呆然とするかえでを見て、米田は慌てて自分の電話の受話器を耳に当てる。
無音だ。
ガチャガチャとフックを押したが何の反応もなかった。

「まずい……」

ドアを突き破るようにして外へ出ると、もつれる脚を必死に動かしてテラスへ走った。
金縛りに遭ったように突っ立っていた副司令も、呪縛が解けたかように司令の後を追う。
テラスの扉を開け放つと、風と共に細かい雪が顔に当たった。

「あ……」

米田を追いかけてテラスに来たかえでは息を飲んで立ち尽くした。
軍帽に軍服の一団が、小走りで銀座四丁目の交差点をこちらに向かって進んでくる。
今日は演習があるとは聞いていないし、こんな時間に執銃で団体行動するなどあり得ない
から、どう考えても叛乱軍であろう。

「司令!」
「かえでくん、娘たちを起こせ! すぐに避難させるんだ」
「はい!」
「それが済んだら魔神器の保護だ。やつらの狙いはそれかも知れん」

テラスに降り積もっていた雪を踏みしめてかえでが敬礼していると、人の気配がした。

「かえでさん……、あ、支配人も。どうしたんですか、こんな時間に」

さくらだった。
後ろにはマリアもいる。

「あ、あなたたち……」
「何だか廊下がドタバタしてたんで、どうしたのかな、と思いまして」
「マリア!」

米田がかえでを押しのけてマリアの肩を掴む。
その迫力に、さくらは少し後ずさり、マリアも息を飲んで彼女たちの指揮官の顔を見た。

「緊急事態だ、軍の一部が叛乱を起こしたらしい」
「叛乱ですって? まさかクーデターですか!?」

ふたりのやりとりに圧倒されていたさくらがおずおずと口を挟んだ。

「あ、あの……、『くーでたー』って何ですか……?」
「……」

この時代、まだ日本でクーデターという言葉が一般的でないのは仕方がない。
軍人でもない若い娘、それも去年まで仙台で暮らしていたさくらが知らないのは当然だろう。

「軍隊が武力を使って政府の転覆を謀ることよ。自分たちの要求を通すためにね」
「え……じゃあ、さっきのお話の……」
「細かく説明している時間はないわ。マリア!」

かえではさくらへの説明を中断し、マリアに指示する。

「あなたとさくらはどこかへ身を隠して……、いえ、ここから脱出しなさい」
「何を……」
「叛乱軍は、あなたたちが光武のパイロットだとわかったら殺すかも知れないわ」
「しかし……しかし、やつらの狙いは米田司令なのでは…」

ならば放ってはおけない。
さくらと一緒に光武に搭乗してでも米田やかえで、そして帝撃を護ってみせる。
さくらも同調して言った。

「そうですよ! 私とマリアさんが出ますから、その間に支配人は……」
「いかん!!」
「……」

米田は厳しい声に、さくらたちの声は封じられた。
その後、一転、穏やかな口調に変わる。

「いいか、マリアにさくら。おまえたちは軍人じゃあない。こいつは軍の不祥事だ、だから
軍人である俺たちに任せておけ」
「でも」
「それにな」

米田はかえでに目で合図を送る。
かえでは軽くうなずいて走っていった。

「おまえたちにゃあ、降魔どもとの戦い以外で危ない目に遭わせるわけにゃいかねぇんだ。
もしそうなったら、おまえたちを預かってる俺の立場がねえ」
「支配人……」
「だからいいな? すぐにここを出ろ。情勢が落ち着くまで戻ってくるんじゃねえぞ」
「……」

マリアは顔を伏せ、唇を噛んで堪えていたが、米田がポンと肩を叩くと顔を上げた。

「わかりました。さくら、行くわよ」
「でも、マリアさん……」
「いいから!」

マリアが、渋るさくらを引きずるようにして駆けていくと、ようやく米田も一息ついた。
そしてテラスを出て、ゆっくりと階段を下りて行った。

帝撃襲撃部隊の指揮官、井村一中尉は、大帝国劇場の正面玄関前に到着すると、部隊を整列
させた。
彼の横に関本完治少尉が駆け寄ってくる。
井村は部隊員に向かって口を開いた。

「いいか、ここは逆賊のいる施設ではない。中にいるのもほとんどが民間人だ。無闇に攻撃
することは控えろ。目標は米田中将閣下だ。閣下を発見次第、拘束する。だが殺してはならん
ぞ、いいな!」
「はっ!!」
「それと霊子甲冑だ。恐らく倉庫か、整備場に秘匿してあるだろう。建物内部を徹底的に捜索
し、発見次第破壊せよ」

結局、叛乱軍の天笠少佐は光武を使わないことにした。
搭乗者が民間人であるということに加え、誰もが扱えるものではないからだ。
しかし、光武をこちらに対して使われても厄介だから破壊する、というわけだ。

井村の訓辞が終わると、関本が軍刀を抜き、叫んだ。

「いくぞ!!」

扉を開け放ち、中へ乱入する兵士の前に男が立ちふさがった。

「!」

制帽をかぶり軍服に着替えていた米田が玄関ホールに仁王立ちしていた。

「よ、米田閣下……」

一般兵の間にも米田の武勇伝は知れ渡っている。
兵が畏怖したように、突きだしていた銃を下げた。
米田を取り囲むようにしている兵たちを割って、将校がふたり前に出た。

「米田中将閣下でありますね」
「貴官は?」
「第一師団の井村中尉であります」
「同じく関本少尉であります」

米田は軍刀を杖のように、その柄に両手を置いて目の前の若い士官を見る。
関本という少尉はともかく、井村中尉の方はまだ冷静そうだ。
このまま少し時間を稼ぎ、マリアたちの脱出を助けるつもりだった。

「井村中尉、ここが大帝国劇場と知っているな?」
「はっ!」
「対降魔部隊帝国華劇団の本拠地ということもだな?」
「はっ!」

一歩前に出た井村が胸を張って米田に言った。

「閣下! 我々は、これ以上奸臣どもの横暴を許し、統帥権侵害を認めるわけにはまいりません!」
「それで起ったのか」
「はっ! つきましては、閣下も是非、我らの同志として……」
「そんなことが出来ると思うか?」

米田はじっと井村の目を見つめたまま言った。

「ひとつ貴官に訊く。貴官は命令で起ったのか、それとも自分自身で考えてのことか?」
「……」
「軍人なら、上官の命は絶対というわけか」
「……」

井村が詰まると関本が前に出た。

「米田閣下。もしご理解いただけないというのであれば……」
「殺すというのかね?」
「……」

軍刀の柄に手を掛けて米田に迫った関本を井村が止めた。

「関本、言いつけを忘れたか。閣下、我々の敵はあくまで国や陛下に仇なす逆賊どもです。
無用な殺生は致しません」
「それは、無用でない殺生ならする、という意味か?」
「……」

井村は感情を抑えて米田に問い質す。

「閣下、霊子甲冑とその搭乗員はどこですか」
「娘たちには手を出すな。彼女たちは軍人ではないぞ」

それを聞いた関本がせせら嗤う。

「軍人でもない女を、軍の貴重な予算を使って作った兵器に乗せているのですか、帝撃は」
「なぜ娘たちを軍人にしないかわかるか、関本少尉」

陸軍には、少数ではあるが女性の士官がいる。
女性は徴兵されないが、自ら志願し、軍の適性試験を受けて、それが甲種合格であった場合、
入隊を許されることがある。
ほとんどは特殊技能を活かした専門学校へ進んだり、士官学校に進学する。
その後、参謀本部や陸軍省、軍関係の研究所など、後方任務に就くことになる。

かえでの姉である、戦死した藤枝あやめ中尉(死後、二階級特進で少佐)のように、戦闘部隊
に繰り入れられることはほとんどない。
あやめの場合、その強い霊力を評価されて、若干十五歳で米田らの対降魔部隊に編入され、
特務少尉の階級を貰っている。
こんなことは特例中の特例であろう。
しかし、マリアやさくらたち霊子甲冑のパイロットなら、希望すれば軍人や軍属になることは
可能だったはずだ。

「娘たちにはな、自分の運命は自分たちで考え、切り開いてもらいたいと思ってる。自分の
良心に従った行動をとってもらいたいと思ってるんだ。上からの命令で簡単に思考停止する
ような軍人にするつもりはねえ」

関本の顔が青ざめていく。

「閣下は我々を侮辱するのですか」
「よせ、関本!」

軍刀を抜いた少尉を井村が押しとどめる。

「わかりました、閣下。とはいえ、我々には我々の大義があります。おわかりいただけないの
であれば、不本意ながら拘束させていただきます。関本!」

鞭のような声で叩かれ、関本少尉が我に返る。

「閣下を別室にお連れしろ。礼を欠いてはならんぞ」

米田を私室に押し込めると、井村たちは帝撃内を捜索した。
目指すは霊子甲冑とその搭乗員である。
彼らの目的は花組だった。

帝国華撃団は五組構成である。
花組は光武を用いた降魔迎撃部隊だ。
他に、限定区域迎撃の任を負った局地戦闘部隊の雪組があり、隠密行動部隊の月組、霊能部隊
の夢組、さらに輸送任務を担当する風組がある。
そして霊子甲冑を装備しているのは花組のみなのだった。

大帝国劇場は、一部軍事施設とはいえ基本的には劇場である。
そう複雑な構成ではないし、敵襲に対する備えもない。
だから関本らは簡単に光武の整備場を突き止めた。

中にはマリアとさくらがいた。
ここに隠れていたというよりは、光武が心配だったのだ。
光武を奪われたら、帝撃には反撃の手段がない。

マリアはさくらとここを死守するつもりだったが、考えを変えた。
ここで兵隊を撃退することは出来るかも知れないが、その場合、米田やかえでに危害を加えら
れる可能性がある。
もちろん、自分たちも無事に済むとは限らない。

「……」

扉がガンガンと叩かれている。
籠もったような発砲音も聞こえた。
銃床で叩いたり、銃弾で錠前を壊そうとしているのだろう。
そう長くは保ちそうにない。
マリアは、緊張して刀の柄に手をかけているさくらを見て、意を決した。

「さくら」
「あ、はい」
「あなた、ここから脱出しなさい」
「そんな、私も残ります。マリアさんと一緒に戦います!」
「ダメよ!」

マリアはがっしりとさくらの両肩を掴んで言い聞かせた。

「いいこと、さくら。帝撃はここで潰されるわけにはいかない。そのためには全員が捕まる
わけにはいかないのよ」
「でも……」

さくらの瞳に涙が浮かぶ。

「横浜に……、すみれのところへ行きなさい」
「マリアさん……」
「すみれと合流して、米田司令や副司令をお救いする算段をなさい」

バキン!と派手な破壊音を立てて扉が開いた。
わらわらと小銃を構えた兵隊が乱入してきた。

「さくら! 時間がないわ、早く!」

マリアはムリヤリさくらを脱出口に押し込んだ。

「マリアさん!」
「頼んだわよ!」

ハッチを閉じた時、数名の兵がマリアを発見した。

「いたぞ!」
「動くなっ」

* - * - * - * - *

その頃、横浜の神崎邸ではすみれと紀平が睨み合っていた。

「中尉、これはどういうことですの?」
「……申し訳ない、すみれさん。だが、君のお父上は腐敗した軍上層部や奸臣どもと結んで、
この国を疲弊させ、陛下を蔑ろにしているのだ」
「お父様を侮辱することは許しません! お父様はそんな人ではないし、神崎も疚しいことは
していませんわ」
「黙れぇっ!」

すみれの言葉を遮るように、ひとりの兵隊が躍り出てきた。
顔は引きつり、小銃を持った手が怒りでぶるぶると震えている。

「おまえらブルジョアに何がわかるか! きさま、農村が今どうなっているのか知っているのか!」
「農村?」
「おまえらに農民の気持ちがわかるかっ。紀平中尉どのは……、中隊長どのは、貧しい農民
たちのために起ったのだ!」
「……」
「よせ、稲田一等兵」

紀平は、稲田と呼ばれた兵隊を手で制した。

「すみれさん、小官は大義のため、あなたの御尊父を討たねばならない。それさえ済めば、
これ以上何もせずにここを去ることを約束する。どこにいるか教えてくれ」
「ここにはおりません。居ても言えませんわ」
「では、仕方ありませんね」

紀平は軽く頭を振ると、兵たちを振り返った。

「おい、屋敷の中を捜索しろ! だがいいか、神崎重樹以外の人間には誰も手をかけてはなら
ん。いいな!」
「はっ!」

永田軍曹や稲田一等兵たちが、わらわらと集まっていた神崎家の使用人たちを追い返し、邸内の捜索に出かけていった。
ホールにはすみれと紀平のふたりが残された。

「すみれさん」
「……」
「返事を訊かせて欲しい」
「……返事ですって?」
「僕の気持ちを受けてくれるか、どうかです」

すみれは目をパチクリさせて目の前の青年将校を見た。

「あ、あなた何を言ってるの!? 今がどういう状況かわかっていらっしゃるの?」
「わかっているとも。自分には時間がありません、だからこそ……」
「バカなことおっしゃらないで! そんなもの、受けられるわけないでしょう。例え……」
「失礼します!」

すみれの言葉の途中で、ひとりの兵がホールに戻ってきた。
なんだか廊下の方が騒がしい。

「なんだ、どうした」
「は、それが、侵入者が……」

すみれはハッとした。
宮田が戻ってきたのだろうか。

「侵入者とは何だ。何者だ」
「自分にはよくわかりません。裏の勝手口の方から入ってきたようでして」

兵は報告しながら、騒ぎの起きているらしいドアの向こうに視線をやった。

「和服を着た若い女でした。ただ、帯刀しておりましたので……」
「和服の女……? 刀って……、もしかして」

すみれがつぶやくと、紀平が言った。

「かまわん、ここに連れて来い」
「はっ」

兵がドアに駆け寄って開け、何事か話すと、ふたりの兵に抱えられている女が引きずられてきた。

「やめてください! 離して!」

さくらだった。
すみれはびっくりしたように目を見開いている。

「さくらさん、あなたなぜここにいるの!?」
「あっ、すみれさん!」

さくらは、両手を押さえる兵たちの手を振り払おうと身をよじって叫んだ。
見かねてすみれが紀平に言う。

「中尉、さくらさんを離してあげて」
「そうは行きません。彼女は霊子甲冑の搭乗者なのでしょう?」
「あなた、それを……」
「知っていますとも」

光武搭乗員、つまり花組の面々の顔は写真で覚え込まされていた。
襲撃前、最大の懸念事項が霊子甲冑だったのである。

あらゆる通常兵器が通用しなかった降魔を完全に撃退してのけた武装だ。
それを向けられたら戦車でもやられるだろう。
紀平たち決起軍は重火器までは持っていない。
光武が一機でも攻めてくればたちまち潰されてしまう。

そのため天笠は、帝撃に彼女らがいない時を狙ったのである。
関本の提案で、念のため帝撃も襲撃対象にし、霊子甲冑は完全破壊し、搭乗者は殺害すると
いう手はずになっていた。
つまり、さくらだけでなくすみれもその対象なのだ。

「残念ながら、霊子甲冑搭乗者は殺さねばなりません」
「!!」
「わたくしも……ですか?」

それには答えず、紀平はさくらを連れてきた兵に言った。

「その女……、真宮寺さくらを殺せ!」
「だめっ、いけません、中尉!」
「すみれさん……」

さくらは、自分を助けようと必死に懇願しているすみれを見てつぶやいた。

「中尉、お願いです……」
「……」

紀平はすみれの必死の顔を見て動きを止めた。
あのすみれが、目には涙すら湛えている。

青年将校は黙って兵たちを追い出した。
ホールには解放されたさくらとすみれ、そして紀平の三人が残った。

「すみれさん! すみません……」
「さくらさん……」

すみれに駆け寄ってさくらが泣いた。
すみれが宥めるようにして、さくらから事情を訊く。

「一体どうしたの、さくらさん。なぜあなたがここに……」
「帝撃が……、帝撃も襲われました!」
「なんですって!?」

すみれが慌てて紀平を見ると、彼はゆっくりとうなずき、その事実を肯定した。

「司令もかえでさんも、どうなったかわかりません……。マ、マリアさんが、私を逃がして…
…、何としてもすみれさんに連絡を取れって……」

さくらはなんとかそれだけ伝えると、再び泣きじゃくる。
決死の思いで辿り着いたのだろう。
恐らく、主要な駅も叛乱軍に抑えられているだろうに、どうやって東京・銀座からここ横浜
まで来たのか。

紀平がふたりに近づいて言った。

「すみれさん」

すみれは咄嗟にさくらを背中にかばって紀平を見る。

「どうしても……、どうしてもさくらさんを?」
「……」

さくらだけでなく、光武のパイロットは発見次第殺さねばならない。
しかし、すみれだけは何とか助けたいと紀平は思っている。
それを彼女も察したのか、目の前の中尉に向かって言った。

「紀平中尉」
「は」
「さきほどのお話ですけど……」
「?」
「わ、わたくし、あなたのお気持ちをお受けしても……」
「本当ですか!?」

すみれに近づいた紀平を制してすみれが言った。

「その代わり!」
「その代わり?」
「さくらさんには……、帝撃のみんなには手を出さないと約束してください」
「それは……」
「すみれさん……」

紀平とさくらが、ほぼ同時に発声する。
少し俯いたすみれが顔を上げ、きっぱりと言う。

「わたくし、あなたのものになります。ですから……ですから!」

すみれの美しい瞳に湛えられていた涙が一筋、陶磁のような肌を滑っていく。
陸軍中尉はそれを見て、決心したようだ。

「……わかりました、約束しましょう。ですが……、わかっていますね?」
「……」

すみれが小さくうなずいたのを確認し、紀平中尉はさくらの手首を掴んで、ドアの外で待つ
兵の元へ連れて行く。
そして、ドア越しにすみれを見ながら、兵の耳元で言った。

「稲田、この女を連れて行け」
「はっ。監禁しておけばよろしいですか?」
「殺せ」
「は?」

ドアの外からではあるが、紀平たちのホールでのやりとりを薄々感じ取っていた稲田一等兵は
意外そうな顔で中尉を見た。

「殺すんだ。霊子甲冑の乗員は生かしておけぬ、いいな」

* - * - * - * - * - *

同日同時刻、陸軍大臣官邸。

京極慶吾大将は私室で酒を飲んでいると、待ちかねた報告が飛び込んできた。
ドアが控えめにコツコツと鳴り、秘書官が入ってくる。
秘書官といっても、現職の陸軍大佐である。

「閣下、始まりました」
「そうか」
「今入っている情報によると、原総理、久谷侍従長、崎山内大臣、倉田蔵相、佐島教育総監の
殺害を確認しました。さらに陸軍の……」

秘書官が棒読みする暗殺実行の結果を、京極はひとつひとつうなずいて聞いた。
さらに、占拠された施設が報告される。
陸軍省、参謀本部、首相官邸、警視庁を無血占領。
各新聞社、放送局には、決起軍の決起趣意書を掲載、放送するよう指示して引き上げた。
それらまで占拠するほどの兵力はなかったのである。
また、宮城は近衛師団との衝突、海軍関係の施設は海軍との軋轢を避けるため、周辺に警備兵
を配置するに留めた。

「……以上が成功です。ただ、花小路伯爵は取り逃がしたようで、さらに神崎重工の社長も
屋敷におらず、殺害出来なかったようです」
「ふん、光菱が怒るな。まあいい。どうせ完全に成功させる必要もないのだ」
「はっ。以後はいかがしましょう」
「いかがも何もない。俺はこの件には無関係なのだ。奴らの好きにさせるさ」

京極は薄く嗤った。

* - * - * - * - * - *

すみれは、自分の部屋に紀平とともにいた。
この部屋に男性が入るのは、家族や召使いを除けば初めてのことだ。

身体が小刻みに震えるのを止められない。
これから起こるであろうことを想像すると、いかに気の強いすみれでも平静ではいられないのだ。
言うまでもないが、彼女は処女なのである。

「……」

紀平順一郎中尉は、そんなすみれをやや憐れんだような目で見ている。
いくらすみれを手に入れるためとはいえ、またいかに時間がないとはいえ、こんな恐喝まがい
の手段は紀平の趣味ではなかった。
しかし、すみれが自分になびいてくれないという事実に、彼は非常手段を用いることにしたのだ。
どうにも抑えが利かなかった。

そっと彼女に近づくと、その肩に手を乗せた。

「触らないで!」

すみれは叩きつけるような声で叫んだ。
そしてその後、ゆっくりと、実にゆっくりとこう言った。

「……自分で脱ぎます……」

その声を聞くと、紀平は後ろを向いた。
何となく、見てはいけない気がしたからだ。

だらしない、と思った。
もう覚悟を決めたはずだ。
残された時間が少ないとわかった時から、こうすることを決意していたというのに。

思いを振り切るように、紀平も着衣を脱いでいく。
シャツとブリーフ一枚になって、すみれを見てみると、彼女も下着一枚になっている。
着ていたのは着物だったが、下着は洋風だった。
レースに飾られた白いブラジャーが、思ったよりずっと豊かなバストを締めつけている。
その白い乳房の谷間が、紀平に獣性を思い出させた。

「すみれさん!」
「ああ、いやっ!!」

我慢出来ず、紀平はすみれに取り付いた。
荒々しくブラをむしり取ると、改めてその胸を見つめる。
官能的なカーブを描いたまろやかそうな乳房にを、たくましい手で愛撫した。

「やっ……やあっ……やめ、やめて、中尉!」

紀平は、とろけそうなほどに柔らかく、それでいて弾力のある感触に有頂天になる。
夢にまで見たすみれの乳房だった。
つい昂奮して力がこもってしまうのを抑え、なるべく優しく揉むようにつとめた。

すみれが嫌がって激しく身体を揺すり、紀平の手を払い除けようとするが、若い男、それも
訓練した軍人の力の敵ではない。

「うんっ……」

すみれの身体に、ピクンと小さく痙攣が走る。
紀平の指が乳首に触れたのだ。
萎み、縮こまった乳首を、親指と中指でほぐすように、弾くようにコリコリと愛撫すると、
見る見るうちに硬くしこってくる。

それに合わせるように、紀平の男根にも芯が入ってきた。
中尉から逃げようと揺すっている腰、というより尻たぶに何か硬いものが押しつけられた。
それが男の性器だと気づくと、すみれは羞恥で悲鳴を上げた。

「いやっ……や、いやです中尉っ……乱暴はやめてっ」

すみれの悲鳴に構わず、紀平はその乳房を揉んだ。
強弱をつけて揉み込み、時折、敏感な乳首を弾いてやると、すみれは思わず喉を反らせて呻く。
少しずつ抵抗が緩やかになってくると、今度は下に取りかかる。
慌てたすみれが思わず叫んだ。

「いやっ、そこはいや! もうやめて中尉!」

それを聞いて、紀平はぴたりと動きを止めた。
そして冷たい目ですみれを見て言った。

「いやなんですか、すみれさん」
「……」

いやとは言えなかった。
紀平に身を任せねば、さくらは、そして帝撃の仲間は皆殺しになってしまう。
約束を守ってくれるかどうかはわからないが、ここで手厳しく紀平を拒絶すれば確実に殺され
るだろう。

「い……いやじゃありませんわ……」
「それでいいんです」

若い男の無遠慮な手が、再度すみれの瑞々しい裸身に触れてくる。
そのおぞましい感触に、令嬢は悪寒が走るのが止まらない。
逃げ出したいのを必死に堪え、紀平の暴虐に耐えていると、今度は下半身に手がかかった。

「ひ……」

すみれは悲鳴を飲み込んだ。
紀平がペチコートを脱がせたのだ。
若い陸軍中尉は、ごくりとツバを飲み込んで、最後のショーツを一気に引き下ろした。

「や……やあ……」

たまらず、すみれは両手で顔を覆っている。
男の視線が自分の裸体を隅々まで観察している。
その様子を見るのは耐えられなかったし、抵抗も出来なかった。
ふるふると小鳥のように震えているすみれを見ていると、ムラムラと加虐的な性癖が顔を出し
てくる。

紀平はそのまま彼女をベッドに押し倒した。

「……」

すみれは仰向けに横たわらされた。
今にも零れそうになる悲鳴と涙を必死に堪えて、顔を横向きに捻る。
獣の牡そのものの顔で迫っているであろう紀平の顔を見たくなかった。

紀平はすみれの上にのしかかった。
再び、白い乳房に執着した。
しっとりとして、手に吸い付くようなバストを握りしめると、両手からこぼれ落ちんばかりの
量感を感じた。
欲望の赴くままに、ぐいぐいと揉み絞ってやると、痛いのか、すみれの眉間に僅かな皺が寄る。
そこで、今度はぷくんと屹立した乳首を口に含み、ねぶってやると、すみれはその感触に耐え
かねたように大きく呻いた。

「うっ……ううっ……」

呻き声を喘ぎ声に発展させぬよう、すみれはプライドを賭けて意志の力を発揮する。
このまま紀平にいいように蹂躙され、あまつさえ反応してしまっては立つ瀬がない。
紀平はそんなすみれの心の葛藤を知っているかのように責めていく。

今度は彼女の脚を曲げ、膝を立たせた。
そして股間に跪き、すみれの両ひざを割って顔を入れる。
けぶるような繊毛に覆われた丘と、まだ固く閉じている肉の割れ目をじっくりと見つめた。

そんな紀平の視線を感じるのか、すみれは両目を固く閉じたまま、消え入りそうな声で言った。

「いや……いやです、見ないで……」

紀平の手がかかった膝小僧が震えている。
そのまま閉じるか、紀平を蹴飛ばしたい誘惑にかられるが、それが出来ない。
男を知らぬ女の恥ずかしい箇所を観察され、すみれは羞恥で灼け尽きそうだった。

紀平は、すみれのすべすべした腿の感触を愉しみながら、徐々に付け根に向かって手を滑らせ
ていく。
同時に唇も近寄せ、熱い吐息が秘所にかかると、すみれは耐えかねたように高い声で叫ぶ。

「だめっ!! ああ、いけませんわ中尉、そんな……あっ……」

花弁の上部には、まだ包皮に覆われたままの肉芽が、ほんの少しだけ顔を出していた。
紀平はそこを出来るだけ優しく口に含み、舌も使ってねぶってみた。

「くあっ……そ、そこは、ああっ……」

舌先で包皮を剥かれ、クリトリスを熱い舌で突つかれ、舐められると、すみれはたまらず胸を
反らせた。
すみれに自慰の習慣があったかどうかわからないが、この反応からするとここを刺激されたの
は初めてかも知れない。
紀平は、包皮から脱皮し、徐々に固く、そして顔を出してきた敏感な肉豆を丹念に舐めた。
まだ指でいじくっても痛いだけかも知れないということで、徹底的に柔らかい責めを与える
ことにする。

「ふ……ふんっ……あっ……んくっ……くぅ……あうっ……」

男の舌先がクリトリスを左右に弾くたびに、神崎すみれは喉から声がまろび出るのを我慢でき
なかった。
その唇から悩ましい声が出るたびに、すみれの白い肢体は、何度となくギクン、ギクンと仰け
反り、跳ねた。
両手は、指が白くなるほどに強くベッドの端を掴んでいる。
脚の指も屈まり、紀平の与える快感にすみれの身体が素直に反応していることを物語っていた。

徹底的に舌責めしてやったクリトリスは、すみれも初めて見るくらいに勃起していた。
そしてその直下にある肉の割れ目は、徐々に徐々に口を開き始めている。
指で拡げなくとも、肌色の割れ目の中に薄桃色の膣口が顔を覗かせていた。

恥ずかしさで真っ赤に染まっている顔とは裏腹に、すみれのそこは愛撫を待ち望むかのように
ヒクヒクしていた。
紀平は、舌を長く使い、すみれの肛門すぐ上あたりからクリトリスまで舐め上げるようにして
ねぶった。

「ひっ、ああああっ……ううっ……くぅああっ……」

その、異様とも快いとも言えぬ感覚に、日本有数の財閥令嬢は大きく胸を仰け反らせた。
堪えても堪えても我慢出来ず、豊かな胸を揺すって快楽を逃がす。
そのぶるぶると震わせているバストを紀平の手が掴み、ぎゅうぎゅうと揉み絞る。
同時に、唾液をたっぷり乗せた舌ベロで、びちゃびちゃと音を立ててすみれの秘裂を舐めるの
も忘れない。

胸を潰されそうな苦痛と、下半身がとろけてしまいそうな快楽に責め苛まれ、すみれの割れ目
は外側に弾けて見事に花開いた。

「ふあっ……あ、ああっ……くっ……んあうっ……ひっ……ひぅっ……」

すみれは初めて味わう媚肉と肉芽への愛撫に気もそぞろになる。
紀平の責めもまた巧妙を極め、すみれが焦れったくなるほどにポイントを外すかと思えば、息
を継ぐまもないほどに快楽の急所を責めまくる。
それを交互に繰り返され、性に疎かったすみれは、呻き、喘ぎ、きめ細かい肌に汗を浮かべて
身をよじった。

若い陸軍中尉は、唇を自分の唾液とすみれの愛液で滴らせ、上目遣いで見合い相手を見る。
腿に鳥肌を立て、唇を噛みしめ、たまりかねてピクンと裸身を痙攣させている。
処女らしいが、すみれという少女の性感はかなり発達しているようだ。

「だいぶ気分が出てきたようですね、すみれさん」
「や……あっ……うっ、く……」
「ではそろそろ……いいですね?」
「い、いやっ……やめて、やめてくださいっ……ちゅ、中尉、お願い……」
「そんなこと言っても、すみれさんのここはもう欲しがってますよ」
「ああっ」

紀平が指で軽く媚肉の襞をいびると、すみれは軽く腰が浮いてしまう有り様だ。
意志を裏切り、成熟しかかったすみれの裸体は、男の愛撫とたくましいものを待っている。
すみれは、さくらの身の安全のためにその身体を投げ出したわけだが、もはやそんなことは
どうでもよくなっているだろう。
紀平が貫く時、ことさらそれを持ち出さずとも、彼女は強い抗いは見せないに違いない。

紀平は上体を少し起こし、己の分身ですみれの恥部をなぞってみる。
自分の性器から滲み出ているカウパーと、すみれの性器から滲んでいる愛液が混じり合うのを
見ていると、もうそれだけで暴発しそうになった。
紀平も昂奮を抑えきれず、じわじわと開いているすみれの花弁に肉棒の先端をあてがった。

「ああ、いや……だめです、中尉……ゆ、許して……」

いよいよ犯されると知り、すみれは紀平に哀願した。
自然に涙が溢れてくる。
泣きぼくろに伝う美しい涙を見ていると、紀平は萎えるどころかますます獣性が滾り、下に
いる美少女を腕ずくで自分のものにしたいと勢い込んだ。

紀平は腰を使ってすみれの膣口を探り出し、充分に硬く張りつめた陰茎を沈めていく。

「かっ……はっ……あ……」

すみれが処女だったのは明白だった。
紀平の唾液、ペニスの先走り汁、そしてすみれ自身の花蜜で潤っていたはずなのに、その中は
窮屈で異物の侵入を拒んでいた。

挿入する紀平がそうなのだから、入れられるすみれの方は引き裂かれるような激痛があった。
まるでそこに手を突っ込まれてムリヤリ破かれるような気がした。

「んっ、ぅ……く……くっ……」

それでもすみれは眉をひそめ、ぎりぎりと音がしそうなくらいに歯を噛みしめ、ぶるぶると
全身を痙攣させている。
ここで泣き叫んで許しを乞うては、自分が惨めすぎる。
決して苦痛を表に出すまい、弱みを見せまいとする、すみれの矜持が為せる行為だった。

不条理な仕打ちに対する怒り、処女を踏みにじられる口惜しさ、肉体が受ける苦痛。
そのどれもが現実の出来事とは思えなかった。

そんなすみれに構わず、紀平の方はその無垢な肉体を太いペニスで刺し貫いていった。
男は、焦ることなくゆっくりとすみれの媚肉に肉棒を沈め込んでいく。
拒絶反応でぎゅっと締めつけてくる膣すら心地よかった。

「んむ……い、痛……く……んっ……」

すみれの肢体が、本能的に男から逃れようとして上へとずり上がっていこうとする。
紀平は、すみれの腋から腕を通し、なだらかな肩をがっしりと押さえ込んで、逃げていく女体
を固定していた。
少しずつすみれの胎内に押し込んでいた肉棒の先が、何かにコツンと当たった。
その瞬間、すみれが口を大きく開けて苦鳴を上げた。

「ひああっ、痛っ……」

どうも子宮入り口にぶちあたったらしい。
気が付いてみると、紀平の肉棒はちょうど根元まですみれの媚肉に押し込まれていた。

「いちばん奥まで届いたみたいですね」
「……」
「これで僕のものも根元まで入りましたよ。すみれさんの膣と僕のものの長さはぴったりなん
ですね」
「ばっ、バカなことおっしゃらないで! ああっ」

露骨に卑猥なことを言われ、すみれはカッとなったが、紀平は少しでも動くと、張り裂けそう
な激痛が走る。
動かずにいると、もう抵抗する気力も失せたのか、あるいは純潔を失ったショックからなのか
身動きひとつしない。

それでもまだ痛いのだろう、全身に固く力が入っている。
その苦痛のせいなのか、すみれの膣の潤滑液が分泌し始める。
きつきつだった膣道が、少しではあるがぬらついてきた。
中の襞も、紀平の硬い芯棒を包み込むようにねっとりとしてきている。

頃合いかと思った紀平はすみれに声をかけた。

「動きますよ」
「や、だめ、ああっ、痛いっ……」

すみれには肉体的、精神的苦痛しかなかったろうが、紀平は念願のすみれの身体をものにして
舞い上がらんばかりだった。
ぐいぐいと細かくピストンしてやっても摩擦感が強すぎるし、女を犯している感じはあまり
しなかった。
よく熟れた女の媚肉とはだいぶ違い、男の方もこれではあまり快感はない。
それでも紀平にとっては精神的な悦びが大きかった。
自分が惚れ、社交界のプリンセスでもあった神崎財閥の令嬢をこうして抱いている。
処女を奪ったのだ。
男冥利に尽きると思った。

すみれに負担を与えまいとして小さく小刻みに動かしていた腰が、いつのまにか大きくなっている。
苦痛に耐えているすみれの美貌が、悩ましく艶めかしいものに見えてしまい、彼の官能を大き
く刺激していたのだ。
リズムに乗り、動きが大きくなる。

すみれの膣も、紀平のペニスに慣れてきていた。
それでも、ぐっと奥まで突いてやると、すみれの顔がゆがみ、腕に抱かれた肢体がぎくんと
仰け反る。
膣内を太くて硬いもので擦られるだけで痛いのに、先っぽで子宮まで虐められる。
その痛みと羞恥で、すみれの心は白く灼き切れそうだった。

「んむ! ……んああっ……あくっ……ふ、ふああっ……んくっ……ううっ」

すべすべしていた肌に汗が浮き出て、しっとりとしてくる。
紀平の手のひらに吸い付くような感触となり、彼の愛撫にも力が入る。
胸を揉み、脇腹をさすり、腋に舌を這わせる。肉棒で貫いている媚肉の割れ目や、クリトリ
ス、秘めやかな肛門を指で撫でてやると、すみれは感極まったような喘ぎ声を出した。

「あああーっ……そ、そこはだめっ……あ、あうっ……くあ……」

手が乳房を揉み込み、指で媚肉をまさぐり、唇は乳首を嬲り、ペニスは急所を突き続ける。
二十分近くも刺し貫かれ、ピストンされていると、すみれの膣からは新たな愛液が滲んできた。
苦痛軽減のためなのか、快感を感じてきたのか、よくわからなかった。
苦痛にゆがんだかと思うと、時折見せるうっとりしたようなすみれの美貌に、責める紀平も
限界に迫ってきた。

「すみれさん! いくよ」
「あ、やあっ……痛いっ……ううんっ……あうう……」

リズミカルだった律動が大きく不規則になり、すみれの苦痛がいっそう高ぶった。
男が射精しようとしているなど、処女だったすみれにそんなことがわかろうはずもなかった。
美少女の美貌を見、狭い膣でペニスをぎりぎりと締められて、紀平は呻いて終着点に達した。

「うあああっ……熱……熱い……あっ……」

突如、膣の奥に熱い粘液を浴びせられ、すみれは肢体をギクン、ギクンと震わせて反応した。
紀平の動きが止まると、ホッとしたようにすみれも力を抜いた。
胎内に射精されたということがよくわからない、というよりも、痛みと屈辱のレイプがよう
やく終わったことで全身が弛緩していた。

「……」

紀平中尉も、すみれを抱いて純潔を奪ったことに満足し、軽く息をついて、まだ硬いままの
男根を抜き去った。

「あっ……」

太く硬いものが抜かれる刺激で、すみれがまた痙攣する。
紀平は、脱ぎ捨てられていたすみれの白いショーツで、自分のペニスを拭った。
まぎれもない処女の証ですみれの下着が汚れる。

さらに、すみれ自身の股間の汚れも紀平はそれで拭い取った。
そこには、紀平の唾液、カウパー、精液、そしてすみれの愛液と破瓜の血が混じり合った色彩
で彩られていた。
紀平はそれを、まだ呆然としているすみれの前に持っていった。

「ほら、すみれさん。これが、君が純潔だった証だ」
「ああ……」

現実に引き戻されたすみれは、ようやく身体を動かしてうつぶせになり、シーツに顔を埋めて
嗚咽を上げた。
十七年間大切に守ってきた処女を、けもののような軍人に奪われた。
それも見合いした相手にだ。

その男はすみれを好きだと言っていた。
すみれ自身も、つき合いや結婚云々は別にして、悪くないタイプだと思っていた。
なのに、脅迫されて犯されてしまった。
悲しいというより、悔しくて悔しくて、涙が後から後から溢れてきた。

起き上がり、ベッドから降りて軍服を着ている紀平を見て、すみれは呻くように言った。

「あ、あなたたち軍人は……」
「ん?」
「権力をかさに着て、いつもこうして女を辱めているんでしょうね」
「とんでもない」

紀平は、上着に袖を通しながら答えた。

「他の連中のことはともかく、僕は女を抱くのはこれが初めてですよ」
「え……」
「無論、遊郭の……、商売女は別ですがね」

長靴を履き、軍帽を被るとすみれに向き直って言う。
紀平の表情に、少し淫らなところがある。
男の本性をむき出しにしたようで、すみれは思わず紀平から目を逸らした。

「それに、すみれさんも初めてだったでしょうに、満更でもなかったんじゃないですか?」
「!」

すみれの顔に朱が走った。
そうだったかも知れないという羞恥よりも、女性の根源的な部分を侮蔑されたようで、頭に血
が上ったのだ。

「もともと、女の身体は男に手入れされなければいい音色が出ない楽器のようなものです。
すみれさんも宝の持ち腐れだったわけですよ」

すみれは信じられないと言った表情で紀平を見た。
こんなことを言う男ではなかったはずだ。
何が彼をここまで変えたのだろう。

「すみれさんは抜群の素材ですよ。これからもたっぷり仕込んであげます」
「言わないで!」

ぴしゃりとすみれが言い返した。
火のような怒りを湛えているすみれを見ても、臆することなく紀平が言う。

「そんな顔してても、何度も僕に抱かれていれば考えも変わりますよ、きっと」
「バカなこと言わないでください! こ、こんな……脅しや暴力で女を……」
「僕も本意だったわけじゃありません」

軍帽の角度を修正し、革帯に軍刀を吊しながら青年士官は言った。

「でも、すみれさんは僕の気持ちに応えてくれなかったし、僕にも時間がなかった。悔いを
残したまま行きたくはなかった」

そう言った時だけ、紀平の表情が少し寂しそうに見えた。

「それに、どうしてもダメな時は、既成事実さえ先行させておけば、形式は後からついてくる
ものです」
「……女の身体を奪えば、心まで奪えると思っていらっしゃるのね……。軍人らしいわ!」
「……」

すみれが吐き捨てた台詞に軍人を侮辱する言動を認めて、紀平の顔が少し固くなったが、
表向きは感情を抑えていた。

すっかり身支度を整えると、部屋を出るため扉に向かった。
ドアを開けて肩越しにすみれを見、無表情で言う。

「この部屋から出ることは禁じます。部屋の外には歩哨を置いておきますから、何か用事が
あるときは兵に言ってください。ではまた後ほど」




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