■□ noir(1) □■
レイラ(アルベリック攻略)
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その村は、呼吸するのも憚られそうなほどに張りつめていた。
さらさらと清かに流れる雪解け水は冷たくも水量豊かで、流れを視線で遡ればまだうっすらと雪帽子をかぶった萌え上がる新緑の山々が見える。その川のほとりに人が集まる形で発展した集落は豊かな雪解け水の恵みを得て村となり、麦秋前の鮮やかな若緑が目に痛いほどに風に揺らされ大地に波を描く。
 しかし、村を行き交う人々は皆一様に表情を固くしたままで、空気は息苦しいほどに張りつめている。
その様子は到底牧歌的な農村のそれではない。
原因はすぐに見て取れる。牧歌的な農村にはあまりにも不似合いな黒衣の連中が、広くない石畳の道を、それだけでない轍の跡のおかげでやっと道になったぐらいの砂埃舞う細い道までも占領しそうな勢いで、まさしく我が物顔でのし歩いていた。
行き交う人々は奇妙なことに男性ばかりで、女の姿は幼子に至るまで見えない。男ばかりが行き交う奇妙な緊張感満ちるこの村の名は『サヤク』。6つの小王国が連合制を選び大国の姿を地図に描き出す『六王国連合』の辺境地方セレスタのサヤク。それがこの集落の名だった。
 今、六王国連合は侵略の危機に瀕している。すでにセレスタ地方の国境の村ラグワートは隣国グローサイン帝国の侵略により陥落した。
グローサイン帝国は元々が騎士の国、軍事国家ではあったけれど、1年にも満たない短い間に急激に戦力を増強し周辺国を威嚇していたかと思った矢先に、六王国連合との国境を侵し攻め入った。
 帝国と国境を接している国は六王国連合だけではない。4つの国家や集合体が帝国と国境を接していた中で六王国連合が選ばれたのは一見無作為に見えるが、その世界に住まう者が冷静な頭で想像すればすぐに相応の理由らしきものが見えてくる。
 帝国の北東に座するは、凍てついた大地が大半を占める辺境地帯。その地域には血腥い吸血鬼伝説が息づいていて人々の畏怖の対象で、厳しい気候も手伝ってか集落も少なく実入りも望めない。
伝説は伝説と笑う者もいるかもしれないけれど、辺境地帯は不気味な伝説をおとぎ話だと笑い飛ばすには少々怪奇現象が多すぎる地域。神隠し程度の話ではなく村丸ごと人が消えたなどの話は枚挙に暇がないなど、与太話などという程度の話ではないと人々が恐れるに足りる背景があって、下手につついて寝た子を起こす必要などないのだろう、侵略の対象とはならなかった。
 辺境地帯の南、帝国の東には、成熟した文化と交易の起点としてとどまらぬ富で栄華を誇る宗教国家エクレシア教国。ただ、この国には根強い、辺境地帯の吸血鬼伝説よりも古く根強い英雄伝説が今でも生きていて、国を統べるは政治家ではなく聖職者。
現在は不在だけれど国家元首も兼ねると言う『教皇』は、世襲でも選出でもない、文字通り『神の祝福を受けた聖人』のみがその地位を得ると言う。教皇が座する宗教国家の教義は大陸全土に広まっていて帝国も信仰は同じだから、国境を侵す者それすなわち背教者とみなされ正当性すべてが崩壊する事情があり、肥沃な大地と成熟した文化、商人が生み出す豊かな富があれど易々と攻め込めない背景がある。
それに、現在『教皇』は不在でも即位を控えている候補は存在しているから、下手に手を出せばいかな大国と言え同じ宗教圏を持つすべての国を結託させ敵に回す口実と機会を与えることもあり、得るもの以上に失うものが大きすぎる。
 西側にも国のような集まりがあるけれど、海峡を隔てた大きな離島ブレメースのほとんどは山と森で、都市といえる集落もないから、そこは国家と呼ぶには勢力が小さすぎて海を越えてまで攻め入り得る利益はない。
 それが理由なのか、付け入る隙があった六王国連合が戦端として選ばれて、すでにひとつの地方が食らわれ奪われて地図が書き換えられた。
国境とはいえ、サヤクと同じように小さな村でしかなかったラグワートは抵抗もできずに陥落し、ほぼ同時に同じセレスタのファーノもサヤクも陥落してしまい、現在のセレスタ地方は実質的に帝国領となった。
 六王国連合は小王国の集合体だけれど、連合国家として相応の勢力を得るに至った要因は、ひとえにその地に集まりギルドを形成した魔導士たちの存在にある。人知を超えた力を操り行使する術を体得した魔導士は多くの者にとって脅威であり、それが小国家の集まりに過ぎなかった六王国連合の盾の役割を果たしていた。
しかし、魔導士が集まるギルドは機能性と利便性を理由に大都市に集中していて、辺境を守るのは小領主の私兵、とても軍隊とは呼べない規模の戦闘集団で、日々剣を磨き打ち合わせることで生まれる火花を恐れないほどに勇猛な、言い換えれば獰猛な騎士の前では、その力量は子どもの遊戯にも似ていた。
騎士はその肩書きが嘆きそうな勢いで殺戮と陵辱の宴を繰り広げ、金で命を薙ぎ払う兵士だけではなく抵抗する意思などまったくない平民だろうと区別なくその餌食とした。……故に、女は姿を見せない。
女を守りたければ征服された地で姿を見せてはならない。

 戦争とはどのような旗を掲げようと中身に大差などない。



 黒衣をまとった美しい女が臥せっている。
粗末な寝床と掘っ立て小屋、だけどこの地の現実を思えばその状況ですら恵まれているとしか思えない。伏せる女の黒衣は憎悪と畏怖の対象と同じなのだけれど、彼女を見守る人々は、憎い騎士たちと同じ服を着ている彼女に危害を加える風はなかった。
 洗練された立ち居振る舞いの、麗しの金髪の女騎士様。彼女の振る舞いも高潔な魂も確かに『騎士』だった。
ここはサヤク村のはずれ、黒衣の騎士が跋扈する村から逃げ延びた村人たちが、村の外に点在する粗末な山小屋数軒に分かれて息を潜め隠れていた。
男たちは国境戦に駆り出されて残されるのは女子どもと年寄りばかり、身を守る術などないからひたすらに息を殺して身を隠すより他はない。しかし飢えている貪欲な黒い獣たちは喰らうものを探して彷徨い続ける。本能を剥きだしにし感覚が増幅された獣たちは恐ろしい嗅覚と勘で獲物をあぶりだし、あぶりだされ喰らわれた者は後を絶たない。
……この小屋に潜んでいた者たちも、喰らわれる運命しか残されていなかった。
 しかし、黒い女神は舞い降りた。
彼女は突然現れて、まるで戦乙女の姿持つ神のような鮮烈さで災厄を斬り裂いた。
中背の青年ほどもあろうすらりとした長身の体に騎士の服をまとった女神は、突然現れて同じ群れに混じることなく、なす術もなく最期を迎えようとしていた村人たちの前に盾となり立ちはだかった。
人間の姿持つ化け物たちと同じ服をまといながらも、彼女の振る舞いは戦う力持たぬ者にとってはまさに女神、救いの神。彼女はその服にその地位に恥じぬ振る舞いで、細く美しい抜き身の剣を利き手に下げて、弱い者を背にして立ち、同胞のはずの騎士たちを次々と薙ぎ払った。
時折見せる悔しげな表情は、同胞たちの暴挙への憤りか、それとも狂ってしまった同属を殺さねばならない己の心中がにじみ出たものか――――細身剣を手に長い金の髪をたなびかせ、女神が鮮やかに舞い踊る。
その演目は、剣の舞。
 彼女の相手を務めるのは同じ衣装の化け物ではない。鮮やかに生臭い血煙が彼女の演舞の相手。
人間の定義を捨てた存在では彼女の相手は務まらない。
剣の切っ先にわずかなためらいを隠しきれぬまま、黒衣の女騎士はそれは見事な救出劇を繰り広げ、彼らが村人に施した殺戮を鏡に映すかのごとく返してみせた。
 唐突に舞い降りた女騎士は侵略された村人たちにとって嫌悪の対象でありながら、その高潔かつ騎士らしい振る舞いで己が心を語ったことで、ひとまずは喝采で受け入れられた。……が、やはり直後に満ちたのは恨み言。
彼女が侵略したわけではない、むしろ同胞を手にかけてまで騎士の精神を体現して見せた彼女だけれど、その場にいた村人のほとんどが、家族を、家を、平和な日常を奪われていて、慟哭の矛先が向かうのは――――

「……彼女もあなた方と同じに、とても大切な人を帝国の騎士に奪われました。しかし彼女にとってこの服と騎士と言う立場は、その大事な人が残した形見でもあります。
 ですから、どうかお願いします、彼女を……レイラ=ヴィグリードと言う女性を受け入れてあげてください。
 彼女は何があろうとあなた方の味方です、それだけは私が、いえ全能なる神が保障します。」

 しかし慟哭の力を借りた怒りは救いの女神に叩きつけられることはなかった。
戦女神はやはり人間だったらしい、同胞を薙ぎ払ってしまったとほぼ同時に蒼白な表情のままくずおれた。
村人たちがそんな彼女を即座に支えられないことも致し方ないのだろう。それほどにそれぞれに失ったものが大きすぎた。
しかし女騎士は砂埃と血煙舞う地面に崩れることはなく、どこから現れたのか、もっと小柄な修道女が小さいなりに自分を下にする形で気を失い倒れた彼女を支えた。
村人たちは苛烈な戦女神の戦いぶりにばかり注視していて修道女がどこから、どう現れたのかなどまったく気づかなかったけれど、修道女は幻などではなく確かにその場に存在している。それに、優しげな声色で穏やかに諭し、受け入れてくれと願う言葉には、抗えない、ヒトの本能に訴えるような威圧感が潜んでいる。
一見小柄な、いかにも頼りない華奢な金髪の少女なのだけれど、その容貌といい身にまとった空気といい、人間ではないような何かを感じさせるほどの圧迫感を伴ってそこにいた。
「怪我をしている人も多いようですね。」
 しかし彼女の声はその響きのとおりに優しくて、村人たちは彼女の言葉を聞いたなりに、その小さな体の向こうにその微笑に純白の翼の幻を見る。
人間離れした威圧感も抗うことあたわぬ言霊も、天使ならば何も不思議ではない。村人たちはくずおれたまま意識を失ってしまった女騎士に肩を貸すみたいにして支えている小柄な少女の姿の修道女に跪き、ひたすらに祈りを捧げる。

「神は人を見捨てなかった、こんな小屋に天使様を遣わした」

 皆一様に同じ言葉を繰り返して、ふたりの女に跪く。



「まずは、あなた方とレイラの治療をしないといけませんね。
 これからのことはその後に考えましょう。」
 力なき者たちは、神に仕える女の姿をした少女にひたすらに祈りを捧げる。
修道女とは神父と同じにすがられる存在、神と向かい合える数少ない人間。現実がどうであれ、そう思っている人間は少なくない。
それに彼女の声はただ優しくて、声に癒しの力を持っているような錯覚を与えそうなほどに優しくて、救いの手を差し伸べた、いや救いに駆けつけた女騎士の服と肩書きと彼女の祖国に対する怒りを忘れさせるほど。
 それもそのはずで、修道女の姿の彼女は人間の少女ではない。村人たちの錯覚ではなく、汚れた人界に天使が舞い降りた。
彼女の名は天使シルマリル、大天使ラファエル直属の、知識持つ金の髪蒼い瞳の乙女の姿を持つ天使。
彼女は役目を負いこの大地アルカヤに舞い降りた。大天使の戒めを守れば人間たちの諍いに直接干渉はできないのだけれど、たおやかなその外見を裏切らぬ深い慈愛が、見てみぬふりを許さないらしい。
すがりつく手を解けない心優しき天使様は、己に捧げられる祈りを目の当たりにして目をそらせずに、今己に何ができるか思案をめぐらせる。
 己が祖国の狂い始めた歯車を目の当たりにし、看過できぬと気丈な決意を固めた女騎士レイラはあまりにもひどい現実がもたらした心痛と、限りなく続けられる激闘また激闘の最中に力尽きてしまいそう。
それだけでない、彼女がその誇り、いや人道に基づきその剣で守った人々も疲れきって傷ついている。
「ここから村までどのくらいかかりますか?」
 天使は人間の姿を借りて、己が今できることを考える。
天使は矮小なる人の姿を借りているけれど、人はそれぞれに力を持つこと、それに彼女にレイラがいたように、ひとりではないことを思い出している。
「小一時間ですが……何をなさるおつもりで?」
「他の集落と連絡を取れれば、と思っています。
 少し離れていますが、国境を越えたエクレシア教国のアレス地方に知人がいるのです。
 彼は癒しの手を持つ高僧なので、連絡が取れればきっと力になってくれます。」
 シルマリルの頭の中には、ひとりの青年の姿が描き出されている。
シルマリルの金の髪よりきつく渦を巻く銀の髪、一見優しげな紫の眼差しに潜む鋭い剣、身にまとう衣服は法衣でそこここに金十字の刺繍が施されている青年。
語るまでもない聖職者、質の高い教育を施されただけでない、神の奇跡を生まれながらに受けた青年。彼が駆けつければ人々は安堵するし、怪我人や病人の手当てもできる。
彼は国境向こうになるがごく近い地域に滞在している。3日前にシルマリルが訪ねた際には、「することもないからしばらくはここにいる」とも答えた。
 シルマリルにはもうひとり頼りになる助力者がいるけれど、銀の髪と魔導の力持つ大剣使いの彼は、駆けつけられる場にはいない。シルマリルが彼と出会ったのはこのサヤクの村だったけれど、今彼はずっと南の大都市アルクマールにいるはず。
六王国は魔導士の国、魔導士の力と大剣を振るう力を持つ魔法剣士に駆けつけるよう指示するのが判断としては上策で、天使の勇者の中でも女騎士レイラと魔法剣士フェインの戦闘に長けたふたりがいれば村の奪還も夢ではなくて、追われた人々が感じるだろう安心感も国への信頼も大違いなのだけれど、都市部の魔導士たちが侵略された国境に駆けつけられないのだから、いかな身軽な魔法剣士と言えど駆けつけられようはずなどない。
 そして天使は実を取る。己の右腕としてこの大陸を飛び回る「妖精」を呼び寄せて聖職者ロクスを呼び寄せる。
それができればこの村は何とか救えるだろう、しかし天使の奇跡は己の勇者のみが享受出来る加護で、彼が急いでくれたとしても3日で到着すれば上出来で、それ以上かかると見るのが妥当だろう。
けれど逼迫している状況下、今迅速な手当てが必要な者もいる。
 しかしその不安を表に出しても仕方がなくて、シルマリルはあえて微笑んだ。
息を殺し身を潜めている隠れ家にあまりにも不似合いな声で語る修道女の微笑みに、レイラ以外のその場にいた人間すべてがざわめいた。
それは当然の反応で、「教国の高僧」は掃いて捨てるほどいるけれど、「癒しの手を持つ高僧」はただひとり。
「彼」の場合、別の肩書きがあまりにも知られすぎているほどに有名だった。

「教皇様が、そんな近くに……!」
「シスターは教皇様と顔見知りなのですか?」
「魔導士ギルドが助けてくれなくても教国が助けてくれれば」
「いやもしかしたらギルドより頼りになるかも」
 
 絶望の中で一筋差し込んだ頼りない光明が突然強くなったみたいなざわめきにシルマリルが面食らう。
「あ、あのっ、た、確かに教皇候補ですけどまだなったわけでは」
 大きく膨らみ続ける話を打ち消すみたいなあわてた素振りを見せてももう遅くて、シルマリルは自分が思っていた以上に追い詰められていた村人たちの心情に胸が痛くなる。しかし彼女が知る「教皇候補」は争いどころか面倒なことが嫌いでシルマリルの軽率な慈悲に眉をひそめるような青年で、今さら「しまった」と気づいても、もう遅い。
そう、彼女が知る教皇候補ロクス=ラス=フロレスは、ひとりの青年である以前に国を背負わされている。……面倒事を嫌がる以前に、軽率な行動を戒められている。
教皇候補ロクスより、ろくでなしで遊び好きな青年ロクスをよく知っているシルマリルは、いつの間にか彼の肩書きの存在感を薄く感じてしまうほどに、その「個」に目を向けていた。
それは彼に限った話ではない、疲労困憊のあまりに意識を失い、藁に布をかぶせただけの粗末な寝床を借りているレイラも「先代騎士団長の娘で帝国初の女性騎士」の肩書きを持っているけれど、シルマリルの前ではひとりの高潔な騎士、ひとりの女性。ロクスもレイラも立場としてはシルマリルの被使役者、彼女に選ばれてその意を受け人界の混乱を収束すべく尽力する「天使の勇者」なのだけれど、シルマリル自身は天使というには優しすぎて束縛を好まなくて、彼らはそれぞれに頼りなくも威張らない天使様を気に入っていた。
だから勇者たちはシルマリルに「弱い自分」を思わず見せてしまい、彼らもシルマリルの口にする多少の無理を愚痴をこぼしつつも聞いてくれる。
 けれど国を背負わされている立場にいるのだったら話は別で、ロクスの道行きはおそらく厳しいだろう。最短3日などと言う甘い見通しは立てられない。
だが、もうひとりの勇者フェインはもっと厳しい行程になる。同じ国の中からの移動でも、占領された国境の村に駆けつけるのなら当然侵略軍と向き合うことになり、迂回すれば相応の日数は必要になる。
フェインも声をかければ、彼の性格なら一も二もなく駆けつけるだろうけど、それでは彼を危険にさらすことになる。……東から背後に忍び寄る形で来ることのできるロクスを待つしかなさそう。
彼が来るまでは、シルマリルひとりでこの窮地を切り抜けるより他はない。
「……ただ、彼もすぐ駆けつけられないでしょうから、それまでは私が治療をします。
 薬草などの材料が手に入れば」
「しかしシスター、村の外どころか隣近所の者に連絡を取るのも難しゅうございますぞ。
 なにより帝国軍がうろつく村に、女子ども、年寄りが出向けるはずがありませぬ。」
 シルマリルしか知りえぬ彼女の事情があるのと同じに、村人しか知らない、被害者だから知りうる現実もある。
ありがたいはずの修道女の申し出に首を横に振ったのは疲れきった老人で、彼は憔悴しきった、いやそれを通り越して諦めきった声色でそういうと「耐えるしかない」と言うように目を閉じた。
「でも、このままでは怪我人の手当てもままなりません。
 村には私が」
「およしなさい。シスターは神に仕える身である以前に、若い娘さんじゃ。
 ……並外れた器量よしの娘がどうなるかなど……もう語りたくもありませぬ。
 帝国の連中はそのうちに次攻め込む先に向かっていなくなるでしょう、それまで堪えるより他はありませぬわ。」
 もうこれ以上惨劇は見たくない。
老人は暗にそう語っているのだけれどシルマリルはあまりにも純粋で汚れていなくて苦労を知らなくて、諦めるのはまだ早いとばかりに食い下がったのだけれど、老人が苦しげに、呼吸することすら苦しげに搾り出した言葉の前に立ちすくむ。
 彼は身を守るために諦めたのではない、シルマリルのことも思って諦めていた。
地獄の中に舞い降りた天使のような修道女の慈悲で充分、それ以上は望まぬ声色と虚ろな目で雄弁に語る。
「あなたとこちらの騎士様のお慈悲で充分ですじゃ。望みすぎてはすべて失う……。」
「しかし!」
「……シスター、逝く者のためにお祈りください。
 生まれ変わるその日には、どうかこのような世界に生まれぬように……」
 これが、この世界の現実。人心は乱れ歯車は狂い戻せなくて、踏みにじる側も心ある者は胸を痛め、踏みにじられる側はすべてを諦める。
シルマリルは「アルカヤの混乱を治めるために」遣わされた天使。力ですべてを片付けるにはあまりにも無力で、しかし救いを求める声は大陸に満ち始めている。
シルマリルは7人の助力者の手を借りてこの大陸の混乱を治めるべく遣わされた存在、命あるものに諦めを残すために存在しているわけではない。

「……神は救いを求める者に手を差し伸べます。それができぬ神をどう信じろと言えるでしょう?
 あなたたちの誰も死なせません。」

 そして、乙女は覚悟を決める。小さな手がしわがれた手をとりしっかりと握り締め、シルマリルは鷹揚な彼女なりに後がない状況を感じながらも確かに微笑んだ。
それはすべてを楽観視している脳天気な笑みではない。
「村に行って薬を調達してきます。」
 人の姿を借りた天使は、翼広げずに切り札は隠したままで動き出す。

           5   ……
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2009/04/11

8周年御礼企画として、「アルベリック攻略」を開始します。
アルベリックを軸にすえたパラレル物ですが、楽しんでいただければ幸いです。