「また来てくれたのね、嬉しいなあ」

二回目の「逢い引き」に約束通りやってきた裕作を見て、小夏はニコニコしながらそう言った。

「あたしの正体も目的も知っちゃったから、もうすっぽかされて来てくれないかと思ってたわよ」
「そんなことはないけどさ……」

裕作の方は面食らっている。
モテた記憶がない男としては、どう対応して良いのかわからない。
と言っても「モテない」というのは本人の錯覚で、裕作は七尾こずえの他、八神いぶきや響子の姪の郁子からも好意を寄せらたことがある。
とはいえ、いぶきや郁子の場合、恋愛感情というよりは「憧れ」に近いものだったろう。

ただ裕作としては、自分が好きになった相手とうまくいった試しがなかったから、モテた気にはならないだけだ。
小夏もそのひとりである。
もっとも、小夏にも恋愛感情というものはなかったかも知れない。
裕作もそう思って、そのことを聞いて見た。

「小夏さんこそ……、何でオレなんかに会いに来るの?」
「いけない? あたし、五代くんに興味あるし」
「それがよくわからないんだ。三鷹さんから言われてるから来てるだけじゃないの?」
「違うって言ったでしょ。何度も言うけど、五代くんが相手じゃなかったら、あたしこの話は最初っから断ってるって。きみさあ、優しいとこが素敵なんだけど、それってすぐ優柔不断になっちゃうし、もっと自信持っていいんじゃない? もちろん瞬みたいな自信家になれってことじゃないけど、そんなに自分を蔑むことないわよ。第一、それじゃそんなあなたを好きになって結婚してくれた奥さんに悪いと思わない? あたしだってそうよ。いやな相手なら来ないって」

ぺらぺらと喋る小夏を見て、裕作は苦笑する。
変わらないなあ、と思った。
北海道で会った時も、裕作が口を挟めぬほどの口達者ぶりだったのだ。
だが、さすがに年齢を重ねただけあって、かつてのマシンガン・トークは幾分おとなしくなっている。
裕作も少し慣れたのか、適度に合いの手を入れられるようになってきた。
さっきから飲んでいる水割りが効いていたのかも知れない。
彼女の作るそれは、相変わらず濃いのだ。
小夏も細身のタバコを吸いながら、ミネラルウォーターとスコッチを半々にした濃いやつをクイクイ飲んでいる。
まだホテルの部屋に来て一時間も経っていないが、もうボトルが半分近く減っている。
ルームサービスはいったいいくらになるのだろうと余計なことまで考えた。

「五代くんといると楽しいもの。……って、少し違うかな。あ、楽しいのは楽しいけど、何て言うか、こう、気を遣わないでいいっていうか、リラックスできるっていうか……そんな感じなのよね。素でいられるとかさ。うん、楽なのよ、きっと。気取る必要もないし、警戒しないでいいし」

女にとって「警戒しないでいい相手」「楽な相手」というのは、詰まるところ「男性」として意識していない、ということだろう。
ただ、小夏の裕作に対する気持ちというのは、それとも少し違っているようだ。

小夏はリラックスしてソファへ深々と腰を沈め、脚を組み替えた。
意識的にやっているわけではなかろうが、ストッキングに包まれた綺麗な脚のラインが垣間見えて、裕作は少しだけドキリとした。
小夏は、左手の人差し指と中指で紫煙を上げるタバコを挟み、右手で酒を満たしたグラスを掲げ持っている。
少し酒が回ったらしい女は、片目を閉じてグラスを透かすようにして裕作を見つめながら言った。

「で? 今日はどうするの? またこの前みたいにお話だけかな? それとも……」
「あ、その前に、教えて欲しいことがあるんだけど」
「なに? あたしに守秘義務はないから知ってることは何でも喋っちゃうわよ」

そう言って小夏はケラケラと笑った。
裕作はまた苦笑を浮かべたが、どうしても確認したいことを聞いて見る。

「三鷹さんのことだけど……、本当に病気なのかな?」
「瞬? そりゃそうよ、白血病でしょ、重度の。詳しいことは知らないけど」
「それなんだけど、白血病ってオレもよく知らないけど、余命確か半年って言われたんだよね? なのに、その……、響子と、その……」
「ああ」

小夏は納得がいったのか、頷いて見せた。

「……要するに、重病人のクセに女抱いてて平気なのかってこと? おまえホントに重病なのか、仮病じゃないの?って言いたいんだ」

あまりにも明け透けな物言いに、裕作も二の句が継げない。
構わず小夏は話を続けた。

「でも本当よ。カルテ見たわけじゃないけどね、あいつ本当に入院してるもの」
「入院……」
「そりゃそうでしょ。医者に見放されるくらい病状が進んでるのよ、普通に生活なんかできっこないわ」
「だけど三鷹さんは響子を……」
「そうなんだけどね。ぶっちゃけた話、瞬はもうほとんど仕事してないわよ。自分の会社だけど、全然出社してない……、ってか出来ない状態。会社清算するかって話もあったけど、別に業績は悪くないし、社長の健康問題ってだけだから。結局、親族でない副社長が継ぐことになったそうよ。じゃあ会社にも行かず何してると思う? 入院よ、入院。治療してるわけよね。まあ治療と言っても、実際は延命治療なんでしょうけど」
「入院してるのに……」
「そう。入院はしてるけど、週に一度か二度、病院の許可取って外出して、あなたの奥さんと逢い引きしてる……、あ、ごめんなさい。無神経な言い方だったわ」
「……いいんだよ」
「本当にごめん。そんな言い方するつもりじゃなかったのに……。あたし、まだダメだな、こういう軽口はいけないってわかってるのに」
「いい、いい。いいんだよ、小夏さん。響子もオレも……、納得して受けたんだから」

裕作は棒でも呑み込んだようにそう言った。
確かにそうなのだが、可能なら今からでも撤回したいくらいだった。
だが拒否すればお金は入ってこない。
一刻館はなくなる。
このジレンマは消えることはない。

「ごめんね、怒ってない? で、普段は入院して治療を受けてるんだけど、これってほとんど化学療法なんだって。わかる? 化学療法って要するに抗がん剤を使った投薬なんだけど、これがけっこう強烈らしいんだ。副作用も出まくりだしね……。だから瞬のやつ、病院ではぐったりしてるか寝てるか、どっちからしいわ。面会謝絶なんで、あたしも見舞いに行ったことはないんだけどね。つまりさ……」

小夏は細い指を器用に動かしてタバコを折り消した。

「……響子さんと寝るというその目的のために、彼、すべてを犠牲にしてるのね。その行為以外はすべて自粛。医者の言うことを守ってきちんと入院加療してるんだけど、定期的に響子さんのところへ通ってる。当然、主治医たちは止めたけど、瞬は聞く耳持たない。終いには医者も怒りだして「勝手にしなさい」と言い捨てたそうだけど……。まあ医者の方も正直「匙を投げてる」状態だったでしょうし、専門家の目から見ても、もう助かりそうにないことはわかってたし、なら最後に好きにさせればいいってことで落ち着いたみたいね。親御さんたちも瞬のことには口出ししない、と決めてるそうよ。だから瞬は、文字通り「命がけ」で今回のことを始めたのよ」
「命がけ……」
「そうよ。彼にとってはさ、響子さんに会うために病院を抜け出して彼女を抱くってことは、それはそれは体力を削ることになるのよ。大げさでも何でもなく、肉や骨を投げ捨ててるのと一緒。その執念は大したものっていうか、ちょっと怖いくらいだけど。それだけ響子さんに執着してるのか、それとも子孫を残すことに最後の希望を賭けているのか……、その辺はわからないけど」

そう言いながら、小夏は少しだけ表情を消した。
瞬が執着しているのは、間違いなく響子の方である。
もし、単に子供を残したいという思いだけなら、それこそ小夏が相手でもよかったわけだ。
気心は知れているし、互いに結婚もしていない。
何より小夏も同意はしているのだ。
これ以上の相手はいない。

なのに障壁が極めて高いと思われる響子を指名してきたのだ。
これはもう、瞬の思いは完全に響子へ向いているという証だろう。

「……わかった? 瞬はそんな奸計を仕掛けたんじゃなかったのよ。むしろ、本当に正直な今の自分の気持ちだったんじゃないのかなあ。大体さ、こんな持って回ったことしなくても……、イヤな言い方になるけど、瞬の立場ならもっと強引にでも響子さんを自分のものにするってことも不可能じゃなかったと思うわよ。もう犯罪紛いに拐かしちゃうとか、ヤクザに依頼して強引に連れ出すとか……」
「……怖いこと言わないでよ」
「でも、それが現実。瞬なら、やろうと思えばそういうことが出来ちゃうわけ。でもやらなかったでしょ? バカ正直に真正面からきみたちに頼みに行ってる。それが瞬の見せた誠意なんだろうね。もちろん、あなたたちにとっては迷惑極まりなかったでしょうけど。だから、あたしをきみに派遣したのも、やっぱきみに対して少し……、いいやかなり、かな、後ろめたかったんじゃない? まあ、女房差し出させる代わりに別の女を抱かせるからってのも勝手な話だけどね。じゃあ、こんなもんでいい?」

そう言って話を終わらせると、小夏はおもむろに立ち上がった。
もう帰るのだろうか。
まだ二時間は経っていない。
帰ってもいいが、まだ響子はいないだろう。
またまんじりともしない時間を過ごさねばならないのはたまらなかった。

なら、いっそのこと……、と、ちらりと裕作は思った。
瞬の響子への思いを聞いて、さらに焦燥感と妬心がこみ上げてくる。
今ごろ響子は瞬と……。そう思うといてもたってもいられない。
悔しいとか、情けない、とか、そういう感情とも違う。
やはり嫉妬だろう。

その時、裕作の見ている前で小夏は唐突に服を脱ぎ始めた。
ブラウスから肩を抜くと、目にも鮮やかなほど白い肌が室内灯に反射している。
スカートのホックも外し、するりと脚から抜けると絨毯の上に蟠っている。
形の良いすらりとした脚線美に、裕作は思わず生唾を飲み込んだ。

「こ、小夏さん、何を……」
「何をって……、する気になったんでしょ?」
「お、オレは別に……」
「あら、さっきあなた言ったじゃない、「その前に話を聞かせろ」って。「その前」の「その」ってさ……、あたしと寝るってことじゃなかったの?」
「……」

図星だった。
気にすまい気にすまいと思っていても、響子と瞬のことが気になってしまうのだ。

妻の響子は「義務的」に、あるいは金銭的な見返りのため、瞬に抱かれている。
不承不承あるいは無理矢理に納得した裕作だったが、やはり心穏やかでいられるはずもなかった。
響子に惚れ抜いた上での結婚だった。
結婚前からのことを思えば、足かけ8年以上も想い続け、愛していた女性である。
その女を他の男に抱かせねばならないのだ。

響子と一緒の時はなるべく平静を装っていたし、必要以上に気も使わなかった。
が、いざ響子が瞬の元へ出かけてしまうと、悪夢のような妄想ばかりが膨らんでくる。
瞬の胸に抱かれている裸の妻の姿を想像するだけで、嫉妬とも恐ろしさともつかぬ説明不能なもので胸が締めつけられる。

今、瞬のペニスが響子の媚肉深くまで貫いているのかも知れない。
そして響子は快楽に喘ぎ、よがっているのではないか。
そんなことを考えると、気がおかしくなりそうだった。
それと同時に、情けないことに自分の男根も痛いまでに勃起してしまうのだ。
今もそうだった。
他の男に抱かれる妻を想像して自慰に耽るのはさすがに情けなく、そこまではしなかったが、今は目の前に小夏がいて、しかも彼女は「誘ってきている」。

裕作は口ごもった。
上半身はブラジャーのみ、下半身はストッキングとショーツだけの姿となった美女は、裕作の隣に腰掛けると、いきなりその唇を塞いだ。
突然のキスに裕作は仰天したが、小夏を拒絶はしなかった。
積極的ではないにしろ、拒まなかったのだ。
長いキスを終えると、小夏は少し潤んだ瞳で裕作を見つめる。

「ごめんなさいね、タバコ臭かった? タバコ吸わない男の人って、吸う女とキスするのはイヤなんだってね……」
「そ、そんなこと……ないけど……」
「じゃあ、どうする? する? しないの? このままあたしに恥を掻かせて、あっ……」

瞬に犯されて悶え喘ぐ妻の姿と、自分を誘う肌も露わな美女。
何が何だかわからなくなり、裕作は小夏を押し倒していた。
裕作は荒々しい息遣いで小夏の着衣を引き剥がそうとしている。
ストッキングがピッと音を立てて破け、伝線した。
その手がブラに掛かり、そしてショーツへと伸びた時、小夏は慌てたように言った。

「ま、待ってよ、五代くん! 慌てないで!」
「あ……」
「ちょっと待って、落ち着いてよ。あたしは逃げはしないし、時間だってまだたっぷりあるじゃない。そんな乱暴にされたら下着破れちゃうわ」

その後「童貞じゃあるまいし、何を焦ってるの」と言おうとしたが、さすがにそれは控えた。
いくら何でも失礼だし、裕作を傷つけてしまう。

「ご、ごめん……」

小夏に諭され、裕作は己を取り戻した。
同時に酷く恥ずかしくなる。
これではまるで飢えた野獣そのものだ。
裕作が落ち着き、逆に少し落ち込んでいるのを見て、小夏はまた微笑んだ。

「ね、せっかくだし、今日はあたしが好きにしていい?」
「え? それってどういう……」
「だから、あたしが主導権とって「する」の。だめ?」
「あ、いや……、そんなことないけど、でも……」
「でも?」
「そういう経験、ないから……。響子はあまりこういうの積極的でもないし……」
「そうなんだ。じゃ、ちょうどいいわ、おねーさんに任せておきなさい」

戯けるように小夏がそう言うと、裕作も少し笑ってくれた。
小夏はストッキングを脚から抜き、ブラを外し、そしてショーツを下ろした。
裕作に背を向けていたが、何度も後ろを振り返り、裕作を刺激するような視線を送る。
そして正面を向くと、腕をクロスさせていた腕を外し、乳房を露わにした。

「……」

裕作は凝視してしまう。
そもそも女体自体、ソープ嬢を二三度相手にした以外は響子しか知らないのだ。
その響子が、理想的とも言える素晴らしい肉体の持ち主だったから、他へ目が向くこともなかったのである。

しかし、目の前に晒されている小夏の身体もなかなかのものだった。
胸のサイズはかなりのものだ。
響子も服の上からわかるくらいの豊かな乳房だったが、小夏もそれに匹敵するくらいのサイズである。
そして張りと形も見事なものだった。
響子のそれはたぷんと柔らかそうなものだったが、小夏の乳房はそれより少し固そうで若々しいほどの肌の艶があった。
乳首も小さく愛らしい。
今にもむしゃぶりつきたくなったが、その前に小夏が迫って、裕作の股間を面白そうに見つめた。

「うふふ、おっきくなってるね、五代くんのも」
「あ……」
「恥ずかしがることないわよ、あたしだって裸なんだし。見ようと思えばおっぱいだってお尻だってあそこだって見られちゃうんだから。ね、いい?」
「いい……、って?」
「鈍いの? こういうこと」
「っ……!」

裕作が驚く間もなく、小夏は彼の肉棒を優しく握ると、そのまま咥内に収めていく、

「はあ、ん……んん……んちゅ……」
「うっ……」

小夏は、見られていることを意識しているのか、扇情的に首を振り顔を動かしながら、裕作の分身を嬲っていく。
たちまち小夏の唾液まみれとなったペニスは、懸命に舐め回す舌に反応し、固さを一層に増していた。

「んん……んじゅ……んぶっ……ちゅっ……んんあ……」

小夏は裕作のそれを愛おしそうに舐めていたが、自分の頭に圧力を感じ、上を見てみた。
裕作が苦しそうに(というか、あまりに心地よさに)顔を歪め、小夏の頭を両手で押さえ込んできている。
もしかして「痛い」とか「良くない」と言って、やめさせようとしているのかと思ったが、そうでもないらしい。
裕作の反応が快楽によるものだと知り、嬉しくなった小夏は、さらにねっとりと舌でペニスをねぶり、唇で締めつけていく。

「んっ……んむっ……んじゅうっ……ちゅぶっ……んむ、むうっ……」

舌が敏感なところを這う感覚、そして喉の深いところまで飲み込んでくる気持ち良さに、裕作は呻きながら小夏の頭を掴んだ。
指を立て、小夏の柔らかい髪をくしゃりとまさぐる。
小夏はいったん口を離し、上目遣いで裕作を見て聞いた。

「ねえ……。五代くんの奥さん……響子さんて、こういうことしてくれなかったの?」
「いや……、そんなこともないけど。オレの方が「してくれ」って頼んだんだ……。最初にそう言うのは勇気が要ったけど……」
「そう。じゃ、奥さんとどっちが上手か比べてもらおうかな」

小夏はそう言って、再び肉棒を咥えていく。

「んっ、んっ、んんん〜〜っ……んむ……んじゅぶ……じゅうっ……」

小夏の技巧は裕作の経験値を圧倒していた。
風俗の女も、商売なのにここまで情熱的にはやってくれなかった。
彼女は「奥さんと比べてみて」と言ったが、正直言って比較にならない。
響子だって裕作と大差ないくらいの経験しかないはずなのだ。
惣一郎と裕作しか男を知らないだろう。
話に聞く惣一郎の印象では、響子に対してあまりそういう要求はしあなかったろうし、裕作だって似たようなものだ。
さっき小夏に言った通り「フェラチオして欲しい」と言うのだって、相当ためらっていたくらいだ。

小夏は「セックスは挨拶みたいなもの」と言っていたが、それだけに経験は裕作など比較にならぬほどに豊富なのかも知れない。
女のテクニックは、男の弱点も遠慮なく責めてきた。
唇で思い切り擦り、根元まで呑み込んでいたものをカリ部分まで引き出す。
そのカリを小夏は窄めた唇でぐりぐりと締め、亀頭の先っぽを舌先で抉ることまでやってきた。

さすがに裕作ではこの刺激には耐えきれず、小夏の喉を犯そうと何度か激しく喉奥を突いてきた。
小夏もこれには閉口し、裕作の腰を押しやって離そうしたもののわかってくれず、なおも激しく突いてくる。
そこまで気が回るほど経験してないし、今はその余裕もないほどに快感を得ているのだろう。
裕作が切羽詰まったように叫んだ。

「くっ……、こ、小夏さんっ……、オレもうっ……」
「あっ……!」

裕作は慌てて小夏の顔を押しやり、その口からペニスを引き出した。
と、逸らす間もなく肉棒が暴発する。
小夏は、一瞬避けようともしたのだが、そのまま裕作の精液を顔に浴びていた。
びゅっ、びゅっと射精が続き、裕作もペニスを搾るようにして吐き出させている。
精液は小夏の鼻の上で弾け、頬に浴びせられていた。

「あ……」

ようやく興奮から冷め、裕作は事態を把握した。
それから慌てたようにタオルを取り、小夏の顔を拭おうとする。

「ご、ごめん、小夏さん。本当に……」
「……いいのよ、謝ることないわ」

小夏はそう言って妖艶に微笑んだ。
裕作からタオルを受け取り、頬にかかった精液を拭おうとして途中で止める。

「男の人ってさ……、こういうの好きなんでしょ? 瞬もさ、たまに顔にかけたがったわよ。口でした時だけでなく、あそこに入れた時も……。いいわよ、このまま拭かないでいても」
「……」

小夏のその言葉、仕草だけで、裕作のものはまたむくむくと膨れていった。
女はそのペニスを嬉しそうに見て、また手に取る。

「すごいわね、すぐにまた大きくなったわよ。若いのねー」
「ごめん……、オレ、こんなになって……」
「いいんだってば。だってさ、五代くん、あたしを見て興奮してくれてこうなったんでしょ? 嬉しいじゃない? 女としてはさ」
「そ、そういうものなの?」
「あたしはね。みんながみんなそうかはわからないわよ。きみの奥さんがそうなのか、までは知らない。でも……、愛し合ってる仲なら、やっぱり嬉しいんじゃないかなあ」
「そう……かな……」
「そうよ。で、これって……まだ足りないって意味よね?」

小夏は悪戯っぽくそう言って、裕作の男根を指先で軽くピンと弾いた。
その刺激もあってか、さらにペニスはぐぐっと大きく、そして固そうにそそり立った。

「……すごいじゃない。どうする、もう少しお口でする?」

まだ精液の滴っている美貌でそう言われ、裕作は矢も楯もたまらず、また小夏にのしかかっていく。
小夏は、そんな裕作の獣欲をあしらうように言った。

「だめ。今日はあたしが主導権取るって言ったでしょ? さ、そこに寝て」
「こう……?」
「うん、それでいいわ」

裕作が仰向けになると、小夏は微笑んでその上に跨っていく。
その股間は早くも濡れているように見えた。

裕作は少し驚いた。
まだ彼は小夏を愛撫していないし、それどころか肌に触れてもいないのだ。
なのに濡れているというのは、小夏が裕作とのセックスを想像してそうなったのか、あるいは裕作のペニスを愛撫して射精させたことに興奮してそうなっているとしか思えない。
いずれにしても小夏の方はもう準備万端であり、膝立ちになって裕作の腰を跨ぎ、手を伸ばしてそのペニスを誘導していく。
小夏の細く繊細な指に触れられ、肉棒はさらに膨張する。
小夏はそれを指で握ったまま、そっと腰を落とし、迎え入れていった。

「んんっ……、く……、は、入る……五代くんのが……ああ……」

ぬぷぬぷと男根が埋め込まれていく感覚に、小夏の顎がクッと仰け反る。
そのまま少し太腿を痙攣させながら、なおも腰を沈め、根元まで呑み込んでいく。
ペタンと裕作の腰の上に尻を落とすと「ああっ」と小さく喘いだ。
小夏は裕作の胸に手を突き、指で軽く彼の乳首をいじくりながら囁いた。

「ああ……、全部入っちゃったね……。ごめんね、これで五代くんも完璧に浮気しちゃったってことになっちゃんだ。ふふ、奥さんに合わせる顔がないな、あたし……」
「……」
「んっ……、け、けっこう深くまで入ってる……。動いていい?」

小夏はそう聞くと裕作の返事を待たずに、ゆっくりと腰を上下させ始める。
腰を持ち上げると、女の蜜をまぶされた裕作のペニスが姿を現し、カリ首辺りまで引き抜かれると、また小夏はぺたんと彼の上に腰を落とした。
ぬっ、ぬっ、と音が聞こえそうなくらい生々しいシーンが続くうちに、小さく開けた小夏の唇からは「はあはあ」と熱い吐息が漏れてくる。
咥え込んだ肉棒に媚肉もしっかりと絡みつき、熱いほどに熱を帯びてきた襞が収縮していく。
こんな風に女性主導のセックスをしたのは初めてだったこともあり、裕作はしばらくの間、呆然としていたが、ペニスへ送り込まれる快感と小夏の反応を見ているうち、むらむらと欲望が湧き起こってきた。

「こ、小夏さんっ……」

そう言うが早いか、裕作は小夏の腿を掴むと自分から腰を持ち上げ、打ち込んでいった。

「あっ! や、そんないきなりっ……!」
「あ、ご、ごめん、その……」

小夏が悲鳴じみた声を上げたのでびっくりした裕作は、つい動きを止めてしまう。
欲望に突き動かされた自分が急に恥ずかしく思えてくる。

一方の小夏の方は一瞬きょとんとしてぱちくりした眼で彼を眺め、それからクスクスと笑い出した。

「……やあねえ、もう。野暮」
「はあ……」
「こういうことしてる時、女が「だめ」とか「やめて」って言ってるからって、ホントに止めたらだめでしょうに。きみが無理矢理にあたしを犯してるならともかく、完全に同意の上なんだから」
「……」
「ねえ、奥さんにもこうなの? だったらさあ、奥さん、物足りないと思ってるからも知れないわよ」
「え……」
「前にさ、あたしだって瞬とする時、半ば強引に、まるで犯されるみたいにされることあるって言ったでしょ?」
「ああ……」
「本気であのバカがそうしてきたら、こっちだって必死に拒否して横っ面のひとつもひっぱたいてやるわよ。でも、そういうのってプレイの一環として理解してるからさ。夫婦だって同じじゃないの? たまにはそういう刺激もあっていいわよ」

そうなんだろうな、とは裕作だって思う。
そう言えば、響子とセックスしている最中、つい興奮してお尻──というより肛門である──をいじったことがある。
響子はびっくりして拒絶したが、もしかしたらあれだって本当はやってもよかったのかも知れない。
ただ恥ずかしいし、何も抵抗せずに受け入れたら変に思われると思っての「抵抗」だったのではなかろうか。
そんなことを考えていると、小夏が焦れたように動き出す。

「……なによ、ホントに野暮。あたしとセックスしてるのに奥さんのことを思い出してんの? ……まあ、あたしが言い出したことなんだけど。でも、今は奥さん忘れて、あたしとしようよ。それに……」

そう言う小夏の表情が悪戯っぽく……というより、何か企みでもしているかのようなものに変わった。

「……向こうだって……、奥さんだって瞬とセック……あっ!」

それ以上言うな、とばかりに裕作は腰を打ち込んでいく。
肉棒は深くに食い込み、内部を擦って引き抜かれ、また埋め込まれる。
瞬なら、ここで腰を捻って回転運動を与えたり、突き込む深度や角度を変えて女を愉しませるところだろうが、生憎裕作にはそこまでのテクニックはない。
それでも小夏は充分な快感を得ていた。
何となく気になっていた裕作と、とうとうベッドインしたという事実だけで、何だか達成感があった。
加えて、普段は瞬のような技巧的な性交ばかりだったところに、まるでこの前童貞を卒業したばかりの若者ののような直情的なセックスをされて、逆に新鮮だったのかも知れない。
それらだけでなく、裕作の妻に対しての仄かな優越感も手伝っていたのだろう。

裕作も息を切らして腰を使っていた。
小夏の送り込んでくる快楽はかなりのものだったし、騎乗位というスタイルも実は初めてだったからだ。
響子との場合はほとんどが正常位だったし、彼女は後背位すらあまり好まなかったのである。
初めての体位によるペニスへの新たな刺激は、裕作を燃え立たせるに充分だった。

「んっ……い、いい……いいわ、五代くん、あっ……そ、その調子……くっ、強くしてもいいわよっ……ああっ」

小夏の言葉を待つまでもなく、裕作は臀部の筋肉が引き攣るほどに力みながら腰を持ち上げ、彼女を突き上げた。
裕作の腰に小夏の柔らかい尻肉が当たり、何度もパンパンと弾けるような音を立てる。
どちらかと言えば華奢な小夏の肢体は、裕作が下から打ち込むたびにふわっと宙に浮いていた。

「いい……、い、今、あたし、五代くんと繋がってる……んっ……はあっ……」

そう言って喘ぐ小夏を、裕作は半ば呆然と見上げている。
自分とセックスして、ここまで満足してくれている女は初めてかも知れない。
響子も喘いでいたし「よかった」と言ってくれてはいるが、小夏と比べればおとなしいものだった。
響子の方が慎ましやかなのは確かだし、意地っ張りで気が強いところもあるから、あまり乱れるのは「恥ずかしい」と思うものなのかも知れない。
いずれにせよ、小夏とのセックスは裕作にとっても新鮮なものだった。

身体を弾ませて身体を捩り、喘いでいる小夏。
下から見上げる裕作の目には、その悩ましい美貌だけでなく、ふわふわと舞っている髪、大きく揺れ動く乳房まで見える。
そして視線を下に戻せば、自分のペニスが小夏の媚肉に食い込み、突き刺さっているところまで見えた。
たまらなくなった裕作は、彼の胸に手を着いて腰を上下させている小夏の乳房をぎゅっと両手で掴んで揉みしだいた。
小夏の反応は鋭敏で、裕作が胸を愛撫していくと、また仰け反って大きく喘いだ。

「ああっ、おっぱいっ……、くっ……、そ、そう、そんな感じ……も、もっと強くして、いい……ああ……きゃんっ、ち、乳首、感じちゃうっ……!」

意図的ではなく、何かの拍子に彼の指が乳首を強く弾くと、小夏は背中を震わせて大きく反応する。
「ここか」と思った裕作は、しつこいほどに乳首を責め、指でこねくってみせた。
そこが弱いのか、小夏は引き攣ったような喘ぎを上げ、裕作の腕を掴む。
一見「やめて」という意志で腕を離させようとしているかのようだが、彼女の言によると、そうではないのだろう。
裕作は小夏に腕を掴まれたまま、なおも乳房を揉み、乳首をこねた。
同時に腰も打ち込み、小夏に小さな悲鳴を上げさせている。

「うんっ、ああっ……い、いいわ、いい……ご、五代くん、あっ、け、けっこう上手、ああっ……も、もっと……あああ……」
「うっ……」

乱れよがる小夏の痴態に、裕作の方も昂ぶりが止まらない。
彼女の膣が生み出す快感は大きく、裕作はもう肛門を引き締めていないと射精してしまいそうなほどに追い込まれている。
自然とピストンが速まり、ペニスへの刺激を強めていった。
その様子で裕作の状態が把握できるのか、小夏は喘ぎながらも聞いてきた。

「あっ……ご、五代くん、そ、そろそろなの……? ああっ……」
「うっ、うんっ……くっ……、わ、悪い、もういきそうだ……」
「あ、あっ……う、うん、いいわよ、あっ……、い、いつでもいって、いい……」

そう言うと、ふたりはさらに激しく腰を打ち付け合った。
ふたりの衝突する腰は、もう小夏の愛液でべとべどだ。
くっつくと「ぴしゃっ」と粘った水音がして、離れると粘ついて糸を引いている。

小夏の反応の良さと、盛んにペニスを締めつける媚肉の具合の良さで、裕作はもう猶予がなくなっている。
「やばい、外で出さないと」と思う反面、あまりの気持ち良さに「このまま出したい」という思いも強くなってきていた。
小夏の方も「いつでもいっていい」と言っているのだから、このまま出せばいい。

だが、そんなことをして彼女が妊娠でもしたらどうなるのだ。
響子は瞬に孕まされ、裕作は小夏を妊娠させる。
そんなことになったら、もう夫婦生活など送れなくなってしまうではないか。
だが、そんな不安も今の裕作には小さなものだった。
男性本能がそうさせるのか、このまま出したいという思いは非常に強かったし、どうせ響子は孕まされるのだ、
ならば自分も……、という半ば捨て鉢な気持ちもあった。

だめだ、もう我慢できない。
裕作は欲望の赴くままに小夏の奥へ突き上げ、激しい締め付けを受けて強烈な射精感に襲われた。

「くっ……、出るっ!」
「ああっ!」

堪え切れない猛烈な欲望を前に、裕作は思わず小夏の胎内に己の精液を噴き出させていた。
腰が痺れるほどの快美感が断続的に襲いかかり、尿道を勢いよく精液が走り抜け、小夏の中へ迸らせていった。
射精を受け、小夏は背中を大きく反らせたまま、ビクッ、ビクッと何度も痙攣していた。

「ん、ああ……出てる……ああ……五代くんの……あう……」

すべての射精を受け止めてから、小夏がばったりと俯せに倒れ込み、裕作の上に重なるようにもたれかかった。
裕作も、射精の間は持ち上げていた腰を落とし、その胸で小夏を受け止めている。
ふたりはしばらく荒く熱い息を吐いていたが、呼吸が落ち着いてくると、どちらからともかく顔を見合わせ、小さく微笑んだ。
小夏は顔を伏せ、裕作の胸に頬を擦りつけるようにして甘えた声で言った。

「……出しちゃったね、五代くん……、ホントにあたしの中に出しちゃったんだ。避妊もしてないのに」
「……」
「もう……。どうするの? もし、あたしが五代くんの子を身籠もったりしたら、奥さんに言い訳できないわよ」
「……」

裕作は何も言えなかった。
確かに小夏は「いつ出してもいい」とは言ったが、「中に出して」とは言っていないのだ。
まさか、本当に裕作に中出しさせて妊娠という結果を迫り、罠にかける……、そんな策でも弄したのだろうか。
一瞬不安になった裕作だが、そんな彼の顔を見て、小夏がまた可笑しそうに笑った。

「あははは……。大丈夫よ、大丈夫」
「だ、大丈夫って……?」
「だから平気よ。妊娠なんてしないから」
「え?」
「あのねえ、いくらあたしだってそこまで無謀じゃないわよ」

小夏はそう言って、小悪魔のように笑って裕作の鼻をピンと指で弾いた。

「……ちゃんと避妊してますよーだ」
「え……、あ、でもオレ、ゴムは……」
「コンドームはしなかったけど、あたしの方で避妊してるから。ピル飲んできたのよ」
「え……」
「瞬もさ、あんまりゴムが好きじゃないのよね。だから、彼と寝る時はピル飲む習慣があったの。もしかして五代くんもそうかなって思ったから事前に、ね」
「なんだ、そうなのか……」

あからさまにホッとした顔になった裕作を見て、小夏がちょっとだけ拗ねて見せた。
無論、演技である。

「あ、なあに、その顔。響子さんにはOKで、あたしは妊娠ダメなわけ?」
「そ、そりゃそうだよ。響子は妻だけど、きみはさ……」

真剣に焦る裕作を見て、小夏はまた楽しそうに笑った。

────────────────────

結局、響子は朝まで嬲られ続けた。
何度も何度も──それこそ数も数えられないほどに──いかされ続け、挙げ句、子宮へたっぷりと射精を受けた。
終いには、本当に響子は失神してしまい、一刻館の前までタクシーで送られ、車内で瞬に起こされるまでは気を失っていたのである。
瞬に礼も言わず、ふらつく足取りのまま、どうやって玄関を通って部屋まで来たのか憶えていない。
気がつくとドアノブを回していたのだ。

「……」

鍵はかかっていなかった。
腕時計で確認すると、もう朝の6時過ぎである。
ということは、ホテルを出たのは5時くらいになるのだろう。
心身共に疲労しきって、今にも倒れてしまいそうだった。

「……ただいま」
「……」

返事はなかったが、裕作はそこにいた。
その様子を見ると、寝ずに起きていたらしい。
自分を待っていてくれたのだと思うと、有り難いし嬉しい。
その裏腹に、瞬に抱かれて心ならずも激しく乱れてしまい、何度も絶頂してしまうという、夫を裏切るような反応を示してしまったという申し訳なさと背徳感。
だが、今の響子にはそういう人間らしい感情が希薄になっている。
果てしない色責めで気を失うまで責め抜かれたのだ。
気が回らなくても無理はなかった。

裕作は午前1時には帰宅している。
その時刻でも「遅くなりすぎだ」と思い、成り行き──あるいは誘われたからとは言え、小夏を抱いてしまったという後ろめたさもあった。
にも関わらず、響子はまだ帰宅していなかった。
拍子抜けした。
自分は、こんなに響子を気遣って大急ぎで帰ったというのに、当の響子はいない。
どこでどうしているのか、考えるまでもなかった。
まだホテルで瞬に抱かれているのだ。

そのことを思うと、どうにもならぬ黒い感情で押し潰されそうになる。
ついさっきまで、小夏とベッドを共にしてしまったという後悔と背徳は、地平線の彼方へ消し飛んでしまった。
醜い形をした嫉妬という気持ちがムラムラとこみ上げてくる。
瞬と響子への妬心と憤慨は、時を経るに従って大きく、重くなっていく。

午前2時、3時、そして5時を過ぎてもまだ戻らない。
いったいこの時間まで何をしているのか。
まさか、夕刻過ぎに出かけて、この時間までセックスに耽っていたということないだろうから──実際はそれに近かったわけだが──、その前後に食事をしたり酒を飲んだりして寛いでいたのではないのか。

瞬に抱かれることに関しては、裕作にも責任はある。
響子の、一刻館への強い願望を認めて、今回の話に乗ったのだ。
あの時、自分が「絶対にダメだ」と断れば、響子はもちろん瞬だって諦めざるを得なかったに違いない。
目の前の大金に目が眩み──その金だって裕作のものにするためでなく、一刻館存続のためではあったのだが──、条件を飲んだのは裕作も同罪なのだ。

しかし、それだけならまだいい。
彼に身体を許すのがその条件のひとつなのだから、これは仕方がない。
が、夫の自分を差し置いて、他の男に抱かれるのみならず、食事や酒──言ってみれば「デート」であろう──などの親密な交際までする必要がどこにあろうか。

そのせいもあって裕作は響子に対して、ほとんど初めて攻撃的になっていた。
裕作は冷たい目で睨んでいたが、響子は気にも留めない様子で、それがまた彼の怒りに火を注いでいる。
響子は黙って服を脱ぎ、ハンガーに掛けてクローゼットに収めながら裕作に聞いた。

「……お腹空いた? 朝ご飯まだでしょ?」
「……」
「私、疲れてしまって。悪いんだけど、何か適当に食べてくれます?」
「……」

まったく夫からの返事はなかった。
裕作へ背を向け、まるで壁を相手に話しているようなものだ。
響子にしてみれば、裕作に対して合わせる顔がないのである。

「……」

布団が二組敷いてあった。
恐らく、裕作が用意してくれた夜具だろう。
それを見ると、さすがに「申し訳ない」という気持ちも出るのか、ちらりと夫の方を見やった。
裕作はいつの間にか響子から視線を外していた。
何も言わず、背を丸めて膝を抱え、茶箪笥を見上げている。
響子も話すべき言葉が見つからず、黙ったまま下着の上から寝間着を着けていく。
そこで初めて裕作の方が言った。

「……何してたんだよ」

彼らしからぬ冷たい声だった。裕作はかなり怒っている──キレているのだ。
初めて聞く夫の声色にハッとし、響子は着替える手を止めて彼を振り返った。
夫は再び同じ調子で問うてくる。

「遅かったじゃないか。何を……」
「何をしてたか、ですって!?」

今度は響子がキレる番である。
響子だって、したくてしているわけではないのだ。
仕方なく──本当に致し方なく瞬に肌を許しているのである。
それに、そのことは苦渋の決断ながら裕作だって承認したはずだ。
事実、最初は妻を労って、気を使ってくれたではないか。
なのになぜこんな冷たい反応をされねばならないのか。

互いに心がささくれ立っていては、譲歩や理解など出来ようはずもない。
さらに問いかける夫の売り言葉に、響子も買い言葉で返してしまう。

「そうだよ! こんな時間まで三鷹さんと……」
「そうよ! セックスしてたのよ!」
「……!」

あまりにもはっきりとそう言われて、裕作は唖然としてしまった。
二の句が継げない裕作から顔を逸らし、響子は小さな声で言った。

「……セックスしただけよ。それだけのことじゃない……」

本当に、最初はそのつもりだったのだ。

セックス。
性交。

言い方は色々あるだろうが、要は瞬の男性器を自分の女性器に結合させ、射精を受けることだ。
その精液に含まれた精子で、卵子を受精させることが出来れば終了なのだ。

それだけである。
大したことではない。

響子はそう思いたかったし、そういう機械的な行為で済ませるつもりだったのだ。
その考えが甘かったことは今回思い知らされている。
だからこそ辛かったのだ。

背けた妻の頬に、涙が伝っているのが見えた。
さすがに裕作もズキンと堪えたが、だからと言ってこんな時間まで抱かれていた──5時間や6時間くらいはセックスしていたと思うと、夫としては我慢も出来なくなる。
本当に義務的になら、こんなに時間がかかるものだろうか。
瞬が何度も挑み掛かったとしても、そう何度も射精できるわけはないのだ。
ということは、前戯や後戯にもかなり時間を掛け、響子を弄んだということになる。
響子としては、前戯はともかく射精を終えたらさっさとベッドから抜け出てしまえばいいはずなのだ。
なのにこんなに時間が掛かったということは──響子自身も愉しんだのではないか。
そんな黒い想像が裕作の胸を灼け焦がしている。

もちろん響子にも言い分はある。
時間を掛けられて身体を愛撫され、徹底的なまでに性感を引き出されてから犯され、その上、何度いかされても許されず、瞬が射精するまで連続的な絶頂状態だったのだ。
しかも瞬は「念には念を入れて」とばかりに、ぐったりした響子をさらに抱き、貫き、何度も射精したのである。
こうまでされては、女としてはどうしようもないではないか。

しかしそんなことは響子の口から言えるものではなく、また言ったとしても理解してはもらえまい。
裕作の方は、響子の言葉は「開き直った」ようにしか聞こえなかったから、さらに怒りを増幅させてしまう。

「……気持ち良かったのかよ」
「……何ですって?」
「三鷹さんに抱かれて気持ち良かったのか? だからこんなに何時間も抱かれたわけなのか? どうなんだよ! オレよりも三鷹さんの方が……」
「そうよ! その通りよ!」
「……き、響子……」

まさか肯定されるとは思わなかったようで、裕作はまたしても唖然としてしまう。
あまりにも悲しい問いかけにカッとなった響子は、生まれて初めて攻撃的に相手を責めた。
自分の裕作への気持ちを疑われると同時に、非常に侮辱されたように感じたのである。
疲れていたこともあったろうが、響子は激した感情を抑えられなかった。

「あなたに抱かれるより「よかった」わよ、これで満足!?」
「……」

そこで響子は崩れ落ち、脱力して布団の上へぺたんと座り込んでしまった。
両手で顔を覆い、すすり泣いているのがわかった。
同情の余地はもちろんあるが、これは響子の側が「一言多かった」と言えるだろう。
裕作は、もうどう言えばいいのか、どうすればいいのかわからなくなり、最悪の行動に出てしまう。

「……響子!」
「きゃあっ!」

裕作は、有無を言わさず響子へ──疲れ切っていた妻へ襲いかかったのである。
響子は抵抗したものの、やがて諦めたように全身から力を抜いた。
裕作は、そんな響子の身体を、飢えたけだもののようにむしゃぶりついていった。



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