小夏との行為で少しは発散されるかと思っていた激情が、ちっとも癒されていないことに裕作は気づいた。
響子とはまるで違うセックスを経験したことにより、性的な欲望に関しては解消しているはずだった。
なのに、ホテルから戻った後も、まだ帰らぬ響子を待っている間にまたしても裕作の股間は醜く膨れあがっていってしまう。
じりじりと夜中を過ごしているうちに、今夜も瞬に抱かれている妻の肢体を思うと、どうにも欲望が収まらなくなってくるのだ。
腹の底でコールタールのように黒く、不快な熱さで溜まっている嫉妬と、持って行き場のない怒りが股間に直結し、裕作の性器を必要以上に昂ぶらせていた。

この日も、妻の響子が帰宅したのは早朝の5時少し前だった。
この時間で朝食後ということはあるまいから、夕べから明け方までセックス三昧だったに違いない。
愛し抜いた妻の身体を他の男が蹂躙し、あまつさえ妻は感じていたのだ。
この前、響子ははっきりと「あなたより気持ち良かった」とまで言ったのである。

とはいえ、落ち着いて考えれば、喧嘩腰だった裕作の売り言葉に対する買い言葉という面が強いのだが、今の彼にそこまでの冷静さはなかった。
夫の自分にも見せない媚態を三鷹の前に晒し、聞いたこともない喘ぎやよがり声を放ち、あの美貌を悩ましく歪ませて絶頂したに違いない。
そんなことばかり考えている時、妻が帰ってきた。

「ただいま……」

ドアが開き、消え入りそうな声で響子が言った。
もはや何の感情も籠もっていない。
感情がないのではなく、それを表に出さないようにしているのだろう。

夫婦とは言え「他人」である。
意見の相違や好みの違いがあって当然だ。
だから、たまにはお互い本音をぶつけ合うのもいいだろうし、夫婦げんかだって「ガス抜き」の意味では有効だろう。
とは言え、しょっちゅうそれでは疲れてしまうし、本格的なケンカともなれば関係に亀裂が入るかも知れないのだ。
しかもその原因が「異性関係」となれば陰湿なものとなりかねない。
今の響子と裕作がそうだった。

裕作は、小夏にも指摘されている通り「もう少し広い心」を持てばいいと、わかってはいるのだ。
それに、そもそも響子をそこへ追い込んだのは、そのことを了承した裕作の方にだって多大な原因はある。
だからバカバカしいケンカなどしたくはないし、けばけばしい雰囲気だってイヤなのだ。

だが、彼の口からは妻を労る言葉ではなく、瞬との行為を罵る暴言が出るばかりだった。
自分の最も大切なものが穢されているのだから裕作の怒りは当然と言えば当然だが、妻だって「好きでやっている」わけではない。
響子を優しく迎えよう、何も聞かないでおこうという気持ちは、響子を待ち続ける時間によってすり潰されてしまう。
そこから現れるのはドロドロとした情念とどす黒い欲望、醜い羨望である。

それは響子だって同じだった。理由はどうあれ、自分は瞬に身を任せている。
どう言い繕っても、彼とセックスしている事実は変わらないのだ。
いくら裕作公認とはいえ、裕作としては嫉妬もするだろうし、怒りもするだろう。
なぜなら、彼は響子を心底愛しているからだ。
それは痛いほどにわかるのだ。

だから響子は普段通り振る舞おう、とも思っている。
しかし、それがそうもいかないことに気づいていた。
いくらそう思っていても、瞬によってクタクタにされた心身がそれを許さず、ひたすらに休息を要求してくる。
夫がかけてくれる言葉でさえ「うっとうしい」と思ってしまい、「ほっといて」と言いたくなってしまう。
夫の気持ちは百も承知なのだから、この場合、妻の方が「折れて」彼に尽くすべきだと、そうも思う。

だが、裕作を目の前にすると──というより帰宅すると、それが出来ない。
疲労もあって、ついつい無感情になり、ややもするとトゲのある言い方になってしまう。
それはいけないと思うのだが、どうにもならないのである。
そういう意味では裕作と同じなのだった。
これを「すれ違い」というのだろうな、と、響子は漠然と思っている。

「……」

布団がすでに敷いてある。
夫が気を利かせてくれているのだ、と思う反面、先日のことを思い出す。
あの時裕作は、疲れている響子を無理矢理に押し倒し、そのまま犯したのだ(あれは夫婦間の同衾などではなく、文字通りの「凌辱」に近かったと思う)。
またああなってしまったら、今度は殴り合いのケンカになってしまうかも知れない。
案の定、響子が上着を脱いでハンガーに掛けると、荒々しい息遣いの夫が襲いかかってきた。

「……!」

響子は咄嗟に身を固め、前屈みになって踏ん張った。

「響子……!」
「いや! ……あなた、やめて!」
「い、いいじゃないか! オレたちは夫婦だろう!」
「そ、そうですけど……、いやっ……、今日は疲れているんです、やめて!」

ふたりはそのまま揉み合い、もんどり打って布団に倒れ込んだ。
裕作は響子を抑え込み、その手首を頭上でひとまとめにして固定する。
ブラウスの前を引き剥がすと、一瞬、裕作の動きが止まった。
妻の身体から仄かに他の男の匂い──瞬の匂いを嗅いだ気がしたのだ(無論、錯覚である。響子は、瞬との情事の後は念入りにシャワーを浴びている)。

裕作の「負」の感情が一気に表出してしまった。
響子は、その時の夫の異常な目つきにゾッとした。
瞳の奥がめらめらと嫉妬の冷たい炎で燃え上がっている。
あの優しかった裕作の面影すらない。
裕作が、ブラウスのボタンを弾き飛ばし、ブラジャーに手を掛けてくると、響子にも激情が走った。
いやがる妻を力尽くで犯そうとする夫が許せなくなる。
カッとなった響子は満身の力を込めて抑え込む夫の腕を振りほどくと、思わず彼の頬を平手で張った。

「いやっ……!」
「っ……」

妻の平手打ちを食い、裕作は唖然とした。
そして、彼より驚いていたのは妻の響子の方だった。
殴るつもりなどなかったのに、裕作の表情や態度を目の当たりにして感情が抑えられなくなってしまったのである。
ふたりは、まるで彫刻像のように凝固した。
そして、夫は疲れたようにドッと座り込み、妻はよろよろと半身を起こした。
互いに顔を向け合ってはいない。
相手の顔が見られない──というより「顔も見たくない」と思っていたのだ。
こんなことは、響子と裕作が知り合って以来、初めてのことである。

響子は、殴ってしまったのは自分なのだから取り敢えず謝ろうと夫の方を向いたが、裕作は体育座りのまま膝に顔を埋めていた。
意外なことに彼は笑っていた。
自分を嗤っていたのである。

「あなた……」

掠れたような、乾いた笑い声を漏らしていた裕作は顔を伏せたまま、聞き取れるぎりぎりの大きさの声でつぶやいた。

「……三鷹さんは抱かせるのに、オレはダメなのか……」
「……」

響子は何も答えられず、しばらく黙りこくっていたが、やがてぽつりと──これも乾いた声で──言った。

「……いいわ、あなた……。服を脱ぎますから、少し待ってて……」
「……もういい」

夫はふらふらと立ち上がると、そのまま黙って部屋を後にした。
部屋の中からはすすり泣く女の声が僅かに聞き取れた。

──────────────────

裕作は響子との諍いがまだ心に残り、クサクサした気持ちのまま小夏の待つホテルへ訪れた。
今回は珍しく、小夏からではなく裕作の方から連絡をつけた。
もともと瞬の側──つまり小夏から一方的に連絡が入るのだが、今度はその前に裕作から動いたのだ。
電話を受けた小夏はかなり驚いていたが、会うこと自体はすぐに承諾した。
裕作は、電車でホテルへ向かいながら、さっきまでのことを考えていた。

あの状態で、響子とふたりっきりで部屋にいられるわけがなかった。
響子は疲労から、裕作は嫉妬と疑惑から怒りを生じさせ、あのままだったら修復不能な大喧嘩になっていたかも知れない。
あの時、響子は受け入れてくれたが、そのまま抱きでもしたら酷く矜恃が傷つけられるような気がした。
響子の方も、心底裕作に絶望したのではないだろうか。

酒を飲んでも落ち着かないのだ。
どうせ響子のことが気になり、悪い想像ばかりしてイライラした時を過ごすしかない。
響子には、自分で食事を摂ってそのまま寝ていて欲しいと言われているものの、食欲などあるはずもないし、悶々と眠れずにいるに決まっているのだ。
そんな中、また響子が朝帰りでもしようものならケンカになってしまうに違いない。

あの後、裕作だって反省した。
妻は彼女のためだけにそうしているのではない。
確かに一刻館存続を強く願ったのは響子であるが、裕作だって潰すことには反対だったのだ。
それに伴う相続税及びリフォーム費用など、とてもふたりに負担できるものではなかったし、住人から徴収するのもまず不可能だ。
その解決策として瞬の要請を受けたのだし、裕作はそれがイヤならその時に反対できる立場にあった(無論、響子本人も受諾したわけだが)。
だからこの件で響子を責めるのはお門違いであり、裕作の心が狭いだけ、ということになる。
あるいは彼らの下した判断が誤っていた、ということだ。
いずれにしても響子が一方的に悪いわけではないのだ。

それでもやはり心穏やかではいられなかった。
それだけ裕作が響子を愛しているということだが、それだけにどす黒い嫉妬の塊が心にへばりついて離れなかった。
この、持って行き場のない怒りや妬心といった負の感情を少しでも発散させておかねば、響子の顔を見た途端に怒鳴りつけそうな気がする。
そのためにも小夏と会うこと──それは彼女とのセックスも意味しているのだが──は有効なはずだ。
小夏と会話し、性欲を解放することでガス抜きをするのだ。

そんなことで小夏を利用するのは後ろめたいし、妻にも申し訳ないとは思う。
響子だって好きこのんで瞬に抱かれているわけではないのである。
だが、そうは言っても自分の妻が他の男──それも婚前の妻にプロポーズしたこともある男だ──に抱かれていると思うと、やはり平静ではいられない。
ならば自分も……、という思いもあったが、恐らくそれは言い訳だろう。

だが、裕作にはもう他に何も思いつかなかった。
小夏の方は納得ずくのようだし、それなら一時でも響子のことを忘れ、リセットさせておきたい。
そう考えて裕作は自ら小夏を誘い、いつものホテルへ赴いたのだ。
彼のそんな感情の動きを知ってか知らずか、小夏はいつものように笑顔で裕作を迎え、酒を用意していた。

「いらっしゃーい」

小夏は明るくそう言って、裕作にソファを勧めた。
裕作は促されるままに腰を下ろすと、挨拶も乾杯なしにグラスの酒を飲み干した。
小夏はきょとんとして「どうしたの?」と言いつつ、もう一杯水割りを作って差し出すと、裕作はそれも一気に半分ほど飲んだ。
そんな彼をじぃっと見ていた小夏は、何か気づいたかのように言った。

「で? 今日はどうするの? まだ何か聞きたいことでもある?」
「いや……」
「そう。じゃ……」

小夏はすっと立ち上がり、服を脱ごうと裕作に背を向けた。
裕作は残っていた濃い酒を飲み干してからソファを離れると、小夏の腕を掴んで強く引っ張った。

「何!? ……あっ……んむっ!」

裕作は驚いた顔の小夏の口を塞ぎ、唇を強く吸った。
小夏はびっくりしたように目を大きく開き、なおも唇を押しつけてくる裕作の腕を掴み、胸板を押して離れようとする。
しかし裕作は、小夏の手を振り払い顔を逸らそうとする彼女の頬を両手で押さえて逃がさないようにし、またその口を吸った。

「ん〜〜っ」

小夏は焦った顔で「ちょっと待って」と言わんばかりに裕作に抗っていたが、そのうちすっと表情を緩めた。
そして彼の首に手を絡め、宥めるようにその後頭部を撫でていく。
唇も少し開き、彼の舌を受け入れた。

「んっ、ふ……うんっ……ちゅっ……ん、んん……ちゅうっ……」

小夏が受け入れてくれたのを知ると、裕作は舌を彼女の咥内に突っ込み、相手の舌を探して絡み合わせた。
瞬のように、歯茎や上顎、頬裏などを舌で刺激するテクニックがあるわけではない。
唇を吸い合い、舌を絡め合うくらいことしか出来ない。
それでも、裕作にしては珍しい情熱的な行為に、小夏の方も昂ぶっていく。

「んん……、はあっ……」

ようやくふたりが口を離すと、細い唾液の糸が彼らの間をまだ繋いでいる。
響子ともディープキスはしているものの、互いの唾液を交換するような激しいものではなかった。
今回のキスは裕作も初めての経験である。
小夏は意外そうに尋ねてみた。

「……すごいわね、五代くん。どうしたの? こんなに激しいなんてさ」
「……」
「こんなこと初めてじゃないの。それとも奥さん相手にはいつもこんな激しく……」
「響子のことは言うな!」
「……」

裕作の剣幕に驚き、小夏もさすがに口をつぐんだ。
彼女も気が弱いわけではないが、響子よりは男のあしらい方がわかっている。
こういう時はヘタに逆らったり、口答えしない方がいいのだ。
小夏は一度下ろした腕をすっと伸ばし、裕作の首に絡めて抱き寄せる。

「……いいわ、何にも聞かないから」

そう言って、今度は小夏の方から口づけを交わしていく。
裕作も腕を彼女の背に回し、抱き留めるようにしてそのキスに応えた。

「ん……んふ……んっ……んちゅ……ちゅっ……ぷあ……」
「……」

裕作は、さきほどの獣性剥き出しのような表情からは醒めたようだが、まだ興奮しているらしい。
キスを終えても、抱きしめた小夏の身体を盛んに触り、まさぐっている。

「……慌てないで。服、脱ぐから……あ、あんっ……!」

裕作は小夏の手首を掴むと、くるりとその身体を回転させて彼女の背中に回り込んだ。
そして後ろから抱きしめると、ウェーブのかかった柔らかい髪に顔を突っ込み、その甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。
小夏のフェロモンが詰まった匂いを吸引すると、さっきから硬くなってきていたペニスがますます滾り、勃起していくのがわかる。
その固くなったものを小夏の柔らかいヒップに押し当てると、彼女の方も自分から尻を裕作に押しつけてきた。
欲望の赴くままに小夏の白い首筋に吸い付き、もどかしそうにスーツのボタンを外し、ブラウスの上から大きな肉塊を力一杯にぎゅっと掴む。
さすがに小夏も顔を顰め、裕作の腕を掴んだ。

「んっ! ちょっと、痛いわよ、五代くん……、んあっ……つ、強すぎ……あっ……」

裕作は小夏の言葉も聞かず、夢中になって胸を揉み、うなじや首に舌を這わせている。
響子ほどではなかろうが、小夏のバストはその質感も感触も素晴らしかった。
ブラウスの生地とブラジャーの上からだというのに、その存在感はかなりのもので、揉み応えがある。
小夏が眉を寄せて苦悶するのも構わず、思うままにぎゅっと強く握りしめると、指の隙間から肉が溢れてくる。
自在に揉み込んでいくと、その柔らかい乳房は形を変えて弾み、うねった。

小夏はもう抗うのを止め、裕作のさせたいようにさせていた。
身体から力を抜き、背中を彼の胸に預けるようにもたれかかる。
そしてすっと手を伸ばし、裕作の下半身をまさぐっていた。
ズボンの上からとは言え、彼のものがもう痛々しいくらいに硬く勃起しているのがわかった。
小夏は裕作の肩に頭を乗せ、彼の耳元にくすぐるような声で言った。

「……わかった。いいわ、あなたの好きにして。あたしも少し興奮してきちゃったから。でも、服は脱がせて。皺になっちゃうから……」
「……」

裕作は、そこで初めて小夏の言葉に従い、その腕から解放した。
小夏はちらちらと後ろを振り向きながら服を脱いでいく。
恐らく……というより間違いなく裕作を誘う意味で、彼に見せつけるように脱いでいるのである。
そんなストリップを見せられてはたまらない。
裕作も、剥ぎ取るように自分の着衣を脱ぎ捨て、下着も取って全裸姿になっていた。

裕作はたまらず小夏の乳房を思う存分に揉み込み、彼女の首筋に唇を押し当てる。
キスマークが残るほどに強く吸い、胸を揉む手に力を込めていく。
素肌ではなくブラの生地の上から胸を揉むその感触も悪くはないが、彼女の柔らかい肌に触れられないというもどかしさもあった。
それは小夏も同じようで、焦れったいような期待しているかのような仕草で身体をうねらせ、裕作に甘えるにしな垂れかかる。

「んっ……あ……」

最初のうちは、彼らしからぬ乱暴な愛撫に顔を顰めていた小夏だったが、そのうち荒々しい行為にも慣れたのが、少しずつ感情を高ぶらせていった。

彼に何があったのだろう。
小夏はそのことを考えていた。
よほど憤ることでもあったのか、それとも響子を瞬に差し出しているモヤモヤが頂点に達し、もうどうにも抑えようがなくなっているのか。
恐らく後者だろうが、温厚な彼がこうまで荒々しくなるというのは、それだけ妻である響子を愛しているということなのだろう。

小夏はその思いを受け止めることにした。
例え一時でも、この人の慰めになるのであれば自由にされてもいい。
そう思った。

裕作の愛撫を受けつつ、巧みにブラを取り、ショーツも脱ぎ去った。
すでに全裸だった裕作と縺れ合うようにベッドへ倒れ込み、抱き合った。
裕作は前戯ももどかしいのか、いきり立ったペニスを掴むといきなり小夏のそこへあてがう。
さすがに小夏も慌てたが、裕作の勢いは止まらなかった。ここで「やめて」とか「ちょっと待って」と言わず、「それなら」と受け入れていくのが響子との違いだろう。
ふわふわとしていてつかみ所がないようでいて、その実、裕作や響子よりも「おとな」の対応が取れるのだ。
自分もそれなりに興奮してきていたし、媚肉もけっこう濡れてきている。
「大丈夫」と踏んだのだ。
それでも、硬くなっていた肉棒をいきなり突っ込まれると、さすがに悲鳴を上げてしまう。

「んあっ!」

少し濡れてきていたとはいえ、まだ完全に潤っていたわけではない。
裕作の男根は軋むように膣口を突破し、その内部を抉り込んでいった。
痛みはないがかなりのきつさで、小夏はクッと顎を反らせて呻いた。

「んんっ……、ちょ、ちょっときつい、かな……ああ……」
「……」

小夏がそうつぶやいても裕作は動きを止めない。
初めて女を知った童貞のように必死になって腰を使い、小夏の奥を目がけて肉棒を深く突き入れ、引き抜き、また突っ込む。
進入角度も深度もめちゃくちゃでリズム感すらないピストンだったが、それでも小夏の媚肉はそれを受け入れ、襞が絡んで優しく包み込んでいる。

「んっ! んうっ! はっ……、ご、五代くんっ……む、胸も、もっと……あ、そうよ……んっ、つ、強すぎっ、もっと優しく……ああっ」

小夏に言われて、裕作は「ならば」とばかりに激しく乳房を揉み込んだ。
柔らかい肉に指が深くまで食い込み、指の跡が薄赤く残るほどだ。
こちらも技巧的なものはないが、それでも何かの拍子に指が硬くなった乳首を弾いたりすると、小夏は「そこ、いいっ」と叫ぶように喘いだ。
すると裕作の方も、小夏の乳首を責め始める。
指でこね、唇で吸い、乳房全体を大きく揉みしだいた。
小夏が首を軽く曲げて白いうなじや首筋を露わにすると、ここぞとばかりにそこを舐め、吸う。
小夏が裕作の手を掴み、腿や尻にあてがうと、初めて気づいたかのように、彼はそこを撫で擦っていった。

裕作の方を向き、顎を少し持ち上げ気味にして唇を意識させてキスに持ち込む。
一見、裕作が好き勝手にセックスしているかのようだが、実際には小夏がリードしていたのだ。
彼女は、男にそう意識はさせずに自分が主導権を握る術に長けていた。
それだけセックスに慣れ、経験豊富だということだろう。
それでも、膣襞を擦られ、胎内にたくましい男根を受け入れて動き回られていれば、小夏の方とて感応する。
盛んに抜き差しされていくうちに愛液は垂れ落ちるほどとなり、小夏自身も裕作に腰を押しつけていく。

「ん、あはっ……い、いいわ……とっても気持ち良い……ねえ、あっ……五代っ、くんは? 五代くんも気持ち良い?」
「ああ……、いいよ。小夏さんとするの……、何だかすごくいい」
「ほ、ほんと? あんっ……嬉しいな、あっ……じゃ、もっと……そう、そうよ……あっ……」

小夏は裕作の脚に脚を絡め、さらに深い挿入と激しい動きを要求する。
裕作の方も、少しずつ小夏とのセックスがわかりはじめ、彼女の動きに合わせるようにして腰を打ち込み、角度を変えていく。
突くごとにゆさゆさと官能的に蠢く乳房を掴んでその弾力や感触を愉しみつつ、乳首を責めて小夏に大きな喘ぎ声を出させている。
ふたりの腰が衝突するたびにベッドが揺れ、小夏の柔らかそうな髪がふわっ、ふわっと舞い飛ぶ。

「はっ、いい……、くっ……ホントによくなってきてる……ああ……」

我知らず、つい小夏は本音を漏らしてしまったが、裕作はそれに気づく余裕はない。
ただ、彼女が裕作の腕を掴み、その皮膚に爪を立てているのを知って、本当に気持ちよがっていることは理解出来ている。
その表情も、いつもの余裕が感じられるようなものではなかった。
ハッとしたような顔になったり、クッと唇を噛んで声を堪えてみたり、激しく顔を振りたくったりしている。
もしかすると彼女はあまりに感じているのを見られるのが恥ずかしく、それを誤魔化そうとしているのかも知れない。

それを覚った裕作は、小夏がとても可愛らしく思え、同時に男としての優越感を満喫していた。
いつにない小夏の反応と、その膣の締めつけの心地よさに、裕作はそろそろ我慢しきれなくなってきている。

「く……、こ、小夏さん、オレ、もう……」
「あ、ま、待って、もう少し待って……、もっと……もっと五代くんを感じていたいから……」
「小夏さん……」

裕作はたまらず、小夏の唇に吸い付いた。
唇を押しつけていると、察した小夏が口の力を抜き、少しだけ唇を開く。
待ってましたとばかりに裕作は小夏の咥内へ侵入し、彼女の舌を貪るように強く吸った。
小夏は強引なキスを受け入れ、あるいは受け流しつつ、「瞬だったら、もっと舌で口の中をかき回したり、舌を絡めてきたり、いろいろしてくるだろうな」などと余計なことを考えた。
でも、裕作の情熱的なキスにはそれなりに感動しており、それに応えるように小夏の方からも舌を絡めていった。
長いキスを終えると、再び裕作は腰を動かしていく。

「小夏さん……、き、気持ち良いよ……」
「あっ、あんっ、あたしも、いいっ……五代くんの、すごくいいっ……もっとして、何をしてもいいっ……ああっ!」

男は持てる技術を総動員して小夏を責めていった。
そうはいっても高が知れてはいるが、今の小夏は裕作の行為なら何でも快感になっていく気がしていた。
裕作も、響子とはまた違う乳房の揉み心地や、ペニスを包んでいる肉襞の柔らかさと熱さを実感している。
こんなに柔らかいのに、なぜこれほど強く締めつけられるのだろう。
今さらながら女体の神秘に驚きつつ、自らの快楽に呻き声を上げている。
ややもすると、つい射精してしまいそうになり、そんな時は小夏の乳房を激しく揉み、乳首を捻ってやる。
小夏は大きく反応し、仰け反りながら裕作の絡みつけた脚に力を込めて引き寄せた。
より深い結合を得て、女は甲高い声でよがり、男は再び射精欲に襲われていく。

「ああっ、いいっ……」
「こ、小夏さん、オレもうホントに……」
「くっ、だめっ……あ、もう少し……もうちょっとこのままっ……あ、あたしも、もう少し……もう少しだからっ……いいっ……!」

小夏は喘ぎと悲鳴を交互に上げながら、自ら大きく腰を捩り、膣とペニスの摩擦感を上げている。
甘美で強烈な刺激は男女平等に与えられ、小夏も高まっていくが、裕作の方ももう危ない領域まで来ている。
裕作も「負けてたまるか」とばかりに、歯を食いしばって激しく抜き差しした。
両者の結合した性器は、双方の体液でどろどろ、べたべたになっている。
裕作は出来るだけ腰を大きく使い、深いどころまで抉ってやった。

小夏によがり声を上げさせながらも、つい響子のことを思ってしまう。
自分は、響子をここまで喘がせ、気持ちよがらせるほどにセックスしてあげただろうか。
どこかに遠慮があって(これはお互いに、だろうが)、ぎこちない、あるいは他人行儀のそれになっていなかったろうか。
それを妻はどう思っていただろうか。
もっと男らしく、激しく──と言っても「乱暴に」という意味ではないが──抱いてやるのもいいのかも知れない。
裕作は、何だか小夏と響子の両方とセックスしているような気分になり、ますます性感度が上昇していった。

小夏の中に完全に埋没してしまっているため見えないが、もうペニスは張り詰めるだけ張り詰め、精液混じりのカウパーが出ているように思えた。
さすがにこれ以上は堪え切れそうにないが、自分だけ達するのではなく小夏も頂点へ導きたかった。
肉棒──特に襞に擦られる亀頭と、強く締めつけられる根元付近に強烈な快感を感じつつ、唸りながら小夏の媚肉を責めた。
小夏も裕作と同様らしく、首を仰け反らせたまま激しく喘ぎ、そして──とうとう裕作にねだった。

「いいっ……ああっ、も、あたしもいくっ……いっ、いいわ、五代くんっ……いってもいいっ……あたしもいきそうっ……」
「い、いくよ、小夏さんっ」
「いいっ……は、早くっ、早くしてっ……じゃないとあたし、もういくっ……ああっ、いくっ!」
「小夏さんっ!」

気をやった小夏の締め付けには耐えようがなく、裕作も呻いて放出した。
熱い精液を胎内で感じ取り、小夏はガクガクと何度も全身をわななかせ、背を反り返らせた。
ビクビクと痙攣しながら、グウッと背中を伸ばし、反り返ったままだったが、じきにガクッと力が抜け、シーツの上にだらしなく横たわった。
裕作の方も渾身の力を振り絞ったようで、そのままゆっくりと小夏の上に覆い被さった。

小夏はちっとも重いとは思わなかった。
その心地よい重さは、心地よいセックスの充足感とも思えたからだ。
しばらくそのまま抱き合っていたが、どちらともなくすっと身を引き、裕作は小夏の隣に寝そべった。
小夏はその裕作を見つめながら、縋るように彼の左腕を抱いた。
こうされると男は嬉しいということを本能的に知っているのだ。
そのまましばらくふたりは呼吸を整えるようにおとなしくしていたが、そのうちどちらからともなく微笑み合った。
そのうち、小夏の方がクスクスと笑い始めた。
やや上目遣いで裕作の顔を覗き見ている。

「……どうしたの?」
「……本当に中に出しちゃったのね」
「あ……」

小夏は面白そうに裕作を見ながら、彼の頬を人差し指で軽く突っついた。

「もう……。勝手に中に出すなんて。それも、あんなにたくさん……。男の人ってホントに勝手なんだから。もし「出来ちゃったら」どうする気なの? 少しは「後のこと」も考えて行動しなさいよ」
「……」

何も言い返せず、裕作は呆然としていた。
思わず半身となり、そのまま凝固してしまう。
確かに、あの時は「避妊」という頭はなかった。
とにかく小夏との一体感が心地よく、このままでいたい、一緒に達したい、という思いだけだった。
確かに言われた通り「後のこと」まで考えていなかったのだ。
小夏はなおも裕作に言い寄る。だが、不思議と非難めいた口調ではなく、むしろ甘えた感じになっている。

「ねえ……」
「え……、あ、な、なに?」
「もしさ……」
「……」
「もし本当に出来てたら……、産んでもいい?」
「えっ……」

今度こそ絶句してしまった裕作の様子が面白かったのか、小夏は「ぷっ」と吹き出して笑ってしまった。

「あははははっ……、ごめん、冗談よ、冗談!」
「じょ……、冗談?」
「当たり前でしょ? あたしだってバカじゃないわよ、事前にピルくらい飲んでるって」
「ピル……」
「そ。知ってるでしょ、避妊薬よ。日本じゃコンドームほど一般的でもないけど、けっこうみんな使ってるんだから。もちろん、あたしも。ほら、瞬がさ、ゴムってあんま好きじゃないのよ。もちろんそれだけなら「何を勝手な」ってことになるけど、実はあたしも嫌いなの、あれ。だってさ、お互いに裸になって肌を摺り合ってるってのに、肝心なとこだけゴム越しなんてイヤだもん。だから平気よ、ほら、そんな顔しないで」
「なんだ……」

裕作は心底ホッとした顔になり、安心したように再び身体をベッドに倒した。
小夏はまた少し意地悪そうな顔で言う。

「あーー、そういう顔するかなあ、普通。何よ、あたしとの間に子供作るのはいやなの?」
「あ、いや、そうじゃなくて、小夏さんがどうこうじゃなくてさ、オ、オレには響子が……」
「また「響子」だー。あたしと寝てるのに響子、響子って、何だか灼けちゃうー、むかつくー」
「いや、その……、ごめん。でも……」
「でも?」
「あんまり意味のない仮定だけど……、もし……、もしオレが響子と知り合ってなくて、それで小夏さんと……」
「いい」

小夏はそっと指を裕作の唇にあてがい、それ以上の言葉を止めた。

「きみの言いたいことはわかるし、それはそれで嬉しいけど……、でも……」
「でも?」
「いいって、もう。それ以上聞くのは野暮ってもんでしょ。それにしてもさ……、ふふっ」

また小夏が含み笑いしている。それを見て裕作も苦笑した。
なんだか、この女には振り回されっぱなしである。

「あ……、ごめん。何だか、可笑しくって。何かさー、今日のセックスってきみらしくなかったって言うか……。どうしちゃったんだろって」
「そうかな……」
「そうよ。いつもは遠慮してるんだか気を使ってるんだか知らないけど、何かおどおどしてるところがあったのに、今日はそういうの全然なかったし。男の本能っていうか、ケダモノだったわよ。何かあった?」
「……」

裕作は答えず、黙って天井を見つめた。
小夏は裕作の腕の筋肉を指先でなぞりながら聞く。

「……奥さんのこと?」
「……」

小夏はそこでうつぶせとなり、身体を伸ばしてナイトテーブルからタバコを取った。
しなやかそのものの身体に、形の良い乳房が少し揺れている。
火を着け、ふっと小さく紫煙を吐いてからつぶやくように言った。

「奥さんのこと……、大切にしなきゃダメよ」
「……」
「そりゃあさ、五代くんだってつらいと思うよ。なんたって愛する妻を他の男に差し出さなきゃならないんだから。嫉妬して当然だし、悔しいやら情けないやら。でもさ、いちばんつらいのは奥さんでしょ?」
「……」
「五代くんのことを思いつつも、瞬に抱かれなきゃならない。あなたに申し訳ないし、胸が押し潰されそうになってるわよ。五代くんだってストレス溜まるでしょうけど、そこはグッと我慢して奥さんに優しくしてやってよ。あ……、まあ普段通りにしてあげる方がいいのかなあ。変に気遣いすると、女って敏感だからすぐ気づいちゃうし」
「そうなんだ……」
「そうよ。それにとっても傷つきやすいんだから。いい? 何度も言うけど、奥さんは心身共に疲れ切って帰ってくるのよ。だから優しくしてあげて。別にいいのよ、気の利いた言葉をかけてくれなくたって。優しく抱きしめてあげればさ。お布団敷いてあげて、ゆっくり休ませるの。その時、間違っても嫉妬混じりで「抱こう」なんて考えちゃダメだからね」
「……」
「わかってるでしょうけど、「抱かれてどうだった」とか「オレよりよかったのか」なんてバカげたこと聞いたら絶対にダメよ。興味本位できみがそんなこと聞くとは思えないけど、嫉妬と憤りでついつい厳しく当たっちゃうとか、ありそうだもん。だからさ、ごだ……」

凍り付いている裕作を見て、小夏は唖然とした。
手にしたタバコの先から、長く伸びた灰が落ちそうになり、慌てて灰皿で揉み消した。

「まさか……、本当にそう言ったの?」
「……」
「あちゃー」

無回答がその事実を肯定していた。
小夏は呆れたように天を仰ぎ、軽く頭を振る。

「……もー」
「……」
「どうしたってのよ、五代くんらしくない。きみ、そういう人じゃなかったじゃないの。まあ、それだけ奥さんのこと好きだったんでしょうし、愛していたんだとは思うけどさー。仕方ないなあ、もう」
「どうすれば……、いいかな」

裕作は、それこそ蚊の鳴くような声でそう聞いた。

「どうするも何も、謝るしかないでしょうに。……と言って、土下座されても困るか。そうね……、今度帰ってきたらいつも通りに迎えてあげたら? あ、それじゃだめか。だから、奥さん帰ってきたら、ちゃんと「お帰り」って言ってあげて、そっと抱きしめてあげなさい。その時、バカ言ったことをちゃんと謝るのね。そして、今まで以上に奥さんを大事にしてあげなよ。……って、あれ?」
「……?」

なぜか不意に流れてきた涙を隠すために、小夏は慌てて裕作から顔を背けた。



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