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※赤い文字色のページには性描写があります
「……っ」
壱琉大学野球部のロッカールームで風薙豹は目を覚ました。部屋の隅に置かれていたパイプ椅子に座ったまま眠っていたせいか、身体の節々が鈍く痛んだ。夜の帳が落ちた中、一つの灯りもついていない暗い部屋の中で風薙の瞳だけが冷たく光る。
また、あの夢だ。少しだけ乾いた唇が呟いた。十年前のあの日から何度も何度も繰り返された忌々しい思い出の再現。
実はあの事件の直後の記憶はあまりない。気が付けば、自分は知らない部屋(少し後に、清潔すぎる部屋の空気と匂いから病院の一室だと分かった)のベッドの上にいて、家族が自分を沈痛な面持ちで見つめていた。両親によると、夜になっても帰って来ない我が子を心配して探し回っていた際に例の畦道の真ん中で一糸纏わぬ姿の自分が横たわっていたらしい。だが、思い出したくもない記憶だったので自分は深く聞こうとしなかったし、両親も気を使ってか積極的には口にしなかった。
だが、あの男に刻まれた傷は余りにも深すぎた。
あの日から暫くの間は夜ごとあの男が夢に現れて笑い、幼い自分はギャアギャアと泣き喚いて手を振り回しながら飛び起きた。物心つく頃には卒業していた夜尿も精神的外傷ゆえか復活してしまった。外で髪を金色に染めた人間を見ると強い吐き気と息苦しさを覚えて、人目もはばからずに口を押さえてうずくまった。
だが、最も重たい後遺症は、生まれつきの味覚の鈍さがそのまま心に伝染ってしまったかのように、他の人間に対する心の感覚、平たく言えば感情と言うものが自分でもよく分からなくなってしまった事だろうか。
それでも時間と言う妙薬の力も借りて、透けそうなまでに薄い皮を一枚一枚ゆっくりと、慎重に、長い年月をかけて傷口の上に重ねていくことで、ようやく禍々しい記憶が埋もれてきたと言うのに
ガチャッ。部室の扉を開ける音とほの暗かった部屋を白く照らす灯りが風薙の思考を中断させる。電気が点いていなかったので、部屋は無人だと思っていたらしき入室者は、室内の奥の椅子に座っている自分を見るやギョッとした様子で目と口を微かに開いた。
「お前、電気もつけねェで何してたンだよ」
「寝てました」
頬に窪みを作ってニッコリと微笑むと、彼は少し呆れた様子で肩をすくめ小さく息をついた。
「あぁ、そうか。ビックリさせンなよ。寝るなら家帰って寝ろッての。あー、心臓に悪ィ」
「暮羽さんはこんな時間まで一人で居残り練習ですか? 熱心ですね」
「……チッ」
肯定はしないが否定もせず、僅かな照れも込められた舌打ちを軽く風薙にぶつけながら、暮羽と呼ばれた青年は自分のロッカーの扉に手をかける。風薙に背を向けたまま、暮羽はいたって日常的な声色で言った。
「鍵は俺がかけとくから、もう帰れ。お前、電車だろ? 早く出ねェと終電来ちまうぞ」
……は?
穏やかな笑みを作っていた風薙の瞳が瞬く間に冷たいガラス玉と化す。
そんな優しい言葉でごまかす気? あんなことをしておいて。
眉間に深い皺が寄る。微動だにせぬ唇がビリビリと痺れる。うなじの辺りの毛がチリチリと逆立つ。宿怨の炎が胸を燃やす。
そう。思い出したくなかったのに。ずっと封じていたのに。この男がほじくり返して来たんだ!
事件の傷が何とか癒え始めた頃に両親から「何か夢中になることを」と勧められた野球がたまたま性に合い、自分は泥にそこそこまみれながら白球を投げ、打ち、追いかけた。ただ、ひたすらに。あの汚らわしい記憶をごまかし、振り払うように。
そして、自分でも驚くほど開花した才が是非欲しいと、ある日突然家に押しかけてきた中年男に平身低頭でスカウトされ、あまり深く考えずに名門と謳われるその大学の野球部に入ったあの日。百人単位の部員全員が体育館に集合して行われた先輩諸氏との初顔合わせ。一人ずつステージの前に立ち、己の学年や名前やメインポジション。それに軽い挨拶を添えただけの簡単な自己紹介をしていく中、彼は何人目だっただろう。現在の我が野球部のエースだと監督に紹介されたその男が現れた時、心臓が大きく跳ね、長きにわたって凍て付いていた瞳が瞬く間に解けて激しく揺らいだ。同時に、心の奥で何かがドクンと動きだす。
あいつだ……。
動悸が止まらぬ胸から溢れ出る熱い奔流が血液に乗って全身を駆け回る。これは固まっていた心が動き始めた証。遠い昔に忘れていた、心から沸き立つ様々な情の波に翻弄された風薙は、全身が一瞬揺らぐほどのめまいを覚え、歪んだ顔に怨色が走った。
あいつだ……。 髪形は違うが、あのくすんだ金色の髪。あの長身。あの少し垂れた眼。
揺らぎかけた両足をしっかりと踏みしめて、ふらつきそうな身体を見えぬ杭で固定する。強く握った拳の内で爪を立て、手の平に突き刺さる痛みで胸に広がるむかつきを少しでも分散させる。
「……暮羽鋭次。二年生。投手です」
ぶっきらぼうな挨拶をする声も同じ。あの男と同じ。あいつだ、あいつだ! あの男が、ひょっこりと、のうのうと俺の目の前に戻って来やがった。俺の気持ちも、傷も、苦しみも、何も知らないで!
憎悪と憤怒と言う形で蘇った感情は、心を失ってもなお残る古傷を容赦なく抉る。拡げられた傷から噴き出す血が、世界を真っ赤に染めた気がした。
ロッカーをまさぐる暮羽の後ろで、風薙が音を立てずに椅子から立ち上がった。相変わらず身体が少し強張っていて痛みも僅かに感じたが、固まった場所を軽く動かし解すと、鈍痛はすぐに和らいだ。ゆらりと揺れるように暮羽に近付く風薙の動かぬ唇が、無音の呟きを繰り返す。
今、やらねば、俺は前に進めない。彼を汚さねば、俺はこのヘドロ臭い汚濁の沼から抜けられない。この刻み込まれた穢れを何倍にもして返さねば、俺は、永遠に救われない。
背後の後輩の異変に全く気付かぬ様子で携帯電話の画面に見入る暮羽の肩に細い指が強く食い込み、鋭い痛みを覚えた時にはその身体を相手の方向に無理矢理捻じ向けられていた。やや古い型のスマートフォンを左手から滑り落としながら驚愕の表情を見せる彼の眼前に、風薙の笑顔が突き出される。
「な、何しやがンだてめェ!」
後輩の突然の蛮行に困惑気味の怒声を飛ばす暮羽の大きな垂れ目を風薙は静かに見据えた。やっぱりこの男はあいつだ。間違いなく、あいつだ。
無論、暮羽鋭次は風薙豹の言う“あいつ”ではない。少し冷静になって見れば、風薙を辱めた例の男のエゴと獣欲で濁った瞳と違い、暮羽の瞳には無愛想な中にも隠れ得ぬ優しさが奥に漂っていたし、暮羽は風薙の一学年上の先輩なので、年齢的にも全くつじつまが合わなかった。だが、風薙の双眸は怨恨が生み出すどす黒い濃霧に視界を遮られ、盲目になっていた。
――もう似たような人物なら相手は誰でもいい、と言った方が正しいかも知れない。
「ふふっ」
眉根を寄せ、「何だよ」と精一杯に目を吊り上げて相手を睨む暮羽の密かな戸惑いに揺れる瞳の中で風薙は改めて笑った。それは、普段彼が日々を円滑に過ごすための処世術として発揮している上辺や愛想などと言った作り物の感情ではなく、粘つく黒に染まった真心がたっぷり込められた笑顔。
目の前で不気味に微笑む後輩の悲惨な過去や暗い心の傷。そして、彼の中で燻っていた積年の憎しみを逆恨みと言う形でぶつけられようとしている事実を知る由もない暮羽の張り詰めた顔に風薙の薔薇色の三日月が微かに触れ、どこか幼い口調と声音で囁く。
「お兄ちゃん、あの時のお返しをするね」
あの日から胸に抱き続けていた復讐心の塊が、暮羽鋭次と出会って以降ずっと胎動を繰り返していた怪物の卵が、今、孵ろうとしていた。
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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【こっそり後書き】
この何ともけったいで趣味の悪いお話は、実はツイッターでブツブツ呟いている内に書きたくなって
衝動的に書いてしまったネタだったりします。
でも、ショタエロと言うのは大分昔にオリジナルキャラで書いたぐらいなので、
正直「こんな感じなのかなぁ?」と書き上げた今でも思っております。
もしも「これはショタエロじゃねぇよ!去れ!!」と思われましたら、すみません……。
ツイッターで呟いてる段階では、風薙は学校帰りに悪い人に茂みに連れ込まれてゲヘヘのへと言う程度だったのですが、
プロットを立ててみるとまぁ、出るわ出るわの変態プレイ。風薙って何か汚い系でいじめたくなるんですよね、ウヒヒ。
実は、もうちょっとで風薙は大きい方も漏らす所でしたが、何とか踏みとどまりました。やったぜセーフセーフ!!
でも、無修正AVを見せるプレイとか正直必要だったのかなぁ。思いつくまま勢い任せに書いちゃったけど。
まぁ幼い風薙にトラウマを植えつけられたと言う事でOKとしよう!最低だコイツ!
あと「風薙は子供の時は普通の子だったけど、レイプされたことによって感情を失ってしまった」的表現をしていますが、
冷静になって考えると、風薙って飄々としてるけど「感情がない」って訳じゃないんですよね。
その辺りがちょっと甘かったかなーなんて思っています。いいや、暮羽さんと出会うことで感情取り戻したから。最低発言2回目。
なお、今回の「トラウマ遊戯」と言うタイトルはコミック版バトルロワイアルのタイトルをお借りしました。
コミック版の光子は痴女レベルのエロさだったけど可哀想な子だったなぁ。
「マジカルトゥルー」のくだり、個人的には凄く好きです。全然関係ない話ですね。
次は同じくショタになっちゃった暮羽さんがモブおじさんに色々されちゃう話です。
実は既に書き上がってて、後は推敲するだけなのでアップするまでそんなに時間はかからないかと。多分。
パワプロアプリがまた時間を奪うイベントをしなければ(ゲームのせいにするクズ)
そっちはそっちでかなりの胸糞展開だと思われますが、
ショタっ子暮羽さんがエッチな悪戯をされるお話に興味がある方は是非是非!……いるのかな?
ではでは、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!