■□ battere □■
レイラ  フェイン  アイリーン  クライヴ  セシア  ルディ  ヴァイパー  ロクス

 昼なお暗い森の闇を、白刃が放つ滴るような閃きが鮮やかに斬り裂いた。
箱庭世界が瓦解を伴う終焉を迎えつつあるのだと鮮烈に感じる場面と言ったら、やはりヒトならざるモノどもとの対峙をおいて他にはないだろう。非力な存在として様々なものを恐れるヒトだけど、中には同属以外の恐怖に立ち向かえるだけの力を手にした者もいる。
 力持つ人間は当然その身を、時に同胞を守るために牙を剥き立ち向かう。力持つ人間が己の命を預けその命を守るために頼りにするものの形もまた様々で、森の放つ闇を斬り裂いた光はその最たる物である「剣」が放っていた。
 「不穏な空気」を最もわかりやすく感じる局面――――それは、「戦闘」。
敵の気配を感じ牙を剥くように剣を抜き放ったのは、鮮やかな闇色の髪と瞳を持つ長身の青年剣士だった。

『これはこれは……あなたでしたか。』

 剣閃に照らされた闇が蠢き翻り人間と同じ形を持つ。
突然現れた人間と同じ形の影の中爛々と紅く光る眼差しが皮肉交じりの口調で語りかける。開いた口も赤いあかい血の色で、人と同じ形だけど人ではないことは一目瞭然だった。
 吸血鬼。人と変わらぬ姿と高い知性と尽きぬ老いぬ姿を持ち、闇に潜み人間の生き血を啜り己を保つ忌まわしき種族。
当然人間に害をなす存在の、突き刺さるような敵意を受けるのは幼い天使と彼女の剣。
滴るような閃きを放つ長い剣を携えた長身の青年。
夜の闇色の服で身を包み、凛々しく端整な顔立ちによく似合う短い黒髪と少し病的な白い肌が印象的なほどなのだけど、すらりとした長身の体に見劣らない広い肩幅と抜き身の剣を下げている力強い手は彼の力量のほどを雄弁に物語る。
感情の見えない闇の色に限りなく近い深く濃い青紫の鋭い眼差しには慈悲はもちろん迷いも容赦もない。闇に棲まい血を啜り生きるものどもは地獄の底と言う無限の闇へと送り返すだけ。
吸血鬼の眼差しが血のような赤なら、青年剣士の眼差しはどこまでも冷ややかな、死を司る伝承もある青い月の深さ。剣で斬りつけるよりも先に視線で八つ裂きにしそうなほどの憎悪を互いに向け合って――――先に動いたのは吸血鬼の赤い口とその奥の真白い牙だった。
先手を取られようと青年剣士は慌てた素振りなど見せない。ゆらりと陽炎のように緩やかな動作でわずかに剣を構えるが、その眼差しはあくまでも、底まで冷え切った極北の凍土のようですらある。

 吸血鬼の多くは「彼」を知ったような物言いをする。
それも当然と言えば当然、幼い天使に選ばれし勇者の名はクライヴ=セイングレント。闇の眷属――――吸血種族を狩る者・ヴァンパイアハンターを生業としている青年。
特徴的な軽い反りのある片刃の剣で闇に生きるものを斬り捨てる腕利きの剣士で、歳若く見えるが吸血鬼狩りとしての経験は豊富な部類に入る。

『ふむ……反抗期の只中だとは我が主より聞かされておりますが、それにしても少々おいたが過ぎるのではありませぬかな? あまりあの方を悲しませぬよう』
「御託はそれだけか。」
 片や同胞を屠り続ける憎き顔見知りに皮肉のひとつ、ふたつみっつくらい叩きつけておきたい。
 片や外道の戯言以下、紳士的な皮肉を最後まで聞かされる義理などないと言わんばかりに低い声が鋭く遮る。
剣士は一人、しかし吸血鬼は全部で5体。いかな吸血鬼を狩る者としての力を持つ剣士と言えど、状況は誰がどう見ようと人間に不利にしか見えない。しかし青年の鋭い眼差しには臆した様子や強がりの類は微塵も見えない。
揺るがぬ強さがギラギラと光っている様子もまた狂気を孕んでいるように見える。
 剣士はひとりに見えてひとりではない。吸血鬼と同じ禍々しさを内包している彼を、キラキラ光る粒子が包んでいる。
晴れ渡る夜空に星が降るように、闇濃き森に光の粒が降り注いでいる。
 闇に舞う光の粒子は奇跡の発露。見える者が見れば、美形と言える強い男の背後に舞う麗しい乙女の姿持つ天使がはっきりと見えることだろう。
金の髪青い瞳の美しい少女の天使様、彼女は背に純白の翼。その麗しい存在すべてに緊張感をみなぎらせつつ闇に舞う。闇の中だろうと見えるものには確かに、疑う余地などないほど確かに存在する光放つ存在は、吸血鬼とそれを狩るための金属の塊を携えている青年が対峙している血腥い場面にはあまりにも不似合いですらある。
けれど彼女はのんびりした見かけによらず相応の修羅場をくぐってきていて戦闘慣れすらしつつあって、下僕の守り手としてふさわしい奇跡を起こす。
 美しすぎる天使様は手に何も、身を守るためのものの類すら携えていない。青年は戦う力を持たない天使の剣として存在している下僕で、天使の勇者の道行きに同行しての歓迎できぬ対峙も日常となりつつある。
彼らが対する相手は何かしらの理由で人間と共生できないことがほとんどで、友好的とは言えない。
多くは目の前の吸血鬼のように人間を日々の糧とする天敵のような存在ばかりだけれど、時に人の世から弾かれた同属たちが彼らを襲うこともある。
 狭い箱庭世界だけではなく書物や時にその目で他の世界の均衡と言うものを見知っている天使はもちろん、己らが生まれ生きている世界しか知らない天使の勇者たちもそれぞれに不穏な空気がひたひたと近寄りつつあることを感じている。
 戦う力を持たない幼い乙女の姿の天使のかわりに、人間たちが己の住む世界を守るためにその力を行使する。
 天使も高みにおわす傍観者ではなく、己の勇者を奇跡と呼ばれる清浄なる乙女の祈りで補佐をする。
敵意と言う牙を剥くモノどもは時も場所も選んではくれないのだけれど、人間たちが曰くつきと称する場、魔素の濃い場所と言うものは確かに存在していてそこでの遭遇頻度がいや増してしまうのは当然と言えば当然だろう。
 天使は蠢く闇の正体が見えぬ現状で、場当たり的に混乱が生じると「人間たちを守る」と言う大義名分の下にそれをつぶす形で粛清を繰り返すから、闇に住まうものたちの人間に対する敵意は増すばかり。それが悪循環を生んでいることに天使も今彼女と共にある人間も薄々勘付きつつあるのだけれど、迷いは死につながるのが現実。
人間も生きるために必死で抗うより他はない。
 昼の陽光を遮り闇を濃く落とす森はまるでなにか巨大な生き物の体内のよう。そして、闇の中にふさわしい気配と息遣いがたちまち満ちてゆく。

 ささやかな戦端が、切って落とされる。

 ……かのように見えた。
少なくとも、その場にいた当事者の一人の天使様は純白の翼を広げ、己の剣の戦いを補佐する心積もりだった。
けれど口数の少ない吸血鬼狩りは何を思ったのか、襲い掛かる体勢すら整えていない吸血鬼を目の前にして真後ろに飛び退る。抜き身の剣はそのまま利き手に、大きく一歩飛び退った直後しなやかな動作で身を捩りさらに大きく飛び上がると、何が起こっているのかわからずにあっけに取られてしまった天使様の腰を抱えるように捕らえ、どういうつもりか敵に背を向け逃げ出した。
 ドクン、と激しい鼓動が天使様の全身に響く。それは彼女のものではない。
力強いと言う表現を通り越して猛々しいそれは、信じられないことに口数の少なすぎる己の勇者が発している。間抜けにも賊にかどわかされる姫君のような体勢でその場から離れさせられた天使様の緊張感はすべて吹き飛ばされたらしい、見えるものが見れば彼女のあまりの間抜けさに何を思うだろう?
「今夜は満月だ。」
 重さのない女を肩に乗せその容姿にふさわしい俊足ぶりで逃げながら、短く、低く逃走の理由を語った声が、彼女の耳に届いたかどうかはかなり怪しいところだろう。
ただ、満月の吸血鬼の恐ろしさは、吸血鬼狩りでなくとも幼子ですら恐怖を魂に刷り込まれているほどに有名な話だった。



 数時間後、彼の言葉が証明されることとなった。
頭上に青白く真ん丸い月が昇っている様子を、あどけない天使様は感心しきりで見上げている。月齢暦を知らない、忘れるような存在ではないのだけれど、忘れてしまうほど思い出せないほどここ最近の彼女は多忙極まりないことを彼は知っている。
どんなに多忙でも顔を出して気にかけて共にすごしてと天使様は働き者だし気配り屋だしと当たり前のことを考えるから、多少のご無沙汰などクライヴには些細な問題ですらなかった。
「でも、クライヴはさすがですね。満月の下で吸血鬼と戦うなんて危険極まりないことですし。」
 月を背に、翼をたたみ微笑む天使様の穏やかな声に、軽やかで涼やかな声に名を呼ばれほめられたはずのクライヴは愛想笑いどころか返礼すら返さずに、暢気通り越して間抜けにすら見える少女の笑顔を一瞥しただけですぐに手にしていた抜き身の剣の刃に視線を落とした。
どんなに美しかろうと鋭かろうと重い鉄の塊に血糊の類をべっとりと残していてはすぐに錆びて使い物にならなくなる。彼に限らず腕利きの剣士は己の剣を一日でも休めることはない。
振るうことがなかろうと手入れは決して欠かさない。
 そんな彼を、己の知る彼とまったく変わりない姿を、返事を返さなかった無口で無愛想な様子を天使様はにこにことご機嫌そうな笑顔で見守っている。
天使シルマリル。それが彼の守護天使の名。金の髪と青い瞳、小柄な体の背に純白の翼持つ美しい乙女。
おっとりしたたおやかな性格の天使様は、その性格が顕著に表すとおり戦う力を微塵も持ち合わせていない。身を守る術も持ち合わせていない頼りない存在なのだけれど、その点に関してなら彼女に守護される人間たちが思い煩う必要などないことをクライヴは知っている。
己らの力は敵を倒すためのみに存在しているわけではない。この優しすぎる乙女の望みをかなえ優しさを守るためにある。
 ほとんどの人間、いや人間以外の存在だろうと天使様を見ることはない。
たとえ彼女の存在を感じることが出来たとしても御姿を拝むことは出来ない。そのお美しい御姿を見ることを許されるのは彼女に選ばれた7人の勇者か、もしくは彼女ら天使と明らかに敵対する悪魔側の、呪いと言う忌まわしき洗礼を直に受けた者どものみ。
彼女が姿を現したいと望めば話は別だけれど、己の責務に忠実な彼女は実に仕事熱心で余計なことをするような性格ではない。少なくとも、クライヴの知っている限りでは、彼以外の誰かに姿を見せた様子はまったくないと断言できるだろう。
そのようなおっとりのんびりしている頼りない乙女の姿の天使様なのだけれど、彼女の武器はクライヴと同じ類のものでないことも彼はよく知っていた。
……それに、たおやかな姿を持つ彼女に誰かを傷つけるような物など似合わない。
 クライヴは口には出さずにいろいろととりとめのないことを考えている。
早々に宿に入り、いつもより早く、いつもより長く夜を過ごすからと特別なことをするような男ではないらしく、クライヴはいつもそうするように、まずは己の愛刀の手入れを始めた。今夜はそれに天使様がくっついているのだけれど、だからと言って彼女の相手をするほどクライヴは愛想のいい男ではない。
天使もそんな彼の性格を理解していて、相手してもらえないからと退屈したりましてすねるようなつまらぬ真似をすることはなかった。 
満月の夜は吸血鬼を調子付かせるだけでない、時にヒトでさえ狂気に呑まれるとよく知る彼は不利な戦いを避け、先を急ぎに急いで町にたどり着き日没前に宿に入った。
彼の言葉を裏付けるかのように小さな集落は静まり返っていて、闇を恐れる人間と言う存在を何よりも雄弁に物語っているかのように窓の外の世界には静寂しかない。今夜は野良猫の鳴き声すら、野犬の遠吠えすら聞こえない。
クライヴは吸血鬼を狩る者、夜に跋扈する存在を恐れることもなく戦いの面でも遅れを取ることはないのだけれど、だからと言って好戦的なことはない。
闇を恐れる人間と同じ行動を取る理由は「余計な戦闘を避けるため」の判断、剣に己の命を預け生きている者ならではの判断で、彼にとってはもはや常識以前の話でもある。
 剣士クライヴは寡黙な魔法剣士フェイン以上に口数が少ない。けれど、天使シルマリルはそれを気にする様子を見せない。天使様は子どものような表情で目を真ん丸くしつつ窓を開け放って満月を見上げている。
かしましい女性勇者となら話も弾むし、クライヴやフェインのような寡黙な青年と一緒なら会話以外の何かを楽しむ。彼女は見かけと同じに沈黙を気にするような細かい性格ではなくて、それだけでなく相手なりにつきあえる特技を持ち合わせている。
よく言えば相手のありのままを受け入れる懐の深い女、悪く言えば八方美人。
クライヴ相手だといつも勝手に押しかけては勝手にしゃべって用が出来たら立ち去る、の繰り返し。
 そんな過干渉な性格でない彼女を、クライヴは彼なりに気に入っている。もちろんそのことを口にも顔にも出したことはないが、反対に邪魔ならば追い払うだけ。
しかし己の守護天使は追い払いたくなるような鬱陶しい女ではない。
いろいろと思いながら剣の手入れを始めた横顔は無愛想だけど顔立ちは端整ですらあり、短い、けれどしなやかな黒髪は夜の闇にとける色なのだけれど、敵の気配さえなければ狂気と恐怖を象徴する闇色ではなく安息と静寂を感じさせる藍色のとけた質の黒に表情を変える。
旅装束と同じ色合いの青紫の瞳はもっと顕著で、安息の闇の下ならば普段漆黒に見えても月明かりを吸い込み美しい藍を湛える。
彼の守護天使に見劣りしない、すらりとした美しい佇まいの青年剣士。
「……月明かりが気持ちいい夜ですね。」
 そんな彼と同じ部屋で、窓際で淡い光を放ちながら微笑む、優しげな顔立ちの美しい少女。小さな体、丸い肩の向こうに大きな純白の翼が見えなければ、男どもが群がるだろうことは想像するに難くない。シルマリルはその容姿にふさわしい涼やかで清かな声でそうつぶやいて、白い肌にまぶしいくらいの月明かりを浴びている。
その姿は男にとって蟲惑的なのだけれど――――
「……満月はすべてを狂わせる。」
 クライヴがふいと目をそらし苦々しげに絞り出した短い声に、天使様は微笑を消し目を丸くした。おっとりしているが好奇心は強い天使様、たちまち背を丸め視線を寝床に腰掛け作業しているクライヴの高さまで下げてうつむき加減の表情を覗き込んだ。彼女は突飛もないことを平気でしでかす傾向があり、クライヴがようやくそれに慣れた頃に別のことをしでかして驚かせて、の繰り返し。
今も同じで、いきなり間近に来て顔を覗き込んできた青く丸い瞳にぎょっとしたあまりに、クライヴは手から大事な愛刀を落としかけ、もう片方の手に持っていた磨き布は落としてしまった。そんな彼を見て当たり前みたいな自然な様子で落し物を拾うために屈みこんだシルマリルの無防備さは彼にとって軽い頭痛の種でもある、羽ばたくために背の翼の邪魔にならないような衣装を好むシルマリルは服の丈は長いけれど肩を露にしていることが多く、今だって、クライヴの真正面に豊満な胸の谷間がくっきりと見えている。
しかもそれを隠す素振りすら見せないほど堂々としていて、ある意味立派ですらあるけれど……クライヴは何も言わずに目を伏せて、聞こえないほど密やかなため息をひとつだけついた。
『天使とはこんなもの』
どんなに理解できないことがあろうとも、それを目の当たりにしようとも、クライヴはすべてをその言葉で片付けそして彼女と言う理解しがたい存在に慣れて来た。
理解できなかろうと何だろうと、天使に見出され責務を与えられた以上「拒絶」など許されないことを彼は知っている。そうやって慣れてみたら、この幼い天使様のそばは存外居心地がいいことに気がついた。
人間の理解の範疇など軽く凌駕してくれる困った女なのだけれど、相手がどんな立場だろうと誰だろうとありのままをそのまま受け入れる器の大きさと、細かいことをちくちく気にしたりしない鷹揚さと大雑把さは、いろいろ事情を抱えるクライヴにはありがたい。
つまりは、彼女のそばは安心できる。夜の闇に巣食う人外どもを葬ることを生業としているクライヴは夜の闇を恐れることはなくても好きにはなれないのだけれど、狩りの標的としている吸血鬼どもに力を与える滴るような満月をどうしても好きになれずにいたけれど、こうして暢気に月光浴よろしく月明かりを楽しんでいる己の天使を見ていると、不思議なことに忌々しい満月もそう呪わしくないように感じられるようになった。
相変わらず己の中で血がざわめき騒ぐけれど、無理に押さえ込む必要もなくなった。
「クライヴは満月って好きではないのですよね?」
 己の世界に沈みつつあったクライヴの耳に、静かで涼やかな少女の声が突然、鮮やかに飛び込んだ。
いつもと言えばいつもの話、突拍子もない天使様の問いかけに名を呼ばれたクライヴが視線だけ上げて彼女を見ると――――満月を背にし、純白の翼を夜風に揺らされているシルマリルの微笑が目に飛び込んだ。
血を啜るものどもが跋扈する忌まわしい満月の夜のはず、なのに……窓枠に切り取られた満月とその桟に腰掛けて己を見ているシルマリルの微笑みが、一枚の宗教画のようでクライヴは問いかけに答えを返せない。
不意に夜が持つ別の顔を見せられて、クライヴの中に知らなかった世界がまた開ける。
「あ、ごめんなさい。ヴァンパイアハンターのあなたが満月の夜を好きなはずありませんね。」
「……確かに面倒だとは思うが、嫌いと言うほどでもなくなった。」
「え? 嫌いではないのですか?」
「月に一度必ず来るからな。いつの間にか好きだ嫌いだと言うのも面倒になった。
 お前は好きそうだな。」
 煌々と燃え続けるランプに照らされ、クライヴの唇が確かに笑った。
無口で必要なこともなかなか口にしないクライヴが、他愛のない話の最中でふっと微笑んだ。その微笑に対するシルマリルの返答は、満面の笑顔。彼女の笑顔を見るたびにクライヴは自分が微笑んでいたことを知らされてどんな顔をすればいいのかひどく戸惑ってしまう。
今もそう、ふっと笑った直後わずかに驚いて少しまごついて、思わず天使様から目をそらした。
そんな不器用で人馴れしてない青年をどう思っているのやら、天使様は怪訝そうな様子を微塵も見せずににこにこと笑っている。
「やっぱりなんでも訊いてみないとわからないものですね。」
「……お前はどんな話でも楽しそうだな。」
「天界しか知りませんでしたから。これでも少しは落ち着いたと思いますよ。」
 他愛のない雑談なんてどれくらいぶりになるか、クライヴ自身もう思い出せない。けれどこの愛らしい天使様が己の元に舞い降りてからは、口を開くたびにそんな話ばかりしている。
かつては他人と関わることが苦手だったのだけれど、今でもそうだと思うけれど、嫌いではないことに気がついた。
満月の夜に何を思うかと同じで、煩わしくとも嫌いではないことに気がついた。
「騒がしくてごめんなさい。迷惑だったら言ってくださいね。」
「いや………………」
 そこから先は、静かになった。今はまだ、クライヴから語るような話が彼自身わからない。
わからないから、黙り込む。
どうしようもないくらい不器用な青年を、微笑み浮かべて長い気持ちと長い目で見守るばかりの幼い天使の「当たり前」がどうしようもなくありがたいのだけれど、クライヴはそこから先を表す言葉も行動も使い慣れてないから黙り込んでしまう。
面倒だった満月の夜のはずなのに、どこかむず痒くて居たたまれなくて居心地のいい空気が――――


 そしてクライヴは就寝の挨拶までひと言も口を利かなかった。


 いつもと変わりなかったクライヴの様子に、幼い天使が胸を撫で下ろす。敵と対峙した際の猛々しい、いやそれすら通り越していた狂気を内包していた強すぎる鼓動は、心配しすぎる己の杞憂、思い過ごしだといつもの調子で片づけた。
 クライヴは多くの、大事なことを彼女に語らないまま。
 何かの片鱗が現れても何も知らないままの天使様は深く追求しないまま。
クライヴの強すぎる鼓動が何を意味するのか、天使が知るのはまだ先の話になる。
レイラ  フェイン  アイリーン  クライヴ  セシア  ルディ  ヴァイパー  ロクス

2009/10/03

間が開きすぎて小説の書き方を忘れてしまっていたのは秘密です。