それを見送ったマリアは、今度こそ怒気を顔に表してバレンチーノフに迫った。
「あなた……! まさか、本当にかえでさんにまで……」
「そう思うかね? くく、確かになかなかいい女だったな」
「きさまっ……!」
「おいおい、そう殺気づくなよ。あの女も悪かないが、まずはおまえだよ、マリア・タチバナ」
「……」
バレンチーノフはマリアの前に立ち、その顎を指で摘んだ。
そのおぞましさに鳥肌が立ち、マリアは顔を振ってその手を振りほどく。
「すべてはおまえ次第だよ、おとなしく言うことを聞くんだな。そうすれば一ヶ月で解放されるし、あの女も無事に済む。ヘタに逆らえば、おまえの
秘密は暴かれて歌劇団は大打撃、その上あの女もただでは済まん」
「相変わらずの卑怯者ね……」
「卑怯けっこう。だからこそ、こうして生き延びているのだからな」
バレンチーノフはそう言って悪びれることもなく笑った。
「さてさて、あとはどうすればいいかわかるな?」
「……」
「舞台や映画に出てもらう、というのもまるっきりウソというわけではない。そっちの仕事をしてもらうのも条件のひとつだ」
「……」
「ま、そのためにも、その身体に色々させてもらうんだがね」
「どういうこと……?」
「そのうちわかるさ。おい、ジョン」
「何をする!」
ボディガードがマリアの腕を後ろから掴み上げる。
抵抗はしたが、腕を背中に回されて捻り上げられてしまっては如何ともし難い。
マリアもかなり長身ではあるが、ジョンはそれ以上に大きかったし、何しろ筋肉の男女差は大きい。
それでもジョンもかなり大変らしく、四苦八苦してマリアを押さえ込んでいた。
その様子を見ながら、バレンチーノフはデスクの引き出しに手を入れ、そこにあるスイッチを操作した。
「……!」
マリアは驚いて天井を見た。
何と天井の一部が開口している。
そして、そこから太い柱のようなものが降りてきた。
よく見るとただの丸太ではなく十字架のようだった。
それを見てマリアは、すぐさま何をされてようとしているのか覚ったが、ジョンだけでなく他に数人がかりでマリアをそこに押しつけてしまった。
「や、やめ……やめなさい! 何をする、あっ!」
男たちは無言のままマリアの腕や肩を押し、掴み、部屋の真ん中辺に降りてきた十字架の前に引き立てていく。
長い脚を飛ばしてキックしようとしたものの、その脚すら抱えられてしまった。
マリアの白い手首が砕けるかと思うほどの力で締めつけられ、そのまま左右に伸びた梁に繋がれていく。
そこには革製の拘束具が取り付けてあり、マリアの両腕を水平に開かせた。
両脚は少し拡げられ、柱の左右に取り付けられている革具に足首を固定され、心棒を挟むようにして立たされた。
あっという間にマリアは括り付けられてしまった。
黒い十字架を背負うようにして、磔になってしまったのである。
バレンチーノフは、そんなマリアをさも愉しそうに見ながら何度も頷いた。
「いい格好だな、マリア」
「本当に卑劣ね。女を、こんな風に拘束するなんて」
「くく、君を女だと思ったことはないよ。おっかない殺し屋だとばかり思っていたからね。本当に女かどうか、これから確かめさせてもらうさ」
バレンチーノフはそう言うと、部下どもを全員退出させた。
「く……」
身動き出来ない身体を呪いながら、マリアは「自分はこんな目にばかり遭っている」と悔しく思った。
黒之巣会の刹那に捕まった時も、同じように十字架で磔にされたのだ。
あの時は刹那の刃を受け、服をビリビリに破かれて素肌を晒すという屈辱を受けた。
あの後、大神たちが救出に来なかったら、自分はいったいどうなっていたことだろうかと思う。
刹那は子供に見えたが、そこは降魔だ。
見た目では判らない。もしかすると、マリアを凌辱していたかも知れなかったのだ。
そして今回の相手は降魔ではなく人間の男だ。
しかも、飛び切りの卑劣漢である。
マリアの肉体を貪ろうとしているのは火を見るよりも明らかだった。
水平に腕を引き延ばされたため、マリアは無防備に胸をバレンチーノフの前に晒している。
服の上とはいえ、マリアの巨乳はジャケットを押し返すほどの充実感を見せていた。
それだけでもバレンチーノフの好色な目を充分に魅了している。
男が近づいてくると、マリアは機先を制して叫んだ。
「近寄るな! 私に触れるんじゃない」
「……」
「私を……、辱めるつもりなのね」
「辱める? とんでもない、愛してあげようというのさ」
「ふざけないで! 誰があなたなんかと……!」
マリアはツバでも吐きたくなった。
穢らわしいにも程がある。
「もし、あなたが私を凌辱しようというのなら、私はここで舌を噛むわよ」
「……」
「ウソだと思うなら、好きなようにしてみればいい。すぐにわかるわ」
「処女でもあるまいに、何を今さら……」
「あなたに抱かれるのだけはお断り、そう言ってるのよ。死んでもいやってね」
「……」
それを聞いて、男の足がぴたりと止まった。
少し考えてから小さく言う。
「……いいだろう」
「……?」
「そこまで言うなら、君を犯すのはやめよう」
「え……?」
あっさりと手を引くとは思わなかったマリアはきょとんとした。
しかしバレンチーノフはとんでもないことを引き合いに出してくる。
「それなら、さっきのあの女……、藤枝かえでか? あれで我慢するか」
「な……!」
「君に会わせると言って呼び出せばいつでもどこにでも来るだろうな。ジャップの女を抱くのは初めてだが、これも経験だ。具合が良さそうだったら
囲ってみるのも一興だ」
「やめなさい! かえでさんには……」
「手出しされたくなければ君が代わりになるかね?」
「いや。あなただけは絶対にね」
「あれもイヤ、これもダメでは困るんだがね」
「でもいやなのよ、あなたは」
「そうか」
バレンチーノフがにやっと笑った。
「では、こうしよう。俺は決して君を犯すようなことはしない。セックスなしだ、それでいいかね? まあ、君の方から抱いてくれと言われれば別だが」
「そんなこと言うわけないでしょう!」
「ならいいだろう。どうだ?」
「……何を考えてるの」
「じきわかるさ。舞台や映画のためでもある」
何のことだかさっぱりわからないが、ここまで追い詰めて何もしないということはあるまい。
マリアは反抗しているが、そんなものはどうということはないのだ。
帝撃や日本のマスコミへマリアの過去を暴露するという恐喝、そしてかえでという人質を取っているのだから、それで言いなりに出来るはずなのだ。
なのにバレンチーノフは、少なくとも口ではマリアの最後の希望を入れている。
「だから他に何をされても文句は言うな」という意味合いもあるだろうが、無理矢理にしてしまっても何ら問題はないのだ。
不気味だったが、そんな素振りはおくびにも出さずにマリアは出来るだけ冷たい声で言った。
「……好きにすればいいでしょう」
「ほう、覚悟を決めたというわけかな」
「……」
辱めないと宣言はしたものの、ロシアでも紐育でもマリアを裏切り続けてきた男である。
信用できるはずもなかった。
しかし、バレンチーノフも他のギャングどもと同様に格好をつけたがるところがあったし、薄っぺらいプライドもある。
はっきりと「犯さない」と言った以上、将来はともかく、すぐに凌辱するということもないだろう。
どのみち淫らなことを仕掛けてはくるだろうが、そんなものは耐えれば良い。
好きでもない男、それも憎んでも余りある仇敵なのだ。
そんな相手に少々身体をいじくられたくらいで、身も世もなく自分が乱れてしまうとは思えなかった。
何をされても石のように堅く、冷たくなって無視すれば良い。
好きでもない相手──しかも憎んでも余りある仇敵なのだ。
そんな男にどこをいじくられても感じるはずもない。
ないはずだった。
だが、そんな中でマリアには一抹の不安もあった。
自分の身体が「敏感」の過ぎるのではないだろうか、という不安だ。
処女を失った最初のレイプ──それも輪姦である──の時ですら、快感を得ていたのだ。
最初はともかく、男たちに全身くまなく愛撫されているうちに官能を掘り起こされ、彼らの望むように快楽を享受していた。
レイプされ、ヴァージンを奪われたことよりも、反応してしまったことがショックだった。
連中は女担当のプロばかりだったとはいえ、まだ15歳の処女であり、自慰すら知らなかったマリアは、はっきりと性的な愉悦を感じていたのだ。
男女のまぐわいは愛し合う者同士で行われるからこそ、至上の快楽が訪れるのだと漠然と思っていたのに、それがあっさりと裏切られてしまった。
もしかすると今回もそうなってしまうのではないかという恐怖があった。
ユーリの仇であり、マリアが堕落する遠因でもあったバレンチーノフに犯され、性の歓喜を口にして果ててしまう。
そんなおぞましい想像が脳裏をかすめる。
しかし、あの頃のマリアと今のマリアは違う。
意志の力も比較にならないし、自暴自棄なところもなくなった。
身を捨てても守りたい仲間もいた。
あの頃より数倍は強くなっているはずだ。
それに紐育時代は最初の凌辱以降、それこそ連日に渡って犯されていたし、ボスの女に収まってからも、好色な男に差し出されたり、ボス自身の執拗な責めを受け続けていた。
その分、肉体的にも脆かったのだろう。
今は違うのだ。
マリアは過去の恥辱と、それに伴う小さな不安を振り払うと、氷点下の声で言った。
「どうとでも思えばいいわ。いちいちあなたの解釈に介入する気はないの」
「そうか、『ブラッディ・マリア』にふさわしい物言いだな、大変けっこう」
「……」
『ブラッディ・マリア』とは、殺し屋時代につけられていたニックネームである。
当時は何とも思わなかったが、今は決して言われたくない呼び名だ。
僅かに怒気が浮かんだマリアの端正な美貌を眺め、感嘆したように顔を小さく振った。
「しかしその格好、なかなか似合うな。君のような美女が男物のスーツを着るなどもったいないと思ったものだが、どうしてどうして悪くないよ」
日本では古来から女歌舞伎や女義太夫があるし、現代(太正)に於いても少女歌劇が全盛であり、女優が男役を演じることは珍しくないし、抵抗もない。
マリアはその中でも男装の麗人としてトップスタアの座にあるのだ。
一方の西洋ではかなり異質である。
そうした例がないではないが極めて希であり、女優自身も嫌がるから滅多に見かけない。
それだけにマリアの「男装の美女」ぶりは、この前の米国訪問団でも評判ではあったのだ。
しかしマリアの身体は男装を拒否するかのように、女らしさが充満していた。
胸の膨らみはスーツ生地を押し返すほどに豊満だったし、ウェストが締まっていることもあって臀部や腿の充実ぶりはスラックスでは隠しきれていない。
バレンチーノフはそんなマリアの肢体をじろじろと観察しながら、弄んでいたナイフを左手に持ち替える。
義手は飾りではなさそうだが、やはり細かい動きは出来ないらしい。
「……!」
大振りのシース・ナイフの刃先が、そっとマリアの白い首筋に押しつけられた。
金属の冷たい感触に、マリアは思わず息を飲む。
この場で刺し殺されるとは思わなかったが、それでも動けば肌を切られる脅えが、女体を凍り付かせている。
「動くなよ、こっちのその気がなくともヘタに動けば、その綺麗な肌がざっくりいっちまうぜ」
「……」
バレンチーノフはナイフを突きつけたまま、マリアのスラックスからベルトを引き抜いた。
ウェストは細いがヒップが充実しているため、ベルトがないくらいでは脱げなかった。
ナイフの切っ先が首もとをなぞるようにしてワイシャツの襟にかかった。男はためらうことなく、そこから一気にナイフを引き下ろす。
「……!」
マリアは驚いたが、刃先が肌すれすれのため、バレンチーノフの言う通り、動くことは出来ない。
ナイフはあっさりとワイシャツを切り裂き、ボタンが弾けるように飛んで行った。
前のはだけたワイシャツの下には、純白のスリップが見える。ワイシャツが白いため、下着の色も透けないように合わせているようだ。
なおもナイフはマリアの着衣を剥ぎ取っていく。
今度はスラックスの前ボタンを切り取り、ファスナーを切り裂いた。
徐々に裸にされていく屈辱に耐えかねたようにマリアが叫ぶ。
「い、いい加減にして! ねちねちといやらしいっ! 脱がすならさっさと脱がせればいいでしょう!」
「これは勇ましい」
バレンチーノフが笑った。その笑みに余裕が見えるのが憎らしい。
「そういうのが希望ならそうしよう」
「き、希望とかそういうんじゃないわ。さっさと終わらせて欲し……あっ!」
バレンチーノフはマリアのワイシャツに手を掛けると、それを思い切り引き下ろして引き裂いた。
続けてスラックスの裾を掴み、そのままするっと足下まで引き下ろしてしまった。
「あ……」
「どうだね、マリア。お望み通りの素っ裸だ。おっと、まだ無粋なものが残っているな」
「あ、やめて、やめなさい! あっ!」
スリップの肩紐がナイフで切り落とされる。
ふわりと宙を舞ったストラップが、頼りなくマリアの胸にかかった。
身体を引き延ばされているため、スリップはすぐにマリアの身体から滑り落ちて足下で蟠った。
残るはショーツとブラジャーのみだ。スラックスの下には黒いストッキングを履いていた。
腰にはガーターベルトが巻かれ、ストラップでストッキングを吊っている。
色白のマリアに黒いガーターが映え、凄絶なほどのセクシーさだ。
バレンチーノフはすぐに下着を剥ぎ取らず、しばらくマリアの肌を見つめていた。
下着を着けていても、その豊満な肉づきからは妖しい色香が漂ってくるかのようだ。
ねっとりとしたいやらしい視線にたまりかね、マリアが悲鳴のような声で言った。
「じ、じろじろ見ないで、いやらしい!」
「見るだけでは済まないさ。それ、最後の下着も……」
「やめて!!」
マリアは悲鳴を上げたが、バレンチーノフのナイフは無情にもブラのストラップを切断した。
両肩の紐を切られ、脇もベルトも切られてしまうと、これも床に舞い落ちた。
現れたのは、白くて張りのある見事としか言いようのない素晴らしい乳房だった。
スーツの上からは想像もつかぬ豊かな膨らみだ。
マリアがもがくたびに重たそうに揺れ動くその様子は、肉がたっぷりと詰まっていることを予想させる。
羞恥のせいか、真っ白い肌が幾分染まっていた。
「こりゃあ立派なもんだ。あの頃の君はまだ14か15だったが、それでも大きめだった。見事に育ったものだ、まあナマで見るのは俺は初めてだがね」
「く……」
「君は今年でいくつだ? 23歳だったか? なるほど、8年でここまで成長したわけだな。いやいや、すごいおっぱいだ」
バレンチーノフは、マリアを言葉で辱めるべく、わざと淫らに褒め称えた。
屈辱と細かく震え、怒りの表情で睨みつけるマリアを面白そうに見返しながら、男はナイフでいたぶっていく。
「んっ……!」
刃先が乳房をなぞり、その冷たい感触とこそばゆさに、マリアは顔を顰め、呻いた。
なおも金属の冷たい感覚が乳首にまで這っていく。
バレンチーノフは、綺麗な肌を傷つけぬよう、丁寧にマリアの胸を嬲っている。
まるで子持ちのように豊潤な乳房だが、未婚であり妊娠経験ないだけに、これだけの大きさなのにちっとも垂れていない。
肌が若くて張りがあることもその要因だろう。
乳輪の色もまだ薄く、乳首が幾分小さめなのが、グラマラスなボディに似合わぬ清楚さを湛えている。
「くっ!」
ナイフの先が乳首をピンと弾くと、マリアは小さく喉を鳴らした。
こんな男は怖くも何ともないが、さすがに女性だけあって胸は急所であり、そこを傷つけられたくないという思いが僅かな脅えを呼んでいる。
いやでも神経がそこに集中し、目も乳首を嬲るナイフを追ってしまう。
バレンチーノフはにやつきながらナイフを操り、執拗なまでに乳房と乳首を嬲った。
乳房の輪郭にナイフの背を這わせ、刃を立てて乳首を弾く。
その冷たさが、いやでも乳首の感覚を鋭敏にしていった。
「やめて! ……っ……い、いやらしい!」
「おや、ナイフの愛撫はお気に召さないかな? けっこう感じてるように見えるが」
「バカにしないで! だ、誰がそんな……」
「そうかね、じゃあ直接してあげよう」
「やっ、やめて! ああっ!」
バレンチーノフの両手がマリアの乳房に食い込んだ。
男は、その大きさにも感銘を受けたが、実際に触れてみて肌の艶やかさと張り、そしてマシュマロのような柔らかさにも驚かされた。
そして何より形が美しかった。
大きすぎて型崩れしているなどということはなく、彫刻で掘り出したような完璧な形状だ。
バレンチーノフは知らなかったが、マリアの3サイズは、上から88−60−90である。
さすがに88センチのバストだった。
「くっ、触るな、穢らわしいっ! やっ!」
バレンチーノフはやんわりと乳房を揉みしだきながら、淡いピンク色をした乳首を顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでから口に含んだ。
「んうっ……!」
男の舌と唇が乳首を愛撫してくる。
その不快な暖かさと気色悪くぬめった感触が、敏感な肌の上を這い回った。
異様な状況ではあるが、身体の中でもかなり鋭敏な性感帯を舐められれば、いかにマリアでも痺れるような疼きが襲ってくる。
事前に冷たいナイフで擦られるように嬲られたこともあるし、義手の冷たい手で少し強めに揉まれる左の乳房から来る感覚と、べとついた熱い手で
焦らすように揉みしだかれる右の乳房に感じる感覚が絶妙のコントラストとなってマリアを当惑させる。
「よ、よせ、あっ……やめて、んんっ……くっ……やめ、あっ!」
「くく、可愛い声も出せるじゃないか、え? ボスに抱かれた時も、そんな悩ましい声で喘いでいたのか?」
「あ、喘いでなんか……んくっ……こ、この……んんっ!」
乳首が指先で優しく揉み潰され、ころころと指の間で転がされているうちに、ジンジンと乳房全体が熱く疼いてきた。
乳首が尖ってくるのがわかるのだが、もうマリアにはどうしようもなかった。
硬くなりつつあった乳首を舌で舐められたり吸われたりすると、悲鳴とも喘ぎともつかぬ声を喉から絞り出した。
白磁色の乳房が薄いピンクに染まり、硬くなった乳首が小刻みに震えている。
肌にもしっとりと汗が滲んできていた。
「感じてきたな、マリア。さすがにコールガールだけあって……」
「言うな! そ、そのことはもう……くうっ……よせ、あっ……んんっ!」
「これくらいでまいって欲しくないもんだな。今度はこっちだ」
「あっ、そこは!」
バレンチーノフはナイフを持ち直すと、刃先を乳房から腹へ滑らせ、ショーツまで持っていった。
「おっぱいがすごいことはよくわかったから、次は肝心なところを拝見しようか」
「だっ、だめよ、そんなっ……そこはだめ!」
「だめでも見られることになるんだよ、この俺にね」
「いやっ!」
マリアはそれだけは許すまいと腰を振っていたが、その動きも止まった。
ナイフの切っ先がショーツの布地に食い込んだからだ。
それ以上動けばぶっすりいくかも知れないぜ、というバレンチーノフの合図を察したのだ。
動きは止まったが、腿が小さく震えているのは収まらない。
男はその太腿にナイフを這わせ、下着の裾のゴム部分で動きを止めた。
息を飲むマリアを見上げながら、バレンチーノフは腿を下からなぞり上げ、そのままショーツの裾にナイフを潜り込ませた。
マリアが思わず腰を引いたが、構わず脇を切り裂いた。
「あっ!」
片側を切られ、ショーツの前がぶらりと垂れ下がった。
反対側の脇もゴムごと切られると、切り裂かれた下着は頼りなく腿を滑り落ちていく。
僅かな翳りを湛え、マリアの「女」が晒されていた。
「ほほう、下の毛は少し色が濃いんだな。だが密度は薄めだから下品な感じはない。うん、ここもいいじゃないか、マリア」
「……」
「尻もすごいな。いったいサイズはいくつなんだい?」
90センチの白い臀部は、見る男を圧倒する。
見事なまでの肉づきであり、色も真っ白で西洋人の若い女のように形良く吊り上がっていた。
マリアは白人との混血なのだから、このスタイルも母譲りなのかも知れない。
尻が丸く大きいだけあって、その切れ込みも深く、思わず息を飲むほどの官能美を誇っていた。
これだけのヌードは、米国のポルノ女優にもなかなかいなかった。
胸にしても尻にしても、ただ大きいだけというのは掃いて捨てるほどにいるが、大きさだけでなく見た目も完璧というのは滅多にいない。
しかも整形などまったくしていないのだ。
舞台や映画に出すだけでなく、マリアのヌード・グラビアを刷った雑誌を出せば、飛ぶように売れるに違いない。
この女は「飼う」だけでなく、売り出せば商売としてもバレンチーノフに巨万の富をもたらしてくれるだろう。
恥辱と屈辱で口も利けないマリアの顔に、そっと男の顔が近づく。
「いや!」
その酒とタバコ臭い口臭に思い切り顔を歪め、マリアは吐き捨てるように拒絶した。
こんな男と口づけなんてとんでもなかった。
「ふん、キスもいやか」
「当たり前のこと聞かないで! その臭い口を近寄せないで!」
「生意気なところも変わらんな。セックスとキスが禁じ手か、まあいい。その分、この旨そうな身体を存分に味わってやる」
「くっ……」
バレンチーノフの手が、マリアの胸と股間をまさぐっていく。
義手は豊かな乳房に伸び、細かい動きの出来る左手は股間に向かった。
しなやかでスリムな裸身に不釣り合いなほどに盛り上がった乳房をたぷたぷと揉み上げつつ、媚肉に食い込んだ指も休みなく蠢いている。
「うっ……!」
マリアは悔しそうに顔を背け、唇を噛みしめている。
懸命に堪えているものの、身体の芯から込み上げてくる官能は昂ぶっていくばかりだ。
性体験という意味ではマリアよりも数段上の男に、感じやすいところばかりを責められているのだから無理もなかった。
加えて、この世で最も憎むべき相手によって自由にされているという屈辱感が被虐の快感を呼んでいた。
恥辱的な言葉で責められていることも大きかっただろう。
元々白かった肌が、恥辱と怒りで冷たく青ざめるように白くなっていたのに、だんだんと薄く染まっていき生き生きと色づいている。
拘束され、不自由になっている手足をよじり、もがき、悶えさせていた。
「やめろ、あっ……くっ、いやらしいっ……あっ、そこぉっ!」
左右に引き延ばされた腕に目を着けたバレンチーノフが、そっと腋に唇を寄せた。
綺麗にむだ毛処理がされており、蒼いほどに白い腋窩をねっとりと舐め上げると、マリアはびっくりしたように高い悲鳴を放った。
驚きもがく腕を押さえ込み、なおも舌での愛撫を続けると激しい反応を見せている。
「……ほう、ここが君の弱点なのか?」
「ち、違う! そんなところを舐めるなんて……ああっ、よ、よせっ! ひぅっ!」
マリアの反応が強いとわかると、バレンチーノフはかさにかかってそこをしつこく責め上げた。
たまりかねたマリアの口からは、悲鳴に呻き声、そして喘ぎにも聞こえる声まで出てくる。
快感とくすぐったさが混在した感覚に戸惑っている風である。
バレンチーノフは、この女が成熟した身体の割りに「実体験」は少ないとことを見抜いた。
紐育時代はともなく、日本ではほとんど経験してないはずだ。
であるならば、腋だけでなく首や背中、脚もきっとそうだろう。
バレンチーノフは上目遣いでマリアの反応を見ながら、唇と舌を徐々に下へと下ろしていく。
その間、手は乳房を揉み、股間を刺激し続けている。
男の指が花弁に伸び、少し顔を覗かせている雌芯をそっと指でつまみ上げた。
「んあっ!」
びりっと身体の中心に電流が走り、マリアは思わず腰を引いた。
バレンチーノフは、白く長い脚を手のひらで擦りながら、よく発達した太腿に唇を這わせる。
ストッキングの薄い生地の上からでも、女の脚の感触は素晴らしかった。
それでも肌の味わいが欲しかったので、男は指先でストッキングを簡単に引き裂いた。
ピッと高い音がして頼りない布地が破けると、外気の冷たさと男の視線を皮膚に受け、マリアは屈辱を噛みしめる。
「あ……」
男はさらにナイフを使い、足枷にわだかまっていたスラックスを完全に引き裂き、脚から外してしまった。
靴も脱がせ、ボロ切れのようになったストッキングも取り去り、マリアの下半身を完全に産まれたままの姿にしてしまった。
「う……!」
硬い表皮に舌が触れただけでもマリアはびくりと反応したが、裏側の柔らかい皮膚を唇で愛撫すると、腰を跳ね上げて悲鳴を上げた。
よほど感じるらしい。
膝の裏はふくらはぎでも同じような反応を見せている。
バレンチーノフの顔が足下に向かうのを見て、「何をされるのか」という不安でマリアの表情が戸惑っている。
大柄な肢体に見合わない小振りな足は愛らしく、指には薄ピンクのペディキュアまで施されていた。
男装することが多いせいか、手の指にマニキュアすることはほとんどないマリアだったが、足の指には塗っていた。
役柄故、化粧気がないと思われているマリアだが、当然そんなことはなく、少しでもおしゃれがしたいという女性らしい面も持っている。
その手入れの行き届いた指先に男の舌が伸び、舐め上げてきた。あまりのことにマリアは叫ぶ。
「なっ……、何をしてるの!?」
「何って、足を愛撫してあげてるんだよ」
「バ、バカっ、やめて、汚い!」
「ここも立派な性感帯なのだがね、知らないかい?」
「しっ、知らない! あ、やめてっ、くうっ……んんっ!」
「ふふ、まだくすぐったいばかりだろうが、なに、君のことだ、すぐに気持ち良くなってくる」
「な、なるわけないわ! やめて、ああっ!」
バレンチーノフの熱い舌が足の裏にまで伸び、マリアは絶叫した。
汚れているのは足の裏の方であり、汚いと感じるのは男のはずなのに、なぜかマリアは汚辱感ととてつもない恥辱感を感じている。
足の裏の土踏まずの部分を丹念に舐められ、指と指の間に舌が潜り込んでくると、足首が枷の中でギクンと反応し、腰が震え、背中が反り返った。
「くっ、やめろ、この……ああっ……へ、変態、よせっ……んんっ……」
こそばゆさと性的な快感の入り交じった不可思議で癖になりそうな感覚に、マリアは必死になって耐えている。
手が白くなるほどにぐぐっと強く握りしめているものの、足の裏と指から襲ってくるくすぐったさと快感に身体が痺れてきていた。
「あっ……くくっ……い、いや……あああ……くんっ……!」
バレンチーノフの指と舌はマリアの全身をくまなく這い回っている。
首筋から腋、乳房と乳首、ヘソ、内腿に媚肉、膝の裏、ふくらはぎ、そして足の指などを絶え間なく愛撫し、マリアの朱唇から呻き声を絞り出させていた。
30分以上も責め立てられ、マリアは息も絶え絶えになって呻いている。
全身からはほんのりと甘い女の体臭を漂わせ、声も喘ぎに変わりつつあった。
男は、力なくぐったりと俯いているマリアの顎を持ち上げる。
「……どうだね、マリア。抱かれたくなってきただろう」
「……ぺっ」
マリアは震える唇を何とか使い、バレンチーノフの頬にツバを吐きかけた。
「……こんなことで女を屈服させられると思ってるのね……。あなたらしいわ!」
「……なるほど、さすがにブラッディ・マリアだけのことはある。簡単にはいかんか」
「……」
「それとも、素直に抱かれるかね? 中途半端に燃えさせられて、君も不完全燃焼だろうに」
「誰が……!」
そう吐き捨てたマリアを笑いながら、バレンチーノフは壁時計を見上げた。
「俺も、こう見えて忙しい身でね。君ばかり構ってるわけにもいかん。他の仕事もあるし、君の舞台や映画のこともあるしね」
「……」
呼吸を乱れを整え、燃えるような怒りの目で睨みつけてくるマリアを見返しながら、バレンチーノフが言った。
「正直、もっと難物かと思ったんだがね、君も「女」だってことだな」
「……どういう意味よ」
「いやいや、どうも日本ではそんなに「経験」してないみたいだな」
「……!」
「もっとも、昔の君を知っていればそうでもないか、くくっ……」
屈辱的な物言いに、マリアが何か言い返そうとしていると、バレンチーノフがすぐに続けた。
「……そこでは窮屈だろうからな、磔は許してやろう。だがな、明日からはこんなもんじゃないぞ。明日になれば、俺に責められた方が良かったと思うようになる」
「なるわけないわ」
マリアはきっぱりと言い放った。
「あなたに何かされるくらいなら、本当に娼婦にでもなった方がマシだわ」
「くくっ、言ってくれるな。その言葉、明日も言えるといいがな。それに娼婦になりたいのなら……、ま、いい。それはおいおいわかるさ」
この男はいつもそうだ。持って回った言い回しばかりで言葉を濁す。
たまたま成功すれば部下を差し押さえて自分の手柄とし、失敗すれば肝心な時にいなくなったり誤魔化したりで、責任回避することばかり考えている。
最悪なのは裏切り行為を何とも思っていないことだ。
マリアは過去に二度もバレンチーノフの裏切りで心身ともに打ちのめされていた。
「待ちなさい! 私は……」
マリアの激しい言葉を背中で弾き飛ばし、マフィアのボスは薄笑いすら浮かべて部屋を出て行った。
マリアは彼の部下たちに助け出されるまで、半裸で十字架に磔にされるという屈辱を味わわされた。
おまけに、部下のギャングどもに解放された時も、胸や臀部も露わになった姿をじろじろと観察され、どさくさに紛れて身体を触られる恥辱も加わった。
しかし、こんなものはまだ序の口であったことを、明日になってこの気丈な美女は知ることになるのだった。
────────────────
リトルリップ・シアターの支配人室のドアを長身の黒人男性がノックした。
「サジータだ」
「どうぞ、入って」
音もなくサジータが入室すると、ラチェットは立ち上がって迎えた。
その黒人は、ぱっと見で男性に思えるが、実は女性である。
マリアほどではないが、180センチの長身であり、ストライプの入ったシャツにネクタイを締め、ダーク・スーツを着こなし、足下も革靴で固めている。
その意味でもマリアに似ていた。
違うのは、本人は別に男装しているつもりはない、ということである。
サジータ・ワインバーグ。
紐育華撃団・星組の隊員だ。
つまりラチェットの同僚であり、部下なのだ。
漆黒の髪をまとめているが、プライベートでは下ろしている。
「あなたも、髪を下ろせばいいのに。せっかく綺麗な髪なのにもったいないわ」
「……そんなことを言うために呼んだんじゃないだろう。用件は?」
サジータは、勧められる前にさっさとソファに腰を下ろした。
ラチェットとは別の意味でマイペースで、合理的な娘である。
ラチェットも似たようなものだからさして気にもせず、対面に腰を下ろした。
予め用意してあったらしいティ・ポットから不器用そうに紅茶を注ぐ。
その様子を見ながら、サジータは深く座り直した。
まだ21歳のこの女性は、お堅いファッションから想像できるように、弁護士をやっている。
沈着冷静、的確な判断力と電光石火の行動力を併せ持った才女なのだ。
とはいえ、ティーンの頃は黒人の暴走集団を率いる女傑でもあった。
とある事件をきっかけに法曹界を目指し、弱冠21歳で法律事務所を開設しているところからも判る通り、極めて優秀な頭脳を持っている。
卓越したリーダー・シップも持っていて、星組の副隊長格でもある。
隊員ばかりでなく、隊長のラチェットも何かとアテにしているのだ。
「忙しいところ悪いわね。仕事、平気なの?」
「気にするな。公判が午後からあるが、今回は楽に勝てる。そんなことより……」
「わかったわ。実は教えて欲しいことがあるのよ」
「なんだ」
「『ヴォーク』のことなんだけど……」
「『ヴォーク』?」
カップを口に持っていったところで、サジータの手が止まった。
「……あのシアターか」
「知ってる?」
「知っていると言えば知っている。何かとあたしたちの仕事にも絡んでくるからね」
ということは、やはり裏で悪行をやっているのだろう。
ラチェットが口ごもると、サジータが促した。
「それがどうかしたか? あそこが何かこっちに難癖でもつけてきたのか?」
「そういうことじゃないんだけど……。こないだから、日本の帝国華撃団からゲストが来てるのは知ってるわよね?」
「知っている。紹介はまだされていないが……」
「ごめんなさい。紹介したいところなんだけど、いなくなっちゃったのよ」
「いなくなった? どういうことだ、ラチェット」
ラチェットは、マリアとかえでがリトルリップ・シアターへ来た経緯、ふたりに紐育華撃団への指導とアドバイスを頼んでいることを話した。
「ふうん」
サジータはそう言ってカップを戻した。
「それにしてはシアターでも華撃団本部でも訓練場でも見かけないな。で、いなくなったのとヴォークに何か関係でもあるのか」
「ある……、と思ってる」
サジータは、マリアがヴォークに招かれ、舞台での客演と映画の主演をやることになっていると聞き、眉をひそめた。
マネージャーとして一緒に来ていたかえでとも連絡が取れなくなっているらしい。
「……よくないな」
「え?」
「あそこの噂はラチェットも聞いているだろう」
「ええ、まあ……。ボスがロシア人マフィアらしいってことくらいは……」
「それだけではない。あのシアターでやってる演目はまともだが、裏では非合法なショウをやっているという噂だ」
「非合法な……ショウ?」
サジータは、彼女にしては珍しく、少し言いづらそうに言った。
「……わかるだろう。女を使って……」
「……!!」
ラチェットにも思い当たることがあった。
マフィアなどの犯罪組織や規模の大きな娼館が、女をいたぶったり、虐めたりした挙げ句、レイプするというセックス・ショウが裏で開催されているらしい。
何度か警察の手入れがあって検挙されたケースもあったが、ほとんどは空振りで終わっている。
店や劇場は「単なるストリップ・ショウである」と言い逃れているのだ。
潜入捜査したり、客として紛れてシアターに入り、実際にレイプされているところを踏み込みでもしない限りは現行犯逮捕とはいかないのだ。
市警も買収されているという情報もあるし、警察の捜査は当てにならない。
従ってこの噂も一向になくならないのである。
まさか、あのふたりが……。
「ヴォークもそれ、やってるの!?」
「わからない。やっているという情報はあるが、あたしのところに事件が持ち込まれたことはないから、憶測の域は出ないね。何しろやつらは市にも
警察にもカネをばらまいてるから、よっぽどのことがない限りは市警は動かないよ」
「よっぽどのことって……」
「現行犯で抑えるってことかな」
そんなことは無理である。
こっちには警察権などないし、押しかけたところでマリアたちがどこにいるのかわからないのだ。
シアターにいるとは限らないのである。
キネマの撮影もあると言っていたから、ロケに出ているかも知れないのだ。
サジータが言った。
「映画の方だけどね……。こっちはほとんど知られてないんだよ。どんな俳優を使ってどこで撮影し、どこで上映してるのかもわからない。やって
いるらしいというだけで、実際にそれを見た人は……、まだいないんじゃないかな、少なくとも一般人では」
「どういうこと?」
「……そのキネマも、ポルノじゃないかと言われてるんだよ」
「!!」
ビデオの普及がアダルトビデオや裏ビデオと密接な関係があったことでもわかるように、映画の歴史もポルノ映画のそれとほぼ同じだと言われている。
ストーリーのあるものも作られたが、単にオナニーやフェラ、セックスと順番に撮影しただけの作品もあった。
こんなものはまともな映画館にはとてもかけられないから、普通は娼館などで上映される。
おおっぴらに上映できるものではないし、それならばということでアンダーグラウンドで秘密裏に上映されることもあるらしい。
それがマフィアの資金源になっている、という話も聞いたことがあった。
ラチェットが音を立ててカップを置いた。
「じゃ……、じゃあマリアは……、もしかしてかえでまで?」
「まだ何とも言えないな。本当に舞台で演じさせるために呼んだだけかも知れないし、映画の方もまともかも知れない」
「……」
サジータは髪を指で梳きながら言った。
「とにかく情報が足りなすぎるな、今のままでは何とも言えない。あたしの方でも少し情報を集めてみるよ。マリア・タチバナ……、それと
藤枝かえで、だな?」
「ええ、そう……。悪いけど、よろしく頼むわ。こんな時、マイケルがいればいいんだけど……」
「そう言えばあの男は何をしてるんだ。ラチェットに任せっきりにして」
「例の降魔事件。あれで色々ね……」
「そうか……。うちの事務所でも、そっちを調べ始めてるんだが……」
サジータはラチェット見て言った。
「とにかく、まずはそのふたりの居所を確認することだな。何なら、あたしがヴォークに乗り込んでもいいが……」
「いいわ、私が行ってみる。その上で、やつらがどんな反応するのか確かめてみるから」
「しかし……」
「大丈夫よ。あなたが行ったら、向こうは警戒するわよ。ニューヨークでも名の売れた敏腕弁護士がうちのシアター絡みの件で動き出したらさ。
あなたは表向き、うちとは関係ないし、華撃団のことは秘密だしね」
「わかった。ま、慎重にやることだ。出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとう」
────────────────
体よく追い返されたかえでは、日を改めて再びヴォークを訪ねた。
今回はラチェットも従えている。
かえでは「ひとりでいい」と言ったのだが、ラチェットは「自分がいた方が連中に対するプレッシャーになる」と言ってついてきたのだ。
彼女の言い分にも一理あった。
ブロードウェイでも指折りの大劇場であるリトルリップの看板女優となれば、ヴォークと言えども滅多なことは出来ない。
劇場とか女優とかいう問題ではなく、それを経営しているマイケルの影響力を考慮してのことだ。
自我が強く、あまり他人に頼ることはしないラチェットだが、この際、マイケルの名は武器になる。
冷徹なまでの合理性を尊ぶ彼女は、使えるのであれば何でも使う主義でもあった。
ブロードウェイきって人気女優が突然やってきたとあって、ヴォーク関係者はかなり戸惑ったようだが、結局は通してくれた。
やはりマイケルの名が効いている。
ボスのバレンチーノフは、数日前マリアと対峙し、嬲ったその部屋にふたりを迎えた。
じろじろとラチェットに対して無遠慮な視線を飛ばしてから、バレンチーノフはおもむろに言った。
「……本当のようですな。まさかあのラチェット・アルタイル嬢が当館にやってくるとは思いもしませんでしたよ、ふふ……。以前、出演要請
した時にはにべもなく断られましたからねえ」
「……うちにはうちの予定がありますから」
「そうですか。では、スケジュールを合わせればご出演いただけますかな?」
「残念ながら、今日はそういう話をしにきたのではありません」
ラチェットの刺々しい口調に、白髪の男は肩をすくめた。
「では、そこにおかけ下さい」
「いいえ、ここでけっこう」
それまで黙ってバレンチーノフを睨みつけていたかえでが言った。
鉄面皮の男がかえでの刺すような視線を弾き返した。
「……それにしてもアポなしで突然やってこられても困りますな。次回からは……」
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません」
「やれやれ。何のことわかりませんが、用件は手短に願いましょう」
「何のことかわからない、ですって!?」
激怒して両手をデスクに突いてバレンチーノフの迫ったかえでをラチェットが止めた。
「かえで」
「ラチェット、だって……」
「いいから」
「……」
かえでが引き下がると、ラチェットが言った。
「言わないでもおわかりでしょう。マリアを返して下さい」
「返して、とは? まだ契約期間のはずだが……」
「そんなことは承知の上です。しかし、その間まったく本人と連絡が取れないというのはどういうことですか。それがヴォークのやり方なの?」
「それにしても」
ラチェットの糾弾をやり過ごし、バレンチーノフは矛先を彼女に向けた。
「なぜあなたが今回の件に口を出すのですかな? 何の関係もないはずだが……」
「……」
かえでは口ごもった。
確かに表面上はバレンチーノフの言う通りなのだ。
マリアとラチェットを結ぶ線は何もないのである。
しかし当のラチェットは平然と切り返した。
「……リトルリップ・シアターは、日本の大帝国劇場と業務提携を結んでいます。当然、花組のマリアたちとも顔見知りですし、共演したことも……」
「そうでしたな。日本でのあなたの舞台、僕も拝見させてもらいましたよ。見事だった」
「……」
じろりとラチェットの顔を見ながらバレンチーノフが言う。
「しかし提携を結んでいたとは知りませんでしたな。そうか、そういうことでしたか」
「……そうです。ですから、マリアたちのアメリカ滞在については、すべてうちが面倒を見させてもらってるんです」
「なるほど、うちがホテルを手配すると言ったのに断ってきたのはそういうことでしたか」
バレンチーノフはそう言いながらラチェットから視線を外さなかった。
顔も美しいが、何よりスタイルが良い。
マリアのようなグラマラスな感じではないが、肉体のバランスが素晴らしい。
きっと胸や腰の形状も見事なものだろう。
ワンピースの裾からのぞく脚も長くスラリとしていた。
肌の色は真っ白である。
ほとんど産毛らしいものもなかった。
マリアを取り込んだらこの女も……と思ってはみたが、軽く首を振った。
いかにマフィアと言えども、マイケルの力を軽視することは出来なかった。
それにしても、いずれはものにしたい女ではある。
そんなことを考えていると、かえでがあることに気づきハッとして言った。
「これは……、マリアの銃!?」
バレンチーノフのデスクの上に、無造作に乗っていたのはマリアの愛用していた大型のリボルバーだった。
思わずかえでの手が伸びると、素早く男がその銃を奪った。
「何を……、返しなさい!」
「返す? これはマリア嬢のものでしょう」
「だから……」
「当然、仕事が終わればお返ししますよ、マリア嬢ご本人にね」
「……」
バレンチーノフは銃を弄び、右手でグリップを握り、左手でバレルを掴んでその付け根を折って弾倉を露出させた。
タマは入っていなかった。
見ると、デスクの上にマリアの銃のものらしい弾薬が6発ほど転がっている。
「しかし大きなハンドガンですな。こんなものを女優が持っているとは不穏当だ」
「……」
「それに、確か日本という国はガンの所持は認められていないのではなかったですかな」
マリアは立場的には軍属であり、半分は軍人である。
対降魔戦用部隊で武装も認められてはいるが、それは公的な機密事項だ。
「ここは治安があまり良くありませんから、護身用として一時的に所持させていただけです。拳銃携帯の許可も得ています」
と、ラチェットはきっぱりとウソをついた。
拳銃の携帯許可などもちろん取ってはいない。
ただ、そう言っておけば、マリアのことは保安官事務所にも届け出ていると思ってくれるからだ。
敢然と抗議するラチェットの横で、かえではバレンチーノフが弄んでいるマリアの銃を見つめていた。
転がっている弾丸を手にして、それを握りしめている。
「そんなことよりも」
ラチェットがずばりと言った。
「マリアを返して」
「……」
「会わせてもらうだけでもいいわ。直接、彼女と私たちに話をさせてください」
「最初の時にマリア嬢本人と、そこの美しいマネージャーさんにも説明したはずですがね。今回の舞台とシネマは……」
「内容について教えろと言っているわけではありません。マリアだってプロの女優です、そんなことくらい理解してるわ。私たちはただ、マリアの
無事を確認させて欲しいと……」
「わかった、わかりましたよ」
バレンチーノフは、やや面倒そうに手を振って見せた。
あまり事を荒立てても拙い。
相手がかえでだけならやりようはあるが、まさかあのリトルリップ・シアターがバックにいたとは思わなかった。
これはバレンチーノフの知り得なかったただひとつの内情だったが、手抜かりだった。
相手が相手だけにことは簡単ではない。
あそこは確か、小うるさい弁護士──サジータ・ワインバーグと言ったか──がいる法律事務所とも関係があったはずだ。
ヘタに手を出せば面倒なことになりかねない。
こうなれば、本当にラチェットも取り込んでしまうしかないだろう。
バレンチーノフは、ふたりの美女を見上げるように言った。
「但し、そちらのマネージャーさんだけだ」
「え……」
「いかに提携しているとはいえ、それは劇場同士のことでしょう。あなた個人は関係ないはずだ」
「関係ないことはありません。私とマリアは友人であり……」
「プライベートなことは知りませんよ。あくまでビジネスですから」
「……」
「いいわ、ラチェット」
彼女にしては珍しく、食いつきそうな顔をしたラチェットを抑えてかえでが言った。
「……私には会わせてくれるのですね?」
「……約束しましょう。後日……、そうですね、明日にでも日時をお知らせしますから、その日にまたここへいらしてください。マリア嬢のいる
場所にお連れしましょう」
バレンチーノフはそう言うと「もう話は終わりだ」と言わんばかりに、ドアを指し示した。
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