龍田は少しびっくりしていた。
レイがやってきたのである。
この娘にはどうやって斬り込もうかと悩んでいたところなので、好都合と言えば好都合だ。
しかし今はアスカの「仕込み中」であり、ミサトの方も手を抜けない。
この上、この面倒そうな娘を相手にするとなると、いかに今の龍田でも大変だろう。
しかし、手強いという点ではアスカ以上だけに、こうして呼びもしないのにやってきた機会を逃すわけにもいくまい。
龍田は笑顔を浮かべて歓待した。
「やあ、よく来てくれたね。シンジくんもアスカもたまには顔を見せてくれるけど、きみだけはまだ一度も来てくれなかったから」
「……」
かなりスリムな少女だ。
体型がはっきりと浮き出る白いプラグスーツを身に着けている。
アスカは赤だが、これは彼らのパーソナルカラーなのだろう。
まだ14歳とのことだが、年齢にふさわしい体型だ。
胸も腰もまだ成長過程で、膨らみかけてはいるものの、おとなの女性に比べればかなり頼りない。
横にシンジを並べても、胸がやや膨らんでいるくらいしか違いはなかった。
薄青い色をした特徴的な髪をシャギーにさせているが、これは本人が意識してそういうヘアスタイルにしたというよりも、そういうことに一切の関心が
ないということだろう。
顔色も透けるように白い。
色白というよりは色素そのものが希薄なのかも知れない。
なぜか瞳だけがほんのりと赤かった。
「……座っていい?」
「あ……、ごめん、ごめん。どうぞ」
初めて間近に見るレイに見とれていたのか、龍田は促されてようやく着席を許した。
「それにしても珍しいね。何か問題でもあったかい?」
「別に」
レイは素っ気なくそう答えた。
「ただ……」
「ただ?」
「葛城三佐や赤木博士が、一度くらい行きなさいって勧めるから」
「……なるほど」
そういう理由がなければ来なかった、というのだろう。
ほとんど感情が見えず、無口というよりは寡黙だから、龍田のような男には扱いにくいこと夥しい。
アスカのようなタイプも手を焼くが、まだしゃべったり感情を見せるだけマシというものだ。
こちらが黙っていると何も言わないであろうことは龍田にもわかるので、仕方なく龍田から話を振った。
「調子はどうだい? 体調が悪いとか悩み事があるとか、そういうことはない?」
「別に」
「……」
これでは会話が成立しない。
いったいどうやってこの少女を誑かせばいいのか、龍田にはさっぱりわからなかった。
まさか強引に押し倒して、というわけにもいくまい。
それに、当然まだ処女だろうし、いきなり犯したとて快感などあるはずもない。
といって、レイの性格からして泣き叫んで抵抗するという感じもしない。
襲った時は抗うだろうが、だめだと覚ればまさに「人形」となるのだろう。
龍田が事を終えればおもむろに立ち上がり「終わったの?」と冷たく言われた挙げ句、「このことは報告するから」くらい言われかねなかった。
処置なし、である。
アスカのように何か薬剤を使うのもいいが、体調不良も精神不安定感もない健康体に投薬することも出来ない。
さてどうしたものかと思案していると、驚いたことにレイから話しかけてきた。
「……ここへは弐号機パイロットも来るの?」
「あ、アスカか? ああ、来るよ。というか、ここんと彼女、調子悪いだろ? 実のところ、僕はそれで司令に呼ばれたようなものだから」
「碇司令に……?」
ほんの少しだけレイの表情が動いた。
「そう。主に彼女のカウンセリングだね。もっともそれだけじゃあない。初日に葛城から説明があったように、きみたちパイロット全般の心身医療のために
来てるわけだから」
また少し、レイの表情に感情が入ったように思えた。
「じゃあ、碇くんも?」
「シンジくんも来るよ。もっとも彼は、ここへコーヒー飲みに来たり、雑談しにくるだけだけどね。ひとりでパイロット控え室にいるような時なんか時間潰しにね」
「そう……」
ここで龍田は妙な違和感を覚えた。
目の前の少女──綾波レイに対して、ほとんど性欲が湧かないのだ。
以前の彼は、もともとこんな年代の少女よりも、リツコやミサトのようなおとなの女性の方が好みではあった。
だが今ではアスカに対しても劣情を抱いているし、レイも綺麗な娘だとは思う。
しかし、どうしたことか、彼女に対してそうした欲望がないのだ。
そんなことを考えていると、レイはもう立ち上がっていた。
「じゃあ、もう帰るから」
「あ、も、もう? コーヒーでも煎れるからもう少し……」
「いい」
レイはそう言って、龍田に背を向けた。そして、
ドアの少し手前で足を止める。
「……」
龍田はそのレイの腰、そしてそのすぐ上あたりを鋭い目で凝視していた。
そこに原因があると思ったのだ。
そして、わかった。
(この娘……、ないのか?)
そう思った時、口から言葉が出ていた。
「きみ……、きみはいったい何なんだ?」
その言葉を聞いて、レイがゆっくりと振り返った。
「それ、私が聞きたいの」
「え……?」
「あなた……、目が青いのね」
「……」
レイはそれだけ言うと、今度は振り返りもせず、そのまま退室した。
────────────────────
龍田から処方された薬を定期的に服用するようになり、彼のカウンセリングを受け始めてから、アスカのシンクロ率は確実に上昇していた。
そのことはリツコらがデータを取って見るまでもなく、アスカ自身が実感していた。
実戦演習はなかったが、先日行われた格納庫での起動テストは呆気ないほどにうまくいったのである。
アスカが焦ることなくEVAは起動し、彼女の思いのままに動かすことが可能だった。
アスカは天にも昇る気分であった。
やっぱりあたしがいちばんだ。
あたしがいちばんEVAをうまく使えるんだ。
レイにはもちろんシンジにも負けない。
今度はシンジがピンチになった時、あたしが助けてやるんだ。
使徒のやつ、さっさと出てくればいいのに。
そうすればこのあたしが撃退してやるんだ。
アスカは彼女本来の自信と矜恃を取り戻していた。
それだけではない。
何事においてもうまくいくようになっていった。
もともと前向きではあったが、さらに積極性が増した気がする。
精神的に高揚し、落ち込んだことなど忘れてしまっている。
最初は疑心暗鬼で、藁にも縋る思いで龍田の薬に頼ったが、どうやら正解だったようだ。
今では彼に呼ばれる前に自分から龍田の部屋へ赴き、薬を欲しがった。
だが、気持ちが昂ぶり、ふわふわしていたアスカはまだ気づかなかったが、身体は少しずつ変調をきたしていた。
アスカはこの効果を得るため──シンクロ率を上げてEVAを上手に使うために薬を欲していると思っていたが、実際には早くも依存症の症状が出ていたのである。
薬がないと身体的にきついとか、精神的に落ち込んでしまうとかそこまではいかなかったし、何より薬の効果がはっきりと出ていたから、身体が欲しているのでは
なく、そのために飲みたいと思っていた。
そんな中、少しだけ異変を感じることがあった。
薬を飲めばすぐ治るのだが、飲まないでいると、何となく身体が火照るのである。
落ち着かない気分になり、気が散って集中できなくなる。
しかしそれもせいぜいその程度であり、しかも薬を飲んでしばらくすれば解消されるから、さして気にもならなかった。
そもそも、なぜ身体が熱くなるのか、もぞもぞしてくるのか、まだアスカにはよくわかっていなかったのだ。
それがわかったのは、シャワーを浴びている時だった。
強めの水流が胸──特に乳首──に当たったり、股間を洗う時などに、ジーンと甘く痺れる快感が走った。
それが何か覚ったアスカは顔が真っ赤になった。
これは性欲ではないか。
まだ14歳ではあるものの、早熟な娘はそれ以前からそのことに気づき、自慰を覚える者もいる。
アスカも例外でなく、偶然にそのことを知った。
そして友人たちとの会話や雑誌、ネットの情報でそれがオナニーという行為であることがわかった。
まだ学校でも本格的な性教育はなく、子供が出来るには男女間の性行為が必要であり、妊娠を望まないのであれば避妊は不可欠だと学んだくらいである。
もう少し経てば、保健体育で女性や男性の身体についてや自慰にもついても教えることだろう。
アスカは、そのいらいらや火照りを鎮めるにはオナニーに効果があることを知った。
以前はあまりしたことはなかったが、経験がないわけではない。
そして今回それをしてみると、以前よりも快感がはっきりと感じられ、しかも満足すると火照りが鎮まったのだ。
終わった後の罪悪感や汚辱感は大きかったが、だんだんと我慢できなくなってきていた。
しかしミサトの部屋でシンジとも同居している現状では、なかなかタイミングが難しかった。
ひとりになる時間がないわけでもないし、入浴中であれば気づかれにくいだろう。
しかし、何かの拍子に気づかれたらえらいことだ。
特にシンジに知られたくはなかった。
もしシンジがそれを知れば、アスカを薄汚い女だと思うに違いない。
そう思ったのだ。
完璧であることを望んでいるアスカにとって、そんな屈辱には耐えられなかった。
何より、気になっているシンジにそんな恥ずかしいことを知られたら、二度と顔を合わせられないと思った。
シャワーでこっそりと慰めている時に、つい甘い声でも出てしまえば(実際、堪えていたのに声が出てしまったことがある)万事休すである。
だからふたりがいない時に部屋にいるか、その機会がない時は出来るだけ早く龍田から投薬を受ける必要があったのだ。
アスカはここ数日、ひとりになるチャンスを逃しており、身体の熱もいらつきも頂点に近かった。
学校の授業を終えると、一目散でネルフ本部へ駆けつけ、龍田の診療室に飛び込んだ。
彼の部屋は「いつでも来られるように」と施錠されておらず、誰でも入室できた。
「ねえ! いる? 薬、欲しいんだけど……って、いないじゃないのよ!」
アスカは部屋にいない主に毒づいた。
「どこ行ってんのよ、まったくもう。あたしが来てるんだからいなくちゃダメでしょうに……。ああ、もう薬、どこよ」
アスカは無断で龍田のデスクの上を探し回り、戸棚や書棚の中まで見たが、薬らしいのはどこにもなかった。
さすがに薬剤を紛失するわけにはいかないだろうから、きっと管理ロッカーなり鍵付きのレターケースみたいなところに保管しているのだろう。
そう思ったが、どうもそういうのは見あたらない。
となると、あとはデスクの引き出しである。
アスカは少し焦って引きだしに手を掛けたが、虚しくガタガタと音がするだけだ。
当然、施錠されているのだ。
ということは、間違いなく薬はこの中だろう。
「ん〜〜」
アスカは唸って考えた。
引き出しを勝手に開けるだけでも問題なのに、鍵を壊してまで中を開けたら泥棒と同じではないか。
アスカの健全な理性や倫理はそう言っているのだが、もう身体が保ちそうになかった。
あとで謝ればいい。
そもそも龍田が部屋にいないのが悪いのだ。
アスカはそう決断して、しばらくガタガタと引き出しと格闘していたものの、とうとう諦めたようである。
いくら何でも机を破壊してまで盗むわけにはいかない。
それでは泥棒の一線すら越えてしまうだろう。
「ったく! どこ行ったのよ、あの男っ!」
アスカが罪もないデスクを蹴っ飛ばすと、乱雑に積んであった資料や本や数冊床に落ち、散らばった。
自分のせいなのだが、アスカは無性に腹が立った。
「もう!」
毒づきながらも、床に散った本や資料を片付けているのはアスカらしいと言えばアスカらしい。
その時、気がついた。
「ん?」
これ見よがしに大判の書籍がデスクの上に載っている。
医学書のようである。
ドイツの本で原書だったからシンジにはとても読めないだろうが、アスカはドイツ語も英語もいけるマルチリンガルである。
「何よ、これ……」
性医学の本だった。
分厚くて難しそうな装飾だが、ところどころカットや写真も入っている。
開かれていたページはちょうど女性の性欲についての内容だった。
しかもそれが、専門的というよりも少しくだけた文体で書いてある。
それだけにアスカを刺激した。
いつの間にかアスカは文字を目で追い、読み始めていた。
内容はだんだんときわどくなってきている。
終いには自慰のやり方の実例まで載っていた。
鼻から漏れる息がかなり熱くなってきている。
ページを繰る手が止まり、その手が自然と制服の胸へ伸びていた。
制服の隙間から手を入れ、ブラウスの上から軽く乳房に触れる。
ブラ越しとはいえ、かなりの刺激が湧いた。
右手はスカートの上から股間を押さえている。
動かしたい指を意志の力で必死に押さえ込んでいた。
ここでそんな恥ずかしいことは出来ない。
もし部屋に龍田が戻ってきたらどう言い訳すればいいのだ。
「くっ……」
アスカは何とか堪え、胸と股間から手を引いた。
驚くべき意志の強さである。
しかし、落ち着きなく辺りを見回し、もう一度ドアの方を見てから、その本を手にした。
まさか持って帰るわけにはいかないから、コピーしようと思ったのだ。
アスカはページを開いたままコピー機に掛け、「必要なページ」だけコピーを取った。
10ページほどコピーを取り終えると、急いでそれを通学鞄に詰め込んだ。
そこまでするとホッとして、本をデスクに戻そうと思った時に龍田が帰ってきた。
アスカは、それこそ口から心臓が飛び出るほどに驚いた。
「なっ、何よ、いきなりっ!」
龍田としては自分の部屋に戻っただけであり、どっちかというとアスカが不法侵入なのだが、そのことには触れず、素直に謝った。
「悪い、悪い。ちょっと葛城と話があって外してたんだ。何か用かい?」
「べっ、別に……あ、そうじゃなくて薬! 薬ちょうだいよ」
「薬? ……しかし、三日前にあげたばかりじゃないか。あれはそんなに頻繁に飲むものじゃないんだよ。せいぜい10日に一度で充分だし、せめて一週間
くらいはインターバルを空けないと……」
「で、でも欲しいの! あれを飲めばあたしは……」
「薬の効果だけじゃないよ。アスカ自身の頑張りもあるからさ」
「そうだけど……」
「だから落ち着いて。薬が必要な時にはちゃんと処方するから。それとも……」
「どうしても飲みたいのかい? 飲まなきゃならない理由でもある?」
「な、ないわよ、そんな……、あっ」
手に持っていた本が落ちた。
分厚く重たい本だったから、華奢なアスカが片手で持つにはかなり負担だったようだ。
持っていた左手が少し痺れて痙攣している。
「……ん? 何か読んでたのかな」
「こ、これは、その……」
「いや、別に構わないよ。ここにある本でよければ自由に読んでいいし、何なら持ってってもいいよ」
「い、いいわよ、別にっ」
アスカは強くそう言うと、本を重そうにデスクへ戻した。
そして鞄を抱きしめるようにすると、何か隠しでもするようにこそこそとドアに向かって行った。
その背中に龍田の声が掛かる。
「またいつでもおいでよ。薬の方は、投薬する時に連絡するからさ」
「……」
アスカは背を向け、黙ったままその場を立ち去った。
────────────────────
「ただいま〜〜っ」
「あ、お帰りー」
「あれ? ミサトさん、帰ってたんですか?」
その日、シンジがマンションへ帰ると、意外にもミサトが先に帰宅していた。
今日は特に何もなかったのでネルフ本部には寄らず、シンジは学校からそのままマンションへ戻ったのだ。
しかしミサトの方は当然本部で職務があり、「夕食はいらないから、アスカとふたりで適当に食べて」と言われていたのだ。
それが、シンジよりも先に帰って来ているとは思わなかった。
だが、まだ制服姿のままだ。
「ミサトさんも帰って来たばかりですか」
「あ、ううん……。これからまたネルフに戻るから」
「え、またですか? あれ、そういえばアスカはまだか……」
「アスカね……」
ミサトは、手にしたベレーを弄びながら、シンジから視線を外して答えた。
「出てっちゃった」
「は? 出ていった……?」
「そ。独り暮らししたいんだってさ」
そう言って、ミサトは力なく笑った。
実際、ミサトは無力感に囚われていた。
ぎくしゃくしてはいたが、彼女にとって大切な「家庭」ではあったのだ。
それが、いとも呆気なく崩壊してしまった。
まだシンジはいるし、彼が出て行くとは考えにくかったから崩壊は大げさかも知れないが、アスカはここを安住の地とはしなかったのだ。
加持との関係が復活したことを覚ったアスカがミサトを敵視し始め、ミサトとしても扱いづらくなったとは思っていた。
しかし、アスカが出て行ってホッとしたという感覚はほとんどなく、そこはかとない寂寥感ばかりが残った。
そんなつもりは毛頭なかったが、自分の方がアスカに対して年甲斐もなくライバル視したのかも知れない。
それでアスカは居づらくなったのではないだろうか。
いや、それはないだろう。
年齢差もあるし、ミサトの性格からして、例えアスカが露骨に加持に迫ったとしても何とも思わないだろう。
加持の方とてそんなアスカに靡くはずもなく、適当にはぐらかすに違いなかった。
アスカと加持がベタベタしていたとしても妬心も湧かないはずだ。
加持がそれを受け入れていたとしたら、ミサトはアスカに当たるよりも、むしろ加持を叱るだろう。
驚いたシンジが鞄を床に落としてミサトに歩み寄ってきた。
「それで、アスカはどこへ……」
「気になる?」
「気になるって言うか……、心配じゃないですか! 女の子の独り暮らしなんて」
「ふふ、そうね。優しいなあ、シンちゃん」
「ミサトさん!」
「わかった、わかった。アスカは本部へ行ったのよ」
「ネルフ本部ですか? マンションとかじゃなくて?」
「今シンちゃんが言ったでしょ。あの歳の女の子がマンションで独り暮らしなんて危なくて、いくらあたしでも認めないわよ。じゃ、レイはどうなんだって
言われたら何も言えないんだけどね。そう言うつもりだったら、アスカがね……」
ネルフ本部に住み込みは出来ないのか、と言ってきたのだそうだ。
これにはミサトも困惑した。
独り暮らししたいという希望はわからないこともないものの、まさか本部に住みたいと言い出すとは思わなかったのだ。
理由を正すと、アスカは些か口ごもりながら「EVAの近くに居たい」ということ言ったらしい。
使徒に敗れ、その後のシクロテストでも芳しい結果が出ておらず、苛ついたり落ち込んだりしていた彼女を、シンジは心痛の思いで見つめていた。
しかし、新しく赴任してきた龍田医官の治療を受け、シンクロ率が目覚ましく上がっていった。
アスカの調子も機嫌もシンクロ率とともに急上昇し、積極的な彼女を見慣れていたはずのシンジでさえ呆れるほどのハイテンションになっていった。
それだけEVAにこだわりのある娘だからなのかとも思うのだが、それにしても実戦や訓練でイヤと言うほどEVAを使うのに、プライベートでもEVAの
近くで暮らしたいと思うものなのだろうか。
シンジにはその疑念がどうしても払拭できなかった。
「本部はジオフロントだし、そうじゃなくても空間が狭いんだからあたしもリツコも困ったけど……。アスカは、どこでもいい、どんな部屋でも文句は
言わない、物置でも構わないからって、聞かないのよ」
「……」
「仕方なく捜してみると、ないこともない。シンちゃんたちが使ってる控え室の廊下の突き当たり。あそこに小部屋があるの知ってる?」
「ああ……、なんかキャビネットやロッカーが乱雑に置いてあった……」
「そう。もう誰も見ないような古い資料が置いてあるような、それこそ物置。そこに……」
「でもあの部屋、すごい埃でしたよ。住むようにするだけでも一苦労だ」
「そうなんだけど、アスカはそこでいいって……。中のものを片付けておいてくれれば掃除は自分でするから、中に入れるベッドやクローゼットとかの
家具だけ用意してくれって」
アスカにしては珍しい。
彼女なら、大掃除も引っ越しもシンジを呼びつけて手伝わせて……というよりシンジにやらせたことだろう。
「まあ、よくよく考えれば誰も見ていないマンションの独り部屋で暮らさせるよりはずっと安心だしね。龍田くんの部屋も近いから、何かあれば彼が対処
してくれるだろうし」
「で、でも……、何でですか!? 何で急に……」
「何で……? そっか、シンちゃんにはそういう女心はまだわからないか」
「……?」
アスカは加持に憧れていることを公言しているし、シンジとて加持とミサトの関係も何となくではあるが察している。
シンジもミサトに対して様々な思いがあるが、といって加持との関係にヤキモチを灼くようなことはない。
何しろまだ14歳なのだ。
況して女同士のそうした「泥沼」関係など、それこそまだ14歳だから理解できるはずもない。
実際はミサトとアスカではかなり温度差があるわけで、泥沼とは言えないが、少なくともアスカの方が過剰に意識していることだけは間違いない。
ミサトは鏡を見てベレーを被り、その位置を直しながら言った。
「そういうことだから。悪いけどシンちゃん、夕飯は適当に何か食べてくれる?」
「はい……」
「多分、帰りは遅くなるから先に寝てていいよ。泊まりになりそうな時はTELするから」
ミサトはそう言って出かけていった。
その後ろ姿を見送りながら、シンジはダイニングの椅子に腰掛ける。
「そっか……。アスカ、出て行っちゃったんだ……」
実は、アスカが家を出た理由はそれだけではないことをふたりとも知らなかった。
────────────────────
シンジの言った通り埃まみれだった部屋は、赤い少女の懸命な努力で、どうにか人の住める空間となっていた。
髪をバンダナで保護し、口と鼻を大振りのマスクを覆い、手には野暮ったい軍手を嵌めて、本格的な大掃除だ。
アスカは我ながら感心している。
まさか自分がこんな地味なことで一所懸命になれるとは思いもしなかったのだ。
とはいえ、もともと綺麗好きではあったし、もと保護者であるミサトほどずぼらでもなかったから、必要に迫られればこれくらいのことは出来る。
シンジを連れてきて手伝わせようとも思ったのだが、それは止めた。
こんな部屋に住むのかと思われると癪だったし、何しろ若い乙女の私室である。
いかに気になるシンジとはいえ、いや、だからこそ部屋を見られるのが恥ずかしい気がしたのだ。
狭い部屋だった。
もちろん畳敷きではないが、六畳ほどしかないだろう。
床はリノリウム張りで、色気も可愛げもなく無機質な感じがする。
壁も愛想のない、なまっちろい色だ。
さすがに壁紙を貼るところまでは無理な気がするから、棚を吊ったり長押をつけたりして色々と飾ろう。
床もカーペットを敷けば少しは見栄えがすると思う。
アスカはそう考えると少しウキウキしてきた。
この辺は、コンクリート打ちっ放しの壁や床の、殺風景極まりない部屋に住んで何とも思わないレイとは大きな違いだ。
クローゼットや戸棚、本棚、机に椅子、そして電化製品まで設置したらほとんどスペースがなくなるような気がしたが、寝るだけ、勉強するだけの部屋と
割り切ればいいのだ。
レストランや売店、図書室、プール、スポーツジムは好きに使えるのだ。
夜中に喉が渇いたから近くのコンビニまで出かけないと、という手間もかからないのである。
「こんなもんかなっ」
一通り終えると、アスカは取り敢えず持ち込んだベッドの上へ、身軽そうにポンと腰掛けた。
バンダナとマスクを外し、鬱陶しかった軍手も取ってポイと投げ捨てた。
掃除機やバケツ、雑巾がそのままだが、少し休んで片付けよう。
そう思ってごろりと横になり、心地よく疲れた身体を休める。
「……」
シンジもミサトもいない生活が始まるのだ。
いや、ここネルフ本部ではいつでも顔を合わせるだろうし、シンジとは学校も一緒なのだから、いなくなるわけではない。
しかし、プライベートに於いては、ほぼ完全にシンジたちと切り離されることになるのだ。
もしかしたら寂しく思うこともあるかも知れない。
そんな弱気を、顔を振ってアスカは振り払った。
それくらいなんだ。
あたしはもともと「独り」なんだ。
自分はEVAチームのトップエースなのだ。
EVAに乗ること、そして使徒をやっつけることこそが生き甲斐であり、生きている証だったはずだ。
それに、アスカが活躍すれば、いやでもシンジの目を引くことになる。
彼との関係はそれから考えても遅くはない。
「ん……」
少し落ち着くと、また何か催してきた。
今まで部屋掃除と整理に専念していたこともあって忘れていたのだが、龍田からの薬が貰えなかったこともあり、身体の火照り、股間の疼きが収まっていなかったのだ。
むくりと起き上がったアスカは、龍田の部屋からとってきた本のコピーを鞄から取り出す。
それをホチキスで止めると、また仰向けに寝転がって眺める。
「……」
「使えそうな箇所」だけ適当にコピーしたので、前後の文章がよくわからない。
が、大まかには理解出来た。
各所に繊細なイラストや、ややグロテスクにも見える写真まで載っている。
ざっと目を通すと、女性の性欲に関しての論文らしい。
この章は女性のオナニーについて書いてあった。
それによると、自慰の利点はいくつかあるらしい。
ひとつは性欲が治まること。
まさに今のアスカの目的でもある。
性行為をしたいのにそれを我慢していらいらするよりは自慰で解消した方がずっと良いこと。
性感帯が開発され、その後の性生活が豊かになること。
そしてオーガズムを感じやすくなること。
「オーガズムって……、「いく」ってことよね……」
まだ自慰経験も浅いアスカには、その感覚はわからなかった。
大変に気持ち良いことだとは聞いているが、実感としてはまだない。
ただ数少ないオナニー経験でも、身体がふわふわとして気持ち良くなることはたびたびあったから、多分それの大きなものなのだろうと想像はつく。
アスカの白い喉がゴクリと動いた。
あの感覚が欲しくなってきている。
それがあれば、今のこのもやもやは消えてくれるはずなのだ。
だからオーガズムを感じられれれば、その効果はさらに大きいはずだ。
是非とも感じたくなってきた。
さらに読み進めると、具体的な「やり方」まで書いてあった。
その文章の脇には、ご丁寧に若い白人女性がオナニーしている写真まで入っている。
無論、モデルが撮影用に演技しているだけだろうが、そうした写真を見ることなどなかったアスカにとっては、充分に刺激的だ。
アスカは、無意識のうちに片手で胸をまさぐっている。
片手でコピーをめくる。
今度は場所についてのようだ。
寝る前にベッドで行なうのが多いらしい。
しかしシチュエーションは様々で、クローゼットの中が良いとか、逆に屋外がもっとも感じるという意見もあるようだ。
そして、アスカも時々やっていた浴室でのオナニー──シャワーの水流で乳房や股間を刺激する、というのもかなり有効らしい。
そして意外だったのが、姿勢である。
アスカはほとんど意識しなかったし、寝そべってするものだと思っていたから、これには少し驚いた。
立ったままとか椅子に腰掛けてからする、というパターンもあるみたいだ。
同じ寝てするにしても、うつぶせて行なう例もあるそうだ。
この場合、ベッドに密着させている腰を少し浮かせて手を忍ばせ、軽くお尻を持ち上げるようにして指で愛撫するという。
興味を引いたのは「脚を伸ばしてした方がオーガズムを得やすい」ということだった。
理屈はこういうことらしい。
膣や肛門付近にある括約筋のせいだそうだ。
だからセックスの際にも、まだ行為に慣れていない時は伸長位が良いらしい。
アスカの場合、特に理由はなかったが、仰向けに寝て膝を立てているケースが多かった。
脚を伸ばすとまるで無防備な感じがして気恥ずかしかったからだ。
誰が見ているわけでもないが、やはり気になるのだ。
しかし今は誰もいない。
アスカひとりっきりである。
アスカはぺらりとコピーをめくると、次のページを読み進める。
いつもはエッチな想像をしながらするのだが、今はこの医学書が充分に「オカズ」になっている。
アスカの右手は制服の前をはだけさせ、白いブラウスの前を開き、ブラジャーの上からそっと乳房を揉んでいる。
「ん……」
いつもの軽い快感があった。
これでは何となく物足りなかった。
アスカはブラをめくり上げると、小振りな乳房を露わにした。
ブラから零れた真っ白い胸肉を優しく揉み込んでみる。
かなりの刺激が湧いた。
指先でちょんと乳首を突いてみると、思わず声が出るほどに気持ち良かった。
「んっ!」
声が出たと同時に、左手に持っていたコピーがぱさりとベッドに落ちた。
胸をまさぐっていた右手はそのまま下半身へ伸びる。
代わって左手が乳房を愛撫し続けた。
アスカは膝を立てず、脚を伸ばしたままの姿勢で、スカートの上から股間を押さえるように刺激した。
夏服の生地は薄かったが、その感触がもどかしくなり、ためらうことなくスカートをまくると、ショーツの上から性器を軽く擦ってみる。
「あ……、ん……」
ぴりっと甘く痺れるような快感が走る。
でも、もっと欲しい。
もっと強く刺激的なものが欲しい。
アスカの手はショーツの中に侵入し、直接、媚肉をまさぐり始めた。
胸を揉む手にも力が入り、小さな膨らみをぎゅっと潰すように擦っている。
細い指が白い肉丘に食い込んでいた。
媚肉をいじる指は、そっと割れ目に沿って上下へ緩く擦っているだけだった。
普段からしているオナニー技法である。
だが、それではもう治まりがつかなくなってきていた。
白い指が膣の合わせ目をそっと押し開く。
すうっと外気が膣口に触れ、ぞくりと震えた。
指は襞を擦り、膣口に這っていくような動きを見せた。
「いやらしい、こんなの……、でも……あ、止められない……あっ」
膣への愛撫がエスカレートするのを恐れ、胸への愛撫が強まっていく。
揉むだけでなく、生意気にぷりっと膨らんできている乳首を指で軽く摘む。
さっきよりずっと強い刺激がびりっと乳首を襲ってきた。
「んんっ!」
アスカは乳首を転がすようにこね、指先で引っ張るような仕草までしてみせた。
かなり快感が強い。
しかしそれで媚肉の昂ぶりを押さえ込むことは出来ず、かえって熱く潤んできてしまっている。
「……」
アスカはすっと腰を小さく持ち上げると、ショーツを腿まで下ろした。
このまま自慰を続けては、下着が汚れてしまうと思ったからだ。
これまでの経験で、アスカは自分が濡れやすいことを何となく察していた。
下着の上からオナニーしていて、つい熱中してしまい、気がついた時には下着がかなり濡れ汚れていたことがあったのだ。
クロッチ部分だけでなく、前全体が濡れていて、アスカはひどく羞恥心を感じたものだった。
「あ……」
媚肉から離した指を見てみると、案の定、とろりとした透明な粘液で濡れている。
濡れた人差し指と親指を擦りつけ、離してみると、つうっと粘る汁が糸を引いていた。
いつもはこれで満足できたのに、今はさらに欲しくなってきている。
興味はあったが、今までは怖くて出来なかったことをしてみようとアスカは思った。
指を挿入したらどうなるだろう。
なぜそこに何か入れたいと思うのか、よくわからない。
わからないが、身体が火照り、性的に反応してくると、なぜかそこに刺激が欲しくなり、終いには何か入れてみたい、という欲求が湧き起こってくるのだった。
「っ……」
くちゅっと音をさせて、指が愛液にまみれた媚肉に食い込んでいく。
人差し指が、恐る恐る膣口をまさぐり、そのごく小さな穴に指先が少しだけめり込む。
思ったより快感はなかったし、身体の中に何か入るという恐怖もあり、すぐに指を引いた。
そのもどかしさを補うかのように、濡れた指はクリトリスに伸びていった。
そこが極めて鋭敏な性感帯であるという知識も持っていたし、何より「実践」でわかっていた。
包皮の上から軽く扱くだけでも鋭い快感があった。
また、それをやってみる。
クリトリスを優しくつまみ、その根元を軽くしごく。
「ふわっ……!」
同時に乳房を揉み込み、屹立した乳首を指で軽く捻った。
経験の浅いアスカには、それだけの性感で充分だったらしい。
「ひっ……、あうんっ!」
じゅっと愛液が膣口から溢れ出し、アスカはぐぐっと脚を突っ張らせた。
指はクリトリスを軽く潰しており、乳首をぎゅっと握っていた。
そのままの姿勢でしばらく小さく震えていたが、次第に力を抜き、くたっとベッドで脱力した。
(気持ち良かった……。いつもとちょっと違う感じ……。これが「いった」ってことなのかな……)
アスカはぼんやりとそんなことを考えながら、また濡れた指を見つめた。
「……洗わなくちゃ」
そうつぶやくと、ティッシュで汚れた部分の後始末をし、下着を直してから立ち上がった。
すっきりはしたのだが、事後に感じる後味の悪さと虚しさはいつもと変わりなかった。
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