セイラをフォン・ブラウンに招き入れた翌日、マ・クベ大佐は、市内のレストランでふたりの
男に会っていた。
ラウンジと離れた個室にいた三人は、いずれもスーツ姿だったが目つきが鋭く、一見して一般
人には見えなかった。
マ・クベの対面にいたふたりのうち、大尉の資格を持つひとりが口を切った。
「……話はわかりましたがね、大佐」
大尉は短くなったタバコを灰皿で捻り潰しながら言った。
「確かにハマーンの行状には納得いかぬところもある。が、結果として方向性が誤ったことも
ない。見限るには早いと小官は思いますが」
「私もそう思います」
その横にいた中佐が言った。
「あの女、若いに似ず、政戦両略に於いてなかなかの才を見せています。デラーズの件にして
もそうです。我々が懸念していたティターンズとも、近々手を切るという話もある。時期尚早
ではありませんか?」
「そう。それに何と言っても、ハマーンはミネバさまを擁しておられる。今やミネバさまこそ、
我らジオンの象徴足り得るものです。これは何者にも代え難い……」
「それだ」
黙ってふたりの話を聞いていたマ・クベが口を開いた。
そして、難しい顔をしているふたりの士官をじっと見て言った。
「貴官らは、ミネバさまこそジオンの象徴という。それはなぜだ?」
大尉と中佐は顔を見合わせた。
そして「異な事を言う」とばかりに中佐が言った。
「ミネバさまはかのドズル閣下の忘れ形見ではないか。であるならば、ミネバさまこそ忠誠の
対象であろう。そもそも、大佐がミネバさまとゼナさまをソロモンから救出なさってのでは
ありませんか」
ミネバがドズルの娘であった、ということが大きいのだ。
これがキシリアやギレンの子であったなら、こうまで旧ジオン派はまとまらなかっただろう。
もし、国民的人気が高かったガルマの子でもいたのなら別だが、長兄や姉は決して軍人たちの
人望があったわけではなかった。
軍才はあったが人格的な問題である。
一方、ドズルは政治的な活動に一切興味がなかったし、行動がわかりやすかった。
また、高級士官であったにも関わらず、一般将兵とともにMSを駆って前線に出たし、白兵戦
までやってのけた。
下級兵たちと戦場で寝食することも厭わなかったから、現場の受けが極めてよかったのである。
そのドズルの子を象徴としたからこそ、アクシズはまとまっているのだ。
「確かに。私がおふたりをお助けした。だが、それとこれとは意味が違おう」
「なんと?」
緊張するふたりに、マ・クベも真剣な眼差しを向けた。
ここが山場なのだ。
「いいかね。私はジオン公国の復興を願っているのだ」
「何をいまさら……。それは我々も、いやアクシズも同じことだろう」
「違う」
「……どういうことだ?」
マ・クベはすっと立ち上がった。
ふたりの士官は息を飲んで上官を見ていた。
「ミネバさまはドズル閣下の子……。つまりはザビ家だ。貴官らはザビ家の復興を目指して
いるのかね」
「それは……」
「よく聞きたまえ」
マ・クベはやや芝居がかった動きで、士官たちの言葉を止めた。
「貴官らは……、いやアクシズは……、いやいや、ハマーンは気軽にジオン復興と口にする。
なのに、その中心として奉り上げようとしているのはミネバさま……つまりザビ家の生き残り
ではないか!」
「……」
大尉と中佐は、マ・クベの糾弾に息を飲んだ。
「ドズル閣下のことはとやかく言うまい。が、安易にミネバさまを担ぎ出すということは、
単にザビ家独裁を復活させようということに他ならないだろう」
「……」
「ハマーンは、口ではジオン再興などと言っているが、その実、ミネバさまを隠れ蓑にして
自分がその裏で糸を引き、独裁体制を布こうとしているだけだ。ザビ家がハマーンに代わる
だけなのだ」
マ・クベ大佐に気圧されて黙っていた大尉がどうにか口を開いた。
「そ、それはわかりますが……。では、どうするというのです?」
「そうです。仮にハマーンがどう考えていようとも、ミネバさまが求心力になっていること
に変わりはない。しかもミネバさまを抑えているのはハマーンだ。どうにもなりません」
「案ずるな」
マ・クベが不敵に笑った。
「こちらは正統な後継者を抑えている」
「正統な後継者?」
「かのジオン・ズム・ダイクンの娘だ」
「なんと……!!」
ふたりのアクシズ士官は呆気にとられた。
「アルティシア・ソム・ダイクン。ご存じかな?」
「な、名前は知っているが……」
ジオン公国国民にとり、ジオン・ダイクンの名は特別の響きを残す。
ダイクンの改革こそがスペース・ノイドに生きる道を与え、地球からの呪縛を解き放ったのだ。
デギンはダイクンの死にうまくつけ込み、その尻馬に乗ったに過ぎない。
そもそもジオンの死にデギンが何らかの形で絡んでいたらしいことは、今では半ば事実として
受け取られている。
結果として出来上がった国は、ジオンの提言とはほど遠いザビ家の独裁国家だったのだ。
そのことに国民が気づいたのは一年戦争末期であり、遅すぎた。
従って、ザビ家には複雑な心境を示したり、あからさまに否定する者はいても、サイド3の
住民でジオン・ダイクンを認めない者はいない。
「彼女は戦前、地球からサイド7に移住し、ひょんなことから連邦軍に従軍していた」
「連邦軍に……」
「憶えているかね、かの木馬だ」
「ホワイト・ベース……!!」
「そう、木馬に乗艦していたのだ。連邦軍第13独立艦隊としてね」
「そ、それで……」
驚嘆すべき情報に、ふたりは食い入るようにマ・クベを見据え、先を促した。
「ア・バオア・クーで木馬も撃沈したが、彼女は生き残っている。そしてその後は軍から身を
引き、地球に降りて暮らしていたのだ」
「……」
「そのことを知った我々は、彼女こそ正統な後継者と信じ、接触した。そして快諾を受けた」
「なんと……」
「彼女は今年で26歳だ。もう充分におとなの判断が出来る。事情を話すと受け入れてくれた
のだ。彼女自身も、連邦の腐った官僚政治に嫌気が差していたようだし、反連邦組織のいずれ
もが堕落していることを見抜いているようだった」
「……」
「我々が協力を要請し、盟主となっていただけるようお頼みしたところ、喜んで受けてくださ
った。その上で資金援助までしてくださる、と……」
だいぶ話を粉飾していたが、セイラがこっちについたことはウソではない。
「どうだね。ハマーンに正義はない。こちらに就かんかね? 私としても、貴官らのような
歴戦の勇士に味方になってもらえば心強い」
「……」
ふたりは明らかに動揺していた。
マ・クベの言うことはもっともな気はするが、ハマーンを甘く見過ぎてはいないか。
それにジオンの娘というのも本当なのだろうか。
「大佐……、その話、本当でしょうな」
「ウソはつかぬ。もし仲間になってくれれば、近い内にアルティシアさまにお会いいただこう」
ふたりの将校は顔をつきあわせてボソボソと相談し始めた。
マ・クベは冷たい視線でその様子を眺めていた。
もし彼らが読唇術を使えれば、その時マ・クベの口が小さく「くだらんな」と動いたのを察知
できたろう。
軍官僚であり、将兵というよりは軍政家である彼は、一般兵と違った戦争観を持っている。
戦争とは利害で行なうものだ。
それを忘れた時、その国は敗退の道を進むことになる。
義理だの情だのに押されて参戦するなどというのは愚の骨頂だった。
国家にも国民にも多大な損害を招きかねない戦争という愚行を敢えてする場合、十分な勝算と
その後の復興や利益に関して裏付けがなくてはならぬ。
なのに目の前の連中と来たら、ジオンに対する尊敬や忠誠からその道を選ぼうとしていた。
ジオン・ダイクンは確かに偉大だった。
しかし、だからと言って、彼が死んでまでその道を進むことはないのだ。
ましてその娘とどんな関係があるというのか。
こういった奴らは、その忠誠の対象がなくなればいつ敵に寝ころぶか知れたものではない。
マ・クベとしては当然信用が置けない。
しかし今はとにかく数が必要な時期である。
彼の評価はともかく、中間管理者は不可欠だ。
いざ叛乱が成り、マ・クベが首魁の座に治まったとき、ゆっくり処分すればいいのだ。
「……」
話がまとまりかけているふたりを見て、彼は改めて愚かだと思った。
やつらは、戦いを起こす理由としてもっとも愚かな要因−信念で戦争に走ろうとしている。
戦乱が終結したなら、まっさきに粛正すべき輩だろう。
大佐がそこまで想像していると、ふたりの士官は了承した旨を彼に伝えた。
──────────────
ローゼンベルグに鞭、ロウソクで虐められ、その後、何度も犯されたセイラは、市内某所の
雑居ビルに閉じこめられていた。
ビルは民間企業の持ち物だったが、マ・クベがアルティシアの名前で丸め込み、無償で借りた
ものだった。
マ・クベは居住スペースで軟禁しておくように命令していたが、ローゼンベルグはそうしなか
った。
縛ったり手錠をかけたりこそしなかったが、ちゃんとした部屋でなく地下牢に放り込んだのだ。
まだ気位を捨て切れていないセイラを貶め、もうローゼンベルグのものなのだということを
わからせるつもりだった。
何に使っていたのか、鉄格子の嵌っている部屋がいくつもあった。
セイラはそのもっとも出口寄りの牢に押し込められた。
セイラを連れてきた男は、扉を開けると無造作に中へ放り込んだ。
尻餅をついたセイラが男を睨んで言った。
「乱暴ね! 少しは気を使いなさいよ」
「ふん……。少佐どのにこってり可愛がられたくせに、まだ生意気な口を利くんだな」
「……!!」
男はローゼンベルグ子飼いの部下で、ためにセイラが少佐に何をされているかも知っていた。
セイラが押し黙ったので、男はもういちど鼻を鳴らして音高く格子戸を閉じると、振り向きも
せず出ていった。
「……」
これからどうなるのだろうか。
このままマ・クベに利用されるのか。
そして、あのローゼンベルグに飼い慣らされ、無理矢理セックスされ続け、奴隷のように這い
蹲るようになってしまうのだろうか。
さすがにセイラも失望に打ちひしがれていると、隣から声が掛かった。
「おい」
「……」
「おい、あんた」
「!」
セイラはハッとして隣を見た。
隣と言ってもリノリウム塀で仕切られた隣の牢が見えるわけもない。
「だ、誰……。誰かいるの?」
「ああ、いるぜ。だけど……」
「……」
「金髪さん……。あんた金髪さんだろ?」
「え?」
古いニックネームだった。
ホワイトベース時代、セイラはそう呼ばれていたことがある。
「あ、あなた、誰なの?」
「やっぱりそうか。セイラさんなんだな?」
男の声が少し明るくなった。
「俺だよ、俺。カイだ」
「カイ……!?」
カイ・シデン。
ホワイトベース時代のクルー仲間だった。
彼は、父親がコロニー建設の技術者であった関係でサイド7に移住していた。
そこで0079年9月18日の戦闘に巻き込まれ、ホワイトベースに避難し、そのままなし
崩しでクルーにされてしまった。
父の仕事柄、大型作業機械のライセンスを持っていたためMS搭乗を命じられ、RX−77
のパイロットをやらされることになる。
「カイ……、あなたなの……」
セイラは、正直言って彼に対して良い思い出はない。
皮肉屋で口ばかり達者な彼は、どちらかというとセイラが嫌うタイプだったからだ。
戦争終結前後は、いっぱしの戦士というか男になっており、以前ほどの嫌悪感はなくなって
いたが、特にどうという存在ではなかった。
しかし、こうしたどん底の時でかつての仲間に会えたというのは、それだけで気分が休まる。
思い起こせば、年齢もセイラと同じだったはずだ。
「あなた、ジャーナリストになったって聞いたけど……。なんでこんなところにいるの?」
「そりゃ俺の方が聞きたいぜ」
カイは笑って言った。
「地球に……確かフランスだったかな、そこにいるはずのあんたがなんで月にいるのか。それ
もこの建物はアクシズの息が掛かったやつの持ち物なんだぜ」
「……」
「まあいい」
つい報道人としての追求癖が出てしまうことに苦笑し、カイは矛先を緩めた。
「俺のことだったな。そう、セイラさんの言う通りフリーのジャーナリストさ。ま、フリーと
言えば聞こえはいいが、要するに組織に馴染めないだけよ。ホワイドベースでセイラさんも
知ってるだろ、俺の性格」
「……」
一言多いのも変わっていないようである。
「だからおかしな呪縛はないんだよ。これは、と思ったらどこにでも食いつく」
「……それで食いついたのがアクシズなわけ」
「そう。だが……。セイラさんも知ってるんだろ? こいつら、アクシズっていっても不満
分子というか、不逞の輩ってやつさ」
「……」
「今をときめくアクシズが分裂騒ぎ。こりゃジャーナリストとしちゃ放っておけないさ。もっ
とも、そのことに気づいたのは俺くらいだったようだがな」
カイは情報収集のためならイリーガルな手段も平然と用いる。
それこそがフリーの特権だと思っているからだ。
彼は連邦内部だけでなく、アクシズやティターンズ内にも情報源を持っていた。
「で、その連中が巣くっているのが月のフォン・ブラウン市だとわかったはいいが、そこから
先がぷっつりだ。仕方なく、あちこち漁った結果、ようやく下っ端を飼い慣らしたと思ったら
そいつが殺されてな」
「……」
「ヤバイと思って逃げ支度、ひとまず退散とばかりに宇宙港へ向かったら、そこで捕まっちま
った」
「そうだったの……」
「で……」
カイは自分の話を打ち切り、セイラに訊いた。
「セイラさんの方はどうしたんだい? 地球で厭世生活しているはずのあんたが、どうして月
になんぞいるんだい。それも牢獄にぶち込まれるなんてよ」
セイラは言葉を選びながら慎重に話した。
信用していないわけではなかったが、必要以上のことを知ってしまったら、カイまで殺される。
「……なーる。それでミネバの代わりにあんたを擁立しようってわけか」
「……」
「首謀者は誰なんだい?」
「……」
「言えないのかい?」
カイは壁に背をもたせ、寄りかかりながら言った。
「もしあんたが俺のことを心配して余計なことは言わないでいるならムダだぜ。ここまでの
ことを知ってるだけで、やつらは俺のことを生かしておくつもりはないさ」
セイラはふっと笑って言った。
「……わかってるのね」
「当然さ。この仕事、長いもんでね」
カイもつられて笑って答えた。
「だから知ってることは話してくれよ。……セイラさんに都合の悪いことならいいからさ」
「……。わかったわ」
「じゃあ改めて訊くけど、頭は誰だ?」
「マ・クベよ」
「なに!? あいつ生きてたのか?」
「らしいわね。会ったわよ、私も」
「そうか……」
「それともうひとつ」
セイラはあのことを告げることにした。
何とか食い止めたかったからだ。
「マ・クベはこの市に青酸ガスを撒くつもりよ」
「なんだと……!?」
「やつら、私を味方につけるためにフォン・ブラウンの市民を人質にしたってわけよ」
「そりゃ一大事だな……」
「カイ、何とかなる?」
「……」
沈黙したカイに、セイラは諦めたように言った。
「……ごめんなさいね、無理言っちゃって。あなただってこうして閉じこめられてるんだも
の、無理に決まってるわね」
「……いや、俺は逃げる」
「……」
「こんな牢、どうってことはない。見張りはいないし、こんなところよりもっと厳重な監獄
から生還したこともあるんだぜ、俺は」
カイは全身に力がみなぎるのを感じた。
ひさびさの大仕事になりそうである。
「じゃ、じゃあ……」
「任せとけよ」
セイラのすがるような声を受けてカイは言った。
「一端ここを出る。さっき壁を調べたが、分子破壊装置かなんか使ってぐずぐずになってる
箇所があった。以前、ここに閉じこめられたやつがそこから逃げようとしたんだろうな」
そこに穴を開けて逃げなかったということは、壁を崩した前の住人は使わずに釈放されたか
処分されたのだろう。
いずれにせよ、カイには幸運だった。
「だから待ってなよ。ここから出たら、まずあんたを救出する手段を考えるから」
「私は……いいわ」
「……なに?」
「それより早く逃げて。そしてガス攻撃を止めさせるのよ」
「そ、そんなこと言ったって……」
思いがけぬ提案に、カイが動揺する。
セイラが言った。
「時間がないわ、早く逃げて。私はともかく、あなたはここにいたら命はないわ。無事脱出
できたら連絡手段を考えて」
「……よし、わかったよ」
ローゼンベルグが、カイの逃げ去った牢に来たのは、それから2時間後のことだった。
──────────────
2日後。
セイラはローゼンベルグに雑居ビルの牢獄から連れ出され、再度マ・クベの元へ行かされた。
そこで旧公国軍女性士官の軍服を着せられた上、並み居る将校たちに引き合わされたのである。
マ・クベの説明によると、連中はアクシズの中堅幹部らしいが、まだハマーン派に戻るかマ・
クベに付くか判断しかねているのだそうだ。
優柔不断であり、いずれ自分の考えすらよくわからぬ連中ではあるが、人数を集めるため味方
につけておくと言う。
セイラには、せいぜい劇的に演説をぶって欲しいとマ・クベは言った。
原稿はあらかじめマ・クベの方で用意してあった。
ざわついている部屋に、マ・クベ大佐とローゼンベルグ少佐、そしてセイラが入室するとぴたり
と雑談が止んだ。
みんな息を飲んでセイラを見ていた。
セイラを真ん中に挟み、右隣にマ・クベ、左隣にローゼンベルグが座った。
まず大佐が口を開いた。
「諸君、お待たせした。こちらが、かのジオン・ダイクンのご令嬢であるアルティシア・ソム・
ダイクンさまだ。当年26歳におなりになる。アルティシアさまは、こたびの連邦、ティターン
ズ、そしてアクシズ三つ巴の愚かな紛争に大層心を痛めておられた。我々はフォン・ローゼン
ベルグ少佐を使者として遣わせたところ、こちらの申し出を快諾され、同志になっていただける
ことを了承されただけでなく、資金援助までなさっていただけるとの申し出を受けた」
一同から「おお……」という波のようなざわめきが起こった。
それを制するようにマ・クベが言った。
「ではアルティシアさまに一言ご挨拶を……」
「ちょっと待って欲しい、大佐」
「……」
あの時の中佐が挙手して発言した。
「なにかな、中佐」
「失礼なのは承知している。が、ことは重大である。はっきりさせておいてもらいたことが
あります」
「ほう」
「そちらのお嬢さんが、確かにアルティシアさまだという証拠を拝見したい」
「アルティシアさま」
「よろしいでしょう」
マ・クベがセイラに声を掛けると、彼女もうなずいて返事をした。
これも、このことあるを予見したマ・クベが用意しておいたのだ。
セイラは軍服のポケットから取り出した書類をテーブルの上に置いた。
周辺の男たちが群がってその書面を食い入るように見ている。
「……」
疑いようもなく本物の戸籍謄本であった。
サイド3の国立公文書館にマイクロフィルムで残されていたものをマ・クベが入手したので
ある。
さらにセイラが提出した一葉の写真を見て、みんな納得したようだった。
それは、彼女が捨てることの出来なかったたった一枚の家族写真であった。
セイラが6歳の時、つまり父・ジオンの死の直前に、その病室で撮影されたものだ。
「……」
幾人かが、写真の少女と今のセイラを見比べていた。
確かに面影が残っていた。
それに、特徴的とも言える見事なプラチナブロンドは見紛いようもなかった。
ブルー・アイの瞳も色も同じである。
そして彼女の全身から醸し出される気品も、本物を主張していた。
再び室内がさわつき始めた。
「……どうやら本物のようですな」
「ああ、間違いなさそうだ」
「確か、兄の方はあのシャアだという噂があったが……」
「そりゃ俺も聞いた。……なるほど、そう思えば、こちらもどことなくやつに似ているな」
中佐が代表してマ・クベに聞いた。
「……兄の噂はともかく、そちらの身元を確認するためにもお聞きしたい。アルティシアさま
はダイクンさまの死後、どちらへ?」
「……父の死後、ジンバ・ラルに保護され、兄と共に地球へ逃れました。そこでマス家の養子
となり、以後セイラ・マスと名乗っています。兄はその後、父の敵のザビ家を討つためサイド
3へ渡りました」
「父の敵のザビ家」を強調するよう、大佐から指示されていた。
「……」
「私はそのまま地球に留まりましたが、やがて医学を修めるためサイド7へ行きました」
「サイド7へ……」
「そこで、連邦軍のV計画を察知したシャアの部隊の襲撃があり、その戦乱に巻き込まれ、
やむなく連邦軍の艦艇に避難されたのだ」
セイラの言葉を受けて、マ・クベが説明した。
「それがホワイトベース……木馬だったのだ」
「なんと……」
「で、ではその後は……」
「……連邦軍として参戦しておられた。ランクは准尉だったそうだ」
男たちは顔を見合わせた。
おおむね納得したように見えた。
ざわざわと小さく私語を交わしながら、みな席に着いた。
そこでマ・クベはセイラに目で合図する。
セイラは軽くうなずくと、小さく咳払いする。
すると、その様子を見ていたローゼンベルグはにやりと笑って手をテーブルクロスの下に隠した。
「……あっ……」
セイラは、眉間を寄せて小声で呻いた。
そしてローゼンベルグを睨みつけたが、周囲は、回覧されてきた写真を見たり謄本を覗き込ん
だりしており誰も気づいていない。
ローゼンベルグの仕掛けた悪戯がセイラを責め苛んでいるのだ。
彼女が軍服に着替える際、見張りと称してローゼンベルグはその一部始終を眺めていた。
セイラは自分を犯した男に着替えを観察される屈辱に耐えるだけでなく、その膣にローター
まで挿入されてしまっていた。
コードレスの無線タイプで、送信距離は対象から10メートル前後というおもちゃのような
ものだったが、隣り合わせに座っているこの距離なら必要充分であった。
セイラは、膣の内部に埋め込まれた異物の不意な動きにギクンとなった。
微弱にブルブルと、激しくグリグリと強弱をつけて蠢き、セイラの媚肉を責め立てるローター
に翻弄され、セイラは思わず口を割った。
「は……あっ……んんっ……」
目の前には大勢の男たちがいる。
マ・クベもいた。
そんな連中の前で取り乱すわけにはいかなかった。
セイラのくぐもった呻き声に何人かが気づき、彼女に視線を移した。
セイラは出来るだけ平然とした表情を作り、軽く指で髪を梳いた。
何気ない動きに、気のせいかと思った男たちは再び私語に戻った。
「では、アルティシアさま」
マ・クベが促した。
「……」
セイラは一瞬、不安げにローゼンベルグを見てからしゃべり出した。
「今、マ・クベ大佐の方からご紹介が……あっ……あ、あった通り、私はっ……く……ア、
アルティシア・ソム・ダイクンです。……くっ……ジオン・ダイクンの娘です」
セイラが挨拶し始めると、待ってましたとばかりにローゼンベルグが淫らな悪戯を開始する。
コントローラを操り、強弱のバイブレーションを加えたかと思うと突然止めてセイラをホッと
させ、すぐにいちばん強い刺激を送って軽い悲鳴を上げさせる。
「……」
ローターは指で取れば取れないこともない。
しかしこの場で指を媚肉に入れてまさぐるなどという色情狂のようなマネは死んだって出来な
かった。
振動が止まったものの、忘れかけていたローターの存在を思い知らされた。
外すに外せず、セイラは長いテーブルクロスに隠された両脚をもぞつかせて紛らわそうとして
いた。
不審に思ったのか、マ・クベがジロリと見て言った。
「いかがなされた、アルティシアさま?」
「あ……いえ、何でもありません……。つ、続けさせていただきます」
「……」
セイラは膝の上で拳を握りしめながら話を再開した。
「ジオン公国は、地球連邦軍の前に敗れ去りました。しかしそれは、あくまでもザビ家の敗退
に過ぎません。デギン公は父の側近でありながら父を裏切り、国民を裏切ったのです。そして
悪辣にも、父の名を騙った国名にしてしまいました。もし父であれば、ジオン国を公国制など
にはしなかったでしょう……」
ローターによる淫靡な悪戯が止み、セイラがマ・クベの脚本通りに話を進めた。
そして彼女の話に士官たちが耳をそばだてて聞き入り、セイラの身体から力が抜けてきたのを
見計らって、またもローゼンベルグはリモコンを操作した。
「あっ……っう……」
突然の責めだったが、セイラは何とか悲鳴を噛み殺した。
強い刺激ではなかった。
もぞもぞ、むずむずとした弱い振動だったが、それだけに膣内をゆっくりと揉みほぐされるか
のようだった。
呻きが口を割り、思わず立ち上がってしまいそうになる。
しかし、ジオンの将校たちに、媚肉をとろかされ、抉られていることを知られては困る。
もうやめて欲しいと言いたげに、セイラはちらりとローゼンベルグを見やった。
その視線に気づかぬかのように、ローゼンベルグは手元の書類をチェックする振りをしていた。
そして、セイラにしかわからぬように、目だけ動かして彼女を見ると薄く嗤った。
さらに右手に持ったコントローラをセイラに誇示するかのように見せつけるのだった。
「……!!」
セイラは悔しげに唇を噛み、軽く頭を振って前に向き直った。
あまり沈黙していると怪しまれる。
なのに少佐は振動を強にしてセイラを苦しめた。
「うっ……く、ぐぐ……んっ……」
「?」
「あ……。ハマーン・カーンという人を、私は……あっ……し、知りません、んんっ……。
彼女は、ドズル中将の娘・ミネバ嬢を、あっ……擁していると聞きました。く……で、です
が……ああ……、ミネバさまは、ザビ家の血筋を引く者です。ミネバさまを象徴にすること
は、んむっ……き、危険だと私は思います……あう……」
セイラは時々、考え考え話すような振りをして、視線を下に落とした。
その間、血が出るほどに下唇を噛みしめ、強要される快感を必死になって堪え忍んでいた。
何とか我慢しても、つい熱い吐息が出てしまうことまでは止められなかった。
セイラの左に座ったローゼンベルグはそんな彼女の様子を見てひどく昂奮した。
セイラはその美貌を軽く上気させて、押し寄せる妖しい快美感を懸命に堪えている。
どの姿がひどく色っぽく見えたのだ。
心なしか、セイラの周囲に甘い女の臭気が漂っている。
しかし、周りがすべて男でむせるような男性臭に覆われているので、それに気づいているのは
ローゼンベルグだけだろう。
「んっ……で、ですが、ああ……か、勘違いなさらないでください……。わ、私は個人的に
ミネバ嬢に怨みがあるわけではありません……くっ」
その時、聴衆から突然手が挙がった。
「よろしいですか、アルティシアさま」
「あっ、はい、な、なんでしょう……んんっ……」
「? さきほどから少し様子が……。どうかされましたか?」
「いっ、いえ、なんでもありません……。ま、まだ地球から来たばかりでして、あう……、
月面の重力に慣れていないせいか、少し……」
「なるほど、そうでしょうな」
「そ、それでご質問でも? ……んくっ……」
あれ以来、一度も中断されることなくずっとバイブしているローターから送り込まれる快楽
を何とか逃がそうとセイラは小刻みに尻を動かしていた。
隣の少佐には、その動きすら、まるで彼女がピンク色の悦楽に抗えず尻を振っているように
しか見えない。
質問者はいぶかしげにセイラに聞いた。
「あなたはアクシズの改革が成ったあと、ミネバさまをどうなさるおつもりですか? ……
拘束、あるいは処刑ですか?」
「!」
他の士官たちに緊張が走った。
ここでセイラがどう出るかで、彼らの決断が大きく左右されるからだ。
「私は……」
「……」
「私は、ミネバさまにはザビの名を捨てていただき、平凡に一市民として暮らしていかれる
ことを望んでいます」
一同はここでまたざわついた。
それを見計らい、ローゼンベルグがまた仕掛けてきた。
「くうっ……」
ビィィン、ヴヴヴヴ、とセイラの膣内でローターが騒ぎ出した。
再びわき起こる快感に耐えることもさりながら、セイラはローターの振動音が外に洩れるの
ではないかと恐れていた。
そして、膣から分泌し始めた愛液が、ショーツを通してスラックスにまで染みてきているの
はないかと思うと、居ても立ってもいられなくなる。
セイラの動揺と官能を見てとったローゼンベルグは、右手をセイラに伸ばした。
「!!」
セイラはハッとしてローゼンベルグを見、腿に触れてきたその手を振り払おうとした。
しかし、テーブルの下で隠されているとはいえ、大きな動きは出来ない。
何とか武骨な腕の侵入を抑えようと力を振り絞ったが、所詮男の力には適わない。
セイラが男の手首を掴んだ頃には、もうローゼンベルグの右手は彼女の腿を割っていた。
「……」
セイラは、今度こそ遠慮なく少佐を睨みつけたが、ローゼンベルグは気にも留めず書類を
見る振りをし、右手だけは卑猥な動きを続けた。
「や……、んんっ……く……あ……ううっ……っあ……」
美女の声に一層の艶っぽさが混じってきた。
媚肉の襞を削るように暴れ回るローターの動きに加え、男の手が盛んにセイラの内腿を撫で
回してくる。
ここはセイラの弱点で、乳首やクリトリスのように強烈な快感ではないものの、ボディ・
ブローのように効いてくるのだ。
ぞわぞわ、もぞもぞとした頼りない快感なのに、いつしかそれがカッカとセイラの肢体に火を
つけていく。
「……?」
さすがにこの頃になってくると、周りの男どももセイラの様子がただごとではないとわかって
くる。
「大佐、アルティシアさまの様子が……」
「あ……」
「……ふむ、お疲れのようだな。どうだろう諸君、アルティシアさまのお考えとご決意は理解
してもらえただろうか?」
居並んだ士官たちは、例外なくうなずき了承した。
セイラが本物であること、そして彼女の言うことに理があると判断したのである。
「では、アルティシアさまにはご休憩していただこう。諸君らはこのまま残って、これからの
戦略立案にご協力いただく。少佐」
「は」
「アルティシアさまを別室へお連れし、休んでいただけ」
「わかりました」
「……」
ローゼンベルグはセイラを支えるようにして会議室を後にした。
彼女の腰に回した手のひらから、セイラが全身を火照らせ、熱を帯びていることを確認した。
少佐は、セイラのこのほぐれた肉を今日はどう料理してやろうかと考えるだけで、股間が痛い
ほどに屹立してくるのだった。
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