響子と頼広は金沢へ来ていた。上坂追跡のためである。

上坂は東京から逃げていた。
すでに頼広の報復を受けていた相原と井田から連絡が行ったらしい。
相原は、殴る蹴るの暴行を受け、全治二週間の診断を受けて入院している。
井田は、頼広が響子の懇願を受けて暴力は振るわなかったため、ケガはしなかったが、精神的に極めて大きなダメージを受けている。
目の前で、最愛の妹を犯されたのだ。
しかも妹は処女だったのである。
自業自得でこうなってしまったため、井田は妹に泣きながら謝罪するしか出来ることがなかった。
報復された相原が井田に連絡するともう手遅れで、妹の朋子がレイプされた後だった。
慌てて上坂に電話してみると、彼はまだ無事のようだった。

キレると何をするかわからない男だが根は臆病であり、話を聞いた上坂は震え上がった。
響子を輪姦したのはともかく、それを頼広の前でやったのは、さすがにやりすぎだったのだ。
事後、絶対に復讐にくると脅えていた中で、相原と井田が凄惨な報復を受けたと聞いて、脱兎の如く逃げ出したのだ。

東京の住所は相原のもとで調べられたようで、もうそこにはいられない。
実家も調べればすぐばれると思い、そっちにも行かなかった。
考えあぐねた上坂は、結婚を前提にしてつき合っていたフィアンセの実家まで逃げることにしたのである。
念には念を入れて、姉も一緒に連れて行った。
上坂より2つ年上の姉は、弟から見ても美人だと思っていた。
そんな姉をあの男が見逃すはずがないと思った。
もし上坂が逃げたことを知ったら、逆上して代わりに姉を襲いかねない。
姉には、婚約者に会わせるからと言って、強引に金沢まで連れて行ったのである。

頼広の方は、さすがに居所を突き止めるかも時間が掛かった。
住まいのアパートにも実家にも戻っていないというのはすぐにわかった。
勤め先も、急遽、長期休暇を申し出て休んでいるらしい。
こうなると手がかりらしいものはなく、頼広は興信所を使うことにした。
上坂が逃げていきそうな場所を探してもらったのだ。
経費はそれなりに掛かったが、惜しいとは思わなかった。彼らはプロだけあって、割と簡単に突き止めてくれた。

親戚縁者の住所も調べ上げていたが、どうもそっちにはいないらしい。
婚約者がいるが、彼女も住まいに帰っていないらしい。
旅行にでも出たかと思ったが、調べてみると姉もいないらしかった。

その報告を聞いて、頼広はピンと来た。
恐らく相原らから連絡が行き、慌てて逃げたのだろう。
井田の話も聞いているだろうから、姉が餌食になってはまずいと思い、連れ出したと思われた。

頼広は、ほぼ正確に上坂の行動を読んでいた。
あてもなく逃げたのであれば、行方を掴むのに時間がかかるだろう。
しかし、探偵の報告によると、そのフィアンセ──江崎由佳というらしい──の実家に、最近になって彼女が帰ってきていることが判明した。
しかも、同伴の男と女がいるらしい。
もう間違いなかった。
やつらはそこにいるのだ。
その場所が金沢だったのである。

「……」

響子は、投宿した駅裏のラブホテルから、金沢市街地の街並みを見下ろしている。

「金沢……」

響子にとっても思い出の地だった。
去年、ささいな誤解から裕作との間に大きな齟齬が起こってしまい、ふらりと傷心旅行した先がここだったのである。
そこへ裕作が迎えに来てくれた。
響子はそのまま裕作と過ごし、和解して一刻館に帰ったのだった。

その時も、裕作との間には何もなかった。
なのに今はどうだろう。
濃密な肉体関係を持ってしまった別の男と、その地へ来ているのだ。
最初は強姦だったとしても、今ではもう響子も受け入れてしまい、抱かれるようになってしまっている。

響子は、今さらながら惣一郎を思い、裕作を思っていた。
ふたりを思い出すたびに、後悔と背徳が響子の胸の奥をチクチクと刺激していた。

(私……、ここで何やってるんだろう……。帰ろうと思えば帰れるのに……頼広さんは「帰っていい」と言っているのに……)

そう思いいながら、ちらりと後ろを振り返る。
頼広はリュックからロープを取り出して、それを尻のポケットに詰め込んでいる。

(どうして……この人から離れられないの?)

視線に気づいた頼広が響子に近づいてくる。
長身の頼広を見上げるようにその顔を見ている響子に言った。

「……じゃ、行ってくる」
「頼広さん……、もう……」

もう響子は、ごく自然に頼広の名を呼んでいる。

「これで最後だ」
「……気をつけて」

響子は何とか止めたかった。
彼女の懇願を入れて、頼広は「もう暴力は振るわない」と誓ってくれた。
しかし、やることは報復なのだ。
相手を半殺しにするわけではないらしいが、それでも仕返しするのだそうだ。
であれば、何らかの犯罪的行為を行なっている可能性は高い。
だからこそ頼広は、こうして逃げ回っているのだ。
あちこちのラブホテルに泊まり歩いているのも、井田や上坂追跡の意味もあるが、相原に対する暴力行為で警察に追われている可能性を考慮しているからだ。

響子は、頼広が心配したように、自分が共犯者になってしまうからというよりは、頼広自身にこれ以上罪を犯させたくはなかった。
それだけではない。
復讐など何も生み出さない。
報復は新たな報復を産む母体となるだけである。
復讐の連鎖は、どちらかが勇気と決断を持って断ち切らなければ永遠に続く。
それ以外に終わらせるには、相手の戦意を喪失させるか、あるいは殺す以外にないのだ。

なのに彼の決意は固かった。
これがもし、自分がやられただけであれば、こうまで執念深くはやらないだろうと彼は言っていた。
連中が響子を暴行したから、頼広は激怒したのである。
そのお礼参りだけはしなければならない。
響子は「そんなことはもういい」と何度も言ったのだが、頼広は聞き入れなかった。
「響子が許しても、俺は絶対に許さない」と、そう言ったのである。
響子は黙って頼広を見送るしかなかった。

「……」

井田の時もそうだったが、頼広が出て行った後の虚無の時間がたまらなかった。
こうしている間にも、頼広が何か悪いことをしているのである。
止められない自分にもどかしさを感じるし、万が一のことがあるかも知れない。
彼の身を案じて、気が気でないのだ。

何かして気を紛らわせたいとも思うのだが、ホテルではすることが何もない。
いくら観光地の金沢とはいえ、頼広に身に危険があるかも知れないと思えば、とても物見遊山をする気にもなれなかった。
思いあまって「ついていく」とも言ってみたのだが、それは厳しく拒絶された。

洗濯機も洗剤もないが、汚れ物の洗濯でもしようかと思ったことがあったが、着替えた後の下着はすべて廃棄処分にされてしまった。
そう長くはかからないし、新品のものがいくらでもある、というのだ。
もし足りなくなれば買い足せばいいと言われた。

手持ち無沙汰で、しかも何となく落ち着かない。じりじりとした焦燥感が胸を灼く。
仕方なく響子は、ポットの湯を注ぎ、茶を煎れて飲んだ。
味などちっともわからなかった。
響子は、下着を詰めたショッピングバッグを引き寄せ、中身を検めた。
また随分と買ったものだ。
毎日着替えるとして、半月分は楽にありそうだ。

「……」

ふと響子は、その中のひとつを手に取ると、思い詰めたような表情でそれを見つめていた。

────────────────────

金沢市街地からクルマで30分ほど離れた湯涌温泉郷。

そこにほど近い山村に、上坂は隠れ潜んでいた。
大きな母屋を持った古の豪農といった風情の農家である。
上坂の父は、広大な水田での稲作を始め、いわゆる加賀野菜も手がけるなど、手広く農業を展開しており、村議会議長を務めるなど、土地の実力者でもあった。

上坂は、広い敷地内の大きな母屋ではなく、離れに身を潜めている。
離れと言っても立派な一軒家であり、三人が暮らす分には問題なさそうだった。
長いこと使っていなかったから掃除は行き届いていなかったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
許嫁に姉まで連れて突然に帰郷してきた息子に両親は驚いたものだが、その不肖の息子は理由を説明しようとはせず、離れに引きこもったのである。
そして、誰もここに来ないように、そして自分あての電話があればすぐに知らせるように言ってから、親とも接触を断ってしまった。

「……孝史」
「……」
「孝史」
「な、なんだよ」
「いつまでこんなところにいる気なの」

姉の真樹は不安そうに弟を見ながら言った。
室内は灯りを最小限にしているうえ、窓も閉め切っているために昼でも薄暗く、澱んだ雰囲気になっている。
粗暴そうに見えるが、実は気が弱い弟だったが、いつもにも増して脅えているように思えた。

「私はいいけど、由佳さんは……」
「わかってるって言っただろ!」
「……」

農作業や村議会で忙しい両親に代わって、弟を幼い頃から世話をしてきた姉にはすぐにわかった。
何かしでかしたのだ。
誰かに追われている。
警察ではないようだが、何か犯罪じみたことをやったのだろう。
そして警察を頼るわけにもいかないらしいから、表沙汰にはできないことのようだ。
賭博でもやって莫大な借金を負って逃げているとか、ヤクザの女に手を出して追われているとか、そういう想像が頭をよぎる。

だが、それにしたって婚約者の江崎由佳、そして姉である自分まで引っ張り込んで隠れるという意味はわからなかった。
ここに逃げ込んで以来、上坂は完全にふさぎ込んでしまい、ロクに口も利かなかった。
仕方なく、由佳と姉の真樹が食事を作ったり洗濯したりと、世話を焼くしかない。

その日も部屋の奥で押し黙ったまま、一日を終えようとしていた。
もう夜中の0時を回っているが、上坂は部屋の隅で脅えたように膝を抱えている。
護身用と言って持っているナイフを、手で弄んでいる。
毎晩こうなのだ。
体力が尽きて明け方にはうとうとし始め、昼間はほとんど寝ている。
しかし熟睡、安眠ではないようで、何度も寝返りを打ったり、突然にガバッと起き上がったりを繰り返している。
灯りをつけることを許されない部屋の中で、上坂がぽつりと言った。

「……由佳は?」
「おトイレみたい」
「……」
「長くないか?」
「女の子だから……」

その時、廊下に繋がる襖の向こうで、何やらゴトゴトと音がする。
こういうことに敏感になっていた上坂は咄嗟にナイフを構えた。
その顔は青ざめ、脅えている。
襖が開くと、そこに顔を真っ青にした由佳が立っていた。

「……!!」

その後ろには、彼女の首に腕を回した頼広がいたのである。

「おっ、おまえ……!」
「騒ぐなよ、あんたのフィアンセの首が折れるぜ。おっと、その手に持ってる物騒なものも捨ててもらおうか。おい、そこの姉さん。確か、上坂真樹さんっ
てんだよな。上坂の姉貴」
「ど、どうしてそれを……」
「それくらいちゃんと調べてるさ。あんた、弟から物騒なものを取れ」
「……」

こんなところまで追いかけてくるくらいの男だ。
きっと家族構成くらいは調べ上げていたのだろう。
由佳との関係も先刻ご承知のようだ。

上坂は立ち上がったが、その脚は震えている。
しかし、姉がナイフを奪おうとすると「やめろ!」と叫んで、その手を振り払った。
それを見た頼広の腕が由佳の首に食い込む。
婚約者の苦鳴を聞いて、上坂は慌てて叫ぶ。

「ま、待て! 由佳さんには何の関係も……」
「ないよな。その無関係の子がおまえのせいで首をへし折られてもいいのか?」

剥き出しになった筋肉質の太い腕が、由佳の華奢な首に巻き付いている。
由佳はそのたくましい腕を引き剥がそうと爪を立てるが、頼広は痛痒を感じていない。

「孝史、それを……」
「……」

真樹はナイフを手にすると、それを頼広の方へ放り投げた。

「姉さんの方が賢いじゃないか。そうだ、それでいいんだ」
「……」
「お次はこれでそいつを縛り上げろ」

頼広は、腰のポケットから垂らしておいたロープの束を真樹へ放り投げた。
上坂を椅子に座らせて両手両脚を縛り付けるよう指示すると、姉はためらい、弟は激怒した。
が、頼広の腕が、巻いた細い首を今にもへし折るように締め上げると、由佳はニワトリが絞め殺されるような苦鳴を上げ、姉弟の動きがピタリと止まった。

上坂は渋々椅子に腰を下ろし、姉は弟に対する遠慮と申し訳なさからぐすぐずとしていたが、何度となく頼広に叱責され、また由佳への暴行で脅されると、仕方なく縛っていく。
両手は背もたれに回されて手首をひとまとめにされ、脚も椅子の左右の脚に縛り付けられた。
上坂は、男が縛るほどではないものの、がっちりと椅子に固定されてしまった。

頼広は、首を絞めている腕を少し緩めると、畳に落ちているナイフを軽く蹴飛ばした。
そのままベッドへ腰を下ろした。
由佳はその前で座らされている。
前屈みになった頼広の腕は、相変わらず首に巻かれていた。
上坂は唇を震わせながら言った。

「き、きさま……、いったいどういうつもりだ」
「どういうつもりだ? そいつはおまえがいちばんよくわかってるだろうが。おまえが東京から逃げ出して、こんなところに引っ込んでいる理由と同じだよ」

たまりかねた真樹がまた弟を問い質す。

「孝史! あなたいったい何を……」
「俺の口から言ってもいいが、ま、弟から直に聞いてもらった方がいいかな」
「……」
「やっぱりダンマリか。なら、俺が言うか」

口ごもって項垂れている上坂を侮蔑の表情で見やりながら、頼広が言った。

「姉さん……、あんた真樹さんって名か。真樹さんな、あんたの弟はな、俺の女を強姦したんだよ」
「な……」

信じられないという顔で、姉は不詳の弟を見やった。

「俺のアパートへ集団で押しかけてきてな、俺をぶちのめして縛り上げてから、部屋にいた俺の女を……」
「ち、違う! 姉貴、それに由佳さんっ、こんなやつの言うことを信用するな!」
「違わないさ。なら、なんで俺はわざわざ興信所まで使っておまえのことを調べ上げて、こんなところまで押しかけなきゃならないんだ? しかも、
こんな犯罪じみたことまでして」
「……」

憎々しげな表情を浮かべながらも、また黙りこくってしまった上坂に、姉と婚約者の視線が集中する。

「お嬢さんがた、そいつはな、仲間と三人で俺の女を輪姦したわけだ。しかも俺の目の前でな。どう思う?」
「上坂さん、あなた……」
「孝史、答えて! この人の言うのは本当なの!?」
「……」
「何も言えないってのが回答になってると思うがね」

頼広は勝ち誇ったように言った。

「だから俺は、その時のお礼に来たわけだ。さて、上坂くん。俺が何をしようとしてるか、わかるかね?」
「ま、待て! 早まったことはするな!」

この男が相原や井田に何をしたかは、彼らからの電話でわかっている。

「そのセリフは、あの時に俺が言いたかったんだがね。だがもう手遅れだ」
「待つんだ! わ、わかった、悪かった。俺が悪かった。な、何でもする! 謝れと言うなら謝る! 償いは何でもするから! カ、カネでいいなら……」
「カネ? 別にカネが目的じゃないさ。どうしてもくれるっていうなら貰っても構わんがね。だが、そんなことじゃ俺の気が収まらん。だから……」
「や、やめろ! それだけはやめてくれ! おまえ、まさか由佳さんに……」
「おまえだって俺の女をあんな目に遭わせたんだ。当然の報いだろ?」

双方のやりとりを聞いて、真樹は愕然とした。
どうやら、弟が本当にそうした悪辣な振る舞いとしたのは事実のようだ。
それだけでもショックだったが、その被害者であるはずのこの男は、仕返しと称して、上坂のフィアンセである由佳を暴行しようとしているらしい。
真樹は、上坂や頼広が思いも寄らぬ事を口にした。

「待って下さい……。弟が酷いことをしたことについては、私からもお詫びします……」
「あんたは関係ないだろ? 弟もそう言っていたしな」
「そうなんですが……、弟ですから……」
「……ほう。で?」
「由佳さんに……、その、何かするのだけは許して下さい」
「それじゃ俺の気が収まらない」
「わかってます……。だから、由佳さんの代わりに私が……」
「姉貴! バカなことを言うな!」

それを聞いて上坂は仰天し、頼広は感心したように言った。

「へえ、そりゃあ大したもんだ。こんな出来の悪い弟のために、そこまでやるかね」
「出来が悪くても、私にとっては可愛い弟です」
「そうか」

頼広は、人の悪そうな笑みを浮かべながら何度も頷いた。

「上坂、聞いたか? おまえなんぞのために、この綺麗なお姉さんは俺に身体を差し出すそうだ」
「ふざけるな! 誰がそんなこと許すか!」
「おまえにそう言う資格があるとは、とても思えんがな。ま、しかし大したもんだ。おい、姉さんよ、あんた、本当にその覚悟があるのか?」
「……」
「やめろ!」
「孝史」

姉は弟を抑えるようにして、一歩、頼広に近づいた。
瓜実型の美しい顔を伏せながら、それでもしっかりした口調で言った。

「……ここでは無理ですから、どこか場所を変えて……」
「姉貴!」
「おまえ、うるさい。少し黙ってろ」

頼広は少し考えるフリをしてから、鷹揚に答えた。

「そうだな……、そこまで言われると俺としても躊躇しちまうな。あんたの度胸に感じ入っちまった。じゃあ、別の課題にしようか。それをクリアできれば考えてもいい」
「何ですか?」
「なに、それだけの覚悟と度胸があれば簡単なことだ。あんた、俺の代わりに弟に抱かれろ」
「な……!」

あまりのことに、当事者である真樹と上坂だけでなく、由佳まで目を見開いて頼広を見やった。

「あんただって、得体の知れない俺なんかに犯されるよりも、可愛い可愛い弟に身を任せる方がマシだろ?」
「い、いやっ! そんなこと出来るはずが……」
「鷹小路っ、きさま、ふざけたことを抜かすな!」
「誰もふざけてなんかいないさ。それだけ拒否反応が強いのを見たら、これは是非とも見物させてもらいたくなったな」
「こっ、この人でなし! そんなことやれるわけがないだろう!」
「出来なきゃ、代わりにこの人が不幸になるだけさ」
「上坂さんっ……!」

憤激した上坂は、椅子をガタガタさせて喚いた。
ちらちらと部屋の隅で転がっているナイフに目をやったが、それに飛びつこうものならば、頼広は躊躇なく由佳を殺すかも知れなかった。
蔑むような表情の頼広と、拳を震わせながら睨みつける上坂が視線をぶつけ合う中、また姉が割って入った。

「孝史……、もう仕方ないわ」
「バカなこと言うな、姉貴!」
「いいから……」
「よ、よせ!」

真樹は静かに服を脱ぎ始めた。
姉が覚悟を決めた以上、もう上坂には止められない。
ブラウスのボタンを外す音や、スカートがするりと脚を滑る音が、やけに大きく彼の耳に響いた。
さすがに全裸にはなれないらしく、そのまま少し困ったように頼広を振り返る。

「ほう、なかなかいい身体してるじゃないか。他人の女は犯すくせに、身近にいた姉さんには手を出さなかったのか?」

頼広は、ことさら下品なことを言って上坂をからかった。

「よし、それじゃあ、まずはそのお口で可愛い弟のチンポでもしゃぶってもらうか」
「っ……!」
「だめなら、こっちのお嬢さんが、代わりに俺のものをくわえることになる。そういうことにするか」
「わ、わかりました」
「だめだ!」
「おまえはうるさいから黙ってろ。いいか、お姉さん。そのまま跪いて、弟のズボンのファスナーを下ろせ」
「やめろ!!」

あまりのことに、由佳は小さく震えながらふたりを見つめていた。
そんな光景をまともに見られるはずもないが、それをしなければ自分が殺される。
そのために、愛する男とその姉が禁断の行為を為そうとしているのだ。

「上坂さん……、真樹さん……」
「あんたもよく見ておきな。婚約者がどんな男だったのか、さっきの話からでもわかるだろうが、これから繰り広げられるプレイでもよくわかると思うぜ」
「あ、姉貴、よせっ!」

真樹がファスナーを下ろすと、上坂は絶叫して暴れた。
とはいえ、椅子に縛られている以上、どうにも動けず、せいぜい椅子を浮かせてガタガタ言わせるのが関の山だ。
その腿に真樹がそっと手を置き、哀しげに首を振った。
もう、どうしようもないと、その顔が言っていた。

「姉貴……」
「孝史、身から出た錆よ……。姉さんも一緒に恥を掻くから、あなたも我慢して」
「だめだ、だめだ! お、俺だけならともかく、姉貴や由佳さんは……、あ、よせっ!」

トランクスの前も開けられ、ぽろんと男性器がはみ出した。
それはまだだらしなく萎れている。
そんなものを姉の前に晒す屈辱に、上坂は唇を噛みしめて耐えた。

「うっ……!」

ペニスに生暖かく柔らかい感触を得て、上坂は思わず目を開ける。
目の前では、姉が白い手を伸ばして、上坂のペニスを手のひらに載せていた。

「っ……!」

姉の手の柔らかさに、見る見るうちに上坂の肉棒が膨れあがっていく。
否応なく上坂は性的に興奮させられていったが、それに拍車をかけたのが姉の姿だった。

全裸ではないとはいえ、ブラとショーツだけの半裸だ。
白く抜けるような肌に包まれた肉体は、想像以上にふくよかだった。
真樹は「姉」として見ることはあっても、「女」という認識は持っていなかった。
少なくともそのつもりだった。
しかし、現実に艶めかしい姿を晒している姉の肢体を見ていると、上坂の男根は情けなくもむくむくと勃起していった。
それを見て、姉は驚きと恥辱を感じ、思わずつぶやく。

「孝史……」
「あ、姉貴……、すまん……俺は……」
「お涙頂戴はもう充分だろ? さっさとやれよ」
「やめてくださいっ! ひどい、ひどすぎますっ、あなたは悪魔よ!」

太い腕で締め上げられてはいたものの、気丈にも由佳は頼広にそうのたまった。
非難を平然と受け止めると、頼広は言い返す。

「同じことを俺と俺の女は上坂に言ってやりたいんだがね。俺のやろうとしていることは酷いが、上坂は酷くないとでも言うのか?」
「それは……」
「他人の家に押しかけて、そこにいた女を輪姦する方がよっぽど悪魔だと思うぜ」
「……」
「これ以上は平行線だ。あんたはもう黙ってな。おい、お姉さんよ、四つん這いになれよ、弟の前で」
「……」
「何するか、わかるだろ? 処女でもあるまいに。さあ、口を開けてくわえてやれ」
「ひどい……」
「やめろ!」
「ほれ、早くしろ!」
「あう!」

焦れた頼広は、由佳を抱えたまま近づくと、真樹の髪を掴んで、上坂の股間に顔を埋めさせる。
半開きになった唇の中に上坂のペニスがつるりと潜り込んでしまう。

「んむっ!」
「くっ! こ、この人でなし! あ、姉貴、よせ……うあっ!」
「よしよし、ちゃんとくわえたな。断っとくが口から出すんじゃないぞ。弟が出すまではな」
「……」

真樹は、ほとんどわからないくらい微かに頷いた。
上坂は「とんでもない」とばかりに暴れていたが、そうすると姉の咥内でペニスが擦れてしまい、得も言われぬ快感が走る。
そのせいで、またむくむくとペニスが一回り太くなってしまった気がした。

「それでいいんだ。おまえも姉貴に協力して、さっさと済ませた方がいいんじゃないか?」

真樹は最初からそのつもりだったようで、どうせこの事態が避けられないのであれば、早く終わらせて解放されたいと思っているらしい。
頼広に指示されるまでもなく、唇で弟のものをしごき始めている。
ただ、さすがに舌まで使うのはためらったようで、何とか唇だけでいかせようとしているようだ。

「こ、この人でなし! 姉貴、やめろ! やめてくれ……」
「おうおう、喚け喚け。どうだい、美人のお姉さんにしゃぶられる感覚は? けっこうオツなものだろう? 何せ血の繋がった実の姉貴だ、こんな経験、普通じゃできねえぜ」
「く、くそっ……」

上坂は悔しげに、それでも必死になって下半身を息ませている。
そうでもしないと姉の舌と唇に反応した肉茎が勃起してしまいそうなのだ。

絶句する状況のせいか、最初はだらしなく萎えていたペニスも、真樹の柔らかく熱い咥内粘膜の感触を得て、むくむくと膨らんできてしまっている。
このままでは、姉の口を圧倒せんばかりにそそり立ってしまうだろう。
しかも婚約者の目の前なのだ。これ以上ない屈辱と、倒錯的な快感が合わさって、ややもすると流されてしまいそうになる。

姉の方は、やる気がないというよりは、弟の性器を口にするという背徳的な行為に嫌悪感を感じており、義務的にくわえているだけである。
それを見逃す頼広ではなかった。

「おいおい姉ちゃんよ、そんなたらたらした愛撫でいいのか? 弟はいつまで経ってもいけないぞ。出すまでずっとそうしていたいのか?」
「っ……」

それもそうなのだ。
考えようによっては、早く済ませた方がいい。
真樹は仕方なく、口を使い始めた。
ねっとりと舌をペニスに絡ませ、太くなりつつあるサオを唇でしごいていく。

「あ、姉貴っ……くっ……」

上坂が椅子の上で跳ね、もがいている。
由佳の前で、姉にフェラされて自失するという最大の屈辱だけは避けたかった。
現状でも、由佳は涙をいっぱいに浮かべた瞳でこちらを見ているのだ。
射精だけはできなかった。

何とか我慢しきって、頼広を嘲笑してやりたい。
だが、復讐者は上坂よりも数段上だったようである。
上坂が射精を我慢するのは計算のうちだったらしく、さらに残忍なことを言ってのけた。

「頑張るなあ、上坂。それとも姉貴じゃいけないか?」
「ふざけるな、この……くっ……俺はおまえのような変態じゃない! 姉貴の口でなんか……」
「そうか、そうか。ならこうしようか。俺はこっちのお嬢さんと一戦やることにする」
「なっ、なんだと!?」
「おまえがそういう態度なんだからしようがない。こうしようぜ。おまえが終わるまで、俺はこうして……」
「ひっ、いやああっ!」
「ゆ、由佳さんっ!」

ふたりの悲鳴も虚しく、頼広は由佳を押し倒して股間を大きく開脚させ、上坂に見せつけるようにしてから、そこを貫いて見せた。

「ひっ、い、痛いぃっ……、やめて、抜いてぇっ……!」
「や、やめろ、やめてくれっ! 由佳さんに酷いことするな!」
「もっと状況を愉しめよ。フィアンセが犯されている前で、実の姉にフェラチオされるなんて経験は、きっと日本中でおまえしか味わえないぜ」
「ふざけるな、やめろ!」
「孝史さんっ、助けてぇぇっ……ひっ、いやああっ……、痛いっ!」
「やめろ、鷹小路、やめてくれ! お、俺が悪かった、償いは何でもするから、由佳さんにだけは……」
「だけ? じゃ、姉さんはいいのか?」
「あ、姉貴もだ! とにかくもう許してくれ……」
「許す条件がこれなんだよ。おまえが姉さんの口に射精するってことだ。それが出来なきゃ、こうして……」
「ひぐぅっ!」
頼広が一回ピストンしただけで、由佳は殺されそうな悲鳴を上げている。
たまらなかった。

「く、くそおっ……」

由佳を取るか、姉を取るか。
どちらにしても上坂自身の自尊心は酷く傷つけられることとなる。

究極の選択ではあるが、上坂はやむなく姉の口を穢すことにした。
もし拒否すれば、由佳の胎内にあのけだものの精液が放たれることとなるのだ。
それだけは是が非でも避けたかった。

そう決意すると、ペニスはますます膨れあがっていく。
目の前には、必死になって首を振っている姉の姿があった。
白い下着に肝心な部分は隠されているとはいえ、大きく白い尻肉がゆらゆらと蠢いているのがわかる。
背筋もすっと綺麗に伸びて、女らしい官能的なカーブを描いている。

「……」

成人してからは初めて見る姉の肢体に、上坂も動揺していた。
こんな綺麗な身体をしているとは思わなかった。
弟から見ても美人ではあったし、こんな抱き心地の良さそうな身体をしていれば、血が繋がっていなければ口説いていたかも知れない。
その姉が弟である自分の肉棒を懸命にくわえ、愛撫している。
その現実が甘美な刺激となってペニスを覆い尽くし、上坂は情けない声を出して、あっという間に達してしまった。

「あ、おっ……、姉貴、すまんっ……くっ!」
「んむっ!」

弟の生臭い液体が放出されると、真樹は堅く目を閉じてそれを飲み下した。
出来るだけ味や匂い、感触を感じたくなかったから、一気にそれを飲み干してしまった。
臭く、苦いその味だけでなく、妙に喉に絡む感触も最悪だった。

「んっ、ぐっ……ぐええっ……げほっ……」

その瞬間、究極の恥辱を味わった姉妹は、全身を硬直させて快感を押し殺していた。
姉の目からは止めどなく涙が流れ落ち、弟は一瞬の忘我の後、燃え上がりそうな瞳で頼広を睨みつけていた。

そこから視線が外れると、部屋の隅に転がっているナイフに向けられる。
弟が、すっと姉を見やると、姉も弟を見返していた。
弟は、もう一度ナイフを見てから、また姉を見つめていた。



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