「容疑者がわかったんですって!?」

捜査一課の部屋に飛び込んでくるなり、美和子が刑事たちの輪の中に入ってきた。
ついさっき、携帯で目暮警部に聞いたばかりで事情がわからない。
しかし、目星がついたにしては、みんなの顔が晴れていないのが気になった。

「いやあ、まだ確定したわけじゃないらしいですけどね」

高木渉刑事が、美和子の隙間を作ってやりながら答えた。
前回の事件の後、旅行先で結ばれた高木と美和子だが、無論、まだ公表はしていない。
冗談でなく、ふたりが交際を始めたなどと漏らしでもすれば、一課内だけでなく警視庁内で
大きなネタになってしまうからだ。
高木も美和子も、仕事場に於いては今まで通りの態度で接している。
高木はまだ美和子に対して及び腰だし、美和子は美和子で、人前でいちゃつくなど恥ずかしく
てとても出来はしない。
だから美和子に恋慕している連中も、まだふたりの関係には気づいていない。
その代表格である白鳥警部が説明した。

「公安が掴んできたんだ」
「公安?」

美和子が訝しげに訊くと、千葉刑事が頬を歪めて皮肉を言う。

「ええ。やつら、そういうの得意ですからね」
「どういうことなの?」
「ほら、やつら現場の写真を撮りまくってたでしょう? そこから炙り出したみたいで」
まだよくわからない。白鳥が苦笑して言った。
「連中、現場の状況や被害者の写真を撮ってたんじゃないんだよ。驚いたことに、現場に来て
いた野次馬をチェックしてたんだな」
「野次馬を……」
「そうなんですよ」

高木が後を引き取った。

「三つの現場を見物していた人たちを、残らず撮影したって言うんですね。で、それを地道に
つき合わせて調べたんだそうです」
「つき合わせて?」

美和子は首を傾げたが、すぐにハッと気づいた。

「あ、もしかして、どの現場にも来ていた人をチェックしたってこと?」
「その通り」

白鳥が大きく頷いた。

「今、高木くんも言ったけど、まあ地道な作業だよ。公安ってのはそういうもんだし、ローラー
作戦がお得意だしね。それで見つけたんだな」
「へえ……。現場百回とはよく言ったものね」」

公安を快く思っていない玲子も──公安嫌いは全部署共通だろうが──、さすがに感心した。
現場に何度も出向いたわけではないのだろうが、現場写真をくまなく調べ上げたのであれば同じ
ことだろう。
なかなか出来るものではない。

「で、どうなの? やっぱりテロリストか何か?」
「それがねえ……」

白鳥の表情が曇る。
訳がわからない美和子は刑事たちの顔を見回し、結局、高木のところで顔を止めた。
「どういうことか説明しろ」と表情で問うと、年下の頼りない恋人は、右の揉み上げのあたりを
指先で掻きながら言った。

「……実は未成年らしいんですよ」
「未成年? 三番目の被害者は高校生だったけど……、まさかその関係者?」
「いえ、そうじゃなくて……」

言いにくそうに高木が説明してくれたことによると、なんと中学生らしいという。
外国人のプロ・テロリストではないかという説が有力とされていただけに、あまりに方向性の
異なる容疑者に美和子は唖然とした。

「中学生って……、偶然じゃないの?」
「そうならいいんですがね、少なくともすべての現場にいた野次馬らしき人間は彼らだけらしい
んです」
「彼らって、グループなの?」
「三人。この三人につながりがあるのか、あるならどういう関係なのかは調査中だそうです」
「……」

そんなことがあるだろうか。
いくら犯罪の低年齢化が進み、未成年者による凶悪犯罪が続出、増加の方向にあるとはいえ、
まさか中学生が誘拐して国家を脅迫するなどという大それたことをするだろうか。
おまけに連続誘拐であり、すべての事件で被害者を殺害しているのである。
ヤクザだってここまではやるまい。
アニメやゲームのフィクション世界と現実が混同してしまったということだろうか。
二の句が継げない美和子に、高木が腕を組みながら言った。

「名前や年齢、学校も抑えてあるそうです。15歳の女の子と14歳の男の子がふたり。いず
れも中学は別々で、どこで接触があるのかわからないそうで」

ギシッと音を立てて白鳥が椅子に腰を下ろした。

「まあ未成年者が……それも中学生が容疑者であるということも問題だし、我々にはショック
なんだけどね、実は他にもまずいことがあってね」
「まずい……というと?」

美和子の吸い込まれるような黒く美しい瞳に気圧されながら、白鳥が答えた。

「その15歳の少女っていうのが問題なんだ。いや、少女自体には問題はない……いや、ある
のか」

どうも煮え切らない。
美和子は訊きたいのを堪えて白鳥の言葉を待った。

「……実はね、その子の父親が大物なんだよ。与党幹事長だ、現役のね」
「政治家……」
「そう。わかるだろ? こうなると迂闊に事情聴取なんか出来ないんだよ。はっきりとした証拠
でもない限りは。相手は中学生だし、大物政治家の娘だしね」
「でも、そんなことは……」
「わかってる、関係ないよ。でもね、まだ怪しいというのがわかっただけで、状況証拠すらない
有り様なんだ」
「……」

美和子が腰を下ろすと、それを合図にように高木と千葉も椅子に座った。
自然と声が小さくなる。
みんな、顔を寄せて話した。

「それじゃあ私たちは……」
「取り敢えず、その三人を張るしかないだろうね。付かず離れず」
「その間、公安はさらに詰めるということね。確かにその子たちが犯人なら、どこかに九条検事
……第四の被害者を隠しているはずだから、行動を監視していれば……」

その時、デスクの内線が鳴った。
みんなビクリとしたが、美和子はすぐに受話器を持ち上げた。

「はい、捜査一課……あ、警部、佐藤です。……はい……はい……え?」

高木たちは息を飲んで美和子を見つめている。

「わかりました!」

美和子はそう一声吠えると、音を立てて受話器を置いた。

「目暮警部からだけど、彼らが本星かも知れないわよ」
「何か証拠でも?」
「ううん、そうじゃないけど、いないのよ、三人とも」
「いない?」

美和子は立ち上がりながら答えた。

「ええ、誰も。三人ともちょうど一ヶ月前から行方不明だそうよ。みんな実家が裕福で、表沙汰
にはしたくなかったらしくって、どうも警察に届けてなかったみたい。興信所に探してもらって
たって話」
「それじゃあ……」
「容疑濃厚ってことね。行くわよ、みんな」
「で、でもまずいんじゃあ……」
「いいのよ」

不安げな高木に美和子はウィンクした。

「私たちは連続誘拐事件の容疑者として捜査するんじゃないのよ。行方不明になった少年少女
たちを捜索するってことなんだから」

─────────────────

「憲彦、どお?」
「ええ、こっちの狙い通りですよ」

晶はネットを見ていた憲彦に顔を寄せ、ノートパソコンの液晶を覗き込んだ。
憲彦は、頬のあたりに晶の体温を感じつつ、マウスを使って説明した。

「2ちゃんに書いて以来、警備会社の株が上がりっぱなしですね」

少女たちが2ちゃんで脅迫状を公表したのは、言うなりにならない政府への牽制や罰という意味
もあるが、公にすることで株価操作することがメインだった。
2ちゃんへの書き込みをした次の朝には、政府は事件の概要をマスコミへ発表せざるを得なく
なった。
国民は一種パニックに陥り、学校や企業はもとより、個人の富裕層からもガードマンの要求が
殺到した。
それに伴い、思惑買いも混じって警備会社の株価が急騰したのである。

「いくら?」

「最大手の警備総合保障はストップ高で取引停止になっちゃいましたけど、現時点で2423
円ですね」
「ということは……」
「買った時が確か1400円くらいでしたから、一株あたり1000円くらいは」
「そお」

晶は満足そうに頷き、憲彦からマウスを奪うと自分で操作し始めた。

「他は、ええと……忠国警備は1701円か。んで、NSセキュリティが1584円、日本
ガードシステムが1397円ね」
「それぞれ買値の時と比べて500円以上は上がってますよ」
「ふうん。なら、トータルでどれくらいになる?」
「全部で、ですか?」

憲彦がウィンドウズの電卓を起動させて、ネット情報を見ながら計算を始めた。

「そうですね……粗利で1200〜1300万てところじゃないですか? ざっとですし手数料
も引いてませんけど」
「そう。でも手数料さっ引いたって1000万はかたいわよね」
「ああ、そりゃもう」
「そう。じゃあ売っちゃって」
「は?」

憲彦は、主である少女に怪訝な表情を向けた。

「売っちゃってって……、でもまだ上がりますよ。現に今日はストップ高なんですから」
「そうなんだろけどさ、もういいわ。今回は取り敢えずの活動資金が出来ればいいんだから」
「そうですけど」
「1000万あれば当面なんとかなるじゃないの。もうクルマだのモーターボートだの、高い
もんは買う予定ないんだからさ」
「はあ……」
「あとはいざという時の高飛び資金と、向こうでの生活費があればどうにでもなるわよ」
「わかりました」

憲彦はため息をつきながら従った。
晶という少女の思い切りの良さには毎度驚かされる。
今回だって、あと一週間も粘れば、さらに数百万の利益を生むかも知れないのだ。
なのに、そんなものには未練はないとばかりに斬り捨てる。
裕福な家に生まれたから、幼い頃からお金に困ったことがなく、そうした面ではあっさりして
いるのだろう。
かく言う憲彦たちだって似たようなものだが、ここまでの決断力はない。
これまでも、少女の行動力や決断力で救われたこと、事態が好転したことはいくらでもあった。
憲彦としては、これからも従うのみであった。

─────────────────

昨日、三人の少年たちに輪姦された玲子は、疲労の極に至り、そのまま気を失ってしまった。
彼女が憶えているのは二周目が終わったところであり、実際はそれぞれ三回ずつ犯されている。
どうしても「いく」と言わない玲子の強情さ、気丈さに呆れて、晶は途中退場してしまった。
その後も保たちは犯し続けたわけである。

翌日──つまり今日──の朝、無理矢理に起こされ、シャワーを浴びさせられた。
もちろん少年たちによる愛撫つきである。
それでも身体の汚れは落とせてさっぱりしたものの、どのみちこの後、また彼らの体液で汚され
るために洗ったようなものだ。
シャワーの後、監視付きの食事を終えると、両手首同士、両足首同士をベルトで縛られてベッド
に放置されていた。
今日もまたレイプされるのかと憂鬱な気分でいると、がちゃりとドアが開いた。

「はぁい、お待たせ。今日もばっちしやるわよ」

そう言って晶がにこやかに入ってきた。
その後ろからは、付き人のように三人の少年があれこれ持ち込んでいる。
玲子は気にもならなかった。
どうせまた口に出せぬほどに淫らなことを仕掛けるための道具に決まってるのだ。

それよりも情報収集だ。
彼女はもちろんここから脱出することを考えている。
先日は失敗したが、何度でもアタックするつもりだ。
こんなところで子供たちの支配を受けるわけにはいかない。
だがその前に、この子らは何なのか、なぜこんなことをしているのかを問い質したかった。

「ちょっと」
「なに、おねえさま」

玲子の切れるような視線を平然と受け流しながら、晶が答えた。

「なんのつもりなの」
「は?」
「目的よ。あなたふたつあるって言ったでしょう? ひとつは……」
「そう。おねえさまの、そのおいしそうな身体をこの子たちが欲しがったから」
「……」
「もうひとつはまだ言ってなかったわね」
「晶さん」

玲子と晶の会話に憲彦が割り込んできた。
神経質そうに眼鏡のフレームをいじりながら言う。

「……あんまり余計なことは言わない方が……」
「あら、どして?」
「どうしてって、そりゃ……。全部教える必要はないですし、この女、検事なんですから」
「いいじゃない別に、知りたいって言うんだから。どっちみち逃げられないんだし」

平然と言ってのける晶に、今度は保が眉を顰めて聞いた。

「じゃあ、九条検事も殺しちゃうんですか」
「そうね。どしよっかな」
「……」

玲子は冷静に彼らのやりとりを見守っている。
自分の処分について話されているのだが、そんなことよりもこの犯罪の真相の方が知りたかった。
晶は、そんな玲子の知的な美貌を大きな瞳で見つめている。

「ま、今んとこ殺すことはないかな。あんたたちだって、まだまだこの身体に未練あるんでしょ」
「もちろんですよ」
「じゃ殺さない」
「でも、それじゃあ……」
「いいのよ。あたしが話すって言ってるんだから。それともあんた、あたしに不平でもあるわけ」
「め、滅相もない」

晶に睨まれ、憲彦も保も首をすくめて恐れをなした。
それも玲子は興味深そうに観察する。
体格的には当然少年たちの方が優れているだろう。
なのに、この主人と召使いのような関係はどうだろう。
少年たちは晶とそれぞれ肉体関係にあるらしいことは、彼らの言動からも明らかだが、それだけ
だろうか。
何か弱みでも握られているものか。
晶は玲子を振り返り、にっこり笑って言った。

「じゃあ教えてあげる。あのね、例の連続誘拐殺人事件、知ってるよね」
「連続誘拐殺人事件?」
「知ってるはずだけど。おねえさま、それの担当検事さんなんでしょ?」
「!!」

玲子は今度こそ衝撃を受けた。
そんなことまで知っているとは思わなかったのだ。
何しろこの事件は、脅迫を受けた政府の他は、検察、警察のごく一部の人間しか知らないはず
なのだ。
しかも東京地検から玲子が担当していることまで知っている。

「ど、どうして……」
「知ってるのかって顔ね、うふふ」

晶は気持ちよさそうに頬を緩めた。
この冷徹な女検事の意表を突けたのが嬉しいのか、それともおとなの予想外のことをやってのけ
るのが楽しいのか。

「だってさ、あたしたちがその犯人なんだもん」
「あ、晶さん!」

さすがに少年たちが慌てた。
いくらなんでもそこまで話す必要はないのだ。
晶はそんな彼らを面倒くさそうに手であしらって言葉を続ける。

「おねえさまを拉致ったのだって偶然じゃないのよ」
「……冗談で言ってるんじゃないでしょうね」
「冗談だったらよかったのにね」
「……」

唖然としている玲子を尻目に、少女は言った。

「事件の現場で、偶然おねえさまを見かけたのよ。で、この子たちが、今度はあれにしましょう
って言うから」
「現場で……?」
「そうよ。第二の事件の被害者は、最初の事件現場の野次馬の中から適当に見繕ったの。第三
の事件も同じく二件めの現場の野次馬から選んだわ。で、今度はただ攫って殺すだけじゃつまん
ないってことで、誰か女にしようって話になったわけ」
「……」
「候補はふたりいたのよ。いつも現場にいた飛び切りの美女。調べたら、ひとりは警視庁の女
刑事さん。もうひとりがおねえさまだったわけね」

晶は髪をいじくりながら続ける。

「で、経歴を調べさせたら、おねえさまは検事さんだってわかったから。刑事と検事、どっちも
権力者の側だから正直どっちでもよかったし、この子たちもどっちでもいいって言うから。ま、
検事さんの方が偉そうだし、ならそっちがいいかなって、それだけの理由ね」

目を見開き、口まで開けて、唖然、呆然を体現している玲子を見て、晶はことさら満足そうに
うなずいた。
おとなを試すなら、こうでなくちゃいけないとばかりに笑う。
呆気にとられていた玲子はようやく気を取り直し、晶に食ってかかった。
まだ動揺が取れないのか口がどもる。

「ど、どうしてそんな大それたことを……」
「大それたって? 検事さんを攫ったこと? それとも誘拐殺人の方?」
「りょ、両方に決まってるわ!」

青筋立てそうな検事を見て、晶はクスクス笑う。

「おねえさま、あんまり怒らないでよ。皺が増えるわよ」
「ふざけないで!」
「おお、怖」

晶は肩をすくめた。
無論、からかっているのである。

「いいわよ、言うわよ。ひとつはもちろんお金が欲しかったからよね」

少女は少年たちの方を見てそう言うと、彼らはもっともだという風に頷いた。
営利誘拐なのだから当然だろうが、玲子にはわからなかった。

「お金って……。あなたたち、普通の人よりもずっと収入が多いはずでしょ? なのに……」
「あら、お金なんていくらあっても困らないもの。それに今の状況がずっと続く保証もないし
ね。稼げる時に稼いでおかなきゃ」

少女たちは笑ったが、玲子には理解不能である。
その稼げる機会を、こうしたバカな行為で台無しにしているのではないか。
そう言うと、晶は「もっと楽に稼げる方がいいもの」と、あっさり言ってのけ、大人の女性を
怯ませた。

「そ、それにしたって、なぜ誘拐や殺人なのよ」
「あ、それ? それはね、賭をしたのよ、この子たちと」
「賭……ですって?」
「うん。どこの馬の骨ともわからないやつを営利目的で攫っても、身代金は取れるかどうかっ
てね」
「……」
「金額が金額だからさ、攫った相手の家族じゃ大変よね。だから国にしたわけ」
「国って……」

玲子にはとても想像できぬ答えばかりが返ってきて、呆気にとられてしまう。
個人を誘拐して政府を脅迫するなど、普通では思いつかないだろう。
国家公務員でもある美女は反論した。

「だってあなた、一般人を攫って国を脅迫して、それで身代金が取れると本気で思ってるの!?」
「思ってるわよ」

あっさりと晶が切り返した。

「もっとも、そこが賭の元。あたしは、もしかしたら払うかも知んないと思ってるけど、この子
たちは……」
「払うわけないっすよ。どこの国に、ホームレスの身代金支払う政府があるんすか」
「……ってな具合ね。払わないって方に賭けたわけ。それなら、どっちが正しいか、実際に試して
みましょう、と」
「……」

呆れて物が言えなかった。
それこそ、どこの世界にそんな下らない理由で人を攫い、しかも殺すなんて話があるのか。
おまけにこの子たちは完全にゲーム感覚である。
カネを取ることが目的というよりは、ギャンブルとして遊んでいるのだ。
正義感を拠り所にする切れ者検事の怒りがメラメラと燃え始める。

「あ、あなたたち……」
「ね、おねえさまはどっちだと思う? やっぱ払わないかな?」
「当たり前でしょう! 国家がそんな恐喝に屈するとでも思ってるの!?」
「あらら、やっぱおねえさまも親方日の丸的な思考するのねえ」

晶は両手を拡げて、わざと呆れたような口調で言った。

「だってさ、日本て民主国家なんでしょう? 少なくともあたしの親父はそう言ってるし」

晶の父親は、政府与党の幹事長をやっている大物政治家であることは、玲子も知っている。

「そ、それはそうだけど、それとこれとは無関係じゃないの。たったひとりの命のために……」
「あらら、そんなこと言うの。いいこと、民主主義ってのは、その「たったひとりの」国民の
生命財産を守るために国家の全力を傾けることなんじゃないの?」
「……」
「それとも、国家を守るためなら、国民は犠牲になるべきなのかしら? それって社会主義じゃ
ない? あ、国家主義っていうのかな?」

そんなことくらい中学生の少女に言われなくとも、検事の玲子にはわかっている。
同時に、それはあくまで建前であることも理解しているのだ。

「ま、そういうわけでね。親父の鼻を明かしてやろうって意味もあったしさ」
晶は垂らした髪をさっと手で払ってそう言った。

─────────────────

蘭とコナンは、妃法律事務所に来ていた。
別居中の母親の仕事場だ。
父親の小五郎が手の掛かる男だけに、蘭はそっちに住んでいるわけだが、こうして母の元を訪れ
ることも少なくない。
その母は父と電話中である。

「うん……うん……。あ、やっぱりそうなの。じゃあ……確実? ふうん……。わかったわ、
ありがとう。え? ……そうね、連絡するべき……でしょうね。いいわ、私がするから。うん、
そしたらまた電話するわ。じゃあ」
「どうだった?」

蘭が勢い込んで尋ねた。

「ズバリ、みたいね」

英理がニッコリする。
そして感心したようにコナンを見つめた。

「コナン君の推測通り。やっぱりいくつかの探偵社や興信所にそれぞれの被害者の調査依頼を
出していたそうよ」
「やっぱり……」
「一社につきひとりずつね。これが九条さんだけとか、せいぜいふたりくらいであれば偶然で
済ませることも出来ないでもないけど、見事に四人全員が調査されていたとなると、これは
いよいよ無視できなくなってきたわね」

英理の瞳がキラリと光った。
コナンが手を顎にやって訊いた。

「それで犯人……じゃない、依頼者はどんな感じの人なの?」
「身長170くらいのがっちりしたスポーツマンタイプの男性だそうよ。大きなサングラスと
マスクをかけていて人相はよくわからなかったみたいだけど、若そうだったって」
「若い?」
「うん。カツラをつけていたようにも見えたって証言もあるみたいね。大人びていたけど、大学
生がいいところだそうよ。ヘタをすれば高校生くらいかも知れないって」
「高校生か……」

この情報を警視庁たちに流せば、美和子たちは容疑者たちがホンボシだという確信を得ることに
なるだろう。
英理たちは無論まだ知らないが、美和子たちが目を付けた容疑者は中学生なのだ。

英理は少し考えて受話器を上げ、
「やっぱり、あの人に連絡してもらいましょうか」
と言った。

英理が警察に情報提供しても問題はないのだが、小五郎にその功を譲るつもりらしい。
もとはと言えばコナンの思いつきを小五郎が実行したのだし、弁護士からの情報提供というのも
おかしな話だ。
それよりはもと同僚の探偵からのネタの方が受け入れやすいだろう。
何より、これによって小五郎の名がまた売れることとなり、事務所の経営にも影響するはずである。
蘭は母の提案を笑顔で受け入れた。



      戻る   作品トップへ  第五話へ  第七話へ