「間に合わせですけど……、これでいいですか?」
「とんでもないよ。俺にとってはご馳走だ、本当にありがとう」
「どういたしまして。それじゃあたし、帰りますね」

蘭はそう言って禎一に微笑むと、軽く会釈してローファーを履いた。
鞄を持とうと少し屈んだところで、何かがのしかかってくる。

「きゃっ!?」

びっくりして振り返ると、禎一が背中から抱きついていた。
顔を蘭の右肩に乗せ、彼女の腕を押さえるように抱え込む。

「ちょっ……、森さんっ」
「……」
「何を……何をするんですか……。やめてくださいっ!」

蘭が強い口調でそう言うと、禎一はすっと蘭から離れた。
蘭はまだ衝撃が抜けないのか、自分の身体を両手で抱きしめている。
その顔には「信じられない」という表情が、ありありと浮かんでいた。

「……」
「も、森さんっ……!」

禎一がまた蘭の身体を抱きしめる。
抱きすくめられた美少女は、困惑した表情を浮かべつつ、思い切って振り払った。

「離して!」
「……あっ……」

振り切られてはじめて、禎一は我に返ったような顔をした。
それからばつの悪そうな表情を背けて謝った。

「ごめん……」
「……いいえ」
「ごめん。こんなこと、する気はなかったんだ」
「……」
「本当にすまない。俺、どうかしてたんだ」

しゅんと項垂れた禎一をちらっと見てから、蘭も顔を伏せて言った。

「……帰ります」
「悪かった。謝るよ」
「もう……、いいです。じゃ」

下級生の少女はそう言って部屋を出て行った。
蘭はドアから少し離れ、中の様子を窺った。
まさか追いかけてくるとは思わないが、何となく不安である。
しかし、玄関先から足音がして、部屋の奥へと向かっていく様子がわかった。
ホッとした蘭は、そのまま力が抜けたかのように、壁に寄りかかっていた。

「……」

胸がどきどきしている。
顔が火照っているのがわかる。
別に、禎一に恋愛感情を持っていたからではない。
異性に抱きしめられたからだ。
子供の頃はともかくとして、男に抱きしめられたことなど今までなかったのだ。
新一にももちろんされていない。
ただ、禎一に対して悪い印象はないのは確かだ。

そして匂い。
蘭の鼻腔の奥に、男の匂いが残っている。
抱きすくめられた時に、禎一の身体から発していたものだ。
男にとって女性の体臭がフェロモンであるのと同じように、女性にとっても男の
それはフェロモンだ。
まだ背中や腕に、禎一の胸板や腕の筋肉の感覚が残っていた。
思わず鞄を落とし、ぎゅっと自分の身体を抱きしめる。
しばらくそうしていて、ようやく鼓動が収まり、平常心を取り戻すと、蘭は鞄を
拾ってアパートの階段を下りていった。
足下がぎこちなかった。
その様子を、ドアの隙間から禎一が覗き見ていたことなど、気づく由もなかった。

───────────────────────────

蘭は、料理の並んだ小さな座卓の前に座った禎一を見て、エプロンを外した。
素早く畳んでスポーツバッグに収める。
そそくさと帰り支度をしているのは、やはり前回のことがあるからだろう。
身を屈めてローファーを履き、振り返ると、いつのまにか目の前に禎一が立って
いる。
蘭はぎこちない笑顔を浮かべた。

「そ、それじゃ帰ります」
「蘭ちゃん……」
「え……、あっ……!」

今度は正面から抱きしめられた。
思いとは裏腹に、また蘭の心臓が高鳴っていく。

「だめ……、離して下さい……」
「……」

禎一は黙ったまま蘭を抱いている。
蘭は、自分の胸がどきどきしているのが禎一にわかってしまうのではないかとびく
びくしていた。
蘭に気があると誤解されては困る。
顔を背け、自分の禎一の身体の間に手を入れた。
そのまま彼の胸を押し返す。

「やめてください……。だめです、こんなこと……」

どうしても気弱な反応になってしまう自分に、蘭自身意外な感じがしていた。
気丈だとか男勝りだとか、とかく気が強いように周囲には思われている。
彼女自身、自分は積極的で勝ち気な方かも知れないと思っていた。
それは事実なのだが、その裏にはやはり女の子らしい優しさや、心の弱さも併せ持っ
ている。
そうしたことは表裏一体なのだ。
蘭の場合、表向き勝ち気に見えるからこそ、内面にはたおやかなところが色濃く
あった。
但し、それを知る者はほとんどいない。

抱きしめる禎一の力は弱まらない。
蘭は焦っていた。

「森さん、離して……こんな、あっ!」

蘭はゾクッと背筋に悪寒が走った。
禎一の手が、するりと蘭の臀部を撫でていたのだ。

「やめて!」

ほとんど反射的に蘭の手が飛び、禎一の頬を叩いた。
パシンと乾いた音がし、一瞬、呆気にとられたような顔になった禎一だが、また
すぐに表情を消して蘭を抱きしめる。
効果がなかったことに蘭は動揺した。

「ちょ、ちょっと……本当に……あっ……」

さすがにビンタが効いたのか、禎一の手がお尻まで伸びることはなかったが、左腕で
しっかりと蘭の身体を抱え、右手は彼女の背中や腰のあたりを盛んに擦っていた。
愛撫かスキンシップか、見極めが難しいところだった。
それでも蘭にとってはかなりの衝撃である。
抱きすくめられたことすらなかったのだから、こうして身体に触れられることだって
なかったのだ。
この気丈な少女は、新一と手を繋いだだけで頬を赤らめてしまうような純情なところ
もあった。

「……っ!」

特に性感帯を触られているわけではないのに、身体をまさぐられているだけで、
なぜかゾクゾクしてきてしまう。
男の手は巧みに蘭の身体を擦り、撫でていく。
背筋の窪みに指を当てられ、下から上へとなぞり上げられると、思わず声が出て
しまいそうになった。

「やめて……あっ……本当にやめてください! 怒りますよ、森さんっ!」

その一言で、禎一はすっと身を引いた。
蘭は支えを失ったようによろよろとよろめき、腰が抜けたようになった。
すかさず禎一が手を伸ばし、蘭の右腕を掴んで立ち上がらせた。

「……大丈夫?」
「……」

「大丈夫?」ではないと思う。
禎一があんなことをしなければ、こんなみっともない姿を晒すこともなかったのだ。
蘭は少しムッとして男を軽く睨んだが、禎一の方は気が抜けてしまうような笑みを
浮かべていた。

「ごめん……。怒っちゃった?」
「……」
「いや、本当にごめん。どうしても我慢できなくて……」
「我慢て……」
「……蘭ちゃんの甲斐甲斐しい姿を見ていたら、どうにも愛おしくてたまらくなっ
てね」
「……」

蘭の怒りがすうっと消え、別の感情が頬に朱を差した。
蘭は慌てて鞄とバッグを拾い上げる。

「か、帰りますっ」

普段は隣近所を意識して静かに閉じるドアを、ついバタンと閉めてしまう。
その音に自分で驚いて、蘭は逃げるように階段を駆け下りていった。

───────────────────────────

蘭はその部屋の前に来ると、ひとつ軽く深呼吸して息を整えた。
別に後ろ暗いところがあるわけではないが、ここに呼び出されるのは嫌なものだ。
蘭は初めてである。
少女は幾分緊張して生徒指導室の扉をノックした。

「……毛利です」
「おう、入れ」
「……失礼します」

引き戸を開けると、テーブルには嵯峨島がいた。
蘭は顔を逸らせて軽く会釈し、後ろ手で扉を閉める。

「座れ」
「……はい」

会議用の安っぽい長テーブルに、嵯峨島と相向かいで座らされた。
目の前には、生徒たちの嫌われ者がいる。

年齢は知らないが、恐らく40歳は過ぎているだろう。
若い頃は角刈りにしていたらしいが、今は伸ばしている。
理由は明らかで、頭髪が薄くなってきているからだろう。
頭頂部がだいぶ寂しくなっている。
本人はそれを覚られたくないためか、脇の髪を少し伸ばして、それで薄くなった
部分を覆うようなヘアスタイルにしていた。
それでも、下を向いたりすると禿げ掛かっているのがバレるため、いつもそっくり
返って頭の上を見られないようにしている。
それが無意味に威張っているようにも見え、その点でも嫌われていた。
身長は蘭よりやや低く、それでいて体重は50%増というところだ。
上着代わりのジャージを押し上げて膨らんだ腹が醜い。

加えて生徒指導の教師などというのは、敬遠されて当然だ。
細かいことでいちいち文句をつけ、時には手を上げることもある。
相手が女生徒の時はさすがに暴力に出ることはないが、ねちねちと粘着質な虐め方
をするので、一層に嫌われていた。

スポーツは得意で、学生時代もそれなりに鳴らしたようで、今は水泳部の顧問に
なっている。
その水泳部の部員たちにも厭われているのだからどうしようもない。
特に問題視されているのは、この男の目つきがいやらしいということだった。
男子に比べ女子には甘いとされていてのだが、まるで生徒をグラビアの如く舐める
ような視線が卑猥だった。
視姦されているみたいだと言った生徒までいるくらいだ。

こうした教師の特徴で、親が資産家だったり、生徒本人の出来が良い場合は、まるで
対応が違っている。
蘭は学業でもスポーツでも部活でも成績優秀だったから、嵯峨島に虐められるような
ことはなかったが、じろじろと無遠慮な目で見られたことは何度となくあった。

夏場──特に夏休み期間などは、各スポーツ部の部員たちは練習として水泳を取り
入れている。
確かに、暑い盛りにだらだらと走らされるよりは、水泳の方が快適に決まっている。
それでいて効果はあるのだから、誰しも水泳を望むだろう。
しかし学校のプールは、当たり前だが水泳部に優先権がある。
独占とまではいかないが、ほとんどは彼らが使うのだ。
その間隙を縫って、プールの開いている日や時間に、各部がプール使用を申し出る
わけだ。
ところがその許可権を握っているのが顧問の嵯峨島なのである。

すんなり一言で通ることなどあり得ず、ねちねちと文句や皮肉を言われて這々の体で
ようやく使用を許されるような現状だ。
これは蘭たちの空手部も同じで、プールを使いたい時は、どうしてもこの男に話を
通さねばならない。
憂鬱ではあったが、他の部の状況を聞いてみると、まだ空手部はスムーズに借りら
れるらしい。
部としての成績も優秀だったし、何より部長の蘭の魅力が大きかったようだ。

蘭がプール使用の申請に行くと、嵯峨島は特に文句も言わず、二つ返事で許可して
くれることが多かった。
最初は、空手部の実績を評価してくれているのかと思っていた。
だが、どうも違うらしい。
蘭を見る目つきがいやらしい。
蘭の肢体を上から下までじろじろ眺める。
おまけに、蘭たちがプールを使っている時、わざわざ嵯峨島がプールサイドまで出て
きて見物している有様だ。
言うまでもなく、蘭たちの水着姿──そこから浮き出ているボディラインやすらりと
した素足を見て悦んでいるのだろう。
幻滅するが、この通過儀礼なくしてはプールが使えないだけにどうしようもなかった。

一度、あまりのセクハラぶりにキレた他部の女生徒が他の教師に訴えたらしいが、
ただ見ているだけで触ったりする直接的なことがなかったせいか、有耶無耶にされて
しまっている。
おまけに、勇気あるこの女生徒の部は、その後一切プール使用許可が下りなくなって
しまった。
こうした経緯もあって、ほぼ野放し状態になっているのだ。

蘭は基本的に人が良く、素直な娘だったから、あまり人の好き嫌いはない。
むしろ、周囲から差別されていたり理不尽な扱いを受けている人を見ると、我慢
出来ずに手をさしのべるタイプである。
その蘭にして、この教師は大嫌いだった。

「……」

蘭が腰掛けても、嵯峨島はその顔や胸の辺りをじろじろ見ているだけで何も言わな
かった。
その不快さに耐えかねて蘭から口を切った。

「それで、お話って何ですか?」
「……」
「先生」

蘭の声に、嵯峨島は軽く首を振りながらつぶやいた。

「……信じられんねえ。きみのような子が……」
「……? 何ですか?」
「いやね、実は……」

中年教師はいやにもったいつける言い方で続けた。

「……きみに援助交際の嫌疑が掛かっている」
「はあ?」

何のことだろう、と蘭は思った。
援助交際? 何のことか理解して、途端に蘭の顔に朱が走った。
羞恥ではない。怒りである。
思わず怒声が出た。

「バカなこと言わないでくださいっ! そんなこと、あるわけありません!」
「ほう、否定するわけかね」
「あ、当たり前ですっ。誰がそんな……」

怒りに震え、思わず立ち上がり、テーブルに手を突いて抗議する蘭を無視するよう
に、嵯峨島は続けた。

「相手は3年の森……、森禎一らしいね」
「……!」

蘭は驚くとともに呆気にとられた。
この教師は、自分と森の関係を疑っているのだろうか。

「何でも、森のアパートに毎日のように通っているらしいじゃないか」
「ま、毎日というわけじゃありません」
「行っていることは否定せんわけだな」
「……」

どうも蘭が禎一のアパートを訪ねたところを誰かに見られたらしい。
園子はその経緯を知っているが、まさか彼女が告げ口したとは思えない。
「毎日」と誤解しているということは、目撃されたのは一度や二度ではないのだろう。
嵯峨島は意地悪そうな口調で続けた。

「森んとこは、仕事の都合で両親はアメリカ住まいだ。つまりひとり暮らしだな」
「……」
「そんなところに放課後、夕方遅くに女ひとりで訪ねていくんだ。何もないって言う
方がおかしくないか?」
「おかしくありません!」

蘭は吠えるように言った。

「森さんは、先生が今言われたようにご両親の都合でひとり住まいです。だから……」
「料理や家事をこなしてやってる、と、こういうわけか」
「そうです」
「ふーん。でもなぜだね? 森のひとり暮らしは今に始まったことじゃないだろう」
「それは……」

仕事がうまくいかなくなり、送金が減っているからである。
必要最低限、払わねばならないところに払ってしまうと、必然的に食費が削られて
しまう。
それでは気の毒だということで、蘭がお節介しているわけだ。
しかし森に口止めされていることもあり、彼がカネに困っていることは言えなかった。

「で、おまえはいつから森とつき合ってるんだ?」
「つ、つき合うって……」

蘭にとっては青天の霹靂だが、確かに状況だけ見ればそう思われても仕方がないのか
も知れない。
園子にも言われたことがあるくらいだ。

もうひとつ気になってきている──というより懸念しているのは、禎一の様子が微妙
に変化してきていることである。
だんだんと蘭に対する態度が馴れ馴れしくなっていた。
というよりも露骨に蘭への興味を隠さないようになってきている。
特に嫌なのは、蘭というより蘭の身体へあからさまな関心を示してくることだ。
蘭にそんな気はないし、もし告白されてもきっぱり断るつもりでいる。
もし、あんなことが続けば、もう面倒を見るつもりもなかった。

「別につき合ってなんかいません」
「そうか? 男やもめのアパートへ通って甲斐甲斐しく家事をする女。これでは恋人
同士としか言いようがあるまい」
「でも……、でも違うんです」
「さすがに泊まってはいないようだが、それにしても何時間かやつとふたりっきりだ。
男子生徒と女子生徒がそんな関係になっているなら、こりゃ我が校の教師としては
黙って見過ごすことは出来んな」
「……」
「身体の関係はあるのかね」
「な……」

あまりに直接的な表現に、蘭は絶句した。
とても教師が女生徒に尋ねる内容とは思えない。
嵯峨島の下劣さと陰湿さに、蘭の心にムラムラとした怒りが込み上げる。

「先生」
「な、なんだ」

腹の据わったような蘭の迫力に、厚顔無恥な教師もたじろいだ。

「あんまりいやらしい想像しないでください。あたしたちはそんな仲じゃありません」
「し、しかしだな……」
「しかしも何もありません。あたしは本当に森さんの身の回りの世話をしているだけ
です。もし信じられないというのなら、先生の見ている前で見せてあげます」
「……」
「何なら本当に行きますか? 一緒に行って一緒に帰れば、いくら先生でもわかる
でしょう。行く時に声をかけましょうか」

そこまで一気に言うと、蘭は「もう用はない」とばかりに立ち上がった。

「……お話はそれだけでしょうか。なら、あたしは帰らせてもらいます」

そう言い捨てると、蘭は大きな音を立てて引き戸を閉めていた。

(ホント、最低……。いやな先生)

───────────────────────────

あんなことが二度もあったにも関わらず、蘭はまだ禎一のアパートに通っていた。
生徒達の一部で囁かれていた「禎一の目」の威力もあった。
あの目で縋られると、どうにも断れなくなる。
そうでなくとも蘭は世話好きで、母性本能が強い。
困った人を見れば、何もしないではいられない。

禎一が蘭に働いた無礼にしても、蘭は彼の寂しさから来るものだと好意的に理解して
いた。
そうであるなら邪険にも出来ない。
ここで冷たく拒絶したら、恋人を失った彼はさらに傷ついてしまうだろう。
しかし蘭に強引に抱きついてきたのは禎一なのだし、それに対して蘭はちゃんと拒否
しているのだ。
にも関わらず、禎一は蘭へ「過剰なスキンシップ」を求めてきている。
園子にそのことを言えば激怒して「そんなやつ、放っておきなさいよ!」と言うのは
確実だろう。
蘭に代わってひっぱたくかも知れなかった。
無論、蘭にしても通常ならそうしているはずだ。

ただ禎一の場合、話してみて事情を聞けば聞くほどに気の毒になってしまう。
蘭には彼を無下にはできなかった。
それに、まだ彼を信じている面もあった。
蘭がきちんと断ればわかってくれるはずだ。
しっかりしていそうに見えたから、話せば理解してくれるに違いないと思っていた。
蘭は、今また禎一に抱きしめられながら、その考えが少し甘かったかも知れないと
思っていた。
夕食と翌日の朝食分の料理を終え、帰ろうとした時のことだ。

「やめて! 本当にやめてください! 森さん、いい加減にして!」
「……」

それでも蘭を後ろから抱きしめて離そうとしない。
蘭は身を捩り、腕を振り払って抵抗するものの、やはり男の筋力には敵わない。
確かに蘭は空手有段者ではあるが、精神的に動揺しているし、殴り飛ばすわけにも
いかない。
後ろ向きにされているのも不利なポイントだ。
禎一は黙ったまま、蘭の腰を抱いていた右手をその右胸に持っていった。

「あっ……!」

蘭は仰天し、慌ててその腕を掴んだ。
すかさず男の左手が伸び、今度は左の乳房を狙う。
蘭は左右の手でそれぞれの腕を押さえ込もうとしたものの、とても力が入らない。
仕方なく、両腕で禎一の左腕を掴み、引き離そうとした。
男の右手がフリーになるが、これはどうしようもなかった。

制服の上から男の手が蘭の乳房を揉み込んできた。
自分でならともかく、他人に愛撫されるのは生まれて初めてだった。
激しく困惑した蘭は、上擦った声で小さく叫んだ。

「きゃっ……! 何するんですか! 森さん、あっ……やめて、痛いっ!」

悲鳴が遠慮がちになっているのは、やはり隣を意識してのことだ。
禎一のためもあるが、こんなところを他人に見られたくないのは蘭も一緒である。
禎一は、制服の上から揉む感覚が気に入らなかったのか、すぐにその裾に手を突っ
込み、カッターの上から揉んできた。

「や、やめ……あっ……!」

シャツの上から、蘭の乳房の形状や重さを確認するかのように、やんわりと揉み
あげていく。
下からすくい上げるようにじんわりと揉み上げ、その柔らかさも味わっていた。

「い、いやっ……!」

たまらず蘭は、左手を押さえていた両腕で右手の悪戯を阻止しようとする。
その手首を両手でしっかりと押さえ込んだため右の胸は助かったが、今度は自由に
なった左手が左の乳房を愛撫してきた。

「あ、いや……やめて……も、森さんっ……あっ……」

左胸を揉みしだかれ、それを救おうと禎一の左手を押さえると、また右手が右の
乳房を擦ってくる。
こうして、左右の乳房を交互に守り、揉まれているうちに、蘭は徐々に力が抜けて
くるのがわかった。
このままではいけないと、今度は左右の腕で禎一のおのおのの腕を押さえ、引き剥
がそうとした。
これは最初にやってムダだと判ったのだが、このまま片方ずつ防いでいてもどう
にもならない。
だが、こうして両方を阻止しようとしても結局は両方とも愛撫されることになる。
蘭はすっかり動転していた。

「だめっ、ああ……そ、それ以上はだめ、ああ……」

禎一は、スリムな外見からは想像もつかなかった豊かな乳房を揉みしだきながら、
蘭のうなじや白い首筋に唇をあてがう。
唇の隙間から舌を僅かに覗かせ、つつっと蘭の柔肌に這わせていった。

「やっ……何を……あっ……」

蘭の両腕の抵抗を心地よく感じながら、禎一はそのバストにしつこく愛撫を加えて
いる。
指で乳首のあたりを刺激すると、美少女は「んっ!」と呻いて首を仰け反らせた。
乳房の先端は、カッターシャツとブラの上からでもはっきりとわかるほどに突起
していた。
その乳首を乳房の中に埋めるように、上からぐっと指で押し込んでやると、蘭は
はっきりと喘いだ。

「ああっ……!」
「……気持ち良いのかい?」
「や、そんな……違う……違います、あっ……」

蘭は乳首から胸の奥へと突き抜けるような甘い痺れを振り払おうと、激しく顔を
振りたくった。
それでも乳首を虐められると、思わず喘ぎ、首を反らせていた。
徹底的に乳首だけを集中的に責められているせいか、蘭の意識はどうしてもそこに
いってしまう。

「やっ……やあっっ!!」

蘭は震える腕に渾身の力を込めて、禎一の腕を引き剥がした。
どうしたことか、禎一の方もそれ以上は強引なマネはせず、素直に蘭を解放した。

「あ……、はあ、はあ、はあ……」

蘭は思わずしゃがみ込み、両腕で自分の肩を抱きながらわなないていた。
堅く閉じていた目の裏が赤い。息が上がり、動悸も激しくなっている。
禎一が腰を屈めて蘭の肩に手を乗せた。

「大丈夫かい? だいぶ息が……」
「いやっ!」

少女は上級生の手を振り払うと、目に涙すら浮かべて、逃げるように部屋を出て
行った。

───────────────────────────

あんなことが続いたにも関わらず、蘭はまた禎一の部屋に来ている。
その大きな理由は、やはり禎一の事情を知ってしまった以上、放っておけないと
いう蘭の思いである。
何より、痴漢のようなことをされたにも関わらず、蘭には彼を嫌悪するような感情
があまり起こらなかったのである。
禎一の目を見てしまうと、彼に対して素気ない態度が取れなくなってしまう。
超常的なものではないだろうが、噂になっていた通り、確かにあの目には魔力が
あるような気がする。
魔性のものではなく、母性本能をくすぐられるような目なのだ。
だから、禎一の愛撫に身を委ねたいという気持ちではなく、本当に面倒を見てあげ
たいという気持ちから来ているのだ。

だが、本当にそうだろうか?
蘭はそう自問している。
禎一の蘭への狼藉はだんだんとエスカレートしてきている。
最初は抱きしめるだけだったのに、次は身体に触れ、さらには胸を揉みしだくような
ことまでしてきていた。
普通なら、男の邪な欲望に危険を感じ、もう関わらないとするのが正しいだろう。
蘭もそう思っている。
彼の部屋で料理や洗濯をする。
そこまではいいだろう。
だが、その後に危険が待ち構えているのだ。
そうと知って、なおそこに通おうとしている自分は何なのだろうか。

禎一の愛撫を、身体が忘れられない。自分で胸を軽く揉むのとはまるで違う愛撫。
自分の手で揉んでもそこそこの快感はあったが、男に揉まれたあの時の鋭い快感は
別物だった。
もしかすると、自分はあの行為を望んでいるのではないだろうか。
心ではなく肉体の方が、である。

いや、自分はそんなに淫らだとは思わない。
思いたくない。
だが、それならオナニーすることなどないだろう。
あれは、あの行為は、蘭自身が淫猥な欲望を持っている証拠ではないのか。

いいや、普通のことだ。
健康な人間なら誰でも持っている本能的なものだ。
蘭は、そんな相反する、そしてとりとめもないことばかり考えていた。
何だか、まるで頭の中がそんなことばかり考えているような気がする。
禎一から定期的に愛撫されることにより、だんだんと身体の中に淫靡なものが溜ま
っていっているような実感がある。
いくら否定しても、やはり自分はエッチなのかも知れない。
そう思うと落ち込みもする。
そして、蘭を惑わせた張本人は、今日も蘭の身体を愛撫していた。

「っ……やあ……どいて……どいてください、あっ……」

蘭は組み伏せられていた。のしかかるように、上から禎一が迫っている。
蘭の両脚の間に膝を割り込ませ、強引に開かせていた。
膝は制服のスカートを踏む形になっているから、大事な部分は守られているもの
の、いずれにしても危険な姿勢である。

今になって蘭は後悔している。
どうしてまたこの部屋に来てしまったのだろう。
もともと蘭の方の一方的な好意で家事をしているだけであって、禎一には義理も
何もないのだ。
酷いことされたのだから、それを機会にやめてしまっても文句はないはずだ。
なのに、今日もまたこの部屋のドアをノックしたのである。

「や……あ……、あっ……胸、しないで……あうっ……」

蘭は制服の胸をはだけさせられ、白いブラジャーが露わになっている。
3/4カップのブラから、柔らかそうな白い肉が零れていた。
それを禎一が大きく指を拡げて揉み込んでいる。
ブラの布地が邪魔に感じられ、禎一はブラからはみ出た生身の乳を主に愛撫して
くる。
胸の谷間に手のひらを差し込み、その弾力と汗ばんだ若い肌の感触を愉しんでいた。

「やっ……ああっ、そんな……うっ……」

禎一が顔を蘭の胸に埋め、乳房に唇をつけ、舌を這わせてくる。
唇がくっつけられる感覚に、蘭はゾクッと背筋に痺れが走る。
舌のねっとりとした肌触りに、鳥肌が立った。
もうこりこりになっている乳首は指で摘まれ、こねくられていた。
蘭は顔を背け、目をかたくつむって、この暴虐に耐えていた。
禎一が言った。

「蘭ちゃん、こっちを向いて。目を開けて」
「な、何を……あっ」

禎一は蘭の小さな顎を掴むと、正面を向かせてから、いきなり清楚そうな薄い唇
を奪った。

「んっ……んんっ……!?」

蘭のびっくりしたような目が大きく開かれる。

(こ、これって……キス……。キ、キスされちゃった……。新一ともまだなのに
っ……!)

「んぐっ……んんんっ……!」

唐突に唇を塞がれた蘭は驚き、動揺して、禎一から逃れようと首を振った。
両手はぼかぼかと禎一の腕や胸を叩いている。

「やめて! 何をするんですか!」

蘭の抵抗などものともしない。
彼にとっては慣れっこなのだ。
禎一は落ち着いて蘭の左腕を左手で押さえ込み、右手で彼女の頬骨を掴むと、また
しても顔を重ねていく。

「も、森さ、んんっ……んっ……く……!」

禎一は、柔らかくほんのり暖かい蘭の唇を貪るように吸っている。
蘭の方は口を開けず、しっかりと前歯を閉じているため、咥内の侵入こそ許さなか
ったが、その分、唇は自由に弄ばされている。
閉じた口からくぐもった呻き声を漏らし、必死に堪え忍んでいる蘭にかまわず、
男はキスを続けている。
舌先を尖らせ、唇の間に潜り込ませようとつっついてやると、蘭は呻いて口を
きつく閉じ合わせ、顔を振り、激しい拒否の姿勢を貫いた。

「んっ、んふっ……んくうっ……」

禎一に頭を抑えられ、思うように顔が振れない。
それでも長い髪がばさばさと乱れ、一種凄絶な美貌となっている。
髪に混じった甘い香りが男の鼻腔をくすぐり、性感を高めていく。
思いの外、強い抵抗を見せる蘭に、禎一はいったん唇を離した。
蘭は蘇生したような気がした。

「ぷあっ……は、はあ、はあ、はあ……何するんですか! 酷すぎます、こんな
……」

蘭は正気を取り戻したかのように、禎一を睨みつけた。
しかしその表情はどこか弱々しく、頬には朱が入っている。
その怒気を含んだ表情が、一瞬にして驚愕に変わった。

「……っ!!?」

蘭は息を飲んだ。
とうとう禎一の手が下半身に伸びてきたのだ。
スカートの裾を捲り上げ、艶めかしい蘭の太腿を撫でている。
ストッキングなど履かぬナマ足の感触が素晴らしかった。
少女は大慌てで、その腕を掴み、止めようとする。

「い、いやっ……あ、んむうっ!」

その隙を突かれ、また唇を吸われる。
蘭の手が禎一の顔を押し返せば、禎一の手が蘭の下半身を這う。
そのおぞましさに鳥肌を立てながら、蘭がその腕を叩き、引き剥がそうとすると、
また唇を奪われる。

「や……あ……、あっ……むうっ……」

蘭は、男の手が蠢くたびにビクッと敏感な反応を示して、腰を震わせる。
禎一の手が尻に周り、ぐいぐいと掴み、揉み込むと、耐えきれなくなった蘭は悲鳴
を上げた。

「きゃああっ!」

悲鳴を吸い取るようにまた口を塞ぐ。
そうしておいて禎一は、内腿の間を優しく撫でつつ、その中心──媚肉にタッチ
し始める。
ショーツに守られているとはいえ、あまりにも薄く、頼りない防御に過ぎない。
割れ目に達した指は、下着の上から熱い性器を撫で擦る。

「や、め、あっ……かあっ……そこ、だめえっ……!」

脚に力が入らない。
蹴り上げることも出来なかった。
蘭は情けない思いで、それでも懸命に抵抗した。
顔は真っ赤に染まり、両手で何度も禎一を叩いている。

「蘭ちゃんも、こういうの好きでしょ?」
「違う……違いますっ!」
「されたいと思ってない?」
「そんなこと思いません!」
「そうかな……。蘭ちゃん……、ほら、ここ。何て言うの?」
「しっ、知らないっ……やあっ、しないで!」

経験豊富な禎一の指は、そこがうっすら濡れてきているのを感じ取っている。
下着が濡れるほどではないものの、明らかに乾いた感じはしない。
湿っているというか、蒸れている感じがする。

蘭にあまりショックを与えないよう、直接媚肉を触ることはしなかった。
しかし、下着の上から撫でられ、指先で割れ目の筋を這うように擦られるだけで、
蘭は消え入りそうな羞恥と恥辱、そして身体の芯から熱くなるような官能も感じ
取っていた。

「あ……あ……、いや……ああ……あむっ!」

またキスされた。
口は必死に閉じているものの、唇を吸われ、舐められている。
その気色悪さに涙すると、胸を愛撫され、股間をいじられて、そこから意識を遠ざ
けられていく。
蘭は少しずつ禎一の術中に嵌りつつあった。

───────────────────────────

「あ、はあ……はああっ……いや……」

もうこれで何度目になるだろう。
蘭はそんなことをぼんやりと考えていた。
週に三回ほどここを訪れ、家事をこなしている。
そしてそのたびに禎一にペッティングされていた。

そう、これはペッティングではないか。
性行為寸前の状態なのだ。
こんなことをされ続けているのに、どうして自分はここにいるのだろう。
禎一に言われたように、蘭自身がそうされたいと望んでいるからだろうか。

「あ、キスはだめっ……んむうっ!」

禎一に覆い被さられ、キスされた。
辛うじて咥内は守っているものの、もう唇は完全に自由にされている。
ぬめぬめした男の舌で嬲られる気色悪い感触が、徐々に薄れていく。
口をくっつけるその行為が、何とも淫らで背徳的に思われた。

「んっ……むむう……ぷあっ!」

すぐに唇は解放されたが、その代わり男の唇は蘭の首筋に這ってきた。

「だ、だめ……んんっ……あ、いやですっ……」

ねっとりとした熱い舌が白い肌を舐め回している。
気味が悪いのに、なぜかゾクゾクするような刺激もあり、ややもすると愉悦に近い
ものまで感じていた。
蘭の抵抗は日増しに弱まってきている。
それを見抜いていた禎一は、躊躇なく蘭の制服の前をはだけさせた。

「やあっ!」

蘭は悲鳴を上げ、慌てて前を合わせようとしたものの、その腕をがっしりと押さえ
込まれてしまう。
男は慌てることなく、制服のボタンをひとつずつ外し、完全に前を開いた。
なおも指は止まらず、白いカッターのボタンまで外していった。
男に肌を晒すことになる。
裸にされる。
そう覚った蘭は絶叫した。

「いやああああっ!」

もう恥も外聞もない。
誰でもいい、隣近所の人に助けを求め、この場から逃げるしかない。
しかし蘭の悲痛な叫びにも関わらず、誰も来てくれなかった。
そう言えば、この部屋を除いてアパート全体の灯りが消えていたように思う。
禎一が最初に言っていたように、この安アパートは、主に夜の仕事をしている人
たちが多く、この時間帯にはもう出かけているようだ。
しかも帰宅は朝方になる。
管理人はおらず、大家は別住まいだ。
つまり、この少女の叫びを聞いている人は禎一以外いないということになる。

禎一は、今にもブラからこぼれ落ちそうな胸肉を両手で掴むと、円を描くように
ゆっくりと揉みだいていく。
悲鳴を上げ、男の腕から逃げようとする蘭の腕を畳に押さえつける。
そうしておいて、片手で蘭の両手首をひとまとめにして、彼女の頭上で押さえ込ん
でしまう。
残った右手で、高校生離れした豊かな乳房を揉み、その弾力と張りを確かめていった。
蘭は目をつむり、駄々をこねるようにイヤイヤと首を振っている。

「やっ……いやあっ……やめて、森さんっ……もう……もうこんなこと、あっ……」
「本当にやめて欲しいのかな? 蘭ちゃん、きみだってけっこう気持ち良いんだろ
う?」
「違いますっ! ウソばっかり言わないで!」
「ウソじゃないさ。ほら、こうすると……」
「ああっ!」

ブラの上からでもわかるくらい尖った乳首をピンと指で弾くと、蘭は思わず顔を
仰け反らせて呻いた。
禎一は、その剥き出しになった白い首筋に唇をあてがい、優しくその皮膚を唇で
挟み込みながら、舌先でこそぐように舐め上げていく。
そのまま舌は蘭の顔まで動き続け、耳の裏や耳たぶ、そして耳穴にまで侵入して
くる。
蘭の手がきゅっときつく握られる。

「ふあっ……し、しないでもう……あ、あたしは……あたしには……ああっ!」
「あたしには? なに? 好きな人でもいるの?」
「……!」

その言葉を聞いた途端、蘭はビクッとして動きを止めた。
つられるように禎一も手の動きを止めた。

「いるの? 恋人……いるんだね?」
「こ、恋人って言うか……その……」
「ふうん」

こいつは意外だった。
普段の蘭を見ていると、とてもそんな素振りは見えなかった。
とはいえ、これだけ美人で可愛らしく、しかも性格も良い。
そんな女を周囲が放っておくわけもない。
実際、蘭に言い寄っていた生徒もいるようだが、彼女の方からやんわりと断っていた
ようだ。

しかし学校ではそうした相手は見あたらなかった。
ということは他校なのだろうか。それとも年上の大学生あたりか?
彼女くらい賢い女なら、同じ高校生の男子など幼く思えてしまうかも知れない。

「誰? それ」
「……」

黙り込んでしまった蘭を急かすように、禎一はまた手を蠢かしていく。
ゆっくりと、そして小さな動きではあるが、蘭の胸を緩く揉み、腿を手のひらで
さすっている。

「あっ……」
「教えてよ。ねえ」
「あ、でも……ああ……」
「いるんでしょ?」

蘭はようやくコクンと頷いた。
恥ずかしそうな顔がいじらしく、愛らしい。

「恋人なの? つき合ってる?」
「あ、い……いいえ、その……」
「まだそこまではいってないんだ。片思いかな?」
「……」

蘭にも、何とも答えようがなかった。

蘭は間違いなく工藤新一が好きである。
そしてまた、新一の方も蘭に好意を持っていると思っていた。
実際、園子あたりに言わせると「ぜーったいに工藤君もあんたが好きだから」だそう
である。

互いに今一歩が踏み出せない。
そんな間柄なのだ。
蘭が何も言わずとも、それとなく禎一も察した。
蘭ほどの美少女が片思いというのも考えにくいから、恥ずかしさが先に立って互いに
言い出せないのだろう。
ならば、蘭のこの処女のような反応や振る舞いもうなずける。
恐らく身体の関係はもちろん、キスしたこともないだろう。
手を握ったことすらないのかも知れない。

「こんなことをするのは、彼氏に申し訳ないと思う?」
「わ、わかってるなら……もうやめてください……」

蘭は消え入りそうな声でそう言った。

「お願い……」

大きな瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情になる。
こんな顔をされると、女を手玉に取るのを得意とする禎一にしても気が殺がれて
しまう。
が、こんな上玉はひさしぶりだ。
ここで手を引くわけにはいかなかった。

「あ、いやあっ……」

スカートが完全に捲られ、股間が露わになる。禎一の手が再び股間を弄び始めた。

「ああ、いやあ……こ、こんなのいや……新一……新一ぃ……」
「……」

男の名前は新一というらしい。
この男の情報も集めておく必要がありそうだ。

禎一がそんなことを考えながら愛撫を続けていると、蘭の方はまた肉の快感にのめり
込み始めている。
声を上げまいと、くっと口を閉じているのだが、我慢しきれず唇が開くと、そこから
熱い吐息と悩ましい呻き声が漏れてくる。
乳房を揉まれ、媚肉を愛撫されると、鼻に掛かった甘い声を止めることができなく
なってきた。

「ああ!」

ショーツの上から媚肉の割れ目に這わせた指を軽く曲げ、少女の恥丘を撫でさする。
露わになった上半身も、ブラの上から乳房を揉まれ、素肌になっている脇腹やあばら
の浮いた胸をなぞるように指が這う。

「だ、だめ、ああ……お願いです、森さん、あたしこんなの……あっ……」
「我慢できない? 気持ち良いから? ふふ、我慢することなんてないさ」
「ああ、でも……あたしには新一が……、あ、キスは、んぐうっ!」

またしても禎一の口が蘭の唇に重なってきた。
喘ぎかけ、思わず開いてしまいそうな唇を懸命に閉じ合わせる。
あくまで口の中は許さないという姿勢のようだ。
本質的には優しいが、気の強い蘭らしい。
もう身体の方はとろけかかっているし、蘭の真情としても禎一にかなり同情し、心を
開きかけている。
なのに、ここまで貞操観念が強いというのなぜだろう。
禎一の経験上、ここまで「堅い」女はいなかった。
禎一によって、心身両面から誑かされた女は、例外なく彼に身体を開いたのだ。
蘭にはまだそれがない。
処女ということもあるのだろうが、それ以上に「新一」とやらの男への思いが強い
らしい。
禎一は苛つきとともに若干なりとも嫉妬を感じていた。

「むむ……む……んっ……」

蘭の意識を口に集めさせておいてから、禎一はその乳房をぎゅっと鷲掴みにした。
それまでのソフトな愛撫とは一転して指先に力を入れ、乳房を掴むとグイと捻って
やる。
急所を乱暴に責められ、蘭はグッと仰け反ってその苦痛に耐えた。

「うぐっ……!」

思わず口が緩み、悲鳴が上がる。
その隙を逃さず、禎一の舌がとうとう蘭の唇を割った。
男の舌が咥内に滑り込んできたのを感じ、蘭は目を白黒させて慌てた。

(キ、キスっ……、あ、口の中に舌が……ああっ……キス、だめえっ……)

蘭は必死に顔を振って禎一の唇から逃れようとするものの、禎一は片手でしっかりと
蘭の頭を掴んで離さない。
男の舌が咥内で這いずり回る気色悪さを堪えつつ、蘭の舌が逃げ回る。
禎一の舌は明らかに少女の舌を狙っていた。
ちょんと男の舌が触れただけで、蘭の舌は吃驚したように逃げ回る。
それを追いかけるようにして、禎一の舌が蘭の口の中を蹂躙していく。

「んっ……んむっ……ふっ……んんんっ……んん!?」

禎一が、キスしながらやんわりと乳房を揉み込んでやると、蘭はまた驚いたように
男の口の中で悲鳴を上げる。
声は殺され、振動だけが舌に伝わってきた。
蘭の表情が苦しげに歪んでくるのを見て、男は一度唇を離した。

「ふふ……、どうだい初めて男に口を許した気分は」
「こ、こんなのって……、最低です、森さんっ……!」
「最低か……。でもね」
「あっ」

気弱げな声で抗議する蘭の濡れた瞳を見ながら、禎一はその美しい顔に口を近づける。
思わず顔を伏せた蘭の耳元に唇を寄せ、囁くように言った。

「こういう最低な行為でも、そのうちきみは受け入れるようになるんだ」
「そんなことありません!」
「最低な行為こそが最高の快楽をもたらすんだよ」
「そんな……あっ……!」

何をバカなと言いかけた蘭の耳や首筋に禎一の舌が這っていく。

「あ、あう……」
「ほら、もういい声になってきたよ」
「い、いや……違う……あっ」

耳たぶを甘噛みされ、蘭の頬がカッと赤くなった。
そんなところを愛撫されて恥ずかしいというのと、思わぬ鋭い刺激に戸惑ったのだ。
蘭の口からは、悲鳴以外の声が微かに含まれていた。

「あ、いや……あ、うむうっ!」

またキスされた。
今度はあっさりと口を割られ、舌の侵入を許している。
蘭の舌は奥に引っ込んでいるが、その分、咥内広く禎一の舌が占拠していた。

「ん、んむ……むう……」

すっかり捲り上げられたスカートの奥に、真っ白な太腿があった。
その付け根には、これも真っ白なショーツが、僅かに少女の性器を護っていた。
禎一の指がそっと腿に触れると、電気が走ったかのように蘭の身体が軽く跳ねた。
それでも悲鳴は上がらない。
声は禎一の口の中で蒸発してしまい、外には出てこなかった。

「ひっ……!」

指先がちょんと少女の割れ目に触れる。
緩やかな丘陵を描いたその部分は、薄い布越しに繊細な恥毛の感覚があった。
そしてその生地は、指先でもわかるほどに濡れている。
すでにかなり蜜を漏らしているようで、ショーツの薄い生地を通して染みていた。
禎一は焦ることなく、手のひらを使ってその部分を撫で擦る。
時折、敏感すぎる肉芽に触れるのか、蘭がガクンと痙攣することもあった。

「あ、ああ……森さん、もう……」
「もう、何? もうやめて欲しい?」

蘭は小さく頷いた。
男はにやっとして言う。

「違うだろ、蘭ちゃん。もうやめて、じゃなくて、もう気持ち良くてたまらない、
でしょ?」
「違う……違います……」
「違わない。だってほら、蘭ちゃんの可愛いオマンコだって濡れてる」
「いやっ……これは……これは違うんです!」
「違う? じゃあおねしょかな?」
「違う……違う……あっ……」

もう蘭自身、何が「違う」のかわからない。
禎一はこの間にも、乳房を柔らかく愛撫して揉み上げつつ、媚肉をショーツの上
から撫でている。
アクセントのように時々太腿をさすり、首筋を舐めた。
そして定期的に唇をキスで塞ぐ。

「んぐぐ……ぐっ……ふむっ……」

禎一は気づいていた。
言葉ではどれほど嫌がっていても、蘭の肉体は間違いなく反応してきている。
それまで逃げるだけだった蘭の腰が、時々すっと浮かんでくるようになっていたのだ。
上から抑えるように撫で擦る禎一の手に押しつけるかのような動きだ。
恐らく、無意識にやっているのだろうが、心はともかく身体の方は籠絡寸前だ。
なのに、どうしたことか、ここで禎一の愛撫は一斉に止んだ。

「あっ……!?」

胸、性器、脚、首、耳といった素肌への愛撫が唐突に終わり、蘭は意外そうな表情で
男を見ていた。
その瞳は潤んでおり、熱い息まで吐いている。

「ど、どうして……」
「どうして? だって蘭ちゃんがもうイヤって言ったんじゃない」
「……」
「それともあれかな。「どうしてやめちゃうの」とか「どうして続けてくれないの」
って言いたかったのかな?」
「……!」

その言葉を受けて、蘭は禎一の手を振り払い、思い切って身体を起こした。
禎一は、蘭の為すままにしていた。
無理に押し倒そうともしなかった。
なぜ急に諦めたのか蘭にはわからなかった。
このまま今日こそ犯されてしまう、と覚悟もしたのだ。
なのに今さらどうして解放したのだろう。

自分はどうなんだろう。
もしかしたら、このまま最後までされたかったのではなかろうか。
この先にどんなに淫らに破廉恥な行為があるかも知れないのに、それを望んでいたと
いうことはないだろうか。
蘭はその考えを振り払うように首を二三度激しく振ってから立ち上がった。

「……」

黙って衣服の乱れを直した。
何度かちらちらと禎一の方を見たが、彼は蘭を見つめたまま何もしなかった。
蘭が玄関まで行っても、男は追わなかった。

「蘭ちゃん、忘れ物」
「……」

差し出された鞄とバッグを奪い取るように受け取ると、蘭は慌ただしく革靴を突っ
かけた。
その背中に禎一が言った。

「今日もありがとう、蘭ちゃん。また……来てくれるよね」
「……」

蘭が答えられず黙っていると、追い打ちを掛けるように禎一の声がした。

「……愛してるよ、蘭ちゃん」
「……!!」

さすがに驚いたように蘭が振り返ると、禎一がにっこり笑っていた。
蘭は何も言わず、笑顔も見せず、そのまま逃げるように外へ走り出ていった。



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