ハインケル He162
               
       
ハインケル He162
 
  
 第二次世界大戦末期、ドイツは制空権のほとんどを失っていました。その背景にはドイツ本土爆撃に随行していた連合国軍の護衛機に要因がありました。特にP-51はドイツの迎撃機を完封し、ドイツ側の迎撃機が爆撃機を攻撃できない→ドイツの飛行場、軍需工場がダメージを受ける→さらにドイツの航空戦力低減という負のスパイラルが発生していました。この負のスパイラルを断ち切るにはやはりジェット戦闘機などの新型戦闘機で制空権を奪還しなければならないという結論にたどり着きました。

 この結論は2つの面からアプローチが考えられました。1つ目は戦闘機パイロットから叩き上げで上り詰めた戦闘機隊総監アドルフ・ガーランドによるもので、「物量の面で連合国に対抗することは不可能であると考え、量産が進むジェット戦闘機Me262で、性能の面で連合国に対抗すべし」とするものです。

 もう一つはこれとは対照的に、ドイツ空軍相ヘルマン・ゲーリングは「誰でも操縦できて、容易に量産できるジェット戦闘機を開発して数量の面で連合国に対抗するべきだ」という考えでした。ガーランドや空軍の将校達はレーダーが標準化され、急速に高度化した空戦の実態やジェット戦闘機を操縦できるパイロットの確保など、現実離れしていることからゲーリングのプランに猛反発しました。現場から叩き上げのガーランド達はパイロットの損耗だけは回避したいという狙いでしたが、ヒトラーの要請もあり強引にゲーリングのプランが採択されました。

 ガーランドのプランで要求された戦闘機の条件は、一瞥すれば関係者が凍りつくような無謀なものでした。

 ・可能な限り木製部品を用い、熟練工以外でも組み立てられること。
 ・重量は2,000kg以内、最高速度は海面高度で750km/h、作戦可能な航続時間は最低30分、離陸滑走距離は500m以内であること
 ・武装は20mm機関砲(100発)か30mm機関砲(50発)のいずれかを装備できること
 ・グライダーしか操縦経験のないパイロット候補生でも空戦できる操縦性を持つこと

 こんな虫のいい戦闘機が現実に存在していれば、ドイツは制空権を失うことは無かったことでしょう。しかし逼迫した戦況ではこんな無理難題にも対応しなければならず、これに応じることができたのは事前に社内で独自開発を進めていたハインケル社のみでした。

 機体の基本設計は小型で流線型の胴体にBMW 003が背負われるかたちで装着されているのが特徴で、垂直尾翼はジェットエンジンからの排気を避けるために2枚に分かれており、主翼は緩い上反角を持っていました。さらにコックピットには射出座席を装備し、前車輪を持つ三車輪降着装置を採用していました。要求通り、材質は木製でしたが、その接合には接着剤が使用されました。

 設計案が採用された2ヶ月後の1944年12月、急ピッチで製作された試作1号機He162 V1が初飛行を迎えました。離陸から通常飛行には問題はありませんでしたが、高速飛行に移った時、摩擦熱で接着剤が溶け出したのです。溶け出した接着剤は試作機の前輪カバーを固着させてしまい、胴体着陸せざるをえないという結果に終わりました。技術者達は限られた時間の中で優先度が低いと思い切った決断をし、これといった改修も行わないまま、2度目の試験飛行に移りました。

 このテスト飛行にはナチス関係者も立会いましたが、2度目のテストでは溶け出した接着剤が飛行機の重要なパーツである補助翼を固着・剥離させるというハプニングが発生しました。試作機は墜落し、パイロットも帰らぬ人となりました。

 開発経緯を振り返ると、日本で開発されたロケット特攻機「桜花」とよく似た境遇ですが、その結末までも東西で同じことになりました。機体の構造欠陥であったにも関わらず、He162は量産過程で小改修を繰り返しながら、実戦配備が進められました。しかし、熟練パイロットでなければ手に余るこの機体は国民義勇軍に渡ることはなく、Fw190を使用していた部隊に配備されました。配備されたのは1945年の2月、ドイツ降伏はその3ヶ月後の5月ですから、戦局に寄与することはありませんでした。

 同じジェット戦闘機であるMe262はジェットエンジンを2基搭載していたので、運悪くエンジンが停止しても基地に帰還できました。(飛行機は片側のエンジンが停止しても必ず飛行継続できるよう設計される)しかしHe162は簡素化のためジェットエンジンを1基しか搭載していませんでした。ジェットエンジンが異常停止すれば、良くて不時着、最悪は墜落。しかも接着剤が溶けるリスクを孕んだ機体でした。もしも実用化が早ければ、連合国空軍に一矢報いることはできたかもしれませんが、ヒトラーユーゲント(ナチス党の教化を受けた青少年団)出身の未熟なパイロットが多く殉職したかも知れません。


性能諸元    

 全長;  9.05m
 全幅;  7.2m
 全高;  2.6m
 正規全備重量; 2800kg
 エンジン; BMW 003E-1 または E-2 (ターボジェットエンジン)×1基
 最大速度; 905km/h 
  武装;  30mm 機関砲×2 または20mm機関砲×2
  
              
     


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