レスリー・リャンは医師とは言え裏社会の人間である。
今もＰＭと関係を持っているが、それ以前も故国である香港では黒社会に出入りしていた。
すべてカネと女のためであり、カネさえ出せば患者を問わなかった。
日本もそうだが外国の裏社会でも彼のような医師は貴重だ。
その上、医師としての技術も確かなものだったし口も堅いので、かなり重宝されていた。
但し、ハイリスク・ハイリターンである。
確かにカネは儲かるが、身の危険を買うこともそれなりにあった。
それだけに普段から身辺の警戒を怠らず、周囲に気を配っている。
だから今回の尾行にもすぐに気づいた。
「……」
繁華街から少し外れた住宅地の路地を右に折れると、すぐに壁際に身体を寄せる。
そして自分が歩いてきた方向を見つめると、案の定、あの男が急ぎ足でこちらに向かってくる。
「……ちょっとしつこいですね」
レスリーは軽く舌打ちすると、またすぐに歩き始めた。
速度を落として普通に歩き、気づいていない風に装う。
立ち止まってスマホを取り出し、画面を見るフリをして、手のひらに隠し持った手鏡を使って後ろを確認した。
「ん？」
いつもは若い男ひとりだったのだが、今日はふたり組である。
しかも片方は女だ。
ふたりはレスリーが立ち止まったので、偶然を装ってその場で止まり、向かい合って何事か話をしている。
やはり刑事だろうか。
さほど上手な尾行ではないが、素人ほどあからさまではない。
年齢からして駆け出しの刑事かも知れない。
ふたり一組というのも刑事っぽい感じがする。
レスリーがあの男の尾行に気づいたのは今回で三度目だが、ペアになったのは今日が初めてだ。
ひとりの尾行だったから警察だとは思わなかったのだが、こうしてふたりとなると、いよいよそっちを疑わざるを得ない。
もしかすると佐藤美和子が事情を話して捜査──までは行かないだろうが、調べに入っているのかも知れない。
そうであるなら、美和子の方を蘭よりも早く何とかする必要があるだろう。
そう思いつつも、レスリーの関心は男の連れである若い女に向いていた。
「……」
手鏡に映る女はそれなりの美人だ。
服の上からもヒップやバストがその大きさや形状を主張している。
もしあれが刑事なら、美和子もそうだが東京警視庁というのは女性警官をルックスで採用しているのかと疑いたくなる。
自分が捜査対象になっているかも知れないというのに、だんだんと興味が湧いてきた。
繊細な一面を持つにも関わらず、こうした大胆さを併せ持っているのが、この悪徳医師の特徴だ。
美和子だけでなく、あの女も取り込んでしまったらどうだろう。
何かあった時でも、あの女を確保しておけば美和子に対して脅しになるだろう。
自分の身など厭わぬ女刑事であったとしても、同僚の危機を無視することは出来まい。
レスリーはスマホをポケットに収めると、ちらっと後ろを振り返った。
男女の二人組は訝しそうにレスリーを眺めている。
医師は薄く笑いながら、また歩き始めた。
────────────────
「やすらぎクリニック」の診療室にひとりの男が訪れていた。
時刻は正午を回っており、受付や看護婦も食事に出ているようでひとりもいなかった。
そんな中、応接室でなく診療室でレスリーは対応しているが、来客は患者には見えなかった。
３０代そこそこといった感じの男は中肉中背で、どこといって特徴はない。
スーツ姿ということもあり、やや目つきは鋭いものの、サラリーマンだと言えば通るだろう。
レスリーが懇意にしていて、よく仕事を頼む興信所の調査員である。
男はスーツケースからカタログ封筒を取り出してレスリーに手渡した。
「ご苦労さまです。で、どうでした？」
「はい。詳細はお渡ししたレポートにまとめてありますが……」
男はそう言って白衣の医師を見た。
医師は大きなカタログ封筒からファイルに綴じられたレポートと数枚の写真を取り出した。
「お察しの通りですね、刑事でした」
「やっぱりね……」
「ええ。それも所轄じゃなくて警視庁ですよ。捜査一課です」
「……ほう」
レスリーはちょっと眉間に皺を寄せた。
本当に美和子が捜査要請したのだろうか。
自分の痴態はともかく、蘭の恥辱的な事実まで明らかになってしまうというのに。
だとすれば、少し美和子を甘く見ていたのかも知れなかった。
男はレスリーの表情には気づかない振りをして、そのまま報告に入った。
「まず男の方ですが、高木渉刑事と言います。階級は巡査で強行犯捜査三係に……」
「ああ、男の方はいいです。そっちは知ってるから」
レスリーは興味なさげにレポートをぺらぺらと捲った。
高木とは面識もあるのだ。
美和子を追い詰める時に彼を利用したことがある。
美和子の恋人らしいから利用価値はあるが、今はそれよりも相方が問題なのだ。
男は軽く頷き、ぺらりと自分の書類を捲った。
「そうですか。ではもうひとりの方……、辻本夏実と言います。やはり警視庁捜査一課の刑事です。階級は巡査ですね。年齢２５歳。何でも、先輩の女性刑事と組んでいたらしいですが、今そっちの女刑事は海外だそうです」
「海外……？」
「はい。細かい事情はわかりませんが、長期出張だか出向だか、そういう感じのようです。行き先まではわかりませんでしたが、北米かアジア……、シンガポールとか香港あたりじゃないかと思います。警視庁の警官は研修でそっちによく行くようですから」
「そうですか」
レスリーは頷いて納得した。
美和子は今、日本にいないことは聞いている。
それで美和子が内密に同僚に頼んで自分の尾行をさせているのでないか。
もし美和子がいれば自分でレスリーをつけ、証拠を掴んでから捜査に持ち込むだろう。
それが出向で出来そうにない。
しかし、この前の件で蘭の身に差し迫った「何か」があったらしいことはわかった。
証拠がない上に事情が事情である。
あまりあからさまにしたくないのは蘭だけでなく美和子自身も同じなのだ。
だからこそ組織を挙げての捜査とはせず、個人的な調査に留まっていたのだろう。
考えた挙げ句、恋人である同僚の高木に打ち明けた（とはいえ、レスリーに激しい調教を受けていたことまでは告げていまい）。
ペアであり後輩の辻本巡査もそれに協力している。
そうなら辻褄が合うのだ。
「辻本巡査ですが、もともとは所轄……墨東署ですか、そっちにいたようです。しかも交通課ですね」
「交通警官が刑事に、ですか？」
「どうもそのようです。噂ですが、たまたま墨東署に行った本庁のお偉いさんに認められて引き抜かれたって話です」
「なるほどね」
「まあ、所轄署や本庁での仕事内容等につきましては、詳細がレポートにありますのでそちらを参照して下さい。「それ以外」の方に興味がおありでしょう？」
「まあね……」
「本籍は東京の台東区浅草。家族は両親だけですね。実家を出て、仲の良い同僚と一緒にマンションに住んでいたようですが……」
「恋人ですか」
「いえ、女性ですよ。同僚の交通課婦警です。で、そっちの婦警が結婚することになって──これも職場結婚らしいですが──、自分も本庁転勤となったので待機寮へ移ったようです。ああ、待機寮ってのは警官の独身寮ですね」
「独り住まいですね」
「独り部屋ではありますが、警察寮ですから独り住まいとは言い難いでしょうね。性格は見た目通りです。明るくて活発という評判ですね。体つきもけっこうがっしりしていて、体力は人並み外れているらしいです。腕っ節もかなりものだそうです」
「……それは気をつけないといけませんね」
「良からぬことをお考えでしたらね」
男は小さく笑った。
「あと交通課勤務だからということでもないんでしょうが、バイクの運転が趣味みたいなところがあります。バイクの腕前はかなりのものらしいです。自動二輪の免許はもちろん普通自動車と、あと小型船舶二級の免許も所有しています」
「……」
「職務面も優秀のようで、相方の婦警とのコンビは所轄内でも有名だったらしいですね、っと、そっちはレポートでいいですか」
「そうですね。それにしても手強そうだな。何かこう、欠点というか弱点みたいなものでもありませんかね。例えば、なりは立派でもお化けが怖いとか」
それを聞いて男は笑ったが、レスリーは真顔である。
それを見て男は軽く肩をすくめた。
「欠点……と言えるかどうか。血圧が低いせいなのか、朝は弱いようですね。なかなか起きられないらしい、と。性格的にも一途だそうで正義感も強い、と。ま、警官ですから、それくらいじゃないと困りますが。割と単純な性格でうまく感情をコントロール出来なくてすぐ顔に出るとか。他は……、かなり大食漢だそうです。って「漢」は男ですから大食漢てことはないか。あとは酒好きですね」
「食ったり飲んだり、か。彼氏は大変そうですね」
「はは、でもそういう方が男としても奢り甲斐があるってもんですよ。あ、でもあまり強くはないそうです」
「ん？ 酒がですか？」
「好きは好きらしいですがね。陽性で明るい子のようですから酒の席が好きなのかも知れませんね、ええ。飲めばすぐ顔が赤くなるし量も飲めないそうです。戻したり二日酔いになることもしばしばだとか。酔っぱらって意識をなくしたり、その時の記憶が飛ぶこともあるらしいですね。うーん、若い女の子としては困ったもんですが……、あ、あなたにとっては都合が良いかな」
「……」
それは使える手かも知れない。
もしそれが本当なら、別に睡眠薬だの催眠術など使わずに済む。
誘い出して飲ませればいいだけだ。
「あ、それと……」
興信所の男が思い出したように言った。
「これは裏は取れてません。だから確実ではありませんが、この刑事には「ある噂」があります」
「噂？」
「はい。どうも……性犯罪被害者らしい、ですね……」
「ほう」
それは聞き捨てならない。
「警察業務絡みなのかプライベートでの事件なのか定かではありません。何でも同居していた婦警とともにストーカー被害に遭ったことがある、と……」
「……事実ですか？」
「さっき言った通り噂ですから保証は出来ません。話の出所もネットの匿名掲示板です」
「ああ……」
あの手の掲示板は匿名であることを武器に、犯罪紛いの誹謗中傷は珍しくない。
やっかみ半分、あるいはそれこそストーカー行為で相手をけなす輩もいるだろう。
信用には値しない。
ただ匿名だからこそ、現実では言いたくても言えないことが言えるということもある。
「そうなんです。まあ巨大掲示板ですからね、話半分以下と見るのが妥当ですけども、この話は交通課婦警時代のその刑事のファンスレから出てるんです」
「ファン？ 現役警察官のですか？」
「ええ。それくらいこの辻本巡査と、その同僚だった小早川婦警というのは美人だったんですね。本人たちも署の方も興味本位の取材は一切受けなかったようなんですが、それでもたまに雑誌なんかに写真や記事が載ると「祭り」になるくらいの人気度だったようです」
「ははあ……」
「で、そのスレッドに出入りしている常連の中に、どうも彼女たちと同じ署の警官か職員がいたらしいんですね。内部の者じゃないと知り得ないような情報がたびたび流れていた。そこで出たのがそのレイプ事件なんです」
「強姦ですか」
「そのようです。書き込んだ人物も確証はないと言っていたんですが、どうも辻本夏実は婦警時代にそのストーカーにつきまとわれるだけでなく、某かの弱みでも握られてたびたび犯されていたらしい、というんですね」
「……」
「それもかなりの変態行為をされて酷く犯されたらしい、と……。まあ、これは単に想像というか妄想しただけかも知れませんがね」
「で、その事件は……」
「一応、解決したようです。犯人は別件ですが逮捕されたそうです」
男はレスリーをちらりと見上げながら念を押した。
「……繰り返しますが、これは確報じゃありません。あくまで……」
「ああ、わかりました」
レスリーはレポートのファイルを開いたまま置いて夏実の写真を手に取った。
隠し撮りだろうが良く写っていてピントはずれていない。
顔のアップとバストアップが二枚ずつ、そして頭から爪先までの全身写真が一枚あった。
見た感じだと美和子よりもやや大柄だろうか。
体力も腕力もあるそうだから、けっこう筋肉質なのかも知れない。
美和子は完全に撫で肩だが、夏実の方はちゃんと肩が張っている。
パッドは入れていない可能性もあった。
だがスタイルは抜群だ。
脚も長く、綺麗なラインを描いている。
臀部も胸部も充分に肉が盛り上がっていた。
レポートによるとサイズは上から８７−５８−８８らしい。
身長も１６３とある。
この身長と３サイズであれば、モデルやレースクィーンをやっても成功しただろう。
性格も明るいようだから、きっと人気者になったに違いない。
美和子もそうだが、こんな美人を警察官にしておくのは本当にもったいないとレスリーは思った。
「……」
高木と一緒に写っている写真も見た。
カップルとしては釣り合わない感じだから、捜査のカモフラージュとしても、恋人同士というカバーは出来ないだろうなと思う。
「……」
「……？ どうしました？」
「いえ」
ふと、あることを思いつきレスリーはにやりとした。
────────────────
「高木さん……、でしたよね？」
「え……、あ、は、はい」
しまった、と高木は思った。
レスリーを尾行していたのだが、危うく見失いかけたのだ。
慌てて走って角を曲がると、こっちを向いたレスリーと出くわしてしまった。
まかれたわけではないが、尾行で被疑者に見つかってしまっては大失敗だ。
しかしレスリーはニコニコしながら気軽に話しかけてくる。
「おひさしぶりですね。塩原温泉で「偶然」お会いして以来、ですか」
「そうですね……。あ、先生、今日はどちらへ……」
「僕ですか？ 家に帰るところですよ。家ったって診療所の二階ですけどね」
「じゃあ方向が……」
「いえ、あなたが後ろにいたのがわかったもので、ちょっとご挨拶でも、と思いましてね」
「……」
やはり尾行がバレていたらしい。
美和子に知られたら叱られるだろうなと思い、高木は小さくため息をついた。
レスリーは白々しく聞いた。
「ところで高木さんは？」
「あ、ぼ、僕ですか？ あ、いやその、た、たまたまそっちへ行こうと思っただけでして……」
「そうですか」
レスリーは小さく笑いながら時計を見る。
「もうこんな時間ですね。高木さん、お仕事の方は？」
「は、はい」
時刻は２０時を回っている。
勤務を済ませて退庁してからレスリーをつけ出したのだった。
「僕もその、帰るところでして、はい」
我ながらもう少し気の利いた言い訳が出来ないものかと思ってしまう。
態度もおどおどし過ぎだ。
これがレスリーでなく、海千山千の犯罪者だったらどうなるだろう。
「では、この後ご予定は？」
「いえ、特には……」
「それはよかった。じゃあ一緒にいかがです？」
「は？」
「せっかく再会したんですから、ちょっと寄っていきましょう」
「よ、寄るって……ご飯ですか」
「食事でもいいですが……」
そう言って、レスリーは飲む真似をして見せた。
高木は断る理由も思いつかず、結局、同行することになった。
それまで尾行していた被疑者と酒を飲むなど「何をか言わんや」だが、こうなってしまっては致し方ない。
それに、尾行は失敗したがレスリーの様子を直接窺うチャンスでもある。
おかしなところがあれば、刑事のカンで何か気づく可能性だってあるのだ。
そう言い聞かせて、レスリー行きつけの店らしい小料理屋に入った。
高木らが行くような居酒屋と違って静かなものだった。
客はそれなりに入っていたが、ざわざわと騒がしいこともない。
それぞれがおとなしく飲み、会話を楽しんでいる。
音を落としたＢＧＭが静かに流れ、落ち着いた雰囲気を作っていた。
高木とレスリーはカウンターに並んで席を取った。
最初はビールかと思ったが、レスリーはいきなり日本酒を注文した。
燗にはせず冷やした純米酒である。
互いの小さなグラスに注ぎ合って軽く乾杯すると、レスリーはうまそうに一息で飲み干した。
「ああ……、おいしいですね。日本酒は来日して初めて飲んだんですが、こんなにおいしいとは思いませんでしたよ」
「これはけっこう高いお酒ですからね。そこらで売ってる安い日本酒なんかだと、お燗にしたら臭くて飲めませんよ」
「そうでした、そうでした。僕もあれにはまいりましたよ」
レスリーはそう言って笑った。
「……」
高木はそんな医師を注意深く観察している。
今日も白ずくめだ。
ネクタイこそしていないが、白のジャケットにスラックス、白のポロシャツを着ている。
ソックスも靴も白で統一しているのが彼らしい。
普段も白衣で真っ白な服装なのに、どうやらプライベートでもそうらしかった。
笑顔は人懐こく、後ろめたいところは見られない。
話題も他愛ないことばかりだった。
もちろん高木を警戒しているような素振りもない。
美和子はレスリーの何を疑っているのだろうか。
こうして見る分には裏があるとは思えなかった。
それどころか美和子や蘭の主治医でもあるのだ。
おまけに塩原では高木の相談にまで乗ってくれている。
高木には悪人とは思えなかった。
「そう言えば、この前あなたと一緒にいた若い女性、あれが彼女ですか？」
「は？」
突然に言われて高木はきょとんとした。
美和子は今香港であり、日本にはいない。
「ああ……、辻本さんですか。いえ、彼女は同僚でして……」
「この前」とはいつのことかわからないが、夏実と一緒に尾行していた時もこの医師は気づいていたのだろう。
善人の顔をしているが、確かに油断ならない人物のようだ。
「刑事さん、でしたよね。ということは、あの方といつも一緒で……」
「あ、そういうわけじゃないんです。今はその、臨時で彼女の面倒を見ているというか……」
「そうですか。じゃあ本命の彼女の方はいかがです？ あれからうまく行きましたか？」
どうだろうか。
確かに高木のカウンセリングを受け、彼の部屋で「娼婦」を嬲った時以来、少しは躊躇いが小さくなったような気はする。
美和子とのセックスも、自分としては満足である。
美和子自身がどうかというのは、本音のところはわからないものの、少なくとも見た目は問題があるとも思えなかった。
高木が素直にそう言うとレスリーは笑みを浮かべて頷いた。
「それはよかった。こうしたことは経験ですし、時間が解決してくれることもありますからね」
「はあ……」
「彼女の方もご同僚なんですか？ やっぱり刑事さん？」
「まあ……、そうですね。でも今は……」
高木は少し寂しそうに俯いた。
美和子は香港へ研修に行っており、まだしばらくは帰国出来ないらしい。
それを聞いてレスリーが言った。
「そうでしたか。でも、それじゃ寂しいでしょう。二ヶ月もですか？ そんなに会えないんじゃあ……」
「そうですけど仕方ないですよ、仕事ですから」
「ふふ、日本人は真面目ですね。でも、香港ですか？ それなら気軽に帰国は出来ますでしょう。まあ、お仕事で行ってるなら、そんなに暇はないか」
「そうですね。こないだ一回帰ってきましたけど、またとんぼ返りですから」
「じゃあ、どっちも寂しいでしょうねえ。それに……」
レスリーは意味深な口調で、何か含んだような言い回しで言った。
「……心配じゃありませんか」
「心配ですか？ 彼女、研修ですから、そんなに危険なことは……」
「そうじゃありませんよ。彼女、美人なんでしょう？」
「ああ……」
そういうことか。
男として遠く離れた場所にいる彼女が心配にならないか、と聞いているわけだ。
「あなたもですが、彼女の方もきっと心配してますよ」
「僕をですか？ ははは、それはないと思いますよ」
「ほう。あなたを信じ切っていらっしゃると？」
「て言いますか、僕にそんな甲斐性があるとは思ってませんよ、きっと」
「どちらも信じ合ってる、というわけですね。それは大変けっこうですが……」
レスリーはクイッと一息で飲み干すと、自分のグラスにまた注いだ。
ついでに、空きそうになっていた高木のグラスにも注ぎ足してやる。
「でも、もやもやしたりしませんか？」
レスリーがぽつんと言った。
「もやもやって……」
「端的に言えば、彼女が恋しくなる、セックスがしたくなるってことですね」
「あ、まあ……、ないと言えばウソになりますが……」
「でしょうね。取り繕ったって性は本能なんですから、したくなることはありますよ。男女の差なく、ね」
「それは……、佐藤さんもってことですか」
「もちろん、そうでしょう。ただ、あなたの話を聞いている分には平気そうですが、まあそうなっても不思議はありません。女性だって性欲はありますから」
「……」
「だけどあなただって同じだ。男性の方がそういう欲望は強いんですから。そういう時はどうしてますか？ 風俗でも？」
よくよく考えてみればレスリーはかなり失礼な質問をしているわけだが、高木の方は無警戒である。
またカウンセリングを受けているようなつもりになっているらしい。
「いやあ、そっちの方はちょっと……」
「……やはり刑事さんとしての職業意識が？」
「……ということもないんですが……。性格的なものでしょうかね。同僚なんかはけっこう行ってる人もいるようです。でも僕は……」
「あまりそういうのはお好きでない、と」
「……ですね」
確かに高木はそんな感じがする。
度胸がないということもあるが、それ以上に真面目なのだ。
女性を金銭で売買するというのが、どうしても引っかかるのだろう。
高木としては、女性が金銭授受による同意をしているのであれば、さほど問題はないように思っている。
これは違法行為とは言え被害者、加害者が存在しない。
無理矢理にさせられているのであればともかく男女が納得しているのであれば、それはそれでいいように思う。
ただ高木はそういうことはあまり好きではない、というだけのことだ。
レスリーの目が光った。
「高木さん、その佐藤さんという恋人は出張だそうですが、今は単独行動ですか？」
「あ？ いえ、佐藤さんと組んでいた人と一緒に……」
「そうですか。やはり女性？」
「ええ……」
「どんな方です？」
「はあ。佐藤さんより二つ三つ若いと思いました。綺麗な人ですよ」
「そうですか。では、その方などいかがです？」
「え？」
高木はびっくりしたようにレスリーを見た。
「い、いかがですってどういう意味です？」
「……」
白い服を着た医師は意味ありげにゆっくりとグラスを取り上げ、じっと中身の酒を見つめている。
そしておもむろにグッと一息で飲み干した。
高木はほとんど反射的にレスリーのグラスへ酒を注いだ。
「その方は魅力的な女性なのでしょう？」
「え？ ええ、まあ……、そうだと思います……」
美和子にゾッコンである高木には、基本的に他の女性は見えない。
夏実も美人だし可愛いとも思うのだが、そこまでである。
あまり「女」として見たことはなかった。
同僚であり、むしろ美和子が可愛がっている後輩というイメージしかない。
「その方と「おとなの交際」とか……考えたことはないんですか？」
「おとなの交際？ ……って、つ、辻本さんとですか？」
「辻本さんとおっしゃるのですか？ ええ、その方ですよ」
「ま、まさかそんな……そんなこと考えたこともないですよ！」
「でしょうね。でも辻本さんだって年齢的にもおとなでしょうし分別もあるはずだ。割り切って……」
「いや、それは無理ですよ！ そんなことになったら……」
美和子に何を言われるかわかったものではない。
別れる云々どころか人間として軽蔑されてしまうだろう。
あまりの剣幕にレスリーは苦笑した。
「わかりました、わかりました。失礼な物言いだったのであれば謝罪します。申し訳ありませんでした」
「あ……、いいえ……」
素直に謝られて、高木も激昂からすぐに醒めた。
レスリーから酒を注がれると、軽く会釈して受け、彼には珍しく一気に煽った。
その様子を見ながら、医師は内ポケットから小さな薬ビンを取り出した。
「よかったら、これお試しになりませんか」
「これは……？」
高木はそれを受け取ると、ビンの中身を灯りで翳してみた。
カプセルが１０錠くらい入っている。
「専門的な説明は避けますが、まあ一言で言えば「欲求を抑える薬」だと思って下さい」
「え、それじゃあ……」
「はい。それを服用すれば性欲が押さえられます。まあ一時的なものですが」
「はあ……」
「佐藤さんがお帰りになるまでお使いください。そうですね、朝晩一錠ずつ服用すれば効果はあると思います」
「あ、いやしかし、こんなもの戴くわけには……」
「構いませんよ、大したものじゃありませんから。処方箋書いて薬局で購入したってわけでもないからお代は戴けませんよ。それでも気が引けるというのであれば……、そうですね、じゃあここの支払いをお願い出来ますか？」
と、レスリーは屈託のない笑みを浮かべて言った。
表面的には邪気のない笑顔であり、この顔に何人もの人間が騙されてきたのだ。
そこまで言われては高木も断れなかった。
好意の上でのことだろうし、タダで貰うのならともかく、ここの飲み代を出すのであれば相殺になると思った。
薬を見ている若い刑事を見て、医師はほくそ笑んだ。
ことさら夏実のことを話題にしたのは、彼女を「女性」として意識させるためだ。
それまで夏実をそういう目で見ていなかった高木とすれば、いくら一緒に行動していてもそんな気にはならないだろう。
しかしここで夏実を意識させることが出来、そしてあの薬を飲ませれば……。
レスリーは次の段階へ持ち込むための舞台を考えていた。
────────────────
黎明の香港。美
和子は滞在するホテルの部屋から、ぼーっと朝日を眺めていた。
パジャマ姿のまま、窓際の小さなテーブル席に腰掛けている。
その時、目の前のノートパソコンから着信音がした。
スカイプだ。
美和子はパソコンの位置を調整し、ヘッドセットを頭に掛けた。
ＵＳＢから飛ばして片耳に引っかけるタイプのものだ。
通話しかしないし、両耳を覆うヘッドフォンだと周囲の音が聞きづらい気がして、こっちを選んだ。
「ビデオで応答」をクリックすると、日本にいる恋人が画面に現れた。
─あ、おはようございます。
「……おはよう」
美和子がちらと時計を見ると、午前６時を差そうとしていた。
時差は１時間のはずだから、高木のいる東京は今午前５時のはずだ。
「いつも朝早くから悪いわね……。時間変えた方がいい？」
─いえ、僕の方は大丈夫です。この時間に佐藤さんとスカイプするようになったお陰で遅刻しそうになることがなくなりました。
高木せいいっぱいのジョークだろうが、美和子は笑う気にもなれず無言のままだった。
高木の表情も少し曇る。
ここ最近、画像に映る美和子の様子が少しおかしかった。
何だかいつも疲れているというか、物憂げなのだ。
気怠そうな表情でいることが多かった。
毎日、研修で疲れているだろうし、その上での早朝通話だからかとも思うのだが、そもそもこの時間にしようと言い出したのは美和子の方なのだ。
高木が遠慮気味に言った。
─佐藤さんの方こそ疲れ気味なんじゃないですか？ もっとゆっくりお休みになったらどうです？ こんな朝早くじゃなくて別の時間でも……。
「……」
疲れ気味なのは当然である。
ここ毎晩、白鳥に抱かれているのだ。
以前は想像も出来なかったが白鳥は思いの外絶倫で、食事を終えて夜の１０時過ぎ、１１時過ぎから美和子を抱き始める。
午前１時で終わることは希で、大抵は２時、３時までたっぷりと犯されるのだ（まだ美和子の方は「抱かれる」というよりは「犯される」という印象の方が強い）。
それから僅か３時間かそこら寝ただけで、高木との通話時間となってしまうのだ。
もともと美和子は眠りが深く、睡眠時間が少なくともしっかりと休養は取れるタイプだったし、昼休みは僅かな時間でも昼寝をするなどして、何とか日々をこなしている。
それでも座学の時などは思わず居眠りしそうになることもあるが、美和子が見る限り白鳥の方はしれっと普通に仕事をしていた。
それを見ると美和子の方も「負けられない」と思い、気合いを入れ直している状態である。
それでも疲れは溜まっていくから、見た目に疲れていても致し方あるまい。
そして美和子がぼんやりしているのは、何も疲労のせいばかりではない。
つい数時間前まで官能の絶頂を何度も極めていたため、心身ともにぐったりしているのだ。
加えて、その絶頂の余韻がまだ身体に残っていることもあった。
美和子はそっと首もとまでガウンを引っ張り上げ、首筋に残ったキスマークをさりげなく隠した。
「……私は平気。それに、この時間じゃないと部屋に戻れないことも多いから……」
─それなら……、毎日スカイプするのは止めますか？ 日を置いてみるとか……。あ、僕は毎日、佐藤さんの顔を見たいし、話もしたいですが。
「そうね……。どっちでもいいわ。高木くんが毎日話したいなら私も……」
─……。
やはり変だ、と高木は思った。
美和子は、こんな投げ遣りな人ではなかったはずである。
こっちの提案に異議があればはっきりそう言うタイプだ。
スケジュール上、あるいは時間的に毎日は無理なのであれば、自分から高木にそう告げるだろう。
彼の言い分に従うこともあるが「どっちでもいい」というような言い回しをするような女ではなかった。
高木は何となく気まずい感じがした。
今までなら話したいことはいくらでもあったのに、ここのところ美和子の元気のない顔を見ていると口が止まってしまう。
それでも話を繋いではみたが反応は芳しくなく、相槌や生返事ばかりだった。
美和子の方から話題を振る、話しかけることはほとんどなくなっていた。
白鳥に抱かれ続けていることで高木に対する後ろめたさもあったし、合わせる顔がないと思っていたこともある。
視線も彼の顔から逸らし、俯いていることも多かった。
ただひとつ、高木が蘭の話をした時だけ美和子の瞳に生気が戻った気がした。
「それで、どうだった？ おかしなところ、ある？」
─佐藤さんに言われた通り、何度か尾行しました。ほとんどは友達と出かけるか、あるいは病院へ行っただけでしたよ。
「病院って……、例の？」
─はい。あの先生がいる診療所ですね。
「高木くん……、あの医者にも気をつけてって……」
─ええ。だから何度か尾行もしましたけど、特に怪しい点はありませんでしたよ。人混みに紛れてしまって見失ったこともありましたけど。
「……」
高木はまだ甘いところが目立つが、特に苦手そうなのが尾行なのだ。
蘭ならともかく、相手がレスリーではまかれることも多いだろう。
─そう言えば、一度出くわして一緒に飲んだことも……
「え？ レスリー……リャン先生と？」
─ええ。飲むと言っても、そうだなあ一時間くらいでしたけど。
「どうだった？」
─どうもこうも……、普通ですよ。人の良さそうな先生だと思いましたけどね。
「……」
高木が何か思い出したように口を開いた。
─蘭ちゃんなんですがね、一度だけ気になったことがありまして。
「なに？ 何でもいいわ」
─人混みに紛れて見失った時のことなんですが……。
高木が少し言いにくそうになる。
美和子は、先を促すように高木を見つめた。
─見失ったのすぐ先というのがホテル街なんです……。
「何ですって！？」
─あ、でも蘭ちゃんひとりでうろうろしている感じだったので、まさかそこへ入ったとは思えないんですが……。
「た、確かめたの？」
─いえ、そこまでは……。一緒にいた辻本さんが「何なら一軒一軒当たってみようか」とも言ってくれたんですが……。
「辻本さん？ 高木くん、辻本さんも一緒に？」
─はあ。僕、これは捜査じゃなくて佐藤さんに個人的に頼まれたものだからと言って断ったんですが、佐藤さんの依頼なら私もやるって言うもんで……。
「……」
─事情が事情ですから身分証で中を調べるわけにもいきません。だから辻本さんは、僕とふたりならホテルへ行っても不自然じゃないから、とそう言いまして。
高木も夏実も「そんなつもり」は毛頭ないだろうが、美和子は何となく気になった。
自分は白鳥と関係を続けているのだから、仮に夏実と高木がそうなったとしても文句を言える義理ではない。
先日、由美から受けた電話の内容──高木と夏実が怪しいといううわさ話が蘇ってくる。
その高木と夏実がホテルへ行きかけたと聞くと胸の奥が少し白く灼けた。
それが嫉妬だと気づくと女刑事は唖然とした。
何をバカバカしい、このふたりは美和子の頼まれごとを真面目にこなそうとしただけではないか。
美和子は軽く頭を振って醜い妄想を振り払った。
「わかったわ、ありがとう。蘭ちゃんのこと、またよろしくね。それと……」
美和子は少し言い淀んでから、弱々しく微笑んだ。
「……辻本さんのことも面倒見てあげてね」
─ええ、わかってます。あ、佐藤さん、あの……。
「？」
高木は、切ろうとする美和子を慌てて止めた。
襟元を緩め、息を飲み、何度も深呼吸している。
状況を考えれば、こんな大切なことをこんな時に言うべきではないと思う。
しかし高木は、何となく美和子の様子がおかしく、会話もぎこちなくなってきた今こそ告げるべきだと決心していた。
身体中の勇気を振り絞って、年上の美しい恋人に高木が言った。
─佐藤……、み、美和子さん。
「え？」
─こ、こないだ言いそびれたこと、言わせてください！ み……、美和子さん、僕と……僕と結婚してくださいっ！
「……っ！」
美和子は文字通り息を飲んだ。
大きな目をさらに大きく開き、ぱちぱちと瞬きしている。
氷点下だった心に暖かいものが流れ込んでくる。
若い恋人は鯱張り、直立不動である。
─これ、この前、渡しそびれたものです！
「！」
高木がカメラに突き出し、美和子の画面に大きく映ったのは、小さなケースに入った指輪だった。
ダイヤモンドらしい。
美和子の誕生石だった。
─け、結婚してください！
高木はカメラに向かって腕を伸ばし、指輪を美和子に向けて差し出している。
美和子の鼻の奥がツンと痛くなり、じわっと涙腺が緩んだ。
美和子は慌てて顔を上げ、涙がこぼれ落ちるのを何とか我慢した。
嬉しかった。
香港に来る前であれば、美和子は高木に抱きついただろう。
嬉しかったのだが、今は心のどこかが醒めている。
高木と夏実の噂、そして自分と白鳥との関係。
これらをはっきりさせ、精算しない限り、誠意ある彼の気持ちに応えることは出来なかった。
美和子は笑みを浮かべ、小さく言った。
「……ありがとう、高木くん。嬉しいの、本当に嬉しいの」
─そ、それなら……。
「でも、少し待って」
─え？
美和子の表情が少し活き活きとしてきた。
疲れがまだ少しこびりついているものの、悄然とした感じは消えている。
「……私が日本へ戻るまで待ってくれる？ その時こそ……」
美和子は笑顔のまま、高木をじっと見つめて言った。
「その時こそ、ちゃんと返事をさせて」
────────────────
美和子が研修を受けているのは「作戦部門」と呼ばれる実働部隊、つまり「現場」である。
香港警察は大きく５区に分けられており、日本と違って各区はかなり自治権が与えられている。
日本で言うなら各県警察本部が、それぞれ警視庁のようなものだ。
美和子はそれら５区をあちこち移動し、現場の警察活動をつぶさに観察することが仕事である。
５区の他に水警といういわゆる水上警察や鉄道警区もあるが、そちらは今回の閨秀対象から外れている。
白鳥の方も刑事部に顔を出すことはあるが、主に組織犯罪対策や対テロ、誘拐、銃器関連、鑑識と言った、いわばバックアップ部門が多かった。
それ以外は管理部門にいることが多く、彼の部屋もそちらに用意されていた。
白鳥の執務室は、いつものように夜になっても灯りが点っている。
もう本部ビルの２／３は消灯しており、このフロアでも灯りがついているのはほとんどない。
香港警察の方へ明日提出する書類をまとめていて遅くまでかかってしまい、時刻は午後１１時を過ぎて、日を跨ごうとしている。
秘書役のサリーは、レポートの目処が付いた８時半くらいで帰してしまっていた。
サリーの方も心得たもので、手伝いに来ている美和子と白鳥が出かけやすいようにと、素直に部屋を後にしていた。
そのたびに美和子は「違う。私は彼とつき合っているのではない。日本に恋人がいるのだ」と言いたくなる。
しかしここまで白鳥との仲が広まってしまい、その噂通り、毎晩のように彼についていっているのだから何も言えない。
実際、今も美和子はその噂に違わぬ淫らな行為をしているのだった。
「……ええ、そうですね。はい……、はい」
白鳥はブラインドの掛かった窓を見ながら、日本から来た電話を受けている。
相手は警察庁の上司のようである。
「ＰＭですがね、どうもこっちではあまり活動の形跡がないんです。ええ、そうです。例のパレットですか、あれの香港支社はもうありませんしね。もしかしたら拠点を他に移したのかも知れません。え？ さあ、どうですか……。中国本土かも知れないし、東南アジアに……」
立ったまま電話している白鳥の前で、美和子は跪いていた。
揃えた膝を床に着き、白鳥の股間に顔を埋めている。
「……ん、んむ……うん……ん、ちゅぶっ……んんん……ちゅっ、ちゅううっ……んちゅっ……むう……んむっ……んふ……んん……」
美和子は、少し鼻に掛かったような甘い吐息を漏らしながら、白鳥のものをくわえ込んでいる。
頬が少し紅潮し、恥ずかしそうに睫毛が震えていた。
（こ、こんなところで……こんなことさせるなんて……）
オフィスでフェラチオさせられる屈辱感と、白鳥の男性器を口に入れられるという汚辱感が、次第に美和子の被虐の情感を刺激し、彼女自身を興奮させていく。
そんな美和子を見下ろしながら、白鳥は受話器を握っている。
「例の書類、さっき上がりました。……ええ、明日の朝いちばんでこちらの担当官へ渡します。え？ ああ、大丈夫です。全部渡すわけじゃありません。日本のネタはもちろん出しませんよ」
「ん、んちゅっ……んく、くんっ……んふ、んむ、んむうっ……ちゅっ……んぷっ」
美和子は次第に瞳を潤ませ始め、ペニスを懸命にしゃぶっている。
白鳥の股間から発するむっとするような生臭さに臭覚も知覚も痺れ切ってしまい、いつしかその作業に熱中していた。
口の中でむくむくと巨大化し硬度を増していく肉棒に驚きとたくましさを感じ、積極的に口唇愛撫するようになっている。
唇にカリを引っかけて亀頭を吸い上げる。
サオへ愛おしそうに舌を這わせ、舐めしゃぶる。
どのテクニックも凌辱された際に覚えさせられたものだった。
美和子の愛撫に白鳥のペニスも強く反応し、いきり立って彼女の咥内で暴れ回っている。
白鳥の方も負けじと、美和子の顔へ押しつけるようにして腰を揺すっていた。
女の唇や舌がポイントに触れるたびに、白鳥の顔が快楽で苦悶し、腰が震える。
つい爪先立ちとなり、革靴の爪先が床をコツコツと叩く音がした。
「っ……！ あ、いや何でもありません」
危うく呻き声を上げそうになるのを何とか堪え、白鳥は上擦った声で電話口に言った。
「まあ忙しいですが、何とかなりますよ。あんまり帰国する時間がなくなりましたけどね。……は？」
白鳥は美和子の頭に手を乗せ、髪を愛撫している。
見ていると、美和子の腰が微妙にもじもじと蠢いているのがわかる。
恋人でもない男にフェラチオすることを強要される屈辱によって、どうやら美和子の内にあった被虐の情感が異様に昂ぶっているようだ。
盛んに腿をすり合わせようとしているのを見ると、もしかしたら美和子はもう下着を濡らしているのかも知れなかった。
白鳥はにやりと笑うと、髪の中に手を突っ込んで美和子の頭を掴み、ゆっくりと動かしていく。
「……ああ、警視庁からの研修ですか？ ……ええ、いますよ。そう、佐藤美和子警部補ですね」
「っ……！」
突如、自分の名前を出されて、美和子は一瞬びくりとして身体を硬直させた。
白鳥は「続けろ」とばかりに頭をぐっと腰に引き寄せてくる。
仕方なく美和子はまた愛撫を再開した。
喉の奥まで届かされることもあり、その苦しさと辛さで目の端が涙で滲んでいる。
「真面目にやっているようですよ。はい……、はい、そうです。こっちでも評判は良いようです。実は僕の仕事も、時間を見て手伝ってくれてるんですよ……、あ、いえいえ、そんなことありません。僕から頼んだわけでは……、はい、最初に挨拶に見えてから、たまに食事をすることもあったもんで……、そうです、はい。で、彼女の方から「暇を見てお手伝いします」と言ってくれたもので……。ええ、わかってます、無理はさせてませんよ。警視庁の人だし管轄違いですからね。……そうです、日本人が少ないもんで、どうしてもね……。ええ、優秀ですよ。現場でも腕利きと評判だったようですが、こういう仕事も有能ですね。……ええ、管理の仕事も向いてるんじゃないですか？ ……え？ ははは、そんなことないですがね……。ですから理事官からも彼女の上司によくお礼を言っておいてくださいよ、ホントに助かってるんですから。……はい……はい……」
「んっ……んぶ……んっ、ちゅ……んふっ……じゅぶっ……んん……ちゅっ……んうう……」
誰もいない静寂な部屋の中、白鳥の声と美和子が発する淫らな音だけが聞こえてくる。
仕事場でこんなことをさせられているという異常な雰囲気の中、美和子は白鳥の穢れた欲望に奉仕し続けていた。
太いペニスとそれを咥える唇の隙間から、透明な唾液がつうっと垂れ落ちたが、それに気づく余裕もなく、美和子は白鳥のものを舌で舐め回している。
白鳥は、美和子の頭の上に置いた手をその胸に回した。
ブラウスの襟元を拡げ、白いブラを露わにすると、その上からじんわりと乳房を揉んでいく。
「んんっ！？ ……んう、んううっ！」
突然の愛撫に驚いて離れようとする美和子の頭を押さえ、逃がさない。
逃げるに逃げられず口唇愛撫を続けると、また男の手が白い乳房に伸びてくる。
ブラとブラウスの中で窮屈そうな肉の谷間に手を入れ、こそこそとくすぐると、美和子はペニスをくわえたまま顔を振って悶えた。
さらにブラの下に手を滑り込ませ、もう突起してきていた乳首をこねくると、喉の奥からくぐもった悲鳴が上がった。
膝がガクガクとわななき、ヒールがコトコトと鳴っていた。
同時に舌技にも熱が入り、憑かれたように白鳥のものを愛撫していく。
これには白鳥も強く刺激され、思わず腰を美和子の顔に押しつける。
ペニスの先が喉の奥まで滑り込んだが、美和子は「ぐうっ」と唸りながらそれを受け入れた。
「……ええ……くっ！ あ、いや何でもありません。はい、もう帰ります。書類の方は明日にでも航空便で送ります。はい、では……」
白鳥はやや乱暴に受話器を置くと、もう我慢できないとばかりに美和子の頭を両手で抱え持ち、ぐいぐいと自分の腰に引き寄せた。
同時に自分からも腰を打ち込み、美和子の喉奥深くまでペニスを押し込んでいく。
苦悶する美和子の美貌と、締めつけてくる喉の粘膜の感触に絶えきれず、白鳥は限界を覚った。
「んっ！ 佐藤さん、そろそろいきますよ、いいですね！？」
「んんっ……」
美和子は薄紅に染めた頬を窄ませ、目を堅く閉じたままコクッと小さく頷いた。
咥内──というより喉の奥で白鳥の肉棒の先端がぐうっと一回り大きく膨れあがる。
「だ、出しますよ、佐藤さんっ！ 飲んでください、全部飲むんだ！」
「んっ、んんっ！」
とんでもない、とでも言うように美和子は顔を振ったものの、もうどうにもならなかった。
射精したところでヘタに口から出そうものなら、顔や服に引っかけられてしまうだろう。
白鳥の精で顔を汚されるなどご免だったし、服に掛けられようものならシミも匂いも残ってしまう。
床に自分の唾液が垂れて小さな水たまりを作っているのを見て、いっそ床に吐き出してしまおうかとも思うのだが、部屋に匂いが残ってしまうような気がする。
美和子が困惑しているうちに白鳥が限界に達してしまった。
美和子の顔を腰に押しつけつつ、股間に密着させる。
喉の奥に亀頭が届いているのを確認すると、上擦ったような呻き声を上げてとうとう射精した。
「ぐううっっ……！！」
「く、口を離すな！ 零さずに全部飲むんだ、佐藤さん！」
びゅるるっと勢いよく射精された感覚を受け、反射的に逃れようとした美和子の頭が、白鳥の手でがっちりと押さえ込まれ、固定された。
美和子はそれを喉奥深くくわえ込んだまま、脈打って流れ込んでくる濃い精液を必死の思いで飲み下している。
（ぐううっ、で、出てる、口の中にぃっ……あ、熱い……こ、濃くて飲みにくいっ……）
白鳥のペニスが、喉の中で跳ねながらびゅくびゅくと射精している。
窒息しそうな息苦しさに、思わず嘔吐しそうになる。
美和子は眉根をぎゅっとしかめながらその生臭さと汚辱感に耐えていた。
口の中というよりも、喉から食道、そして胃の中へ直接射精されているようなものだった。
喉から鼻に抜けてくる精液独特の不快な臭気に目が眩んでくる。
それでも、次から次へと吐き出されてくる精液を懸命に嚥下していった。
「んんっ……くっ……んく……んくっ……んむ……ごくっ……んんっ……んくっ……」
白鳥は何度も腰を揺すって射精の発作を行い、ようやく全部吐き出し終えるとホッとしたように美和子の口からペニスを引き抜いた。
「ぷあっ……、はあ、はあ、はあ……ぐっ、ごほっ」
唇の端からつーっと白く伸びた精液の糸を手で拭い、口を押さえる。
濃いものを無理に飲まされたせいか、まだ喉の内壁にそれがこびりついているような感じがする。
いがらっぽい喉が何度も咳き込み、吐き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「あ……」
美和子は、白鳥が差し出してきた白いハンカチを受け取り、唇を拭った。
まだガクガクする脚を叱咤して、何とか立ち上がった。
うつむいたまま手についた精液を拭っていると、股間が冷たいのを感じた。
やはり濡れていたらしい。
見てはいないが、恐らくショーツは見るも無惨なほどにぐしょぐしょになっているに違いない。
ストッキングもダメになっているだろう。
そこも拭いたい気がしたが、さすがに白鳥の前では出来なかった。
白鳥は帰り支度を始め、自分と美和子のバッグを引き寄せた。
「……だいぶ遅くなりましたが、これから行きますか」
「……」
こんな夜遅く、しかもオフィス内でこれだけ淫らなことをしておきながら、まだ美和子の身体を貪るつもりらしい。
しかし美和子には、もはや拒否するという選択肢は残っていなかった。
ペニスを咥えて、その精液を飲まされたことで、身体の奥が火照ったままだ。
腰の奥に位置する子宮もジンジンと疼いていた。
ここで「帰れ」と言われたら、ホテルでずっと自慰しかねかった。
美和子はふらふらと洗面所の方へ歩いて行った。
「……少し待って。口、濯いでくるから……」
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