かえで、マリアに続いて、今度はさくらまで失踪した。
明らかに敵の狙いは花組であろう。
すみれ、カンナと紅蘭は、すみれの部屋に集まっていた。

「……ちくしょう。支配人や隊長がいないってのに……」

カンナがギリギリと歯を噛みしめた。
彼女は、こうした卑怯な仕打ちをもっとも嫌う。
武道家でもあるカンナは、勝負とは正々堂々と行うものだと信じている。

「それにしても困りましたなあ。ウチら花組の隊員が目的なのはわかったけど、何で狙われて
るのかさっぱりやわ」
「そりゃ紅蘭、俺たち花組を潰すためじゃねえのか?」

カンナは腕組みしたまま言った。

「まともにケンカしても勝てねえもんだから、ひとりずつ……って、ちくしょう、汚ねえマネ
しやがって……」
「そうやろか?」

紅蘭が異議を唱えた。

「これが降魔どもがやっとるなら話はわかるで。けど、相手は陸軍はんや」
「……」
「その気になったら、手続きとって正面から帝撃つぶせますがな。こんな、持って回ったやり方
せんでもええはずや」
「そんな、じゃあ軍じゃねえってのか?」
「すみれはんはどう思わはる?」

紅蘭に振られて、すみれは口を開けた。

「紅蘭の言うことにも一理ありますわ」
「じゃあ降魔だってのか? あの秋月って野郎が降魔だと?」
「相変わらず単細胞ですわね、もう少し頭をお使いなさいな」
「なんだと?」
「まあまあ」

紅蘭がカンナを宥め、すみれに先を促した。

「確かに軍がやってることなら、こんな姑息なことはしないでしょう」
「でも秋月は軍人だろ? 陸軍のよ」
「そうですわ。だからこれは軍部全体の目論見というよりは、秋月中尉個人あるいは彼とつな
がった一部勢力の犯行と見るべきじゃなくて?」
「なぁる……。そんなら秋月中尉のこそこそした動きにも納得がいきますな。正式な軍命令が
あれば、もっと高飛車に命令できるはずや」

紅蘭は納得したように何度もうなずいた。
カンナも不承不承、すみれの考えに同意する。

「そうか……。じゃあ、やつらの狙いは何なんだ? 個人的に花組を潰そうってのか?」
「それはまだわかりませんけど……でも」
「でも、なんや?」
「霊力……絡みかも知れませんわ」

もともと秋月は、霊子甲冑の調査という名目で帝撃を訪れている。
それでいて、どういうわけか光武自体には、さほどの興味を示していない。
そう言うと紅蘭は思い当たった。

「そういや、そうや。ウチ、米田はんから言われてたんや。陸軍の将校が光武を調べに来るか
ら、出撃や整備に影響ない程度に協力してやってくれて」
「それで秋月は光武を調べたのか?」
「それがなあ、秋月はんが整備場に来たんは一回っきりや」

帝撃に来た翌日に、一度だけ整備場に姿を現している。
その際も、珍しそうに光武を眺めたり触ったりした他は、ほとんど何も調べてはいなかった。
紅蘭は拍子抜けしたらしい。
軍人は嫌いだが、機械の話──それも光武の話が出来ることは楽しいのだ。
調べに来たのだから、光武がどれだけ優れた機械なのか自慢話のひとつもしてやろうかと思っ
ていたのに、ほとんど専門的な話はしなかった。
おまけに20分ほどしかいなかったらしい。
おざなりとしか言いようがない。

「それでいて、マリアはんあたりを図書室に連れ込んで、戦闘詳細の説明を求めてたらしいで」
「へえ」

つまり、霊子甲冑というよりも、花組自体に関心があったということだろうか。
であるならば、すみれの言う通り、彼女らの霊力を調べていたと見る方が理解出来そうだ。

「じゃあ……」

カンナが、考え考え言った。

「かえでにマリア、それにさくらが攫われたのは、それが原因か? 霊力の?」
「そうなりますな……。そうや、それならなんで順番がかえではん、マリアはん、さくらはん
だったのかも何となくわかるわ」
「どういうことですの?」
「せやから、霊力が強いと思った順番に攫ったって見方はどやろ?」

藤枝かえで。
言うまでもなく、帝撃の前身とも言える陸軍の対降魔特殊部隊の隊員だった藤枝あやめの妹だ。
陸軍えり抜きの霊力を持った隊員で編成された、たった四名の対降魔部隊。
その隊員なのだから、当然、際立った霊力を持っているだろう。
かえでは、その妹である。
あやめの血を引いているのだ。
聞くところによると、霊力の強い家系というのがあるらしい。
霊力は遺伝するのだろう。
となれば、姉に勝るかどうかはともかく、かえでにもそれなりの強い霊力があるはずなのだ。

「なるほど、傍目から見ればそう思えても不思議はありませんわね……」
「せやろ? せやから敵は最初にかえではんを攫ったんや。多分、帝撃でいちばん霊力が強い
んやないかと思たんやろな」
「マリアもそうなのか?」

カンナの問いに紅蘭はうなずいた。
恐らく、かえででは「用が足りなかった」に違いない。
かえでに、思ったほどの霊力がなかったからなのか、それともなるべく多くの霊力が欲しかっ
たからかはわからないが。

「それで、次がマリアさんだと思ったわけですのね?」
「そやろな」

大神不在の今、花組隊長はマリアが代行している。
大神着任以前の隊長でもあった。
つまり隊員の中でもっとも霊力が強いと思われるのは無理もない。

確かに隊長職は霊力だけ豊富でもできるものではない。
統率力も不可欠である。
しかし、隊員よりも能力が下であれば、容易に部下を従わせることはできない。
示しがつかない。
従って、強い霊力があるはずだと考えるのは自然である。

「なるほどな。けどな、それじゃあ紅蘭はマリアの霊力が低いってのか?」

カンナはうなずいたが、紅蘭の説明に異議を唱えた。
花組最古参である彼女は、マリアとともに創設メンバーでもあるのだ。
マリアが低能力だとは認めたくない。
すみれも言った。

「そうですわ。マリアさんの撃破数をご覧なさいな、紅蘭。さくらさんや少尉に匹敵してまし
てよ?」
「わかってますがな」

紅蘭はふたりを宥めるように言った。
彼女は無論そんなつもりはなかったが、マリアを蔑むように聞こえたとすれば、言い方が悪か
ったのだろう。
紅蘭は、言葉を選びながら言った。

「あんな、気ぃ悪ぅせんと聞いて欲しいんやけどな」
「……」

ふたりは、「先を言え」と無言で促した。

「なんですみれはんは花組隊員に選ばれたんやと思います?」
「え?」
「なんでカンナはんは花組に入れたんか、考えたことおます?」
「い、いや……」

深く考えたこともなかった。
一言で言えば、霊子甲冑を操れたからだろう。
つまり霊力が人並み外れてあったからだ。
それ以外にはないだろう。
それを聞いた紅蘭は、ふたりから視線を外して言った。

「もちろん、そうや。霊力がなかったら、光武はウンともスンとも言ってくれん。ピクリとも
動いてくれへん」
「……」
「しゃあけど、「霊力だけ」あってもあかんのやないやろか?」
「は? どういうことですの?」
「霊力「+α」が必要だったんと違うやろか?」
「ぷらすあるふぁ?」

いかにも「意味がわからん」という発音でカンナが言った。

「例えば……カンナはんは沖縄空手桐島流の継承者やろ?」
「琉球空手だ……。二十八代目になるかな」
「すみれはんは薙刀や。神崎流ちゅうのがあるんやろ? それの免許皆伝やと」
「……神崎風塵流ですわ」

思い当たるフシがあったのか、すみれもカンナも胸を突かれたような表情を浮かべた。

「そんで、さくらはんは確か……」
「北辰一刀流……と聞きましたけど」

すみれの補足に紅蘭はうなずく。

「つまりやな、みんな強い霊力を持っとる他に、一芸に秀でてるわけや。武道やな」
「マリアは違うぜ。武道はやってない」
「けど、銃の腕前は超一流やった」
「……」

しばらく立ちっぱなしでの議論だったが、誰も疲労を感じていなかった。

「ウチ、思うんやけど、霊力の他に、なんかこうした能力ちゅうか、素質ちゅうか、技術ちゅ
うか……まあ言い方は何でもええんやけど、そういったものが必要だったんと違うやろか?
光武動かすだけなら霊力さえあればええのやねんけど、降魔どもと戦うには、やっぱそれだけ
じゃあかんのやないかなあ」
「……」
「マリアはんの場合、すみれはんたちのように武道はやってへんかったけど、射撃は一流やっ
た。加えてリーダーシップもようけあった。光武の操縦……引いては降魔の撃破数ちゅうのは、
そうしたもんが複合的に影響し合ったもんやったやな、と、思うとるんや」

光武開発から携わり、整備、改良まで請け負ってきた紅蘭の言葉である。
設計者である山崎真之介陸軍少佐亡き今、もっとも霊子甲冑を知り尽くしている人物と言って
いい。
その紅蘭の言だけに、聞くべき点は多かった。
すみれは少しずつ理解してきた。

「そうですわね……。すると、マリアさんの場合は……」
「こう言うては何やけど、敵の予想していたほど霊力がなかったんと違うやろか」

紅蘭はポツンとそう言った。
続けて、消え入りそうな、寂しそうな声で続けた。

「……ウチは、すみれはんたちみたいな能力はない」
「……」
「マリアはんみたいな指揮統率力も、技術もない」
「でもよ」

カンナがたまりかねたように口を挟んだ。

「でも紅蘭だって、みんなに負けないくらい戦果を挙げてるじゃねえか!」
「おおきにな、カンナはん」

紅蘭は薄く笑顔を浮かべた。
さみしそうな色は、完全には消えていない。

「でも、ええんや。自分でもわかっとるんやから。とてもやないけど、大神はんやさくらはん
ほど、敵をやっつけられてない」
「でも……でも!」

すみれも割り込んだ。
たまらなくなったのだ。

「紅蘭、あなたは技も力もないとおっしゃるけど、それなら何で光武に乗れてるんですの?
それは、まぎれもなくあなたに力があるからだと……」
「それはそうなんや。ウチにも霊力はある。けど、マリアはんと同じか、それ以下しかない
やろな」

赤いチャイナ服を着た眼鏡の少女は、顔を逸らせた。

「そんでも、なんでウチにも降魔をやっつけられたかと言えば、それは科学や」
「科学?」
「そうや。ウチが独自に開発した兵器を積み込んで、それで応戦した。せやから通用した。
そういうことなんやろうと思う」
「……」
「つまり、すみれはんやカンナはんの武芸に当たるもんが、ウチにとっては科学力だったちゅう
こっちゃね」

そうなると、マリアと紅蘭の立場はほとんど同じだということだろう。
ただ、マリアには強い精神力があり、それが紅蘭を凌いだということなのかも知れない。
ただ、それは外から見てもわからない。
撃破数だけ見れば、マリアが紅蘭を圧倒している。
すみれは、紅蘭の説を受け入れ始めていた。
だが、ひとつだけ納得できないことがある。

「そうだ、紅蘭」
「?」
「アイリスはどうなるんですの?」

言われてカンナもハッとした。

「そうだよ、アイリスはケンカの技術なんかねえし、武道もやってねえ。マリアみたいに銃を
撃てるわけじゃないし、紅蘭みたいに科学力も使えない。なのに……」
「問題はそこや」
「問題?」

紅蘭がふたりを振り向いた。
目で合図すると、カンナもすみれも顔を寄せてきた。
お下げの少女は、辺りを憚るように声を殺して喋った。

「カンナはんたちの言う通り、アイリスにはそういったもんは何もないはずや」
「じゃあ何で……」
「せやから、アイリスはそんなもんを問題にせえへんのや」
「どういうことだよ!」

カンナは無音で激しく言った。
すみれはハッと思いついた。

「つまりアイリスは、そういったことをまるで問題にしないほどの強烈な霊力を持ってると
いうことですの!?」
「しっ!!」

紅蘭は唇の前で人差し指を立てた。
どこで誰が聞いているかわからないのだ。
秋月中尉もいなくなっているが、またいつ戻ってくるか知れない。
おまけに、内部に他の敵がいないとは言い切れないのだ。

「そうや。前にアイリスが活動写真館をひとつ潰したことを思い出してみいや。あれ、別に
アイリスは光武に乗ってやったこととちゃうねんで」
「……」
「おまけに、自分の意志でやったことともちゃう。つまり……」

アイリスには、計り知れないほどの霊力があり、しかも、それを制御しきれていないのだ。
米田やあやめが、アイリスを霊子甲冑に乗せるのを最後までためらっていたのは、それが理由
である。

「潜在能力ちゅう点では、さくらはんやすみれはんよりも遥かに高いんやろな。それと、これ
もまだ研究途上で確証はないらしいんやけど、霊力ちゅうのは年齢とともに徐々に喪われていく
もんらしい」
「……そうなんですの?」
「言ったやろ、まだ確証はないって。でも、統計的には、霊力の発生が早かった人ほど、衰え
るのも早いことになっとる。けど、それにしても少しずつ能力の出るタイプと、いっぺんに
たくさん出て早う終わるタイプもある。本当に、はっきりしたことは言えんのや」
「……」
「言えることはひとつだけや」

紅蘭の言葉に、すみれは他のふたりを見ながら言った。

「……このことが敵に知れれば、アイリスが拉致される可能性が極めて高い、ということです
わね」
「そうや、そして……」

そうなれば、アイリスが恐怖に耐えかねて大暴走する可能性が高い。
活動写真の映像を見ただけで、建物ひとつを潰したほどの力である。
自らの心と身体に大きな脅威が迫れば、あるいは暴力等が加えられれば、想像もつかぬほどの
事態が起こるかも知れないのだ。
三人は顔を見合わせると、脱兎の如くアイリスの部屋を走った。

────────────────

「……」
さくらは声も出せなかった。
激しい排泄が終わり、肛門がひりひりしている。
大神どころか、長じてからは親にも見せたことのない排泄をすべて見られてしまった。
あまりのショックで、心を鷲掴みにされ、強引に引き抜かれたような気がした。

「い……や……」

汚れた臀部周辺を、秋月が濡れた手拭いで清めていく。
その行為がまた彼女に新たな羞恥を与えていった。

秋月は満足していた。
大神ですらやったことのないことを、さくらにしてやったのだ。
大神ですら見たこともない、さくらの恥ずかしい姿をすべて見てやったのだ。
恥ずかしげにくねくねと揺れる尻がいじらしく、愛おしく思えた。
その黒い髪を撫でながら優しく告げた。

「さくらくん、よく我慢したね」
「秋月さん……」
「これなら大丈夫だよ。さあ次だ」
「次……? ひっ……」

さくらは喉を鳴らした。
男はまた浣腸器を持っているではないか。

「秋月さんっ、またそんなことをっ」
「そうだよ。君だって、まさか一度で終わるとは思ってなかったろう?」
「そんな……いやっ、もういやですっ」
「そう思うが、我慢するんだ。こうした方が後が楽なんだから。それに、これから毎日される
ことになるんだからね」
「ま、毎日って……ああっ!」

抗う暇もなく、男はむごく浣腸器を少女の尻の突き刺していく。
どくどくと注がれる薬液の苦しさに、さくらは仰け反って金魚のように口をぱくぱくさせた。
排泄したばかりで爛れているアヌスに薬液がしみてひりひりする。
腹の中に入り込んだ液体は、腸壁に染み込んでいく。
冷たかったそれは、腸に届いた途端に燃えるように熱くなり、さくらのはらわたをを灼いた。

泣いて頼んでも秋月は許してくれなかった。
何度も何度も浣腸され、排泄させられた。
「見ないで」と叫ぶさくらを嘲笑い、男はアヌスから薬液が噴き出す様子をじっくりと観察して
いた。
さくらは失神することも許されず、意識が朦朧となると男に揺り起こされた。
そして四度目の浣腸の洗礼を受けていく。

「ああ、もう我慢できませんっ……」

注入された直後、さくらは身体を縛っているゴム管を引きちぎらんばかりに暴れた。
しかし、それもすぐに収まり、今度は細かく震えるだけでぴくりとも動かない。
動けなかったのだ。
ちょっとでも動いたら出てしまいそうになる。
秋月は喉の奥で嗤いながら言った。

「もうかい? まだ一分も経ってないよ」
「で、でも、もうっ……」
「何度も何度も僕の前でウンチして、少しは恥ずかしいと思わないのかい?」
「は、恥ずかしいですっ……ああ、でも、もうだめなんですっ」

さくらは、わなわな震える唇から懸命に許しを乞うた。
綺麗に切り揃えた爪が、手のひらに食い込むほどに握りしめている。

「苦しい……苦しいんです……ああ、お腹がきつい……」
「いいね、君の苦しそうな顔ほどそそるものはないよ」
「いや……あ、もう出る……出てしまいます……」
「そうか。まあ四度目だからね、仕方がない。してもいいよ」

排泄を許されると、逆に羞恥が甦ってきた。
ここでしたら、また見られるのだ。

「み、見ないでください……」
「そうはいかないよ。僕がバケツを差し出さなければ、ここに垂れ流ししてしまうんだよ」
「で、でも……あっ……」

恥ずかしがっている場合ではなかった。
一時も我慢できない。

「もう、したいんです……」
「だからしていいよ」
「ああ、いや……見ちゃいや……で、でも、したい……出る……が、我慢できないっ、出る
ぅっ!」

その瞬間、さくらのよく張った臀部がぶるるっと大きく痙攣し、大きな音を立てて排泄が始
まった。

「見ないで! 目をつぶっていてぇっ!」

美少女の血を吐くような悲鳴を聞き流しながら、秋月はじいっと見入っていた。
噴き出すように薬液が排出されていく。
バケツの底を叩くような凄まじい排泄はすぐに終わり、あとはどろどろと滴るように零れて
きた。
もう排泄とは言い難く、便はまったく混じっていない。
それでも恥ずかしいことに変わりはないのか、さくらは「ああ……」を呻き、泣いた。

ようやく絞り終わり自失していたさくらは、ギィッとドアが開く音を聞いた。
コツコツと軍靴が響き、秋月が入ってきた。
気もうつろになっていたさくらは気づかなかったが、秋月は一端部屋を出ていたらしい。
今度は台車を押してきていた。
その上には大きな水槽のようなものが乗っている。
中で蠢くものを見て、さくらはギョッとした。

「そ、それ……」
「そう、さっき見ただろう? マリアの尻に食いついていたやつだよ」

濃緑色の巨大な芋虫のようなものがもぞもぞしている。
芋虫のように節はなく、のっぺりしていた。
形状はサツマイモのようで、頭部と尾部が先細りしている。
触角のようなものはなく、目らしいものが頭部にふたつついていた。
しかし、口にあたるものは見あたらない。
秋月が水槽を横倒しにすると、そいつはゆっくりと縛られているさくらの方へとにじり寄って
きた。
さくらは、その気色悪さにおののき、恐怖に震えた声で叫んだ。

「秋月さんっ。こ、これは……これはいったい何なんですかっ!?」
「君たちにもお馴染みのものさ」
「……?」
「降魔だよ」
「降魔……ですって!?」

囚われた花組隊員の美少女は唖然とした。
その顔を面白そうに見ながら秋月は続ける。

「そう、降魔だよ。但し、まだ幼生……つまり子供なんだがね」

マリアの講義でもあった通り、降魔は日本にだけ存在するものではない。
世界各国にいるのである。
秋月が連れてきた降魔はロシア産だった。日露戦争当時、軍医中佐として従軍した石野が採取
してきたものだった。
旅順攻略戦の折り、ロシア軍撤退後の要塞そばにあった洞窟から偶然発見したのだ。

「その辺の住民から妖魔の伝説を聞いてね。念のために調査してみると、こいつだったわけだ」
「……」
「日本でも、河童は人間の肛門に手を突っ込んで尻子玉を抜いて食う、なんて言い伝えがある
けど、そこにもそれに似た伝承があったんだな。そいつの正体が降魔だったとは思わなかった
がね。尻から手を入れて内臓を食うわけではないが、肛門に吸い付いて養分を吸い取るわけだ
から、似てると言えば似てるな」

そう言えば、マリアの講義でもそんなことを聞いた。
さくらは、それが現実となり、目の前に現れたことに驚き、恐れおののいた。

「そいつを、僕の上官が日本へ連れ帰ったんだ」

当時から生物兵器に関心のあった石野は、見たこともない生物であるそいつを隠匿し、持ち帰
った。
10匹の幼生と1匹の蛹を見つけたのだが、そのうち蛹は紛失してしまった。
生きていれば降魔騒ぎとなったはずだから、これは輸送時にでも無くしたのだろう。
その後、部下になった黒神大尉によって、そいつが降魔と判明し、石野は驚喜した。
これを飼い慣らし、兵器として転用できれば、彼の名声はいや増すだろう。
まさに僥倖だった。

だが、大変なのはそれからだったのだ。
育たないのだ、降魔が。
日本とロシアの土地や気候の違いのせいなのか、すぐに2匹が死んだ。
だいいち、何を食べさせればいいのかすらわからないのだ。

その後、黒神大尉の調査により食性がわかった。
この降魔は幼生時代、親から直接エサを受け取るらしかった。
幼生は口が小さく、また歯もないため、通常の食物が摂れないのである。
このため、親が一端体内に取り込んだ未消化物を栄養として受け取って育つのだ。
それを聞いた石野は、消化のよい病人用の流動食で育成したみたのだが、どうしたことか、
それでも幼生は育たなかった。
そこで、黒神のアイディアを採用し、生きた生物の消化器官から未消化食物を吸い取らせること
にしたわけである。

数少ない幼生を使った貴重な実験の結果、もっとも適しているのが人間だということがわかった。
つまり、人間に食事を与え、その胃腸から滋養を吸い取らせるのだ。
タイミングがかなり難しく、消化が進みすぎて便にまでなってしまうと、食物からだいぶ栄養
を人体に吸収されてしまうのでまずい。
加えて、幼生はかなり敏感というか脆弱な面があり、食物にわずかでも雑菌が混じっていると
途端に弱って死滅してしまった。

その結果、エサとなる人間にはあらかじめ浣腸しておいて腸内に溜まっている便を残らず吐き
出させた上で、胃の食物を吸わせるのがもっとも良いことが判明した。
マリアも、これをされていたわけである。
秋月から説明を受けると、さくらは震えが止まらなくなった。

「じゃあ……秋月さんは、降魔を育てるためにマリアさんやあたしを……」
「そういうことだ。藤枝中尉やマリアを使ったのだが、それでも降魔はうまく育ってくれなか
ったというわけだ。そこでさくらくんが……」
「だ、騙したんですね……」
「……」
「あたしを……騙してたんですねっ」

さくらは自分のバカさ加減を呪った。
すみれたちの言い分が正しかった。
大神の友人ということを重視し過ぎた。
さくらの人が好いということもあるが、寂しさも手伝って、つい秋月を信用してしまった。
後悔と憤怒と屈辱に染まる少女の顔を見ながら、秋月は嗤った。

「そう、その通り。さくらくん、もう少し人を疑うことを覚えた方がいいよ。いくらなんでも
ここまでされなくちゃ騙されたことに気づかないなんておかしい」
「ひどい……」

さくらは悔恨と絶望で泣いた。
そして、信じていた人がこんな悪党だったことが悲しくて泣いた。

「秋月さん、あなた大神さんの親友なのでしょう!? こ、こんなことして恥ずかしくないん
ですかっ」
「恥ずかしいのはきみの格好の方だろうに。そんなに堂々とオマンコ晒してくれたら、こっち
が恥ずかしいよ」
「だ、だったら見ないで!」

今さらながらに羞恥心が甦り、さくらは激しく頭を振った。
そのさくらの顔を押さえ、自分の方に向かせてから秋月は言った。

「それからね、僕は大神の知り合いだとは言ったが、親友だなんて一言も言っちゃいないよ」
「え……。でも、幼なじみだって……」
「小さい頃は家も近所で、いわゆる幼なじみだったのは確かだよ。でも、別に仲が良いと思っ
てたわけじゃないさ。大神はどう思ってたか知らないがね」
「でもっ」

さくらは秋月の言葉を封じるように叫んだ。
大神を侮辱しているかのような発言は許せなかった。

「秋月さんは、何度も大神さんに助けてもらったって……」
「ああ、そうさ!」

秋月は苛立たしそうに言った。

「何度も何度も、あいつには助けてもらったよ。こっちが頼んだわけでもないのにな!」
「そんな……」
「あいつは体力もあってケンカも強かった。頭も良かったよ。教師からも級友からも信頼され
るタイプだ。それに比べて僕の方は、ひ弱で力もなかった。だからよくいじめられたんだ。
それを庇って、助けてくれたのが大神さ」

だったら、大神に感謝しこそすれ、友達じゃないとは言わないだろう。
なのに、なぜ……。
さくらのそうした疑問を、秋月は言葉で粉砕した。

「だがね、助けられる方がいつもいつも感謝していると思ったら大間違いさ!」
「……」
「余計なことしやがって。いつ僕が「助けてくれ」なんて言ったよ!? なのにいつも出しゃ
ばって来てヒーロー気取りだ。助けられる一方の僕が、どんな卑屈な気持ちだったかなんて、
あいつは考えもしなかったんだろうよ!」

思いも寄らぬ強い糾弾に、さくらは言葉もなかった。
大神の性格からして、間違いなく好意で秋月を救っていたはずだ。
それが、行き違いでここまで大きなギャップになっている。
当時を思い出し、憤ったままの陸軍将校は語り続けた。

「本当に親友だったら、僕も大神と同じく海軍へ行ったろうよ。僕が陸軍を選んだのは、大神
が海軍へ行くと知ったからさ」
「……」
「体力でやつに及ばなかった僕は、必死になって勉学に励んだ。せめて頭脳では大神を上回ろう
と頑張った。だけどダメだった。勉強でもあいつの方が上だったんだよ! あいつはいつも一番
で俺は次点だ!」
「……」
「だから、あいつが海軍士官学校を受験すると聞いて、僕は迷わず陸軍士官学校を受験した。
学校が違えば、やつが僕を上回ることないからな」

そこで秋月は、自虐的に嗤った。

「でも、ダメだったんだよ。こないだ話した通りさ。僕は陸士でも次席で、とうとう首席には
なれなかった。ところがあいつは海士でも堂々の首席ってわけさ」
「……」
「それ以来、徹底的なコンプレックスを持ったんだよ、大神に。やつを上回ることが僕の目標
で、やつを蹴落とすためなら何だってやる。だから、今度の軍務が来た時は天命だと思った
くらいだ」

秋月は憑かれたように話し続けた。

「気負って帝撃に乗り込んだその日に、きみ──さくらくんに会った。僕はね、一目惚れした
んだよ、きみに」
「……!!」
「何とかものにしたいと思って近づいた。ところが。ところが、だよ」

そこで秋月は笑い出した。
常軌を逸したかのような高笑いだった。

「きみ、真宮寺さくらは、なんとあの大神の女だった。お笑いだよ。こんな喜劇があるかね。
好きになった女まで、やつのものだったんだよ!!」

一気呵成にそこまで叫ぶと急激に冷めたのか、秋月はいつもの口調で告げた。

「ま、ここまで来ちゃ、もう覚悟を決めてもらうしかないな。きみも名誉ある帝撃の花組隊員
なら、潔く諦めて降魔のエサになってもらう」
「いやっっ! 絶対にそんなのにいやっ!!」

さくらはポニーテールの黒髪が千切れそうなほどに首を激しく振りたくって拒絶した。
今まで、人類の敵である降魔を狩ってきたさくらである。
そのさくらが、降魔に身を委ね、その身体で育てるなど、考えるだけでもおぞましかった。
降魔は駆逐すべき敵であり、滅ぼす以外ない。
その手に降るなど、彼女の矜持が許せない。

「そんなことされるくらいなら……あたし、死にますっ」
「……」

気味の悪い生き物に尻を吸われる生活など出来るはずもない。
それが降魔に手を貸すことになるのであれば、余計にそうだ。

そうなるくらいなら──自ら命を絶つ。
二代にわたって降魔を狩ることを使命としてきた真宮寺家の娘が、こともあろうにその降魔に
辱められ、育てるなど末代までの恥である。
そんな状態でおめおめと生きていたくはなかった。
真宮寺家の娘として生を受け、帝撃花組に配属された以上、もとより死ぬことは覚悟の上だ。
ましてこんな屈辱を受けては死を選ぶしかあるまい。

秋月は落ち着いていた。

「……そうか。舌でも咬んで死ぬかね。見上げた覚悟だ、さすがに破邪の血筋だ」
「……」
「だが、それだと困ったことになる。我々はこの降魔を育てなければならん。そのためには
きみの身体が必要だ」
「いやですっ。そんなことに協力するくらいなら死にます!」
「そこまでいやなら仕方がない。諦めよう」
「……」
「代わりに……アイリスを使うとしよう」
「な……なんですって!?」

それこそ、さくらは仰天した。

「な、なんでアイリスを……」
「きみが協力してくれないからさ。霊力も必要なんで普通の人間というわけにはいかんのだ。
だから……」
「ま、待って!!」

さくらは慌てた。
まさか、アイリスをこんな目に遭わせるわけにはいかない。
20歳の自分がされても発狂しそうなほどの恐怖と屈辱なのだ。
まだ11歳のアイリスが耐えられるわけもない。
精神的に毀れてしまうに違いない。
それだけでは済まない。
今でも自分で制御しきれないほどの霊力を持っているアイリスが暴走してしまうことも充分に
考えられる。
いずれにせよ、それだけは避けねばならなかった。
さくらは小さく震えながら、聞き取りにくい声で訊いた。

「あ、あたしが……」
「……」
「あたしが我慢すれば……アイリスには……他の花組のみんなには何もしないと……約束して
くれますか……?」
「……いいだろう。きみが僕の言うことを聞けば約束しよう」
「……わかり……ました……」

諦めたさくらを見て、秋月は笑いが止まらなかった。
どうしてこの娘はこうなのだろう。
なぜさっきまで自分を騙していた相手の言うことを、こうも簡単に信じるのだろうか。
人が好いにも程があろう。

もちろん秋月は、そんな約束を守るつもりはなかった。
さくらを対象にしたのは、もちろん強い霊力の持ち主であるからなのだが、他にも、一目惚れ
したこの娘を好き放題に辱めてやりたいという歪んだ欲望があったからだ。
だから、さくらで降魔がうまく育たなかった場合は、すみれなりアイリスなり、さらに霊力の
強そうな娘を贄に使うことはためらわない。
用なしとなったさくらは防疫給水部には送らず、自分用の性奴隷として飼うつもりだった。

「では、いいね」
「……」

秋月が降魔を手で抱えてさくらの尻の前まで持っていく。
化け物の息遣いがわかる。
覚悟を決めたつもりでも、そこは若い女性だ。
不気味な生体を見て、気力が萎えていく。

「い、いや……」
「いや?」
「ああ……い、いやじゃありません……ああっ」

秋月がぐいと尻たぶを割った。
恐れおののくように、肛門がピクピクしている。
それが目に入ったのか、降魔の幼生はぐっと鎌首をもたげた。
見る見るうちに、頭部から口が伸びていく。
直径3センチほどのチューブ状の口がさくらのアヌスに吸い付いた。

「ひっ……き、気持ち悪い……」

いやいやするように、腰がうねくる。
それでも降魔の口はしっかりとさくらの肛門に密着していた。
さくらが真に驚き、脅え出したのはそれからだ。
口先がアヌスの中に侵入したのだ。
驚き、嫌悪を口にする前に、新たな刺激が彼女を襲う。

「ひああっ!? やっ……す、吸ってるっ……!」

降魔は口をうねらせながら、さくらの直腸内に入り込み、ずずずっと強烈にバキュームし始め
たのだ。
気流が走り、腸内の空気が吸い取られる。
さらに嘴は奥へと進み、直腸すら通り抜け、小腸、大腸へと向かう。
そこでもっと強靱な力で胃の内容物を吸われた。

「そっ、そんなっ……ひっ……す、吸っちゃいやっ……ひああああっっっ」

出る一方のはずの器官から、内容物を吸い取られる異様な感覚に、少女は泣き喚いた。
腸内を柔らかい触手状のものが蠢き、腸壁を抉る。
先っぽは強烈な吸引力で腹の中のものを吸い上げていく。
吸われるおぞましさの他に、腸内を擦られ、抉られる妖しい感覚も感じ取ってしまう。

秋月は、軍服のズボンの前を押さえながら、その凄まじい淫虐図を見入っていた。
美しい少女に魔物が取り付き、肛門を犯しているのだ。
昂奮しない方がおかしい。
さくらも最初は驚き、激しく抗ったが、徐々に従順になってきている。
事前の浣腸が効いているのだ。

あれには媚薬が入っていた。
その媚薬を腸から浸透させる意味もあって、長く排便を我慢させていたのである。
実はその媚薬も、この降魔の幼生から搾取したものなのだ。
この降魔は、栄養を吸収する相手から抵抗を奪うため、暴力的な手法をとらないらしい。
複数ある触手口を使って、相手を愛撫するのだ。
男女の性器を刺激するのである。
その際、体内から分泌した媚薬成分を持った体液を相手の身体へ注入する。
それで快楽を感じさせ、栄養を奪われることに抵抗させないのだろう。

それを知った石野らが、幼生から採取した体液から媚薬を作ったのだ。
この降魔に慣れてしまえば、自分から尻を捧げるようになるほどなのだが、それまでは当然
激しく抵抗する。
その予防として使っていたのである。
さくらも、その餌食になっていた。

「あ、あ……お尻……ヘンです……あっ……」

その異様な感覚が快楽だと気づく余裕もなく、さくらは妖物に肛門を抉られる恥辱に呻き、
涙で顔を濡らした。




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