栃木県、塩原温泉郷。
美和子と高木は非番と有給を組み合わせて、この「日本四大美人の湯」のひとつに
二泊三日の旅行に出かけていた。
ふたりが同時に休むということで一課内がざわつき、噂が飛び、高木たちも散々
からかわれたが、何とか乗り切って出かけてきた。
否定してきたとはいえ、これで同僚にも知れてしまったかも知れない。
美和子に好感を持つ男性刑事は多いし(というより、ほぼ全員が好いている)、
そういった懸念を掛けられるのは致し方ないであろう。
特に白鳥警部補などはかなり驚き、ショックだったようである。

とはいうものの、黙って職場を空けるわけにもいかない。
もし何かあれば呼び出されることもあるが、ふたりがいないでも何とかなると判断
された場合は、残った彼らに迷惑を掛けることになるのだ。
上司の目暮警部にはそれとなく伝えておいたし、承知してくれている。
目暮は目暮なりに美和子を心配しており、頼りになる男性が出来たのであれば、
それに超したことはないと思っている。
それが高木というのはいささか頼りないが、恋人同士ともなれば、彼にも仕事面でも
自覚が出てくるのではないかという期待もしていた。
もちろん相談を受けた目暮は、他の刑事たちには黙っていたものの、やはりどうし
ても勘ぐられてしまうのはやむを得ないだろう。

本来は美和子たちも、デートで出かけるにしても日を跨ぐことは出来るだけ避けた
かったのだ。
一日であれば、例え休みが重なったとて、そう不思議には思われない。
しかし連休となると、さすがに「何かあるのでは」と思われてしまう。
だが今回は、レスリーの勧めもあって二泊することになったのだった。
そもそも、彼氏を誘って温泉にでも行きなさいと言ったのはレスリーなのだ。

美和子はレスリーに、対症療法的な「治療」は施しているものの、これは根本的な
解決にはならないと言われていた。
症状は抑えられるが、完治はしないと。
ではどうすればいいのかと問うと、医師は意外なことを言った。
恋人としっかりとした関係を持ちなさいと言われたのである。
よく考えれば意外でも何でもない。当たり前のことである。
そもそも、高木が性的に美和子を充分に満足させていれば、こうはなっていない。

とはいえ、それを高木のせいにするのは酷であると美和子は思っていた。
美和子が受けた調教や、繰り返し仕掛けられた激しすぎるセックスの方が異常だっ
たのであって、高木のそれは至ってノーマルだと思う。
そう考えると、美和子は逆に落ち込んでしまう。
そうなら、自分が性的な欲望が強すぎる、好色に過ぎるということになってしまう
からだ。

だがそれは半ば当たっている。
いかに仕掛けられたこととはいえ、美和子の肉体が並のセックスでは満足出来ない
ように開発されてしまったのだ。
美和子としては、変態的なセックスには嫌悪感を覚えるし、それをおぞましい、
浅ましいと感じている。
しかし、そう思う心と性に渇望する肉体は別物であって、どうしても男を求めて
しまう。
この二律背反は大きかった。

レスリーの「治療」やカウンセリングは効果的で、一時的とはいえ、美和子は欲望
を鎮めることが出来た。
「治療」を受けるとウソみたいに欲望が霧消し、医師の話を聞いていると「自分は
特殊ではないのだ」と安心も出来た。
しかし彼の言う通り、これでは根本的解決にはならないのだろう。
そして医師の提示してきた手法というのも理解出来る。
美和子に貞操観念がなく、身体の火照りを鎮めてくれるなら誰でも良いという女なら
話は別だが、彼女にはとてもそんなことは出来なかった。
であるならば、やはりすべてを許し合った恋人──つまり高木に何とかしてもらう
しかないのだった。

医師は「取り敢えず温泉でリラックスし、あなたの方からムードを作って恋人に
抱いてもらいなさい」と言っていた。
その上で満足にはほど遠いのであれば、その時はまた考えましょう、と。
それなら一泊でもいいし、なぜ二泊になるのかわからなかったが、美和子はレスリ
ーの提案通りに日程を決めた。
もしかすると、二日目の朝にでも電話してくるのかも知れない。
そこで美和子の話を聞いて、その夜の対処方をアドバイスするつもりなのだろうか。
いずれにしても「ありがたい」と美和子は思っていた。
こんな恥ずかしいことを他人に──医師とはいえ男性に相談するのはかなり気が
引けたのだが、思い切って診療を受けてよかったと思っていた。
ここまで親身になってくれるとは思いもしなかったのである。
一緒にカウンセリングを受けている蘭も順調に回復しているようだし、レスリーに
対しては感謝の念しかなかった。

美和子は言われた通り、自分から誘うようにして高木と寝た。
食事の時から、浴衣や丹前の前を少しはだけるようしてみた。
高木はそのことに気づいたのか、ちらちらと美和子の胸の辺りを盗み見ていた。
美和子はまるで自分が痴女にでもなったような恥ずかしさがあったが、酒を飲むこと
で何とかそれを誤魔化した。
そして食後の入浴では、貸し切り状態の露天風呂に一緒に入ってもみた。
混浴だったのである。
それなりに大きな宿だったが、時間帯がよかったのか、他に人はいなかった。
美和子は身体を隠すように使っていたタオルを時折ずらすようにして、高木の目に
肌を晒していた。
さすがに高木も美和子が誘っているのがわかるらしく、「先に上がります」と言っ
て部屋に戻っていってしまった。
その時、ちらりと見えた彼の男根は勃起していたように思えた。

そして美和子が部屋に帰ると、高木はいきなり電気を消し、敷いてあった布団に
美和子を押し倒したのだった。
美和子は少し驚いたが、取り敢えずは成功したようだ。
今まで高木と寝ることがあっても、こんな風に彼の方が美和子を強引に押し倒す
ようなことは皆無だったのだ。
美和子の方が苦笑しながら、あるいは照れながら誘う方が多かった。
大抵は、美和子が高木にキスを求め、それから徐々に盛り上がっていくというパタ
ーンである。
それが、彼の方から積極的に美和子を求める行動をとったのだから、それだけでも
レスリーの提案には価値があったと言えるだろう。

「す、すみません、佐藤さん。乱暴なことをして……」

ここまできて謝るというのが、いかにも高木らしかった。
微笑ましくなった美和子は、のしかかってきている高木にそっと口づけした。
彼もそれに応え、美和子を強く抱擁しつつ、キスを返していく。

「ん……んむ……」

強く口を押し当ててはいるが、それだけの接吻だった。
美和子は口を半開きにして待ち構えているというのに、高木は申し訳程度におずおず
と舌先を入れてくるだけだ。
それでも美和子はそれを優しく受け止め、自分からその舌を吸っていく。
高校生のように稚拙なキスだったが、ほんのりと暖かい。
うっとりとしてきた美和子は、覆い被さる高木の背に手を回し、しっかりと抱きし
めた。
咥内を貪るような激しい口づけが欲しいところだが、今の高木ではまだ無理だろう。
口を離した高木が小さく「あ」と言って、横たわる恋人から身を離す。

「どうしたの?」
「あ、いやその……、す、少し待ってください」
「?」

不審に思った美和子だったが、すぐに納得した。
高木は座ったまま美和子に背を向け、身を屈めている。
どうやらコンドームを装着しているらしかった。
事前に準備していないとか、婚前にゴム無しのまましようとは思っていないとか、
慎重というより臆病なところも彼らしい。
美和子はわざと拗ねたように言った。

「……いいのよ、高木くん。別にそれなしでも……」
「そんなわけにはいきませんよ。これくらいは男の側の最低限のマナーです」

高木には高木の考え方がある。
間違っても美和子を妊娠させるわけにはいかないのだった。
獣欲に押されたまま美和子を抱き、結果として孕ませてしまったら申し訳が立た
ない。
結婚前で産ませるわけにもいかないし、もちろん堕胎など論外である。
結婚したら子供は欲しいが、まだ美和子とはそんな話もしていない。
そもそも彼女にはまだ刑事としての未練もあるだろう。
もしかしたら、高木と結婚しても辞めるとは言わないかも知れない。
「親子刑事」ならぬ「夫婦刑事」になってしまう。
フィクションでなら面白いだろうが、現実では笑い話にもならないだろう。
その辺りの話し合いをきちんとしてからでないと、高木には無分別に美和子に欲望
をぶつける気にはならなかったのである。
ようやく装着を終えた高木が、再び美和子に迫っていく。

「佐藤さん……」
「高木くん……」

高木は美和子の胸に顔を埋めるようにして抱きしめていく。
美和子も優しく包み込むようにして、彼を胸に抱き寄せた。恐る恐る伸びてくる
舌が、よく膨らんだ乳房を舐めていく。
それが乳首を掠るようしてして這ってくると、美和子はぐっと首を反らせて喘いだ。

「ああ、高木くん……」
「佐藤さんっ……」
「いいのよ『美和子』って呼び捨てにして」
「は、はい、でも……」
「美和子って呼んで」
「努力します……」

まだ彼には遠慮がある。
年上であり、職場でも先輩であり、もしかしたらセックスに於いても高木より
先達であるかも知れない。
そうした懸念が彼を下手に出させている。
恋人に対する呼称もそれからくるのだろう。
彼が心身ともに自信を持ち、美和子を恋人だと名言できるようになった時こそ、
彼女の希望通り名前で呼べるようになるのだ。
高木はひとしきり美和子の乳房を愛撫し、首筋に吸い付いた後、ごそごそと己の
股間をまさぐった。
入れようとしているらしい。
美和子にとってはまったく前戯が不足ではあったが、高木の方は彼女の誘惑もあって
もう興奮の極にきているのかも知れなかった。

「いきます……」
「……いいわ、来て」

高木は美和子を見もしないで、ペニスをそこに入れようとしている。
それでも挿入できるほどに、彼の女性経験は豊富ではないし、まして美和子とのま
ぐわいは、まだ数えるほどしかない。
それなのに美和子の性器には触れようとせず、自分のペニスをつまんでそこを探し
ていた。

「……」

美和子は手を伸ばし、高木のぴくぴくと震えて勃起しているペニスを掴んで、自分
の秘所へと導いてやった。
実のところ、彼とセックスした時のほとんどはそうしているのだ。
そうやってようやく膣口に肉棒の先端が当てられると、高木はホッとしたように
腰を落としていく。
愛撫は物足りなかったが、愛する高木との行為による精神的な充足で、美和子の
そこは充分に潤っている。
ペニスが当てられただけで愛液が零れてきた。

「んっ……高木くんのが当たってる……。わかる?」
「わかります……。ああ、佐藤さんのが……」

膣口に亀頭がぬっと入り込むと、高木は美和子の上半身を抱きしめてグッと腰を
落とした。
硬くなったペニスがずるっと美和子の中に埋め込まれていく。

「佐藤さん、愛しています……」
「わ、私も……。好きよ、高木くん……んんっ、入ってくるわ……ああ……」
「あっ……うっ……」

高木が腰を送ると、美和子の膣は難なく男根を飲み込んでいく。
ペニスは美和子の媚肉を押し広げて膣内へと挿入されていった。
美和子はそれを受け入れ、長い脚を高木の腰に絡ませていく。
高木は自分の腰を美和子の腰に密着させ、完全に肉棒を埋没させた。

「んうっ……は、入った、わ……」
「ええ……、全部入りました、佐藤さんの中に……」

恋人たちはそこでまた軽く口づけを交わした。
小鳥が餌をついばむように、ちょんちょんと唇を接するだけのものだったが、充分
にふたりの官能を引き出していく。
高木は、美和子の膣からくる快感に小さく呻きながら腰を揺すっていく。
ずっ、ずっと膣内を動き始めたペニスを感じ、美和子も呻きだした。

「あっ……あんっ……あっ……い、いいわ、高木くん、その調子……ああっ……」

高木の腰の動きに合わせ、すらりとした裸身をうねらせながら彼の愛と快楽を受け
止めていく。
彼の動きはぎこちなく不慣れではあったが、それだけに不意に快感ポイントへ入って
くることがあり、それが新鮮な快楽を呼び起こした。

「あ、いい……んん……あ、ああ……」
「くっ、佐藤さんっ……、締まる、もう締まってきますよ、佐藤さんの……」
「あ、まだ……まだ頑張って高木くんっ……ああ……」

高木の動きが、以前直進運動なのに焦れたのか、美和子は自分から円運動をさせて
腰を回転させていった。
そうすることで快感を高めようとしているわけだが、それは高木にとっても当然
快感となる。
膣の圧力が強まって、思わず高木も呻き声を上げてしまう。
それに気づくと、美和子は腰の動きを弱めていく。
長引かせたいのだ。
抜き差しが甘くなってくると、美和子は回転させていた腰を引き、前後運動に切り
替える。
高木が腰を引くと自分も布団に尻をつけるようにして引き、突いてくると今度は
高木に腰を押しつけていく。
そうやって深さと摩擦感を得ているのだった。

「ああ、いい……高木くん、いいっ……」

美和子の痴態や媚声を聞くにつけ、高木の男根にもぐぐっと力が籠もる。
亀頭は膨らみ、それが膣内を擦ると美和子は大きく喘いだ。
つられるようにして腰をうねらせ、動きが大きくなり、比例して美和子の快感も
大きくなってくる。
美和子の動きに促されたのか、高木の動きも積極的になっていく。
美和子の腰を掴み、ぐいっと奥まで抉ってみると、美和子は大きく仰け反って
よがった。

「あうっ、そうっ……そうよ、高木くん、そこっ……あっ……も、もっと奥まで
……ああっ……」

極薄のゴムに被われたペニスは、美和子のまだ初々しい色をした膣内を擦り、ピス
トン運動を繰り返している。
もともと濡れやすい美和子の膣からは、次々に蜜が溢れ、ふたりの腰をべたべたに
するくらいに汚していた。

「あ、ううんっ……いい……いいわ……あっ、そうよ……つ、突いてもっと……」
「くっ、佐藤さんっ……」

高木は必死になって美和子の胎内を突き上げていく。
美和子のそこは奥深く、どこまでも続いているような感じがした。
全部埋め込んでも、とても最奥にまでは届きそうにない。
だが締め付けは充分で、さっきから高木の精を絞り取ろうと盛んに収縮していた。
子宮までは来ないものの、敏感になっている膣襞をあちこちペニスが突っつき回し、
美和子もかなりの快感を得ていた。

「あっ、あっ、ああっ……んんっ……も、もっと深く……奥まで突いてっ……」
「佐藤さんっ、こうですかっ……うっ……」

まだ届いてはいないが、これが彼の限界なのだろう。
彼女は快楽を感じてはいるが、そう考えられる余裕を持っている。
過去に、性の限界かと思えるほどの快感を強制的に与えられ、死ぬほどの愉悦を
味わわされてきたのだ。
この程度のセックスでは、己を見失うほどにはならない。
感じてはいながらも、高木を観察し、自分の肉体を冷静に使うことが出来た。
一方の高木の方は懸命に腰を使って美和子を攻撃していたが、そのうち恍惚とした
表情となってきている。
もう忘我になっているのだ。
美和子は気を逸らす意味で言った。

「高木くん、胸も……おっぱいも可愛がって……」
「は、はい」

童貞の高校生のように腰を振ることばかりに執心していた高木は、言われて気づいた
ように乳房に手を伸ばした。
腰を振りつつ、両手で美和子の形良く熟れた乳房を揉んでいく。
「ああ……」

高木の優しい愛撫が胸全体に広がり、じわじわとした甘い快感が込み上げてくる。
撫でるように、揉みほぐすようにして柔らかい乳房を揉み上げられ、美和子はその
心地よさに喜悦の声を放つ。

「いいっ……、ああ、もっと……もっと強くしていいのよ……ああっ……」

そう言っても高木は相変わらず柔らかく揉んでいる、
壊れ物でも扱うかのようにそろそろと揉み、唇を這わせ、乳首を吸った。
その間も腰は振っているのだが、どうしても胸の愛撫に気を取られ、突き込みが浅く
甘くなっている。
美和子は高木の腰に手を回し、引きつけるようにして腰をくっつけていった。
さすがに彼にもわかったのか、胸への愛撫を中断させて腰を振っていった。
同時には出来ないらしい。

「ああ、あうっ……もっと、もっとよ、ああっ……突いて……あっ……」
「さ、とうさんっ……もうっ……」
「あ、まだ……まだ我慢してっ……いいっ……」

高木はさっきよりはずっと強く打ち込むようになっている。
突くたびに美和子の乳房がゆさゆさと揺れていた。
濡れそぼった媚肉に男根を突き立て、美和子の尻を抱え込むようにして打ち込んで
いく。

「ああ、いい……高木くんっ……」
「佐藤さんっ、僕も気持ちいいですよ……あっ……佐藤さんの中、きつくて……」

高木はもはや、牡の本能で美和子を抱いている感がするが、美和子の方はまだとても
そこまではいかない。
感じてはいるものの落ち着いており、高木をより高見に上げようとし、自分もさら
なる快楽を求めようとしていた。
当然のように高木の方が先に屈した。

「佐藤さんっ、す、すみません、僕もうっ……」
「あ……、いきたいの? じゃ、じゃあ私も……」

ふたりは互いの絶頂に合わせるために動きを同調させ、腰を律動させていく。
高木のペニスが美和子の膣を繰り返し貫き、突き込んだ。
浅いながらも連続的に快楽を与えられている美和子の膣は、ペニスが抜き差しされる
ごとに愛液を分泌させ、淫らな水音を響かせる。

「高木くんっ、もっと突いてっ……そう、そうよっ……」
「くっ、佐藤さんのここ、きつい……うあっ……」
「あ、もうちょっと……もうちょっと頑張ってっ……でないと私……あっ……」
「だ、だめだ我慢できないっ……ううっ……」

高木は数度がしがしと強く腰を振り、美和子の腰に押しつけるようにして大きく身体
を跳ねさせた。

「ああ……!」

その瞬間、高木の腰がぶるぶるっと震えた。

「あ……」

美和子の内部には当然何も感じなかった。
胎内ではなくコンドームの中への射精なのだから当然だろう。
薄いゴムとはいえ、美和子にはほとんど高木の射精を感じ取ることが出来なかった。

(もう出ちゃった……の……? これで終わり?)

高木は美和子に覆い被さり、ぐっと彼女を抱きしめつつ、なおも腰を揺すっている。
ゴムをつけているにも関わらず男の本能がそうさせるのか、精液の最後の一滴まで
女体に注ぐべく動いているのかも知れない。
細かく何度も腰を突き上げ、快楽の頂点を超えると、高木はそのまま美和子の上に
倒れ込んできた。
量感たっぷりの乳房を潰している高木の胸は、どきどきと鼓動を美和子に伝えていた。
しばらくそうして抱き合い、余韻を味わっていた高木は、ぬるっと美和子の中から
肉棒を抜いた。
コンドームを被ったペニスは、もうすっかり萎えていた。
高木はそれを美和子の目に付かぬように始末し、彼女の横にまた滑り込んだ。
またしてくるのかと思い、美和子は潤んだ瞳で彼を見ながら艶めいた声で言った。

「高木くん……」
「佐藤さん、よかったですか……?」
「……ええ、よかったわ。高木くんは?」
「もちろん僕もよかったです……。愛してます、佐藤さん……」

そう言うと高木は美和子にキスをした。
唇をごく軽く重ねるだけのものだ。性愛というよりは親近感を示すようなそれだった。
美和子はそっと高木の身体に手を伸ばした。
左手で彼の胸を撫で、右手は彼の腰へ持っていく。
さすがにペニスに触れるまでは出来なかったが、その仕草だけでも美和子が二回戦を
望んでいることをわかって欲しかった。
しかし高木はにっこりを笑みを浮かべると美和子を抱きしめ「おやすみなさい」と
言って年上の恋人を置き去りにして、そのまま目を閉じてしまった。

(やっぱりだめね……)

美和子は悄然とした。
もっと長く絡み合って満足させて欲しかった。
深くまで抉って、中をかき回して欲しかった。
美和子の方が「もう許して」と乞うほどに、責め抜いて欲しかった。

(物足りない……)

この時はじめて、美和子は高木に対しても物足りなさを感じていた。
高木は確かに、性的に淡泊なのかも知れない。
性格的にも執着のないさっぱりした質だから、セックスの上でもそうらしい。
加えて、美和子に対する遠慮も当然あるだろう。

ただ、彼の性交が世間的にいかにも不足だとまでは思えない。
多少の違いはあれ、平均的にはこんなものなのかも知れなかった。
それまで美和子が体験してきたことこそが異常だったのだ。
それを基準に考えてしまうのは、彼に対して申し訳ないし、失礼でもある。
そうは思うのだが、その濃厚なセックスに馴らされてしまい、順応させられてしまっ
た美和子の肉体は、どうにも収まりがつかなくなっていた。
このままいらついてしまっては、明日また高木につらく当たってしまいそうな気さえ
した。

「……」

寝付きの良い高木は、もう寝息を立てている。美和子はその寝顔を見ながら半身を
起こした。
そっと自分の乳房に触れてみる。

「んっ……」

乳首が少し硬くなってきている。
乳房自体も火照って、弾力を増していた。
まさに「これから」の状態になってしまっている。
このまま放っておかれてはたまらなかった。
とはいえ、恋人が寝ている横で自慰をするわけにもいかない。
恥ずかしいし、何だか惨めに思えてしまう。
美和子はため息をついて俯き、そして立ち上がった。
全裸の身体にショーツとブラジャーだけ身に纏う。
その上にホテル備え付けの浴衣を着、さらに丹前を羽織った。
美和子が部屋を出る時、高木は安らかな寝息を立てて夢の中にいた。

────────────────────

美和子は一階のバーにいた。
このままでは眠れないと、少し飲みに来たのだ。
深夜一時で閉店らしく、客は美和子の他にいなかった。
カウンターに陣取った彼女は、ロックでスコッチを飲んでいる。
美和子は飲めないクチではなかったが、こうした飲み方は珍しい。
洋酒を飲むならせいぜいが水割りである。
そもそもひとりで飲むこと自体、ほとんどなかったのだ。

白髪のバーテンはカウンターの奥に座って新聞を眺めている。
美和子がお代わりを注文する時以外、顔を出さなかった。
それも美和子には有り難かった。
この気持ちでは、バーテン相手に軽いおしゃべりなどとてもする気にはなれない。
美和子は三杯目のグラスを空けようとした時だった。

「失礼。ここ、よろしいですか?」
「え……?」

突然に声を掛けられ、美和子は少し酔った顔で後ろを見た。
そして、そこに立っていた男を見て驚いた。

「あ……。レスリー先生……?」
「やあ」

美和子が見上げると、そこには見慣れた温顔があった。
レスリーである。
剛胆なはずの女刑事もかなり驚き、動揺した。

「……座っていいですか」
「あ、すみません! どうぞ……」
「失礼……、あ、それともあっちへ行きますか」

医師はそう言って奥まったボックス席を指差した。
バーテンにボトルと氷、アイスウォーターを注文すると、美和子を伴って席を移動
する。
老バーテンは閉店時刻まであと一時間とだけ告げ「ごゆっくり」と言ってカウンタ
ーへ下がっていった。
美和子はレスリーの水割りを作りながら尋ねた。

「びっくりしましたよ、先生。まさかここにいるなんて……。はい、どうぞ」
「ありがとう。いや、驚かすつもりはなかったんですがね。いただきます」

レスリーはそう言って水割りを口にした。
喉が渇いていたのか、作った水割りが薄かったのか、医師は一気に半分ほど飲み干
した。

「それにしても……、先生どうしてここに?」

美和子も自分のグラスに薄い水割りを作って口をつけた。
確かに、旅行へ行くことを勧められ、この温泉地に行くことは言っておいた。
もしかすると診療の際にこの旅館に泊まることも言ったのかも知れない。
しかし、まさか来ているとは思わなかった。

「いやあ、僕だってたまには温泉くらい行きますよ。日本の温泉は大好きです。
こないだ佐藤さんがここへ来ると聞いたので、それならと思って」
「え、それじゃもしかして私に会うために……?」
「いえいえ、そんなことしたら彼氏に申し訳ないですよ。いかに医師と患者の関係
とはいえ、あなたに会うために来たなんて知られたら……」
「そうですよね」
「ええ。ただ、もしかしたら会えるかも知れないとは思いましたけどね」
「……」

美和子は黙ってグラスを干した。
医師が自分に恋愛感情を持っているとは思えない。
思いたくなかった。
レスリーのカウンセリングは親身そのものだったし、そうした邪な考えがあった
とは思えなかった。
レスリーは少し言いにくそうに言った。

「何て言うか、その……、どうだったかな、と思いまして」
「どうだった、とは?」
「ですから、恋人との、その……」
「……」

顔を伏せた美和子にレスリーは言った。

「まさか今晩のうちに会うとは思いませんでしたけども、明日の朝にでもあなたに
電話を入れて聞いてみようとは思っていたんですよ。私も自分のプランがうまく
いったかどうか気になりますし、あなたのこともね……」
「……」
「……失礼ながら、そのご様子ですと、あまりうまくはいかなかったようですね
……」
「……はい」

美和子は思いの外、素直にそう認めていた。
相手が信頼している医師であることに加え、やはりアルコールが入っていることも
大きかったのだろう。
それを見越してか、レスリーは美和子のグラスに、また新しく水割りを作る。
さっきよりはずいぶんと濃いめで、ウィスキーと水が半々くらいだ。
美和子はそれを口にし、ぐっと半分まで空けた。
そしてレスリーが問うままに、ぽつりぽつりと今夜の出来事を話し始める。
聞き終えた医師は、腕組みをしてため息をついて見せた。

「……それは困りましたね。うまくいくと思ったんですが……」
「……うまくはいっていたと思います。先生のおっしゃる通り、高木くん……彼は
私を押し倒したんですから。今までにはなかったことです」
「ほう」
「でも……」
「……その後のセックスそのものに、あなたは満足出来なかった。そうですね?」

美和子は黙って頷いた。
レスリーの前で誤魔化しても仕方がなかった。
医師は美和子を気遣いながら言った。

「でもまあ、こうしたことは多かれ少なかれどこのカップルにでもあることです
からね」
「はあ……」
「離婚の原因でも「性の不一致」はかなり上位だったでしょう? バカにならない
ですよ」
「でもそういうのは……、大抵、男性の側が強すぎて女性がついていけないとか、
そういうのじゃないですか? でも私の場合は……」
「いやいや、そんなことはありませんよ」

自己嫌悪の表情を浮かべた美和子に、レスリーは大げさに手を振って答えた。

「これは男女どちらにもあり得ます。よほどマニアック、フェティックなことを
強いたり、強引にレイプするのであれば別ですが、そうでなければ一概に強い方が
悪いわけではありませんよ。そりゃあ男女ともに淡泊、逆に貪欲な同士であれば
万々歳でしょうが、なかなかそうはいきませんし」
「……」
「よく俗説で、女性にはあまり性欲はないなんて言ったりしますが、とんでもない
話です。そんなことはないんです。女性だって性欲を感じて当たり前ですし、そう
でなければ世の中強姦だらけですよ。夫婦間でも強引な性交は強姦なわけですから」
「そうですね……」
「今まで人類が滅んでいないのですから、女性の側にも性欲があって男性を受け
入れていたということです。それにね、誰だって「自分は異常性欲なのではないか」
とか、逆に「冷感症、不感症ではないか」あるいは「生殖能力がないのではないか」
って悩むものです。とりわけ気にすることはありません」
「そうでしょうか……」
「そうですよ。主治医として保証したっていいくらいです。佐藤さんは、そういう
ものではありません」

きっぱりと言ってもらって美和子は少し安心した。
くいと水割りを飲み干す。
だいぶ進んでいる気がするが、あまり酔った気はしない。
また水割りを医師が作ってくれる。
濃いめだが気にならなかった。
美和子の様子を見て、医師がざっくばらんに言った。

「佐藤さん、「義務と演技」ってテレビドラマがあったのご存じですか?」
「は……? いいえ、知りません。私、仕事があって、あんまりテレビとか見てない
ものですから」
「そうでしたね。もう10年くらい前のドラマだったと思うんですが、原作が小説
だったかな。確か映画にもなったはずです」
「はあ、それが……?」
「どういうドラマかというとですね、夫は妻を喜ばせるために「義務」的に妻と
セックスしている、妻の方も夫を喜ばせるために感じている「演技」をしている、
という身も蓋もない話なんですがね」

身につまされる、というより、美和子はかなりどきりとした。
自分たちもそうなのではないだろうか。
美和子は純粋に高木が「欲しい」と思っている。
無論、愛しているからだが、自分の肉欲のせいもある。
最近はそのことが否定しにくくなっていた。
だが、今の医師の話でもわかったが、それは特段異常な話ではない。

だが高木はどうだろうか。
刑事としての仕事が忙しく、たまの休みの時などは疲れてぐったりしているのでは
なかろうか。
そこに美和子が物欲しげな顔(をしているつもりはないが、もしかしたらそういう
表情になっていたかも知れぬ)を見て、それこそ「義務感」で彼女を抱いている、
ということはないだろうか。
そう考えると美和子は不安になってくる。
自分には女性的、もっと言えば性的魅力に欠けるのではないのか。
幾多の凌辱者たちに犯された美和子は、彼らから口々にその素晴らしく豊潤な肉体や
極めて鋭敏な性感を称えられてきた。
だから、そんなことで褒められてもちっとも嬉しくない。
しかしそれが恋人なら話は別である。
もし高木がそう言ってくれたら素直に嬉しいと思う。
彼は美和子を「綺麗だ」とは言うが、「色っぽい」とか、そういうことは言わない。
もしかしたらそう思ってくれているかも知れないが、あまりに浅ましい下賤な見方
だとして口にしない可能性もある。
同衾している時くらい、そう言ってくれていいのだが、ついぞ彼からはそうした
言葉は聞けなかった。

恋人同士なのだから「デートの時には抱かないと」と、そうした義務感から美和子
を抱いていたのではないのだろうか。
そして美和子の方はといえば、今回の件でも明かな通り、はっきり言って高木の
セックスには不満点が多い。
それは美和子の側の経験があまり異常かつ激烈だったせいで、彼女が肉体的に急成長
してしまったせいでもある。
年齢相応以上に、美和子の身体は成熟しきってしまった。
高木はそれに追いついていないのである。

とはいえ、高木の気持ちは嬉しいから、彼に抱かれればそれなりに快感はある。
何より精神的充足感が大きかった。
いかに肉体的に絶頂を極めさせられようとも、過去には感じたことのない満足感
だった。
しかし、それとは裏腹に肉体的には決して満足できていないのも事実だった。
だからといって、それを高木に言えるわけもなかった。
高木に限らないが、男性は得てして自分のセックスにケチをつけられたくはない
だろう。
高木は性交に自信があるタイプではないだろうが、それでも美和子から不平を言われ
れば、怒りはしないまでもますます萎縮してしまうに違いない。
そんなことは出来ない。

(私……、感じている演技をしていたの? 感じたふりをしていたのかしら?)

いや、そうではない。
ちゃんと高木の行為に性感を得ていた。
確かに彼の性技はまだ稚拙ではあったが、その分美和子の方が感じやすいのだ。
加えて愛情もある。
充分に感じているはずだ。
そう思っていた。
少なくとも今日までは。

だが、さっきのセックスでは、はっきりとした高木の性交に対する不満を感じていた。
今までのセックスでも燻っていた掻痒感、やりどころのない不満は、高木のプレイに
よるものではなかったか。
だからこそ美和子は、高木の愛撫に快感はあったものの、決して最後まで「いく」
ことはなかった。
高木が射精したのを見計らって、それに合わせて「いく」ふりをしていたのだ。

そう思い出してみて唖然とした。
感じているふりはしていなかったが、いったふりはしていたではないか。
これは紛れもなく「義務と演技」の関係ではないのか。
愛情によるセックスと、性欲によるセックスの違いは何なのか。
感情が高まった美和子は、正直にレスリーにそう言った。
医師は何度も頷きながら答える。

「いや、それは早計ですよ。そう結論を早めることはない」
「でも先生、私たちの関係は確かに今先生がおっしゃった「義務と演技」に近いと
……」
「まあお待ちなさい。あれはね、あくまでフィクションですよ」
「でも似ています、私たちの関係に。私は高木くんを愛していますけど、でも、その
……」
「わかっています。まあ落ち着いて」

医師はそう言って、美和子にまた水割りを勧めた。
勧められるままに女刑事はグラスを空ける。
レスリーは美和子の顔をじっと見ながら言った。

「いいですか、あれは確かにフィクションですが、多かれ少なかれどこのカップル
にもあることです。さっき言ったことですがね」
「……」
「つまり、完全に性が一致するカップルなんて本当に希少なんです。当たり前です
よね、どっちも別の人間なんですから。対してセックスなんて極めて個人的かつ
微妙な問題ですから、僅かな差でもそのギャップが大きく感じられたりするんですよ」

美和子はグラスを持ったまま、身じろぎもしないで聞き入っていた。

「だからこそ、女性は感じているふりをすることもあるし、男性はくたびれていても
女性に応じて抱くこともある。当たり前じゃないですか」
「……」
「その差違があまりに大きければ別れることもあるでしょうが、大抵はお互いに調整
して解決しています。結婚して性生活が独身時代より豊富になって、未成熟だった方
が成長して合致することだってあるんです。あなたたちは、まだつき合いだして間も
ないじゃないですか。まだまだですよ」

そう言われればそうかも知れない。
美和子は完全に納得したわけではなかったが、さっきよりも精神的に安定していた。
それでも不安は残る。
美和子は言った。

「でも先生。そのお考えはわかるんですけど、その、私は……」
「わかってますよ、心と身体は別だ。いくら心で納得しても、身体はそうはいきま
せんし」

美和子は顔を赤くした。酔いのせいだけではなかった。

「だからこそ、佐藤さんは僕のカウンセリングを受けているんじゃないですか。それに
よって精神的に少しでも楽になればいいし、肉体的にもね」
「肉体的……ですか?」

美和子は少し怪訝な顔をした。
医師のカウンセリングや催眠術によって、美和子は浅ましい肉欲を解消させてもらって
いる。
だが、よく考えてみればおかしな話だ。
精神的に癒されるのはわかるが、どうして肉体的にも満足してきたのだろうか。
心が肉体を制しうるのであれば、最初からこんな悩みは持っていないだろう。
腕利きの心療医は、考え考え言った。

「……しかし、そろそろ診療を一歩進めてみる時期かも知れませんね」
「どういうことでしょう」
「ええ……」

レスリーは腕を組んでしばらく考え、そして顔を上げた。

「どうでしょう、佐藤さんのパートナー……高木さんでしたか、彼とも話をしてみま
しょうか」
「え、先生がですか!?」

美和子は仰天した。
出来るだけ他人には伏せておきたいことだったからだ。
それが恋人の高木なら余計にそうだ。
美和子は憂いた美貌に不安の色を載せていた。

「それはその……、不妊治療のように高木くんと一緒にカウンセリングを、という
ことでしょうか……」
「ええ、それでもいいんですが、それでは佐藤さんの方にまだ抵抗があるでしょう?」
「そうですね……」
「ですから、それはしません。最終的にはそうなるかも知れませんが、まだそこまで
しなくていい」
「では、どうするんです?」
「ええ……」

レスリーはつまみのナッツを口にしながら、スコッチをグラスに注ぐ。
ぴーんと綺麗な音を立てて氷にヒビが入った。

「僕と高木さんだけで話してみようかと思うんです」
「……」

それでも同じことなのだ。
美和子が高木とのセックスに不満を持っていることを告げることになるからだ。
それが出来ていれば、さっさと美和子が言っている。
高木の性格や気質を心配して、それが出来なかっただけなのだ。
そう言うと、医師は笑って言った。

「いやいや、もちろんそれはそうですよ。そんなことをずばりとストレートには言い
ません。まして佐藤さんがそう思っているなんてね……」
「……それでは……」
「佐藤さん、明日もここにお泊まりでしょう?」
「はい」
「では明日、彼と話しますよ。なに心配いりません、偶然を装って会います。そう
ですね、またここで飲みながら話しますよ」
「高木くん、あまり強くないし、ひとりで飲むような人ではないんですよ……」
「ですから佐藤さんの協力が必要なんです」
「私の?」

驚く美和子に、レスリーは策を述べた。
こうである。

美和子は明日の晩、高木から求められても応じないこと。
理由は何でもよい。
疲れたと言ってもいいし、その気にならぬでもかまわない。とにかく抱かれないこと。
そして「しばらくひとりにして欲しい」と言って、部屋から追い出すこと。
具合が悪い、風邪を引いたでもいいだろう。
出来れば、このバーへ行くように勧めて欲しい。
高木が外出すればレスリーが話しかけて捕まえるから、出来なければそれでもいい。
そうすれば、バーでレスリーが高木と話をしてみる、とのことだった。

今ひとつ納得できないまま美和子は承諾した。
レスリーの提案に訝しさを感じ取ったのは、彼女の刑事としてのカンだったかも知れ
ない。
だが、刑事のカン以上に、彼女には不安要素の方が強かったのだろう。
最終的には医師の策を受け入れたのだった。



      戻る   作品トップへ  第一話へ  第三話へ