その二日前、同じくシカゴに美和子の顔見知りが来ていた。
毛利蘭、鈴木園子、そして江戸川コナンの三名である。
パレット事件後、退院した蘭が、事件の記憶をすっかり失っていることを知り、コナンたちも
大いに戸惑ったのだが、小五郎や美和子とも相談の結果、そのまま放置しておくことにした。
蘭にとっては、間違いなく忘れてしまっていい記憶だったからだ。
医師の話だと、記憶を喪失してしまうということはないのだそうだ。
ただ、何らかの影響で思い出すためのキーを忘れてしまっているだけらしい。
原因は、考えるまでもなくパレット事件での心因性のものだろう。
何かの拍子に思い出す可能性もあるそうで、これが普通の健忘なら良いことなのだが、蘭の場合
はそうではない。
思い出してしまうと、また大きなショックを受けかねないのだ。
いや、間違いなく受けるだろう。
従って、健忘についてはそのまま出来るだけ治らないよう、周囲の者たちが気を使うということ
になる。
幸い、蘭は凌辱されたことだけでなく、攫われた辺りからの記憶がないらしい。
ならば「その日は何もなかった」ことにするのがいちばんである。
タイトロープのような話だが、致し方ないことだろう。
それはそれでいいのだが、それでは済まないと思っている人物がひとりいた。
園子である。
事件当時も過剰に責任を感じてしまい、傍目で見ているだけで、こっちが打ち沈んでしまう
くらい落ち込んでいたのだ。
小五郎もコナンも、そして美和子も気にしないよう働きかけた結果、ようやく最近になって
園子も以前の明るさを取り戻しつつある。
だが、やはり心の底では負担に感じていたのだろう。
蘭の気晴らしになればと、アメリカ旅行をプレゼントしたのである。
蘭はもちろん当惑した。
園子から、そのような扱いを受ける理由がわからないからだ。
彼女はその記憶を忘れているのだから当然だろう。
旅費、滞在費はすべて園子──というより、彼女の父親が負担するという。
そんな話、普通は受けられない。
しかし、小五郎もコナンも園子の気持ちが痛いほどわかるから、無碍にも断れなかった。
とにかく彼女を納得させる必要がある。
結局、受けることにした。
蘭には「園子自身が遊びに行きたいから、蘭もつき合って欲しい」と、持ちかけたのだ。
そうなら蘭にも断る理由もない。
そうでなくとも園子は元気がなかった。
その原因がわからない蘭は、少しでも気晴らしになればと、つき合うことにした。
つまり、蘭、園子双方が、互いの気晴らしになれば、と気づかった旅行だったのだ。
ゴールデンウィークを利用し、数日学校も休んで長い旅に出ることになった。
東海岸のニューヨークに到着し、そこで2日過ごした後、今日、シカゴに着いたのだ。
シカゴに来たのは、そこに鈴木財閥関連企業の駐米支社があったからだ。
シカゴでの旅程は彼らがセットアップしてくれる。
それだけではない。
支社がちゃんと彼女たちのボディガードも雇っているのだ。
後ろからくっついて回るのでは園子たちも楽しめないから、尾行するように彼女たちを護っ
ている。
いかに危険度の小さいところを選んで回っているにしても、安全については日本とは段違い
なのは仕方がない。
女の子ふたりプラス小さな男の子の三人組が、安心して歩ける場所など、本当に限られている
のだ。
行きたいところへ行くには、こうした護衛は欠かせないのである。
みんな彼らの存在は知っていたが、互いのためにも気にしないよう振る舞っていた。
そして楽しんだ。
旅行の解放感もあり、蘭も園子も、そしてコナンまでも明るくはしゃぎ、楽しく過ごしていた。
シカゴ観光の定番であるネイビーピアでは、日本では考えられないような巨大観覧車に乗った
り、これまた「アメリカン」とでも呼びたいような超巨大スクリーンのIMAXシアターに驚
かされた。
また、この街は歩いているだけでも楽しかった。
日本ではニューヨークの摩天楼が有名だが、実際はシカゴがその発祥の地とされている。
数ある高層建築の中、蘭たちはシアーズタワーの展望室で、美しい街並みを観賞した。
展望室が有料なのにも驚いたが、その価値は充分にありそうだった。
見事なほどに区画整理がなされた様子に圧倒される
。食事の後、またここで夜景を見ようと決意したくらいだ。
夕食を終えたら、本場のジャズハウスでライブを見る予定にしている。
行程的に無理があったわけではないが、遊びすぎたこともあるし、時差の関係もあって、
蘭にやや疲れが見えた。
だが、もともと体力はあるし、何しろ我慢してしまう性格だから、だいぶ具合が悪くなる
までコナンも園子も気づかなかった。
コナンが「おかしい」と気づいた時には、もう熱で顔が赤くなっていた。
「ホントにあんたって子は……。調子悪いなら、なんですぐに言わないのよ!?」
園子がプンプンしている。
遊びの予定が狂ったから怒っているのではなく、素直に体調不良を言ってくれないことに腹を
立てたのだ。
周囲への気遣いも、時と場合によるだろう。
友人として、信用されてない気がしたわけである。
「そうだよ。僕が気づかなかったら、そのままずっと我慢してたわけ?」
「ごめん……。せっかくの旅行なのに、こんなことで台無しにしたら悪いと思って……」
「それが水くさいってのよ。さっさと言えばいいのに、何遠慮してんの」
コナンと園子に責められて、蘭は熱で火照った顔に無理に笑みを浮かべた。
「……まあ、いいわ。すぐ病院へ行きましょ」
「でも……」
「デモもストライキもありません。いいから任せて、ちゃんと日本語の通じる大きなとこに
行くから」
そう言うと、園子はウィンクして携帯をかけた。
支社だか旅行代理店だかに電話したようで、携帯を切ってから5分もしないうちにタクシー
がやってきた。
支社が手配したらしい。
それに乗り込むと、シカゴ市内のほぼ中央に位置するジョージ・ギャレット病院に連れて
行かれた。
地上12階のかなり大きな病院で、受付・待合室だけでサッカーが出来そうだ。
さすがに園子も戸惑ったらしいが、彼女らを見つけたスーツ姿の女性が寄ってきた。
「鈴木園子さんですか?」
「は、はい、そうです」
ブロンドの若い女性から綺麗な日本語が出てきたので、いささか違和感があったが、それでも
言葉が通じるのは心強い。
案内の女性はぺこりを頭を下げた。
「承っております。それで患者さんは?」
「あ、こっちの子です」
園子が蘭を前に押し出すと、女性は優しげな笑みを浮かべて額に手を当てた。
「少々熱がありますね。では、こちらの診察室へどうぞ」
「で、でもあの……」
大勢の外来患者がいる中、割り込みのようなマネはしたくない。
そう思ったのだが、ブロンドの案内嬢は気にする様子もなく、蘭の手を引いた。
「大丈夫です。園子さんのお父上の会社には、当病院も多額のご寄付を戴いております。優先
させていただくのは当然です」
「はあ……」
「園子さんとお連れのお子さんは、申し訳ありませんけど、そこでしばらくお待ち下さいね」
金髪の受付嬢は蘭を看護婦に引き渡し、会釈をした。
赤毛の若い看護婦も笑顔を浮かべて蘭をエスコートしてくれた。
診療室に入ると、天然なのかパーマのかかった金髪をした医師が座っている。
入室してきた蘭を見ると、ニッコリ笑った。
「やあ、ようこそシカゴへ。ほう、赤い顔をしているね、風邪でも引いたかい?」
「……」
これまた達者な日本語で蘭を驚かせた。
そうした様子には慣れているのか、医師は続けて言った。
「シカゴにも日本人が多く来るようになったからね。僕のように日本語を使える医者は重宝
してるんだよ。じゃあ診てみようか、口を開けてくれるかい?」
フレンドリーな態度に少し安堵した蘭が目をつむって口を開けると、冷たい金属の味が広がる。
金属のヘラで舌を押さえられていると、医師の声が聞こえた。
「う〜〜ん、ちょっと扁桃腺が腫れてるね」
医師は、さらに眼球も調べてから、うなずきながらカルテに何事か書き込みながら言った。
「多分、風邪だね。観光旅行で少し疲れたんだろう」
「はい。そうかも知れません」
「残念だけど、少し遊びはお休みだ。旅行先で寝ているなんて時間がもったいないと思うだろ
うが、風邪気味でずっと過ごすよりはマシだよ。今日はもうホテルに帰って寝ていた方がいい」
それから思いついたように蘭を見た。
「ああ、そうか。きみは鈴木さんの娘さんの友人だったね。それなら、この病院で入院して
もらっても構わないよ」
「入院ですか?」
「ああ。もちろんそんな重病なわけじゃないが、鈴木さん絡みなら話は別だ。病室はあるよ」
たかが風邪で入院なんてとんでもない。
見れば高価そうな病院である。
一日当たりの入院費もかなりのものだろう。
多分、「鈴木財閥」関係者だから無料でということなのだろうが、そこまで甘えられないし、
第一気疲れしそうである。
蘭は医師の──というより病院の厚意を謝絶した。
医師は別に気を悪くした様子もなくうなずいた。
「そうか。まあ友達も一緒だろうから、ホテルの方がいいかな」
「はい」
「じゃあ薬を出しておくよ。喉の炎症を抑えるのと咳止めだ。それと……」
医師は看護婦に目で合図した。
「注射を一本打っておこうか」
「注射?」
「解熱剤だよ。これを打てば一発だ。あとはベッドでおとなしく一晩寝てたっぷり汗をかいて、
明日の朝に熱いシャワーでも浴びればスッキリさ」
「注射……」
「うん? 注射は嫌いかい? まあ好きな子はいないだろうけどね。でも心配ない。この注射は
痛くないんだ」
「……」
「針の先端が僅か0.08ミリという極細の注射針を使ってる。蚊に刺されたくらいの痛みしか
ないと思うよ。日本製なんだ。まったく日本人というのは、こういう細かいのを作るのがうまいね」
医師は、蘭の気を紛らわそうと明るく言ったのだが、当の少女は徐々に青ざめていった。
蘭の様子は明らかにおかしかった。
医師が注射器を手にすると、椅子から転げ落ちてしまった。
医師も看護婦も呆気にとられた。
注射嫌いの子供は多いが、ハイスクールの生徒がここまで怖がる話は聞いたことがない。
もしかして先端恐怖症なのかなと医師が思った時、蘭は悲鳴を放って部屋を飛び出していた。
─────────────────
驚いたのはコナンと園子だ。
ここのところの強行スケジュールでふたりも疲れ気味だったのか、待合室の長椅子で舟を漕いで
いた時、いきなりドアを蹴破るような音が響いたのだ。
何事かと思って飛び起きると、さらに驚いたことに、飛び出て来たのは蘭だった。
そして、駆け寄ってきた園子に縋り付き、コナンの頭を抱いて泣き出したのである。
待っていたふたりは面食らった。
「ちょ……、どうしたってのよ、蘭!」
「わああああ……」
「蘭ねえちゃん! 何があったの!」
説明は、続けて部屋から出てきた医師と看護婦がしてくれた。
「その子、突然部屋から出て行ってしまって……」
「突然?」
「そうなの」
赤毛のグラマーな看護婦も困ったように言った。
「先生が注射の用意をしていたら、急に……」
それを聞いた蘭は、ビクッとして震え、手で両耳を押さえるようにして呻いた。
「注射……、怖い……」
「はあ?」
「怖いって……」
顔を見合わせた園子とコナンに、蘭はなおもつぶやくように口にした。
「注射……いや……」
「……ちょっとあんた、大丈夫なの?」
園子は蘭の両肩を掴んで、その顔を覗き込むようにして言った。
一気に幼児退行してしまったように見えた。
それは、園子だって注射は嫌いだが、ここまでのことはない。
蘭だって同じだろう。
男勝りな彼女が、泣き喚くほどに注射が苦手だなんて聞いたこともない。
園子はコナンを見ると、彼も意味がわかったのか、首を振った。
コナンもそんな事実はないと思っているようだ。
泣きじゃくる美少女を宥めながらも、ふたりは困惑するばかりだった。
─────────────────
その状況を別室から見ていた男がいた。
ミシェルである。
彼はこの病院の理事長に納まっていた。
他の病院とは異なり、彼の病院は待合室も静寂が保たれている。
がやがやと無駄話をする患者もいなければ、不粋な院内放送もない。
待っている外来患者には、順番が来ると案内嬢が直接知らせにくるのだ。
音があるとすれば、受付と支払いの時に交わすささやかな会話くらいのものだ。
そこに「バタン!」と大きな開閉音が響いたのだから、理事長は顔を顰めた。
「……なにごとだ?」
「わかりません」
フロント内にいたミシェルは、中の受付嬢や案内嬢に尋ねたが、彼女らにわかるはずもなかった。
彼は、鼻を鳴らしてしばらく様子を窺った。
東洋系らしい若い女性と子供を中心に、医師や看護婦たちが数人集まってきている。
どうやら黒髪の少女が何か問題を起こしたらしい。
宥めるように声を掛けたり、座り込んでいるのを立たせようとしていた。
「ん?」
ちょっと待て。
あの黒いロングヘアの少女に見覚えがあった。
ぱっちりとしたつぶらな瞳。
特徴のある髪型。
透き通るような白い肌。
すらりとしたしなやかなスタイル。
「毛利……蘭か? まさか……」
「は? 何かおっしゃいましたか、理事長」
「い、いや……」
まさか、そんなことがあるはずはない。
日本での失敗は屈辱だったが、それ以上に鮮烈な印象を残した日本人少女がいた。
毛利蘭だ。
長年、闇の仕事を続けているミシェルから見ても、とびきり上等の美少女だったのだ。
目の肥えた彼の観察眼に叶う女は滅多にいない。
その数少ない少女が蘭だ。
見まごうはずもなかった。
事情はわからないが、あれは蘭に違いない。
観光でこの街を偶然訪れたのかも知れない。
だとすれば、これは千載一遇のチャンスだった。
警察に踏み込まれて、やむを得ず手放した娘だったが、あの極上の肢体や膣の素晴らしさを
忘れたことはなかった。
(……よし)
これも神の思し召しだと信じた彼は、テキパキと指示を出した。
「何をボケッとしてる」
「あ、はい」
「はい、じゃないだろう。騒ぎを静めろ、他の患者たちが動揺してるじゃないか」
待合室での騒動という、この病院ではあり得ないことに呆然としていた彼女たちも、理事長の
言葉に活動を再開し始めた。
「わかりました、至急警備員を呼びます」
「そうじゃない、蘭を……」
「ラン?」
「い、いや何でもない。あの少女を保護したまえ。彼女も患者だろう」
「はい。あの、鈴木財閥の会長のお嬢さまだとか」
「なに?」
鈴木財閥といえば、この街にもいくつも関連企業や工場がある。
大きな雇用を創出し、多額の市税も納めている。
優良企業として、市も気を使っているらしい。
そして、この病院にも多額の寄付金をしてくれている。
だが、毛利蘭の両親は判明している。
父親は著名な私立探偵をしていて、母親はやり手の弁護士らしい。
となれば、裕福ではあるだろうが、財閥の長の娘ということではない。
すると、蘭と一緒にいるヘアバンドをしたブラウンの髪の少女がそうなのだろう。
見れば、そっちの少女もなかなか可愛らしい。
だが、今はまず毛利蘭だ。
ミシェルはニヤリと笑った。
「……「ここで会ったが百年目」だったかな……」
「……はい?」
「何でもない。すぐにファーガソンを……いや、内科部長のマーチンを呼べ」
「は? で、でもマーチン部長は今、特別病棟で回診を……」
「かまわん! いいからすぐに呼べ。私が至急来いと言っている、と言ってな」
─────────────────
銀行強盗騒ぎがあった日の夜。
美和子はパーシーに連れられて、市街地の外れにあるひなびたバーにいた。
結局この日は、銀行強盗事件の後始末や報告に追われ、目的であるマルタン・ジュエリーには
行けなかった。
市警に戻ると、美和子の捜査協力を聞いたのか、オライリーが相好を崩して待っていた。
銀行強盗を即日解決してくれたのだから、局長の機嫌が悪いはずもない。
別に急ぐわけでもないので無理をせず、そのままホテルへ帰るよう局長に勧められたのだ。
ホテルへ送るよう言われたパーシーは、少し考えてから、その前に美和子を誘ったのである。
薄暗い店の奥まったボックスに席を取ると、すぐに太ったバーテンが寄ってきた。
「旦那、今日はカウンターじゃねえんで?」
「……まあな」
「ん? これはこれは」
バーテンは美和子を見ると、にやにや笑いながらパーシーと彼女を見比べた。
「パーシーの旦那も隅に置けねえや。どっからこんな美人を連れて来たんですかい?」
「……」
「なるほど、こんな美女と一緒じゃこっちの方がいいわな。で、この美人ちゃんはアメリカ人
じゃなさそうだが、お国はどこだい? コリアかな? それともジャップかね?」
「おい、ジャップなんて言い方はやめろ、品のねえやつだな」
パーシーは苦虫を噛み潰したような表情で、昼間局長に言われたことを言い返した。
バーテンは「へっへっへっ」と笑いながら、なおも腕利き警部をからかう。
「なら、旦那だってスケを連れてるならもっと品のいい店へ行ったらどうだい? ま、旦那の
知ってる店なんてのは、みんなウチみたいなもんだろうが」
「うるせえ! オーダー取ったらさっさと奥へ引っ込んでろ!」
「わかりましたよ。パーシーの旦那はいつものだね? そっちのプッシーキャットちゃんは何に
するかね? オレンジジュースでも飲むか?」
「はあ、それなら水割りを……」
ようやく口うるさいバーテンを追い返したものの、パーシーはまだ口を利かなかった。
美和子もである。
どういうつもりで飲みに連れてきてくれたのかわからないからだ。
市警で接待があるとすれば、ここのバーテンの言う通り、もう少しマシな店に連れてくるだろう。
ということは、昼間のハンバーガーショップと同じく、パーシー個人の誘いということになる。
ほどなくして酒が運ばれてきた。
持ってきたのはバーテンではなく、無愛想なウェイトレスである。
「はい、こっちは水割り。旦那はジンジャーエールね」
「ジンジャーエール?」
警部の前に置かれたのは、たっぷり氷の入ったジョッキに注がれた琥珀色の炭酸飲料だった。
「ぷっ……、あ、ご、ごめんなさい」
つい美和子は吹きだしてしまった。
強面で一匹オオカミの敏腕刑事が、こうした場所でソフトドリンクを飲むとは思わなかった
からである。
どうしてもイメージ的に、バーボンをストレートで煽りそうな雰囲気なのだ、パーシーという
男は。
パーシーは憮然として言った。
「いいんだよ。慣れてらあ、このことで笑われるのは」
「すみません……」
「だからいいって。このツラ見て、酒が飲めねえとは誰も思わないだろうよ」
パーシーはそう言うと、ちびりとエールを飲んだ。
昼間、コーラをがぶ飲みしていた印象とはまるで違う。
バーにはバーの飲み方があるらしい。
「で、ミシェルのことだがな」
「はい」
「あんたにゃ悪いが、明後日以降だ」
どうも、今日の事件の始末がまだ残っているらしい。
逮捕した犯人を引っ張って現場検証もやるのだそうだ。
無論、美和子には参加する義務はないが、パーシーの方は出張ることになるらしい。
管轄ではあるし、当事者なのだから致し方あるまい。
警部は美和子にのんびりしているように言った。
その気があれば市内観光でもしていろと言われたが、彼女はあまりそういう趣味はなかった。
美和子は、ホテルでゆっくりしているかな、と、パーシーの顔を見ながら思った。
警部は、その目線を見返すように言った。
「それと……」
「はい」
「こいつは余計なお節介だし、本来あんたに言うべきことじゃないんだが」
彼にしては珍しく、持って回った言い方をした。
「うちの局長には気をつけろよ」
「は?」
「いや局長だけに限らん。身内の恥を晒すようだが、うちの警察局もだいぶ「汚染」が進んで
るらしいからな」
「……」
「別に、あんたに直接何かしてくるとは思わないが、あまり本件で出しゃばったマネをすると
まずいかも知れん。陰に日に邪魔されるくらいならまだいいが、それでは済まん場合もある」
「……どういうことでしょうか」
彼の言わんとすることは大体わかる。
バックについている巨大な組織を忘れるな、ということだろう。
「この街が、カポーン以来の悪印象を払拭すべく、犯罪撲滅に力を注いだのは確かだ。それ
には実のところ、マルタンたちの協力も大きかったんだ」
「え……」
パーシーはそこで美和子から視線を外し、手にしたジョッキを軽く振った。
氷とガラスの接触するカラカラという綺麗な音が小さく響く。
警部は皮肉げに唇を歪めて言った。
「なぁに、やつらが悔い改めて善行に励んでいるわけじゃねえ。やつら自身の悪行を隠しつつ、
他の犯罪を取り締まるってことは……」
「なるほど、パレット……いえ、マルタン氏たち以外の犯罪組織を一掃して、事実上この街を
支配するということですね」
「その通りだ」
異国の女性捜査官の聡明ぶりに、満足したかのようにパーシーは大きくうなずいた。
「要するにやつらは、20年代のマフィアよろしく、市を実効支配したいってことだ。カポーン
も「陰の市長」と呼ばれていたが、マルタンはマジで市長選に打って出るつもりらしいからな」
「……」
「そうなりゃあおおごとだ。もっとも、この国じゃ珍しくもないがな。大きな声じゃ言えねえ
が、他にもそういう街はある。第一、全米トラック運転手協会のチームスター・ユニオンなん
ぞは、
マフィアの幹部が代表に就任して仕切っていたくらいだからな」
そう言えば、そんな題材のハリウッド映画があったような気がする。
だが、日本でもヤクザが公的立場に立っている例もないではない。
田舎ヤクザの親分が国会議員になっていたことすらあるのだ。
「マルタンたちが悪辣なのは、表向き正義の味方になって、堂々と警察権力を使いまわして
やがることだ。カポーンたちも警察内部に食い込んではいたが、せいぜい自分らの犯罪の
お目こぼしに使ってた程度だ。やつらはそれどころじゃないからな」
「そうですか……」
「だからな、勝手には動くなよ。無茶はするな。あんたは客だ。あくまで捜査「協力」に呼ば
れただけなんだ。動きたい時はオレに言ってくれ」
「はい、わかっています。でも、なぜそんなことを……」
「あん? 昼間のおまえさん見てたらな、放っておいたら何しでかすかわからねえと思った
からさ」
「まあ」
一時間ほど歓談し、パーシーのクルマに送られてホテルに着いた。
そこそこ酒が強い彼女は、この程度ではまだほろ酔いにもなっていない。
そのせいか、広いロビーの片隅にいた知人に目敏く気が付いた。
大きなソファに小さくなって座っている少女と少年の姿がある。
ビックリした。
「コナン……くん?」
「え……?」
美和子が驚いたような顔で見つめると、驚いたのはこっちの方だと言わんばかりの表情で少年
が立ち上がった。
「佐藤刑事……? 佐藤刑事がどうして……」
一緒に立ったのは、蘭の友人である鈴木園子のようだ。
蘭はどうしたのだろうと美和子は思った。
─────────────────
いやな目覚めだった。
真っ暗でベトベトしたような心地悪さが、まだ頭に残っている。
寝覚めではなく、無理に失わされた意識が戻ったからだろう。
薄い膜がかかったままの目を何とかこじ開けると、白い天井がぼんやりと見えた。
ということは、寝かされているのであろう。
よく見ると、白く見えたのは蛍光灯のせいで、天井も壁も実際はアイボリーのようだ。
無機質で冷たいイメージだ。
まだ病院なのだろうか。
そういえば、自分はあれからどうしたのだろう。
注射器を見た瞬間、得も言われぬ恐怖を抱き、医師から注射針を近づけられると悲鳴を上げて
診療室から逃げ出した。
以前は、そんなことはなかったはずだ。
無論、注射が好きなわけではないが、小さな子供じゃあるまいし、泣いて逃げ出すような年齢
ではなかった。
なのに、注射器を見た時に感じた、あのおののきは一体何なのだろう。
自分でもよくわからない恐怖が蘭を包み込み、居ても立ってもいられなくなったのだ。
それから……、それからどうなったのだろう。
確か、診療室から飛び出してしゃがみ込んでいたら、園子やコナンたちが驚いて駆け寄ってきた。
医師や看護婦たちも宥めてくれた。
そして、診察してくれた医師とは別の医師によって奥の部屋に連れて行かれた。
部屋に入るや否や、いきなり口にハンカチを押し当てられた。
甘酸っぱい柑橘系の香りが強くして、それを吸ったら意識が朦朧とした。
意識が戻ったら、ここにいたのだ。
何だろう。
何か頭に引っかかる。
以前にも、こんなことがあったような気がする。
こうして拐わかされたことがあるような気もする。
あのハンカチには、よくわからないがクロロフォルムだとか麻酔薬が染み込ませてあったのだ
ろう。
それで眠らされるなんてことは初めてのはずなのに、おかしな既視感がある。
それと注射器への恐怖。
このふたつはどこかで繋がっているように思えてならない。
だが、それが何か思い出せない。
「ん? 目が覚めたかね?」
声が掛かった。その方向に顔を向けようとして、自分が縛られていることに気が付いた。
「あ、何で……」
「……縛られているのか、かね。何せキミはカラテの有段者だ。素手では私の方が張り倒され
てしまいそうなのでね、遺憾ながらそうさせてもらっている」
「あ、あなた……誰なんですか」
「これは冷たいことを。この私を憶えていないのかね」
そんなことを言われても、外国人の知り合いと言えば、ジョディ先生くらいのものである。
目の前の男は、長身で頭頂部が禿げている。
モミアゲなどに残る髪は、薄いブロンドだ。
大きな鼻、目は細いが瞳が青いのはわかる。
仕立ての良さそうなスーツをパリッと着込み、頭も切れそうだ。
一見、大企業か何かの経営者にも見えた。
どう考えても知り合いであるはずがなかった。
第一、この男はペラペラと日本語を話しているではないか。
さっきの医師も日本語を使っていたが、イントネーションがややおかしく、外国人の話す日本
語の典型だった。
なのにこの男は、ほぼ完璧な発音で日本語を喋っている。
そんな知人はいない。
「本当に憶えていないのかね」
「……」
今度は男の方が怪訝な顔をした。
男──ミシェルにとって、蘭は鮮烈な印象を残した少女だった。
少女の愛らしさと女性の艶めかしさが同居した、成熟直前の女しか持っていないアンバランス
な美しさを体現した娘だ。
色白で小作りな美貌、それでいてスラリとした肢体がしなやかだった。
スポーツをしていたせいか引き締まった身体だったが、バストやヒップは成人顔負けの豊かさ
を持っていた。
水を弾くような若い肌の張り、長く黒い髪、同色の美しい瞳は、白人のミシェルから見れば、
惚れ惚れするような清純さに見えた。
おとなのねっとりとしたものではない、健康的な色気があった。
そして何より、その「道具」の良さだ。
格闘技をやっていたからだと思われるが、締まった上半身に対し、下半身がたくましかった。
太腿は脂肪と筋肉が程良く馴染み、理想的な触り心地だったし、その付け根にある膣が素晴ら
しかったのだ。
締まりが凄かったらしい。
女の仕込み専門職だったヤクザの牧田でさえ、その締め付けを堪えるのは難儀だったほどだ。
その収縮具合は、牧田の経験を持ってしても「蘭こそナンバー1」と言わしめた。
「仕事」として、幾多の美女を犯し、いたぶってきた彼をして、毛利蘭という娘はSクラスと
認定せざるを得ない女だったのだ。
蘭の方とて、ミシェルは忘れようとしても忘れられない男のはずだ。
その身体に淫らな調査をし、感じるポイントを調べ上げ、そこを徹底して責め上げるという
凌辱を加えたのだ。
但し、処女を奪ったのは日本のヤクザの牧田だったし、仕込んだのも彼が中心だったのだか
ら、牧田の方がより印象的ではあるだろう。
ミシェルは「計測」をしただけだが、怪しげな器具や淫らな責め具を駆使して、蘭の肉体を
責め上げたのには変わりがないのだ。
憶えていないわけがない。
とぼけているのかとも思ったが、この期に及んでそんなことをしても意味はない。
「ははあ、なるほど……」
この娘、もしかして心因性の健忘症なのかも知れない。
許容以上の衝撃──その事実を認めてしまえば、精神崩壊起こしかねないような出来事があっ
た場合、その記憶を一時的に喪失するようなことがあると聞いたことがあった。
もしや蘭もそうなのではないか。
そう考えてみると、思い当たることもある。
注射器を異常に恐れる彼女の態度がそれだ。
以前に蘭を拉致して凌辱した時、処女だった彼女をスムーズに性奴隷へ仕上げるため、ヘロ
インを使ったことがあった。
とはいえ、シャブ漬けにしたのでは売り物にならぬから、使用したのは最初の数回だけだ。
だが、この発育の良い少女に対して、覚醒剤は媚薬としても極めて有効だった。
確かに意識を高揚させたり朦朧とさせたりするし、五感も鋭敏になり、疲れ知らずとなるこの
クスリは、媚薬としても使える。
蘭の場合、その効果が想定以上だったのである。
それを知ったミシェルは、以後も蘭に注射をし続けた。
セックスする前には必ず注射したのである。
もちろん中身はヘロインなどではなく、ただの生理食塩水だった。
媚薬効果などあるはずもない。
ところが蘭は、注射されてから犯されると、我慢が効かないくらいの快楽に囚われる、という
ことを経験学習してしまっていた。
その結果、注射されるということが性的快感への道程となり、その薬液は何でもよくなって
しまっていたのだ。
その様子を見てミシェルは、そのうち注射器を見るだけで欲情するようになるかも知れない
と思ったくらいだ。
残念ながらそこまでの調教を施す前に計画が破綻し、蘭たちを置き去りにして日本から逃げ
出すハメになった。
その後のことはわからないが、恐らくミシェルの見立て通りなのだろう。
記憶の底に封じ込めて置いた、忌まわしい凌辱劇。
連続レイプ、激しいセックス、そして妊娠しかねないほどの大量の胎内射精。
若い女性なら、発狂しかねない絶望的な状況だったのだ。
それらを表面上忘れ去ることで、この美少女はようやく日常に戻ったのだろう。
しかし、その危うい状態の中、偶然、注射されることになった。
まだ記憶が甦ったわけではなさそうだが、その時の恐怖がこみ上げてきたに違いない。
となると、どうするか。
蘭を性奴に仕立て上げるのなら、早々に記憶を取り戻させてから調教した方が話は早い。
だが、幸か不幸か、前回の依頼はキャンセルされている。
期限オーバーなのだから当たり前だ。
早急な調教を施す必要はなかった。
それにオーダーを失敗した怨みもある。
別に蘭のせいではないが、彼女の飼育が元だったことは確かだ。
この際ミシェルの手元に置いて、「買い」がかかるまでじっくり育てるのがいいだろう。
リセットした状態なわけだから、これから仕込むのは時間がかかるだろうが、その分「新た
な」蘭を愉しめるという利点もある。
あの調教が「なかった」ことにして仕込み直すのも面白いと思った。
ミシェルは笑みを浮かべながら、蘭の剥き出しになった肩を撫でた。
「綺麗な肌をしてるね、日本のお嬢さん」
「え……、あっ」
男のがさがさした手で触られて、蘭は初めて自分が服を脱がされていたことに気づいた。
裸ではなかったが、半裸である。
身につけていたのは下着だけだったのだ。
「な、なんで……服は……私が着ていた服は!?」
「ちゃんと畳んで保管している。心配いらないよ、蘭」
「わ、私の名前を……」
「知っているとも。だが、あまりそういう細かいことは気にしないでいい」
「何を言ってるの! あっ」
動けない。
手を伸ばそうと、脚を曲げようとしたが動けなかった。
手枷、足枷だ。
革のベルトが巻き付けられて、短いチェーンがベッド──というか、蘭の寝かされている寝台
に繋がっているようだ。
最悪の想像が少女の脳裏をよぎる。
外国旅行中、日本の若い女の子が攫われて、どこかに売り飛ばされるというような都市伝説を
聞いたことがあった。
これがまさにその状況なのではないだろうか。
売り飛ばされる云々はともかく、身体の自由を奪われ、半裸にされているのだから、この男は
自分を強姦する気でいるに違いない。
「い、いや……いやよ! 離して!」
「おいおい暴れちゃ困るな、蘭。せっかく気持ちよくしてやろうというのに」
やはり凌辱する気らしい。
冗談ではない。
「ふざけないでよ! あんた男なら女を縛るなんて卑怯なことしないで! やるならやるわよ、
ちゃんと勝負して!」
「それはダメだ。キミはカラテをやることは知ってるんでね」
「……」
蘭は唖然とした。
そこまで知っているのか。
ということは、自分は偶然攫われたのではなくて、最初から目を付けられていたのかも知れない。
呆然としている暇もなく、蘭の思考は停止した。
ミシェルの手がさらに伸びてきたのだ。
「あ、いやっ!」
蘭は、真上から見ると「大」の字の格好で拘束されている。
その状態から、男は蘭のブラを外したのだ。
いつホックを外したのかと不思議に思うほどの手並みで、少女の肩からストラップが外されていた。
あっと思う間もなく、カップも剥ぎ取られていた。
「ああ……」
白い乳房が露わになり、さっきまでの伝法な口調は消え、蘭は恥ずかしげに顔を伏せた。
処女──蘭はそう信じていた──の素肌を男に観察されるのは、やはり恥ずかしいのだ。
しかもバストなど、同性の園子に見られるのだって恥ずかしい。
これは近い将来、新一にだけ見せるべきものなのだ。
そう思って蘭はハッとした。
そうだ、私には新一がいる。
まだ男に許したことのない肌を、新一以外に触れさせるわけにはいかないのだ。
犯される恐怖よりも、新一へ捧げるべき身体を穢される無念の方が強かった。
ミシェルの方は、うっとりとした目で蘭の若い肢体を眺めていた。
本当にジャップなのかと思うばかりの真っ白な裸身。
形良く膨らんだバストはまだ若い硬さを保っていそうだ。
確か17歳と聞いていたが、もう20歳過ぎと言っても充分通用する大きさである。
これを、男の手に馴染むよう揉みほぐしていく醍醐味を考えると、早くも陰茎に力が籠もって
くる。
極上の肢体を見て、早くもこみ上げてくる欲望を抑えつつ、ミシェルは下にかかった。
パンティのゴムに指をかけると、それこそ喉が裂けそうな悲鳴が少女から飛び出た。
「いやああっっ!! そ、それだけはやめて!!」
「そうはいかん。ここまで来たら諦めるんだな、蘭。自分から楽しむようにならないと辛い
だけだぞ」
「だ、誰が楽しむのよっ! あっ、やめてってばあ!」
男はゴムを引っ張ったり離したりして、喚く少女の反応を愉しんだ。
多分、蘭はまだ自分がバージンだと思っているのだろう。
そこでふと思いついた。
記憶にないとしても、蘭はもう処女ではない。
短期間とはいえ、猛烈なセックスの洗礼を受け、そこらの年増女でもとても味わえないような
強烈な快感を与えられ続けたのだ。
頭の方は忘れていても、肉体の方はその鮮烈な快楽のイメージが残っているに違いない。
ならば、処女だと思わせたまま嬲り、女体が燃えて燃えて仕方がないところまで追い込んでは
どうだろう。
そして、処女のくせに男を欲しがっていることを指摘し、その上で犯すのだ。
もちろん絶頂まで押し上げてやる。
蘭は、初体験から強烈な官能を感じたことに恥辱と羞恥を感じるだろう。
しかも恋人以外の男に凌辱されるという形でなのだから、屈辱感もひとしおのはずだ。
そうすることで「自分はこういうことが好きなのかも知れない」と思わせるのも面白い。
男の醜い欲望を夢想しつつ、ミシェルは含み笑いが止まらなかった。
怒り、脅える少女を嬲るように下着を弄んだ。
ゴムを引っ張り上げ、その隙間から覗いてやると、ふんわりとした柔らかそうな恥毛が見えて
きた。
「おお、蘭の可愛らしいヴァギナが見えそうで見えないな」
「み、見ないで! そんなとこ見ないでよ!」
「ほほう、けっこう薄いんだな。少女らしくてけっこうだ」
「見ないでって言ってるでしょ! あ、いやあっ、脱がさないで!」
蘭が慌てて止めようとしたものの、ミシェルは手にしたカッターナイフで腰の左右に巻き付いた
布きれを丁寧に切り離した。
もと下着だった白い薄布は、外国人の手で剥ぎ取られてしまった。
「ああ……」
とうとう産まれたままの姿にされ、その屈辱と羞恥に美少女は頬を染めた。
だが、恥ずかしがるより何より、怒りが先に立つ。
どうして自分がこんな目に遭わねばならないのだ。
おとなしく乱暴されるほど、しとやかなつもりもなかった。
「やめて! 解いてってばあっ」
「暴れるなと言っているだろう」
「いやいやっ! こんなのいやよ!」
「……やれやれ」
さすがにミシェルも肩をすくめた。
おとなしく犯されたり、無反応の状態で凌辱される女よりは、抵抗する女の方が犯し甲斐が
あるとはいえ、限度問題である。
もともと蘭は気丈である。
前回は、ヤクザに拐かされたことと覚醒剤を使われるというショッキングな状況が重なった
ため、すっかり動転してしまい、彼女にしては意外なほどに気弱になっていた。
今回は別のようである。
こちらが本来の毛利蘭なのだろう。
しかし、ここまで抵抗されてはすんなり行かないだろう。
そうでなくとも空手をやっている娘である。
油断も出来ない。
「となると……」
大柄な外国人は、顎に手をやって何度かうなずいた。
「な、何よ」
蘭は不安げに男を見やった。
手枷足枷をギシギシ言わせ、チェーンを引きちぎらんばかりに暴れて少々疲れたのか、蘭は
息を弾ませたままミシェルに視線を移す。
ニンマリしている笑顔が不気味だ。
何を考えているのかわからない。
「あっ」
手が、脚が寝台に吸い付けられた。
それまでは多少余裕があり、固定はされているものの、肘や膝は少し曲がるほどの緩さはあった。
それが、ミシェルがチェーンを引き絞って、思い切りきつく固定したのだ。
もう腕も脚も完全に寝台と密着しており、ピクリとも動けない。
それだけではない。
最初は手足だけが固定されていたのだが、今度は腰も拘束された。
締まったウェストにベルトを巻き付け、それもベッドにしっかりと結びつけられた。
おまけに頭もである。
額に鉢巻きでもするように革ベルトが巻き付き、これも寝台にぴったりと固定された。
本当に全身が動けなくなった。
僅かに手足の指が伸縮できるくらいである。
「ちょっと……これじゃ動けない……くっ……」
「動けなくていいのさ、蘭。どうも抵抗が激しいのでね、少しおとなしくしてもらおう」
「抵抗するのは当たり前でしょっ。何であんたの言う通りにならなきゃならないのよ! いい
から解いて! 全然動けないんだからっ」
「ちゃんと抱かれれば解いてやってもいいんだがね」
「ちゃ、ちゃんと抱かれればって……」
蘭はビクッとして男を見た。
そうだ、自分がこうされているのは凌辱されるためなのだ。
それを思い出すと、途端に少女らしい脅えが甦ってくる。
「いや! それだけは絶対にいや」
「ふふ、そんなこと言ってるが、最後にはキミの方から求めてくるようになるさ」
「なるわけないでしょ!」
「試してみるかね」
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