仲が良かった。

「・・・なんにもないわよ?」
「そう? でも、まりえ最近彼氏出来たでしょ」
「え? なんでわかるの?」

 すると、苦笑しながら首の辺りを指さした。

「こ・れ。薄くなってるけど肌が白いから目立つわよ? 彼氏には今度から見えないところにしてってちゃんと言っておきなさいね?」

 鏡を見ると、言われたとおり薄くなっているけれどピンク色の痕が見える。

 これは、いわゆる怜二のつけたキスマーク・・・・・・・・・

「やだっ、どうしよう服着ても見えてるなんて気づかなかったわ・・・ファンデで目立たなくなるかな・・・?」
「やってあげる」

 恥ずかしすぎる・・・こんな痕を見られてしまうなんて。
 顔を真っ赤に染めていると、彼女、麻紀に笑われた。

「それとも、悪い虫が付かないように防衛策かしらねぇ」
「なっ」
「くすくす、何? どんな人なの?」
「・・・・・・う〜ん、高校生、なんだけど淫行になるのかしら・・・・・・」

 高校生と聞いて驚いたものの淫行などと口にするまりえが可笑しくて麻紀は思わず吹き出してしまう。

「笑わないでよ〜・・・あ、でももうすぐ卒業だから大丈夫かしら?」

 そう言う問題なのか? と思いながら口には出さず目に涙をためながらまりえを見ると本人はあくまで真面目らしい。

「私、まりえのそのすっとぼけたところ好きだわぁ」
「すっとぼけ?」
「そう、でもそうなると結構年離れてるのねぇ、話なんて合うの?」
「年下だなぁって思うことはあるけど、話が合わないとは思わないなぁ・・・」

 まだつき合いなんて浅いし・・・大体怜二のコトそんなに知っているわけじゃない。

 そうよね、まだ高校生なんだわ。

 会社の前で私を待っているときは私服だから余り意識するコトなんて無かった。

 私服校なのかしら? それとも、わざわざ着替えて・・・?

 パチン、とコンパクトを閉じて満足そうに麻紀が笑う。

「出来た。・・・うん、もう殆ど気にならないわ」

 すると、ドアの向こうから人が近づいてくる気配がする。

「あ、いた! 湯河さん、社長がお呼びよ 早く社長室へ行ってちょうだい」
「ハイ、じゃ麻紀ありがと」




▽  ▽  ▽  ▽


 社長室に入ると、書類片手に電話して、忙しそうな社長がいた。その場で立ったまま待ってるとやがて電話が終わり、こっちにやってくる。


「すまない、とりあえずこの書類、今日中にまとめておいてくれないか?」
「わかりました」
「・・・どれくらいかかる?」
「・・・・・・これだったら、恐らく6時頃までには終わると思いますが?」

 貰った仕事は取引先の英語の契約書を日本語にするというものだった。そんなに分厚い書類じゃないから大丈夫だと思う。
 たまに『教科書?』って思うくらいスゴイ内容のもあるから、これは楽なほうだ。

「なら、今日、一緒に食事に行かないか?」

「えっ?」

 な、なに?

「・・・怜二が3人で食事がしたいって言い出してね。何だか随分怜二に気に入られたみたいだぞ?」

 社長は笑いながらそんなこと言うけど、
 気に入られるもなにも、私たちつき合ってるんですけど・・・




 っていうか、怜二どういうつもり?

 なに考えてるのよ〜〜ッ!?



「いいかな?」

「は、はい・・・勿論です・・・・・・」

 イヤとは、言えないわよ・・・







中編へつづく

<<BACK  HOME  NEXT>>


『キミだけを見ている』扉>>>


Copyright 2003 桜井さくや. All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.